鏡の隅にコケシが見える様になったんだが。
「鏡をのぞき込むと確かに見えるのに、振り返っても誰もいない」
言われた言葉をそのまま繰り返せば、相馬はうなづく。
「見間違いだろ」
深刻そうに目にクマまで作ってる相馬に、俺は敢えてさらりとそう返した。
「受験で疲れてんだよ」
鏡の端にコケシが見えるとかワラエナイ。だが俺は努めて軽く笑い飛ばす。
そうだよな、と笑う相馬は明らかにまいっていて、痛ましい。
「今日は息抜きしようぜ」
「お前な……数学解らないから教えろって言ったのお前だろ」
そう言いながら、相馬は妹ちゃんに貸したゲーム機を取り返しに行き、俺もトイレに行こうと席を立ち、方向が同じなので二人で並んで行き、妹ちゃんの部屋でコケシを見つけた。
机に注がれた二人分の視線を不思議そうに追った妹ちゃんは、「あ」と呟いて、ゲーム機を兄に渡そうとしたまま固まる。
「……………正座」
俺はそう言った時の相馬のかおをきっと忘れない。
静かに説明を求める据わった目を見ながらトイレに行くべく部屋を出、こいつを怒らせない様にしようと俺は誓った。
膝詰めで状況説明からお説教に移行していた様で、俺がトイレから帰って来ても終わって無かったくらい、相馬の心の傷は深かったらしい。
まあ、つまり、コケシは妹ちゃんのイタズラだったのだ。
受験で忙しくて構って貰えず、兄はイライラしているし、両親も兄を優遇する。寂しくて構って欲しくて、ついやってしまったのだとか。
お説教の後、遊んであげられなくてごめんなと謝った相馬はやっぱりお兄ちゃんだな、と俺は思った。でもさっきのかおは俺忘れらんないわ、きっと悪夢に見ちゃうわ、超怖かった。
まあ、解決して良かったよ。
「ところで、そのコケシどうしたんだ?」
見覚えが無いらしい相馬が妹ちゃんに尋ねてゲーム機のリモコンを振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
「拾ったの」
妹ちゃんは無邪気にリモコンを振り上げる。
「…………正座」
ちょ、相馬、俺のトラウマなかお止めてこわい! 超怖いから!
お外で物を安易に拾わないこと。諭されて、妹ちゃんはまた一つお利口になりました。
俺、もう絶対相馬怒らせない。リアルにホラーだったよ。