阿呆、魅せる。
アイディアが先走って表現とか文章がきっとおかしい。今に始まったことじゃないが。
私が初めて”彼”を見たときは、優雅とは言えない場所でのことだった。
貴族と呼ばれる”種族”の中でも、私の家系はそこそこの上流階級といっても過言ではなかった。父上の役職は国の中でもかなりの重役であろう外交官…の補佐の一人であったし、母上もそれなりに裕福な一族からの嫁入りであった。
そこそこの上流階級と、それなりに裕福な一族からの嫁。そこそことそれなりの貴族の結婚。その生活はやはりそこそこでそれなりに不自由しない生活があった。そこで生まれた子供たちにもやはりそこそこ裕福で、それなりに不自由しない生活が約束されるのは当然といえば当然といえるだろう。
貴族の、特に上流階級の男の妻となった女性は基本何もしない。これは彼女たちが無能というわけではなく彼女らの周囲の者たちが、本人が行動を起こす前にすべてを終わらせてしまうからである。
私の母上の生活の一部を例にとってみたいと思う。
朝の起床も顔立ちの整った男の付き人が起こしてくれるし、寝間着からドレスへの着替えもこれまた顔立ちの整った男の付き人が行う。歯磨きも化粧すらもこれまたさらに顔立ちの整った男の付き人が以下略。
そして一介の女として、また上流貴族の妻として表に出しても恥ずかしくない完成された一人の女が、愛する夫の前でつつましく微笑み、朝の挨拶を交わすのだ。実に優雅である。ぶるじょわじー。
そんな母上をみて育った子供たちもまた、それにならい朝の起床からおやすみまで付き人という名の奴隷たちの手によって一日を優雅に過ごすのであろう。きっとほかの貴族たちもそうなのだろう。一部を除けば。
そう、最後の文末にもあるように何事にも例外というものは存在するのだ。
私のように、まだ付き人という名の奴隷を従えていないのは。
花も恥じらうお年頃とはうまいことを言った偉人がいたものだ。私は羞恥心というものが人一倍つよいらしく、見も知らぬ他人に私生活を手伝わせるのは、以前、三女出産パーティーにて、自分の武勇伝をこれでもかと自慢していた異性の貴族に、お花を摘みに行くとに申告するくらいちょっと、いや、かなりこっぱずかしいことなのだ。
そんな思いをするならば、付き人など…奴隷など要らぬ!
という妙に男くさい台詞回しのもと、今までに至るすべての私用は己の手によって成し遂げてきたのであった。
のだが、まあ、貴族様の世間ではそうもいかず。
大好きな父上と母上の必死の説得に折れ、付き人…もとい奴隷を求めて下々の者たちが行き交う市場へと足を運んだ次第であった。
奴隷の取引されている場所は、もともと平民用に作られていたのであろう小さな劇場にかまえていた。中に入ると、まず最初に目に映ったのは、役者が4~5人ほどが同時に演技できればいいであろうというくらい小さな舞台だった。入口より数メートル離れた場所にぽつんと設置されている。それを扇状に取り囲むように妙にすわり心地のよさそうな椅子が配置されていた。ざっと見て100人くらいは座れそうだ。
父上と母上がすでに着席していたのに気付かず、物珍しさからキョロキョロと周囲を見渡していた私は、後ろの入口から入ってきたほかの貴族に気づかず軽くぶつかってしまった。あわてて謝りながら私は振り返った。
グロい。”彼”の言葉を借りるならそういう表現がよく似合うデ…ふくよかな女性だった。詳細はあえて伝えない。私の表現力では伝えきれる自信がないというのもあるが、なにより思い出したくない。
しかしそのクリーチ…ふくよかで個性的な貴族の女性は私を上から下まで値踏みするような目線をよこしたあとに、舌打ちをしながら奥の席へ進んでいった。入口でぼーっと立っている私も悪かったが、声をかければぶつからずに済んだはずであろう。
先ほどのクリーチ…もういいや、クリーチャーに憤慨しながら、私は父上と母上のもとに向かったのであった。
先ほどぶつかったクリーチャーの香水の匂いが取れず、大変不愉快な気分のまま競売が始まった。
