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幽霊の歩く道  作者: sacon
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幽霊の散歩道-二

「まあ、何はともあれ、名前分からないと不便ね、まあ、私の苗字はさっき隣の小和田さんが言っちゃったわけなんだけど、改めて、河谷 三咲ね、よろしく」

 突然の自己紹介に、少々焦る、なんと言っても彼は初対面で他人の、しかも女子の家に入ったわけである、うろたえざるを得ない。

「須郷 宗治……まあ、うん。よろしく」

 俺は確か声をかけられただけのはずである。どうしてこんなことをしているのであろうか。と彼は思う。いや、逃げようと思えば逃げられたのだが、彼女の剣幕がそれを許しはしなかったのだ。

  

 それを質問すると。

「だって幽霊よ?どんなものなのか分からないものを知るチャンスじゃない?」

 という答えが返ってきた。


「オカルト趣味なのか」

 思った通りの事を言う。

「いや、そうじゃなくて、ただの興味よ。あんたがオカルト趣味なのかどうかは知らないけど、同じ状況だったらそうするでしょう?」


 彼……須郷は確か幽霊だが、その前は普通の高校生男子だったわけである。それどころか、今でさえ、自分はまだ微妙に高校生だと思っている節があるのだが……相手からすれば、完全にこちらは幽霊なわけで、なんと言うか、温度差がある気がしてならない。


 

「同じ状況ならって……、普通幽霊なら怖がったりとかそういうのじゃあないのか」

 河谷はそれを聞いた後、溜め息をついて言い放った。

「須郷君だったっけ?空飛ぶ幽霊から始まって、こんなに雑談した後に怖くないの?って聞いても意味ないと思うけど」

 何だか悔しいので、少し言い方を変えた。

「じゃああれだ、知らない人間を家に上げることは怖くないのか」

「だって触れないって分かってるならある意味安全だし、どこと無くヘタレっぽいし」

「……前者はともかく後者は傷つくぞ」


 まさかの普通の人間の方が怖い宣言いただきました。

 というかあれだな、うん、さっきからペースに乗せられっぱなしじゃあないか。


 そう思って、少し悲しくなって目をそらす。あまり部屋を見回すのもいいことではないのだが、なんだかこのまま目を合わせているよりもいいような気がしたからだ。

 周りを見て、目に付いたのは、時計だった。何故だかは知らないが、ちょっとした違和感を覚える。


「ねえ」

 しかしその違和感が何であるかまったく分からない。

「ねえってば」

 時計をみて、そういえば今日は何日だったのか、という事を考え始める。少し遠くで足音のような音が聞こえた気がした。

「あんまり無視するようなら塩でもってこようか?」


 怒鳴られたのと、塩と言う言葉に驚く。しかしそれ以上に、身体が予想を遥かに上回る位置に彼女がいた事と、持ってこようか、なんて言っておきながら。既に塩を持っていることに驚いた。

 早い話が、至近距離で塩を向けられている。背筋が震える、喋ろうにしても、上手く声が出なかった。


「いいから離してくれ、その右手のものを手から離してくれ」

 辛うじてそういう。

「なるほど、塩がだめなのは本当なんだ」

 なんて事を言っているが、それでもなお、手からは離そうとしない。須郷は少なからず恐怖を覚えた。

 あれ、俺って幽霊だよな。恐怖させられてどうするんだ。

 彼がそう思っていると、河谷の笑い声が聞こえた。

「あはは、ほんとに怖がってる、ねえ、どんな感じに怖いの?」  

「なんというか、表現しにくいんだけど、全身の血の気が引いていくというか、まあそんな感じ。人間的に言えば、地を這う虫の大群を見つけてしまった時の状態が似ていると思う」


 何だか自分が苦手なものを自分から公表するのは恥ずかしいもので、その照れ隠しに、須郷は手近にあった本をひょいと持ち上げた。

 彼が何の気もなしに行ったその行動。それを見て、あっけにとられた河谷がこちらに言う。


「あんた物に触れるの?ほんとにあんた幽霊?」

「壁を抜けられないってことは壁に触れるって事だって思わなかったか?それと同じで、俺は静物なら触れるみたいだな。だから鍵を開ける位はできるんだが」 

 本は極力丁寧に扱う。ブックカバーはついていない。

「……ポルターガイスト?」

「あれは超能力とかを指していたような?覚えてないけど」

「幽霊にも色々あるのね」

「まあ、そりゃあな」


 話しながら、手に持った本の著者名を見る。そして彼もあっけにとられた。下手をすれば、今日で一番。

 なぜかって、この本は須郷の非常に気に入っている作家の新刊であった。ちなみにSF作家である。


 それは六年前のことである、何だよこの題名と思って買った本に、完全に引き込まれたのであった。世界観は綺麗で、それで居て何かが起こるという暗示をして、主人公の感情表現はうまく、そしてオチと、語りだせばキリがないすばらしい作品である。

 このところまったく新刊が出ていなかったが、ついに出ていたのか。


「その本がどうかしたの?」

「いや、これお前の本か?」

「そうだけど」


 借りて読む、しかし他人の家で本を読むというのは少々憚られる。

 しかし彼は幽霊なわけで、それはつまり本を買うこともできないわけで。もし買えたとしても今度は読む場所も保管場所も無いのである。


 よって選択肢はこの場で読むこと。少しばかり悪いが、自分の欲には勝てない。

「すまん、これ読んでもいいか?」

「へ、まあ構わないけど」

「サンキュ」


 随分素気ないと、自分でも思う。しかしこれは仕方がないのである。本を得た読書家は水を得た魚のように読み耽る他に道は無いのである。

 そう自分の中で勝手に言い訳して。ページを捲り、内容へと思いを馳せて行く。

 少し遠くで、棚に物を仕舞うような音が聞こえた。

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