第一話 追い出される
「あんたは誰なんだ?」
俺は地面に寝そべりながら、俺の顔を覗き込むものにそう問う。
この世界に転生してから、負けなしだった俺を叩きのめした女……。
殴っても、蹴っても倒すことのできなかった化け物――。
俺は初めて彼女に恐怖した。ここが俺の死に場所ではないかとさえ思った。
「私は、この世界の最弱だよ?」
最弱……? こいつで……?
俺はこの世界で生きていく自信がなくなった。
だってこの子が最弱ということは、つまり、大人たちは俺よりも強いということで……。
にっこりと微笑んだ彼女は俺を踏みつぶそうと足をあげ――。
「うわぁっ!?」
俺は自分の叫び声によって目を覚ました。
全身ばびちゃりと嫌な汗で濡れていた。ここは……ダンジョンじゃない自宅だ。
また、だ。若干トラウマ気味になっている過去の出来事。それを考えないように頭を振りながら、俺は手に持っているコントローラから大体の事情を察した。
ゲームをしながらいつの間にか、眠っていたようだ。
自由な時間が多いからと、ゲームのやりすぎはよくないな。
と、俺はゲームがついていないことに気づいた。
「やべぇっ! セーブしたか!?」
ゲームをやめようとして、無意識に電源だけを切ってしまったのかもしれない。セーブしていなければこれまでの努力は水の泡となる。
電源をつけ、俺はカーテンの隙間から差し込む日差しを見る。
時計を見れば、朝の八時。昼夜逆転している俺からすれば、これは珍しいことだ。
今の俺を一言で表すのなら、ニートという言葉がふさわしいだろう。
毎日、部屋に入りっぱなしでゲームをやったり、漫画を読んだり……自堕落な生活を送っている。一応の名目は、自分探しだ。
現在の俺は十八歳と、通常ならば将来を見据えてさまざまな道に悩んでいるだろう年齢だが、俺は高校に通っていないため、そういったものとは無縁だ。
家族には白い目を向けられるが、俺の前世からの夢だったのだから別によいではないか。
一生遊んでくらす。まさに今俺は夢の最中であった。
転生先は貴族の家であり、結構金持ちだった。となれば、だ。働く必要はないだろう?
ゲームを一度片付けた俺はふうとため息をついてベッドへ横になる。
兄や弟がそれぞれ家や自分のために、努力している中、俺は部屋で引きこもっている。
ふう、最高だ。と、正直に言えない部分もある。
なんとなーくではあるが、罪悪感もあった。
……嫌なことを考えても睡眠の質が悪くなるだけだ。何も考えずに眠るのが一番だ。
家に金があるのだから、それを利用して何が悪い。そんな気持ちで俺は横になる。
「コール! コール! おきているか!?」
眠りかかった脳が父の怒号によって無理やり起こされる。
こんな時間になんだよ……。朝っぱらか叫ばれるのは、いらだって仕方ない。
休みの日は昼過ぎまで寝かせてくれよ、毎日休みだが。
「なんだ、親父?」
無視して、扉をしめていても鍵はついていないのでいずれは中に入ってこられる。
扉をあけると、親父が凄い剣幕で部屋に入ってきた。
いつも表情が硬い親父ではあるが、今日はいつにもまして凄みがある。
「おまえは言ったな。自分の生き方について考えたいと」
「ああ、そうだよ。で、親父が最低限やれっていっていた美貌を保つことはかかさずやっているぞ?」
これでも、毎日運動はかかしてやっているため、体はいたって健康だ。
「知っている。そのおかげで、婚約者も未だにいたんだからな」
関係作りのために俺はどこかの家の女性の家に婿入りするらしい。
性格までは一度しか会っていないのでほとんど知らないが、写真を見た限りではそこそこの美人だから悪い気はしない。それで、一生働かずに生活できるなら、最高だ。
貴族の結婚はそこまで重要な意味をもたない。籍を入れこそするが、俺は今までどおり、この家で自堕落に生活していていいのだ。
しかし、親父は眉間にしわをよせて言い放った。
「たった今、その婚約者の家から婚約を破棄された」
「へぇ……」
あれ、それってまずくないか?
