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8、理想論と現実問題

――どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだろう……。


 十歳くらいの少女はぐったりした状態で床の上に横になっていた。頭痛はし、呼吸も段々弱々しくなっていき、動くのもままならない。

――冷房をつけようと思ったらつかなかった……気がする。

 その日の最高気温は三十五度を軽々と超えるため、各自熱中症には気をつけるよう天気予報のお姉さんは伝えていた。祖母のお見舞いに行った母親にも、「今日も暑くなるから、冷房をつけていなさいよ」と言われていた。

 だからその言葉通りにスイッチを押したが、何も反応しなかった。冷蔵庫を開くと涼しかったため、しばらくそのまま開けていたが、やがて冷気はなくなっていたのだ。

 テレビでも見ようと思ったが電気もつかなかったため、暑い太陽の光の下で、寝転がった状態で読書をしていたら、少しずつ体が重くなっていった。

 やがて読書を終えると、急に喉の乾きを抱き始めた。立ち上がり、冷えていない冷蔵庫まで行こうとしたが、途中で躓き、そのまま動けなくなってしまったのだ。

――水、水が欲しい……。誰か、誰か……。

 これが熱中症であったと気づくのは、もう少し先のことだ。

 全身から汗を出し切り、意識が少しずつ遠のこうとしたとき、激しくドアが叩かれた。

――誰かいる……。

 だが、声に出すのも困難な状態に既に少女は陥っていた。助けを求めようにもか細い声を出すしかできない。

 やがてドアを叩く音が静まると、どうにか保っていた意識が再び遠のき始める。

 しかし次の瞬間、鍵穴を回す音がし、一人の女性が切羽詰まった表情で入ってきたのだ。

「時沢さん、時沢君恵ちゃん!?」 

 女性は倒れ込んでいる君恵を見ると、顔を強ばらせた。

「君恵ちゃんよね、話せるなら返事をして!」

「――きみえ……です」

「よかった、まだ喋れるわね。でも危険な状態には変わりない。――救急車呼んで、早く!」

「は、はい!」

 管理人のおじさんが、血相を変えて携帯電話を操作し始める。女性はタオルから冷えきった保冷剤を取り出し、それを君恵の脇の下に挟み、首筋にも当てた。そして背中を起こした君恵に、持っていたスポーツ飲料を口に少しだけ含ませた。

「ごめんなさい、本当に。停電に気づかなくて。辛かったでしょう……」

 彼女の顔はどこか泣きそうだった。だから君恵はあえて微笑んで見せた。

「でも……お姉さんが来てくれたから、だいじょうぶ……」



 東波市とはまた別のエネルギー資源管理都市の一つに住んでいた君恵。そこは需要と供給のバランスがぎりぎりにも関わらず管理都市を申請、制定されたが、案の定二年目の猛暑には耐えきれず、各地で停電が勃発したのだ。

 細心の注意を払いつつ、エネルギー委員は大停電にならないよう、こまめに停電をする時間帯を地区ごとにずらしながら電力の確保をしたが、運悪く君恵の周辺では長時間停電状態になってしまったのだ。

 他の家では留守にしているか、異常に気付いた人が多数であったため、事なきを済んだところが多かった。だが君恵を始めとして、熱中症に陥った人も何人かいたのも事実である。そしてそれに気づいたエネルギー委員によって、命の危険が及ぶ前に大多数の者は救出されたのだ。


 それは君恵が初めて憧れた職業であり、人だった。

 以後、エネルギー問題や環境問題などに興味を持ち始め、いつしかそのような問題を取り扱う仕事に就きたいと思ったのだ。

 そして行き着いたのが、君恵を救ってくれた、公務員の職の一つであるエネルギー委員。筆記試験や面接試験等を突破しなければならず、目指すにはそれ相応の覚悟が必要である。

 君恵も覚悟はし、勉強をし続けていた。そして向かえた今年の試験。

 結果を見れば――一次試験より先に進むことはできなかった。



 * * *



 突然何者かに突き飛ばされ、部屋に閉じこめられた君恵は、何度か間を置いてドアを叩いて助けを求めたが、何も反応はなかった。

 絶望の淵の中に陥りそうになったが、どうにか自分に対して鼓舞をし、若干明かりが見える奥へと進み始める。足下に注意をしながら進み、明かりの下に来ると、そこには木の机と、その上に様々な書物が開かれて置かれていた。新しい物から黄ばんでいる書物まであるが、机自体に埃は被っていないため、つい最近、もしかしたら今日もこの部屋を誰かが使っていたかもしれない。

