幽霊の暇つぶしー四
痛んだ床や絨毯、灯りとしての役割を成さない証明、くすんでいたり、ヒビの入っている窓、そんなものが立ち並ぶ先にあった、多少なりと整備された部屋へと四人は入っていった。
「兄ちゃん、普段ここで過ごしてたんだ」
最初に口を開いたのは光一で、少々感嘆が混じった言葉だった。普段落ち着き払っているが、好奇心は年齢相応といった感じである。
「折角いい雰囲気の場所だったからね、ちょっと掃除したわけなんだけど」
そう須郷が言うのを、一同は聞いていた。
洋館だった、誰もいない割にそこそこ使えそうだったから、という理由で勝手に住み着いているらしい。
「掃除って……物に触れるの?」
「まあね、えっと、皆瀬ちゃん、でいいんだっけ?」
皆瀬、と呼ばれたのは先程図書館にて生首のようにして須郷と河谷を驚かせた当人である。あの絶叫によって、図書館に異様なほどに居辛くなったのが原因である。
ちなみに、当の河谷といえば、
「何であんなこと言ったのよ私……胃が痛い……」
この部屋に入るが早いか、手近な椅子に座り、発したのはこんな言葉だ。先程からこれと似た意味の言葉を繰り返している。これを見た須郷はストレスに意外と弱いのか、なんて思ったし、光一の抱いたイメージに関しては初対面故にこの胃が弱いお姉さんだし、同じく初対面の皆瀬は面白がっている。
「あれくらいで驚くなんて、からかいがいがあるわね!」
そんなことを笑いながら言うほどである。
「あれくらいって、生首見たら誰だって驚くでしょ!ああ、あそこに知り合い居たらなんて説明すれば」
そのような泣き言を聞きながら、光一はそれほど動じた風では無かったけど、と須郷は思う。その光一は、いつの間にか周囲を物色している、とはいえ、これ以上しゃべらせて河谷の症状が悪化したら大事だし。
「おいおい、その辺でやめておけ」
仲裁の意味を込めてそういって、須郷は皆瀬に手を伸ばした。ここに来るまでに分かっていたのだが、幽霊は幽霊に触れる事が出来るらしい。
「はーなーせー」
「実のところ、お前遊びたかっただけだろ」
皆瀬を引き剥がす、そのときの不機嫌そうな顔を見なかったことにした須郷が溜息をついたところで、河谷が口を開いた。
「で、実際なんであんたは図書館にいたの?」
「そりゃああれだ、本を読むために」
「兄ちゃん、建前すらどうにかする気は無かったのかい?」
気がつけば傍に立っていた少年が、そんなことを言う。
「冗談だよ、実際は情報収集したかったんだが」
「なんだか凄く嘘臭いのだけれど」
「安心しろ、幽霊はお化けじゃないから化かしたりはしない」
自分でもめちゃくちゃな理屈だと思う、なんだか周りの視線が痛い。
「いい台詞じゃない!私も使おうかな」
「やめてくれ……まあ、実際本当だぞ、図書館だったら昔の新聞とかもあるだろうから、自分の記憶にあるだろう事故なんかも書かれてるような気がしてさ」
「あんた事故死だったの?」
そういえば実際に教えてなかった、と彼は思った。
「ああ、それはまあ壮絶なものだな、具体的に語ると中々に惨たらしいぞ、聞くか?」
「で、私のせいで中断させられたわけ?」
そう、悪びれもせずに皆瀬が言うので、「あんたねえ」という小さな声が響く。
つい、須郷は微笑んでしまった。
「兄ちゃん、どうしたの」
それを光一に気付かれた。はは、と誤魔化す、懐かしい、という言葉は、どうにも照れくさくて、どうにも悲しかった。




