表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

6、光無き探索

「何、停電?」

 予想もしない展開に君恵は若干戸惑いを露わにする。だが美希は至って冷静にそれを返す。

「意図的に照明を切ったみたい。冷房は効いている」

 手をかざせば冷たい風が吹いていた。外から他の棟の様子を見ると、同様のことが起こっており、どの建物の中も薄暗い。

「エネルギー委員がこのままでは電力不足に陥ると判断して、先に照明だけ切ったみたい。今日は急に暑くなってきたから、冷房を付ける人たちが増えたってところか。……これからどうするつもりだろう? 市内の人口が急激に増え始めた関係で、エネルギーの供給量が追いつかなくなり始めている。いつかは需要が供給を越えて、東波市のエネルギー資源管理都市の更新が難しくなるかもしれない」

「それよりも次の更新前に他の自治体や海外から燃料とかを買い取るとなったら、いっきに東波市の信用が地に落ちるよ」

 君恵が入学する前年、受験勉強で明け暮れていた夏は過去三十年で最も暑い年だった。その影響で、更新するほとんどの市で苦戦を強いられたらしい。しかし東波市では、全国でもトップレベルの需要と供給量の差で、無事に更新をしたのだ。

「東波市のエネルギー委員がいくら優秀でも、今年の猛暑はかなり厳しい戦いをしいられるかもしれない」

 結果を知らない美希はぽつりとそう呟いた。



 エネルギー資源管理都市に選定された自治体が、もし更新時までに自給自足が達成できず、他の自治体から資源などを買い入れたりした場合は、そこで非常に高い税が換算される。つまりあまりに買い入れ量が多いと、完全なる赤字自治体へと変貌する恐れがあるのだ。

 しかしそれに対して自治体として何もしないわけではない。それぞれの自治体の公務員の中に“エネルギー資源管理委員”という、通称“エネルギー委員”が活躍しているのだ。

 電力に関する取りまとめをする仕事が大半で、例えば各エネルギーの供給状況を見るのだが、太陽光発電や風力発電が適切に動いているかどうか、送電線のロスは限りなく少なくなっているかなどをチェックしている。また電力が町の隅々までに行き渡っているかどうかも確認しているのだ。他にも国や近隣の自治体とのエネルギー関連のやり取りなど、仕事はたくさんある。

 一方、国にも全国のエネルギー資源管理都市を統括している省庁があり、その中で国のエネルギー委員として活躍している人もいた。日々の管理だけでなく、自治体から罰則によって得たお金を回収し、他の自治体に補助金として分配する人たちだ。憎まれ口を叩かれつつも、国全体を見るのは非常にやりがいのあることらしい。

 そのようにエネルギー関係の仕事は、非常にやりがいのある仕事であるが、責任も重く、多くの知識を必要とするため、その職に就くには難関試験に突破しなければならない。

 そして彼らが特に活躍するのが夏と冬である。なぜなら一番電力供給が逼迫するからだ。



 君恵と美希は窓から射し込んでくる光を頼りに廊下を歩き、一番奥にある部屋へと辿り着いた。ネームプレートには“佐竹”の文字が。ドアは指紋認証によって開くらしい。

 美希がドアをノックするが、何も反応はなかった。何度も叩くが結果は同じである。

「佐竹先生、いませんか?」

 ドアの近くで叫び、何気なくノブに触れて回してみると、なんと回ってしまったのだ。二人で顔を見合わす。

「……もしかしたら今回は照明を切っただけでなく、実験等で電気を止めないよう申請しているもの以外は、全部電気が通っていない状態なのかも。ちょっとだけ覗こうか」

 君恵は美希の申し出に対して頷くと、彼女はゆっくりドアを開けた。そして廊下に誰もいないことを確かめてから、するりと中に入り込んだ。

 部屋の中はカーテン同士の隙間から射し込んでいる光以外の光源はない。真っ暗に近い状態であったため、足元に注意しながらより慎重に歩を進める。

「手分けして探そう。形は……石でいいんだっけ?」

「石の場合もあるけど、様々な形があるらしいよ。固体であるのは確かだけど、粉末や粒状のものとかも考えた方がいいって」

 学は自分が偶然作ったものは石であると言ったが、人によって形態は異なるはずと道中で話してくれていた。

 中に入ると二つの部屋に分かれていたため、手分けをして探し始める。君恵は机が雑多に並んだ奥の部屋を担当することになり、まずは端から引き出しを覗いていく。中身は紙だけでなく、機械の部品やガラス器具など様々な種類のものがあった。