「何の本かしら……」

 英文で書かれた本を何気なく覗き込む。だが読んでいくうちに、目が見る見るうちに丸くなっていった。

「もしかして、かつてここで研究を……?」

 “Time”という文字が頻繁に出てくる、その本の表紙を見ると、思った通りのタイトルであった。

「直訳すると時間旅行……。研究していたっていうのは本当だったんだ。徐々に縮小して、お金がないから、こんなところで?」

「――こんなところって言うのは失礼な話ですね」

 外の明かりがドアの先から見えたと思ったら、すぐにその光はなくなってしまった。

 そして中に入ってきた人が、靴で床を鳴らしながら、君恵に向かってくる。

「どこから迷い込んだのかな、お嬢さん?」

 始めは暗くて見えなかったが、やがてその人の姿が、明かりに照らされて露わになってくる。ぼろぼろの白衣を着た、ほっそりとした長身の四十代半ばの男性。

 徐々に迫ってくる男に対して、君恵は下がり気味になるが、途中で机に当たってしまった。その衝撃で写真立てが落ち、ガラスが飛び散る。

「どこから来たかと聞いているんだよ」

「……上の研究所から」

「鍵は閉めたはずだが……。――もしかして他の時代からやってきたとか?」

 真っ直ぐと見つめてくるその瞳はどことなく輝きを放っていた。その瞳を見ると何でも話してしまいそうだったが、若干視線を逸らす。

「何を言っているんですか? 誰かに背中を押されて閉じこめられたんです」

 男が左手を君恵のすぐ脇の壁に付けた。

「本当か?」

「ほ、本当です……」

 男がすぐ目の前におり、吐息がかかりそうな勢いだ。しばらくその状態でいたが、やがて男は手を離して君恵から離れた。解放されると思わず腰を抜かしてしまい、しゃがみ込む。呼吸が荒い。精一杯威勢を放ちつつも、息を殺して耐えたためだろう。

「鍵をかけ忘れたかもしれない。だが、まったくいったい誰がこの部屋に君を閉じこめたのか。ここには極秘資料がたくさんあるのに」

 男は写真立てを拾いつつ、机の上を整理し始めた。紙や資料はまとめられ、本は適当に紙を挟んで積み上げられていく。

「タイムトラベルについて研究しているんですか?」

「……へえ、よくわかったね。それに驚かないんだ、そういうのが研究対象だって」

「知り合いに興味半分で勉強している人がいるので」

 勉強するだけなら誰でもできる。そして事実であるため、安心して言い返せたのだ。

 もしかしたら、これは絶好のチャンスかもしれない。この人は佐竹と違い、確実に何かを知っている。エキゾチック物質も作り出しているかもしれない。

 君恵は立ち上がると、先ほど落とした写真立てに目がいった。

 何かの集合写真だろう。桜の木の下で人々が仲良く並んでいた。目の前にいる男性の若かりし頃の姿や、優しそうな笑顔を浮かべている男性――。

「門上教授……?」

「君、彼のことを知っているのか? 研究室の人間か?」

 君恵が門上のことを話題に出すと、彼――田原の目つきが鋭くなった。それに対して一瞬圧倒されたがしっかりと首を横に振る。

「違います。たまたま階段で転んだところを助けただけです」

「なんだ、名前を知っているだけか」

 空気が自然と緩んだ。彼は君恵を一瞥だけすると、再び作業に戻った。背中まで向けられ、これでは非常に話しかけづらい。このまま大人しく戻った方がいいのだろうか、だが――。

「君の知り合いはどうしてタイムトラベルのことを勉強しているの?」

 急に田原が話しかけてきた。君恵は学のことを思い浮かべたが、首を傾げ気味になる。

「どうしてでしょう……。あまりそのことに関しては話したことがないんですよね」

 この時代に来て、美希と出会ってからは二人で話す機会はほとんどなくなっていた。タイムトラベルを研究していた理由も、ただ単に“興味があるから”としか聞いたことがない。

「ふうん。まあタイムトラベルについて研究する人なんて、物好きなやつなんだろうね。――君は過去に興味はあるかい?」

「過去に?」

 田原は机を整理し終えると、椅子に座って足を組んだ。

「――君だってあるだろう。あの時に戻りたい、あの出来事の前に戻りたい。そうすれば、あのような事にはならなかったのに……という葛藤が」

 君恵の鼓動が波打った。

「だから過去に戻ってやり直すんだ。正しい方向に進むために」

「でもそんなことをしたら、未来が変わってしまう。貴方や生まれるべき人たちも、いなくなってしまう可能性があるのではないですか?」

「さあ、それはやってみなければわからないだろう。もしそうだったとしても、間違った行為だったと、知ることはできない――。だってそうだろう? 消えてしまったら、何もわからないから」

 彼は軽く目を伏せ、一音一音しっかり発言をする。

「世の中には強い想いを持っていても、努力の仕方によっては解決できない問題がある。たった一言だけで、誤った人生を歩む者がいる。――その想いを無駄にしないために、そして最善の選択や言葉を発して、正しい道に進むために、タイムトラベルをする必要があるんだ」


 その言葉に君恵はとても惹かれた。


 もしあの時、違う生き方をしていれば――今、抱いている悔しさ、悲しさ、苛立つ感情はなかったかもしれない。

 もしあの時、思ってもいないことを発言しなければ――今、わだかまりを抱きながら彼女と接することはなかったかもしれない。


 目をゆっくりと開けると、田原は立ち上がった。そして君恵の脇を通り抜けていく。

「それに僕の研究はいずれ多くの市民を救うことになるだろう。だから決して邪魔をしないでくれ。この研究は個人だけでなく、多くの人を救う可能性を秘めているんだ」

「いったい何をする気ですか?」

「――そうだいいことを思いついた」

 田原が近づき、君恵の左手首を強く握った。

「痛っ……!」

「ちょうど被検体を探していたんだ。ほぼ完成したから、最終チェックとして君が試しにタイムトラベルしてくれ」

「はい……!? どうして私――」

 言い返す前に君恵の鳩尾に田原の拳が入った。的確に急所を当てられた衝撃で意識が飛んだ。最後に君恵の視界に入ったのは、田原の口元が大きくつり上がっている姿であった。

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