幽霊の歩く道――二
記事の内容をよく確かめる。あまり情報が多いわけではないにせよ。この記事の人間は俺と見ていいのだろう。
ならば、俺は一体この一年間、何をしてたというのか。
記憶があるのは一ヶ月前からで、それより前の記憶は空白で、そして生前の記憶があるだけだ。
「ちょっと、兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ」
返答すらはっきりとしていない。
整理しよう。
一ヶ月前に、何かが起こったと見ていいはずなのだ。そしてそれは、多分俺がもう一つ忘れていたことである未練のこととつながるはずなのだ。
しかし、頭のもやはまるで晴れてくれそうにない。
俺は一体、何を忘れているのだろう。
「お兄ちゃん、場所変える?考え事だったら、整理する手伝いするよ?」
その声に意識が引き戻される。
「そ、そうだな」
そして、やっと返事してくれた、と呟いた。どうやら、本当に俺は動転していたらしい。少し落ち着くことにしよう。折角手伝ってくれる人がいるのだから、一人で言っていても仕方無いだろう。
「じゃあ、この前の公園でも行こうか、悩みって言うのは、ぶちまけるものだったよね」
光一は、笑顔でそう告げた。
まず、俺が死んだのは一年前、とする。
そして、その未練を忘れている。
だから、俺の空白の一年間の中で、恐らく未練に関する何かがあったのだろう、と思う。
どう結論を出すか考えた結果、生前の自分のことについて話すことにした。内容としては、この間河谷に話したことと変わりはない。まあ、とりあえず知っておいてもらったほうが、光一の方も考えられるだろうし、自分の過去を話している内に、何か思い出せることがあるかもしれない。
話し終わり、一息つく。話しているうちに何か思い出すと思ったが、そのようなことは残念ながら無かった。
一拍置いて、光一が聞いた。
「未練についてなんだけど、本当に、妹さんに関わることじゃないの?」
「ああ、だって、妹が死んだわけじゃないからな」
「それ、おかしくない?だって兄ちゃん、事故が最後の記憶ってことは、それ以降の記憶が無いってことなんだよね?なんで妹さんが生きてるって信じられるのさ」
この前、河谷にも同じ話をしたとき、似たようなことを聞かれた。その時、河谷がこの点に気付いていなかったのは、俺の表現不足か、彼女が別のことに意識を向けていたからか。
こんな簡単な矛盾に、俺は自分で気付いていなかったのだから。
なおも、光一は続けた。
「妹さん、病弱だった、って言ったよね。事故でじゃ無くても、その後、病気で亡くなった可能性も、十分に、あるんだよね」
そこまで話して、光一は一度、口を閉じた。
何故、妹が死んでいないと考えていたのだろうか。幽霊になったときから、妹は死んでいないと言う漠然とした確信が、自分にはついて回っていた。しかしそれは今、否定されている。
「……多分、この一年で、俺の妹に関する何かがあったんだよな。俺の記憶すら変えるほどの」
「そうだと思う。ところでさ、これはちょっと気になったんだけど、妹さんの年と名前って、どれくらい?」
何故そんなことを聞くのか、とは言わなかった。
「大体、今には中二か、名前だけど、明美って名前だった」
光一は少し考え込む素振りをして、それから言った。
「皆瀬ちゃんの話とさ、兄ちゃんの妹さんの話が、似てるんだ。まるで同じ人みたいに。それに、今聞いた名前も同じだった」
もしかするかも知れない、そう、光一が続けた。