「……物置、いや秘密基地みたい」

 一番奥まで行って、全体を見渡したときの印象だった。何でも探せばあるという環境だが、言い方を変えれば整理されていない場所だ。しかし、ここにあるものを上手く使えば、有意義な実験ができるだろう。

 作業を再開し、大きな引き出しを開けると、大きな黒い箱が目に飛び込んできた。それを机の上に置き、じっと見つめる。まるで何かを隠している箱。

 まさか――。


「こんなところで何をしているのかな?」


 目の前に集中していたため、突然話しかけられても適切に反応ができなかった。ねっとりとした声とともに、すぐ後ろに男性が現れたのだ。

「人がいないときに黙って忍び込むのは泥棒さんと同じだよ。お仕置きをしなくてはね」

 その声色が気持ち悪く、背筋に悪寒が走った。動かないままでいると、両手を背に回されてきつく押さえ込まれる。

「色気はないが、悪くはないかな」

 耳に息を吹きかけるように言葉を発する。あまりのことで固まっているうちに、急に腰を触られ始めたのだ。非常に不快、一瞬で我に戻る。

「や、やめてください!」

「不法侵入の疑いで警察に突き出そうか?」

 うっと声が詰まった。そんなことをされれば、確実に君恵がこの時代の人間でないということがばれてしまう。そんなことになれば元の時代には二度と戻れない。

「少し遊んでくれれば、何も見なかったことにするよ。――胸はあまり大きくないんだね、揉んで大きくしてあげようか?」

 毛深い手が前の方に伸びてきた。

 もう限界だ。恐怖を押し殺して、何とかして声を発しようとする。

「へ、へん――」

「ド変態ですね、佐竹准教授」

 横から声を挟まれ、手が即座に離れると、君恵は慌てて佐竹の手が届かない範囲に逃げる。声のした方を見ると、冷めた目で美希が携帯電話を片手に佐竹と対峙していた。

「証拠を撮らせて頂きました。嫌がる学生のお尻を触り、さらに胸まで触ろうとする。これを提出すれば、数日間豚箱に押し入れることはできますね」

「お前……! こっちは不法侵入されているんだぞ! 困るのはそっちじゃないか!」

「学生が先生の部屋に入ってはいけないという法律がどこにあるんですか? 入るのが駄目なら、“学生がここに踏み入れることを禁ずる”とか書いておけばいいじゃないですか。でも書けなかった。なぜなら学生を連れ込みたかったから」

 佐竹の顔が徐々に青くなっていく。君恵はそそくさと美希の隣へと移動した。

「不法侵入らしき疑いと、明らかなセクハラなら、どっちが世間的には厳しい目を向けられるでしょうか、先生?」

「こ、こうなったら、お前等の恥ずかしい写真を納めるまでだ!」

 佐竹がにやにやしながら、襲ってこようとしているのに対して、美希は至って冷静だった。

「……脳髄まで変態か」

 すると美希は右足を瞬時に持ち上げて、佐竹の側頭部目がけて、華麗な蹴りをお見舞いしたのだ。そのまま彼は机の上に上半身だけ飛ばされ、気を失ってしまっていた。あまりに綺麗に蹴りが入ったので、君恵は思わず感嘆してしまう。久々に見た蹴りは本当に美しかった。

「あ、ありがとう」

「どうってことないよ。手加減したはずなんだけど、入れ所が悪かったかな。まあいいや、こんな人。今のうちに適当に物色しておこう」

 美希は何もなかったかのように、再び作業を始める。その様子を見て君恵はある黒い箱を彼女に指で示した。

「ねえ、美希、これ怪しくない?」

「黒い箱? 開けられるかな」

 蓋を開ける場所は一カ所だけであり、金具で留められているその部分を外せば開くだろう。明らかに何かを隠している箱、もしかしたらこの中に――。

「開けるよ」

 美希の言葉に対して、しっかり首を縦に振った。そして金具を外すと小気味のいい音と共に開かれる。蓋を開けると、そこには――。



「すぐにでもあの変態野郎、大学から追い出してやる!」

 階段で降りる中、美希が怒りで湯気が吹き出そうな勢いで進んでいた。

「いや、仮にもまだ授業とかあるし、後任とか決めるのに大変じゃ……」

「あんなことされたのに優しすぎ! 変態の授業なんか受けられるか! 授業切ってやる! あたしが大学の教育局に写真をばらまけば一発で左遷か、首よ。誰だ、タイムトラベルに興味があるって言ったのは!」