俺がここに存在できているのは、その役目があったからだ。
「そして、どんな風に生活したいか、見つかったのか?」
雲行きが怪しい。
「いや……みつかってないけど」
「私は別に魔法の力を持たないことを否定するつもりはない。だから、勇者育成学園への進学も無理にはしなかった」
勇者……魔法の力を使ったり、そのほかにも特殊な力を所持しているやつらのことだ。
もちろん、俺は魔法を使えない。
「それはありがたいことだけどさ……」
俺は結構すぐに前世のことを思い出し、小学校低学年までは神童扱いだった。そりゃあ、前世と大して勉強の内容が変わらないのだから、小学生の問題くらい簡単だ。
けれど、小学三年になってから、魔法を使えないことが発覚。そのときの両親の目の冷たいこと冷たいこと。
夏の暑さもなんのそのだ。二人は俺に対して浪費していた時間が無駄であったかのように、途端に強く当たってきた。
「貴族として生まれ、勇者になれないおまえがつらい体験をたくさんしていることも知っていた」
同級生にはよく馬鹿にされたな。
悪口ってのは別に気にならない。全部無視しておけば、いつかは終わるものだ。
いじめる奴らってのは一種のゲームを楽しんでいるようなものだ。だから、平気で残酷なことができる。
だから俺はゲームを終わらせるために、無視を決め込んだ。物語の登場人物が黙っていれば、話が前に進むことはないだろうと考えたのだ。
……まあ、結果、悪化したんだけど。そのあたりは大人の俺がぐっとこらえれば済む話だ。
子どもの戯言に付き合っていたら、俺の精神レベルまで一緒になってしまう。
「で、何が言いたいんだよ?」
「出て行け。今日にもおまえを私の家から排除する」
「は、排除……?」
冗談じゃない。今の生活を捨てるつもりなんてあるかっ。
俺が親父に何かを言おうと立ち上がると、すかさず魔法で弾き飛ばされる。
本来なら詠唱のような準備時間が必要だが、予めチャージを終えていたのだろう。
……俺にはない魔法の力。運よくベッドに弾かれたため、怪我はない。体を起こすと、鎧を着た男たちに囲まれ外へと連れて行かれる。
親父の私兵だ。暴れようかと思ったが、彼らを殴ったところで意味はない。それなりに恩があるため、俺は彼らに連れてかれたまま声を張る。
「お、い! 親父!」
「もうおまえの父ではない。さらばだ」
親父の興味は即座に失われたようで、俺からもう視線を外している。
外に連れてこられたまま、俺は自分の部屋を見る。と、嫌なものを見てしまう。
二階の俺の部屋の左右から兄弟がこちらを見下ろしている。
兄の馬鹿にしたような笑み、弟はなんとも言えない表情だ。ひとまず、兄の顔にムカついた。
騎士によって俺はゴミのように敷地外へと捨てられる。
彼らは入り口を完全に閉ざしてしまっていたが、俺は慌てて彼らに向かう。
「おい、おまえら。家に入れさせてくれよ」
「中には入れられません」
強引に入ろうと近づくと、騎士は腰に下げた剣を抜く。
「ちょ、ちょっとまて! さすがに剣はやばいって。そんなキレるなよ、な?」
俺が両手をあげると、騎士はすぐに剣をしまい淡々と言う。
「私たちは、あなたの兵ではありませんので、言うことを聞くつもりはありません。それに、すでにあなたはこの家の者ではありません」
「マジで言ってるのか……?」
俺は門の前を陣取る二人を交互に見る。騎士二人は困ったように見合わせたあと、それぞれ財布を取り出した。
「少ないですが、お受け取りください。いつもよくしてくださったせめてものお礼です」
騎士二人は財布から僅かな金を取り出して、俺に渡してくる。
二枚の札束。日本円でいえば、二万円程度だろうな。
よくしたつもりはねぇんだけど。
まあ、そりゃあ前世は平民だったから、他人に挨拶するのは最低限の常識だった。
親父には、騎士や使用人に挨拶をするなといつも怒られていた。
その辺り、目の前の騎士にとっては珍しかったのだろう。それが、よくしてくださった、ということなのかもしれない。
金を見たら冷静になってきた。
……こいつらに当たっても意味はねぇよな。……元はといえば、俺が怠けていたの原因だし。
俺は二人を無視して、さっさと踵を返した。これ以上、問題を起こしてあいつらに迷惑をかけるのは嫌だし。
二人の騎士も家族がいるとかそんな話をしたことがあったし……。
俺のせいで、彼らの生活を追い込んでいてはどうしようもない。
「はぁ……どうすっかねぇ……」
とりあえずは、平民街に移動するか。とぼとぼと俺は貴族街を歩いていく。
ここは、立派な建物が並び、走る車は豪華だ。
犯罪だってあまり起きないし、道行く人はどこか気品に溢れている。
すぐに平民街のほうへと向かう。入り口には騎士が立っているが、ちらとこちらを見るだけで何も言わない。
怪しい人物は取り締まるらしいが、俺の衣服はあからさまに貴族なのだから、問題ないだろう。
これからの生活についてを考える。
アテがあるわけではない。とにかく、どこかでアルバイトを探さなければならないだろう。
仕事をするのは前世以来だ。大丈夫だろうか。