次々と、先ほどと同じようなクリーチャーたちに競り落とされていく奴隷たち。そういうのはきまって顔立ちの整った男だった。中には顔をまったく見向きもせず、奴隷たちに着せられたぼろ布を取り払うよう仲介人にけしかけ…その、男性の象徴を見て購入を決める貴族もいた。ちなみに競り落とす側になぜか屈強な男がいたことが実に、実に興味深かった。
競りも終わりに近づいていた。が、私の目に留まるような奴隷はいなかった。というより私が選ぶ気などさらさらなかっただけだった。父上も母上も困ったような顔をして私に話しかけたが、まるで上流から下流へと流れる清水のように変わることない私の反応に、ややあきらめのため息を付いていた。
そんな折、最後の奴隷が紹介された…のだが、何やら様子がおかしい。”商品”の説明を行う仲介人の妙に歯切れの悪いことか。父上と母上との問答を切りあげ、舞台に顔を向けると妙な奴隷がそこにいた。
まず最初に目に映ったのは黒髪。この地域ではまず見かけないであろうその髪の色であった。肩まで伸びたぼさぼさで無造作な長髪は、しかしきちんと手入れを行えば素晴らしい艶がでるのだろうという妙な確信があった。
次に顔。見る人が見れば平面で珍妙な印象を与えるかもしれないが、しかしそれが逆に黒髪と妙に合う。顔の彫りが浅く、それが彼の顔に成長期のあどけない少年のような印象を与えている。
次に身体つき。そこらの成人男性と比べると一見、華奢にみえてしまうが、腕や足、さらに胸を見ると程よい筋肉が見て取れる。ほかの男にはないすっきりと、それでいて必要最低限に引き締まった筋肉は、顔との差異と合わせると妙ななまめかしさがそこにあった。
そして、彼の表情。
それはほかの奴隷たちにはなかった”笑顔”であった。
どよどよと、貴族たちのざわめきが遠くに聞こえる。大好きな父上と母上が何かを私に伝えているが、それすらもどこか遠くに聞こえた。しかし、仲介人が何やら言いにくそうに彼の特徴などを説明だけがいやに頭に響いた。
曰く、この男売れたと思ったら貴族から送り返される。
曰く、ほかの買われた貴族に死ぬような傷を負わされても、すぐに回復する。
曰く、看守にちょっかいだして一緒に酒場へ行くなど日常茶飯事。
曰く、グッと握りこぶしを作っただけで手枷がはじけ飛んだ。
曰く、この男まったく売れずに奴隷市場を転々としているので超破格です。ていうか買って。
私は夢中になっていた。
それは、以前、三女出産パーティーにて自分の武勇伝をこれでもかと自慢していた異性の貴族の話を聞いて以来だった。あるときは”権”振りかざして力なき平民を悪政より守りきり、またあるときは”剣”を取り誰よりも前に立ち、道を切り開いてきた男の話。そこには同性の貴族と話す優雅な貴族生活よりも、淡い甘い恋の話よりも私の心を駆り立てた。
身体が震えるのがわかる。自然と手が握りこぶしを作る。小さな舞台の上に、ただぽつんと立っているだけの男に、あのとき語られた英雄譚の興奮を感じる!
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。その男はいきなり肩幅に足を広げたかと思うと腰に手を当て、親指で自分を指さし、顎をやや上に向け挑発するような笑みと視線をこちら側にむけた。
ざわざわと周囲の喧騒がまた一段と大きくなる。仲介人が何かを叫んでいるがもうそれも聞こえない。だが彼の放った一言は、まるで叩きつけるように私の心に響いた。
「俺…参上!」
その直後、仲介人に脇腹を殴られ黒髪の奴隷は舞台の裏へと引きずり込まれていった。
先ほどまでの喧噪は次第に鳴りを潜め、オーナーらしき人物がお開きの挨拶と鐘を鳴らし、今回の競りは終わった。
ほかの貴族が次々と席を立っていく中、私は白昼夢でも見たかのようにぼう立ったまま、しばらく動けなかった。気遣う父上の声に正気に戻った私は、気づけばはじめてのお願いをしていた。
その時の父上と母上のなんとも珍妙な顔は、人生の中で忘れられない思い出になった。
だが、きっとそれ以上の驚きが待っている。何の疑問も持たず、私は確信した。
私は、魅せられた。あの笑顔に。
特にあの台詞に。
頭おかしいくらい最強だがネタにしか走らない主人公を他者が語る形式って面白そうだなと思って書いてみた。たぶん誰かがやってる。