 あの黒い箱の中身は――際どい格好の大量のフィギュアやエロ本ばかりであった。他にも同じような箱を見つけたが、どれも中身は似たもので、タイムトラベルのタの字もでてこなかったのだ。怒りのあまり、美希がもう一蹴りお見舞いしようとしたが、君恵に止められている。

 代わりに脅迫めいた手紙を置いていった。それだけでも飽き足らず、さらにメールを使って脅すらしい。容赦のない人だなと、つくづく君恵は思っていた。

 美希は中高と空手部に所属しており、当時は君恵も胴着姿の彼女をよく見ていた。蹴りはいつ見ても美しく、ほれぼれした記憶がある。また、強さだけでなく、正義感も人一倍強く、高校時代では痴漢を捕まえて、警察に突き出したこともあるらしい。

 どんな相手でも容赦はしない人だと知っていたが、まさか今回も躊躇いもせずに足を上げるとは思っていなかった。

「変態、本当に変態。あたしに触っていたら、もう処刑ものよ」

「そこら辺にして、誰が聞いているかわからないんだから」

 本来なら被害者の君恵が怒っているはずだが、美希がここまで憤慨しているとその事実に対して、つい忘れてしまいそうだ。思い出すだけでも背筋に悪寒が走るような思いだが、美希の素晴らしい蹴りを思い出してどうにか忘れようとした。

 やれやれと溜息を吐いていると、階段の下から大きな段ボールを抱えて、五十代半ばの男性が登ってくるのが目に入った。足取りは遅いが、一段一段確実に上ってくる。

「エレベーターも止まっているんだ。かなり逼迫しているのかな」

 男性の姿を見守っていると、彼は二人の横を通り過ぎ、あと一段で踊り場に出ようというところで、躓いてしまったのだ。

「大丈夫ですか!」

 君恵はとっさに声をかけて手を差し伸べた。段ボールの中身は踊り場中にばら撒かれる。

「ああ、すまない。だんだんと足腰が弱っているようで……」

 男性は君恵の手を丁重にお断りし、一人で立ち上がった。

「いつ電気が戻るかわからないから、階段を使っていたが、これからは待つことも考えないといけない」

 白髪が見え隠れしている眼鏡をかけている男性で、人の良さそうなおじさんが、腰をかがめて本を拾おうとしている。君恵は半ば反射的に手伝いを申し出ていた。

「拾うの、手伝いますね」

「すみません、ありがとう」

 一番遠くに散らばった物から手を付け始める。美希も二人にならって拾い始めた。

 段ボールの中に入っていたものはだいたいが本だが、印刷した論文や書類も入っている。小さなボールもいくつか転がっており、それを拾うのが一番厄介であった。

 ふと拾った本のタイトルに目が行く。タイトルは『時空旅行の理論』という、新しめの本である。そして拾った論文の中には『Time travel』という文字がいくつもあったのだ。

――この人もタイムトラベルに興味が?

 君恵と美希は拾った物を段ボールの中に詰め込むと、男性は微笑みながらお礼を言った。

「どうもありがとう、お嬢さん方。見かけない顔だがどこの研究室の子たちかな?」

「あたしは大学一年生なので、研究室はまだ決めていません。先生にレポートの質問をしに来ただけですから」

「私は彼女に付き合っているだけで、所属は別のところです」

「そうか、そうか。つまり髪の短いお嬢さんは、今から勧誘すれば入ってくれる可能性があるわけだね」

 彼は美希の方を見ながら言ってくる。

「私は門上。基礎物理を元にして、エネルギー問題に関して研究をしている。興味があったら、いつでも来てほしい」

「ありがとうございます。では門上教授、お気をつけて」

 二人は笑顔で送り出すと、門上は再びゆっくりと階段を登り始めた。

 彼の背中が見えなくなった途端、君恵は美希に見えないように表情を曇らせる。

「あの人が門上教授か。お姉ちゃんもいい教授だよって言っていたけど、本当みたい」

「ええ、本当に雰囲気からしていい人そうね」

――なら、なぜ学は教授のことを口にしようとしたとき、言葉を濁らせたの?

 美希の言葉にあいまいに返答しながら、そのことが脳裏をよぎる。門上の笑顔に引かれつつも、心の底から信用していいのかどうか躊躇っていた。



 帰りに図書館により、何冊かめぼしい本を借り、食材を購入してから美希の家へと戻ってきた。学が使っていた机の周りには、真っ黒に書かれた何枚もの紙が散らばっている。

「お帰り。日が暮れる前に帰ってきてくれたんだね」

「学さんがそうしてほしいって言ったから、急いで帰ってきたんですよ」

 今日の夕飯はあまり時間を取られたくなかったのでカレーだ。夕方には電力規制も納まり、テレビも普通に見ることができている。

 学は美希から本日の報告を聞きつつ、テレビを横目で見ていた。だが君恵が佐竹准教授に襲われたのを聞くと、視線を君恵に向けてきた。そして真っ青な表情で尋ねてくる。

「大丈夫だったかい、なんて言っても無駄だよね。本当にごめん、僕が情報を欲しいなんて言うから……」

「学さんのせいじゃありませんよ。私の注意が足りなかっただけです」

 どうにか笑いながら受け流すが、内心ではまったく笑っていなかった。美希がいなかったことを考えると、恐ろしすぎる。

「君恵さん、無理しなくていいんだからね? 思いっきり心の中のことを、ぶちまけていいんだかね?」

「無理していませんって。だから……」

 もうその話題には触れないでください、と言おうと瞬間、ジャガイモの皮を剥いていた美希が包丁片手に部屋の中に入ってきた。

「やっぱりあのエロ教授、ぶっ飛ばしてくる!」

「ちょ、包丁片手にそれは怖すぎる!」

 美希ならやりかねないことに対して、君恵は慌てて止めに入った。友達想いなのは昔からだが、少々常軌を逸脱し過ぎている。美希が犯罪に手を染めてしまったなど、想像したくもない。

 どうにか君恵は美希を宥め終えると、難しい顔をして、手を口元に当てている学を見た。

「これは研究所に行くしかないかな。おそらくあそこの研究所なら、調べている可能性が高いから……」

「あの学さん。今日、たまたま大学内で出会った人がタイムトラベルについて調べていたようなのですが……」

「大学の人で? 誰だろう。僕の知っている人かな?」

 嬉々と聞いてくるが、学とその人物の関係を薄々感じ取っている君恵にとっては、重い言葉であった。

「――門上教授というお方です」

 予想通り学の表情が固まった。しかし、君恵は気にしないふりをして話を進めていく。

「いい人そうでした、穏和な優しいおじさんという感じで。その人から話を聞いてもいいのではないかと思ったのですが」

「……まあ外面はすごくいいからね。心の中では何を考えているか、わからないけど」

 ぼそっと呟かれる。美希も彼の異変に気づき、ちらりと見ていた。

「何かあったんですか?」

「別に。たまに聞く話だよ。――他人が書いた論文を自分が書いたように名前をすり替える……ということが。どうしてあんな時に新エネルギーに関した論文なんて書いたんだろう。あの人はとにかく結果が欲しかった時期だったのに……」

 研究者の世界では、論文を雑誌に投稿したり、学会に参加する、特許を取るなど、その学問で有名になるためにはそれらの数をこなす必要がある。特に論文を投稿することは多くの人に名前や研究内容を知ってもらういい機会ではあるが……。

 学は視線を逸らし、テレビの画面をじっと見つめる。まるでその話にはもう触れないでくれという行為のようだ。

 君恵はそっとその場から離れ、夕食の準備を手伝い始めた。

 たとえ当時どんなに親しくしていても、信頼を踏みにじる行為をされれば、その後の仲は一瞬で崩れる。たった一言でさえも、気まずい関係になってしまう可能性がある。さらに片方にとっては取るに足らないことであるが、片方には取っては引きずるような言葉もある。

 君恵は隣にいる美希のことをちらりと垣間見た。高校卒業時に君恵が放った言葉は気にしていないように見える。だが、君恵にとってはずっと悔いが残っているものだった。だからこそ、大学受験が終えた時に、伝えたい言葉があったのだが……。



 やがて陽は沈み、夜が訪れていた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