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4、未来からの手紙

 大学から遠いが、東波駅から近い場所に目的のネットカフェはあるそうだ。途中で君恵はスーパーで買い物をし、自分のだけでなく、学が着る服も一式買う。彼はそれを有り難く受け取り、ワイシャツ、パンツスーツ、革靴から、半袖、ジーパン、運動靴という動きやすい格好に着替えた。念のために、サングラスと帽子も購入している。

 着替え終わった学を見て、君恵は目を瞬かせた。

「違和感なく着こなしていますね」

「これが僕の通常の服装だよ。学会とか、公の場に参加するときしか、スーツは着ていない」

 今回東波市に来たのも、国内で学会があった帰りについでに寄っただけだと言っていた。スーツケースが大きかったわけもそこで知ったのだ。

「……置きっぱなしになっているスーツケースとか、盗まれてないといいですが」

「僕たちがどのタイミングで戻るかどうかにかかっているかな。……ワームホールを繋ぐ時代も気まぐれだから、こればっかりはどうにもならない」

「――それって、つまり未来を繋ぐワームホールを開けたとしても、同じ時代に戻れる確証はないんですか!」

「……ごめん」

 端的に、けれどはっきりと学は言った。それは君恵の心の中を迷走し始めるのには充分な内容だ。意気揚々と動こうとしていたのに、一気にやる気が削がれてしまう。おそらく小部屋の中での告白は、混乱している君恵を考慮して良いところだけを述べたようだ。

 木陰に差し掛かったところで、君恵は俯いて立ち止まった。

「変に期待させて、本当にごめん」

「謝らないでください。私たちの力ではどうにもならないことですから。ただ、理由もなくこの地に来たとしたら、やるせないですね」

「理由……か」

「とにかく今は先を急ぎましょう」

 顔を見せずに学を差し置いて歩くのを再開する。そんな中で、どこからかはっきりとした少女の声が聞こえてきた。

「――時沢……君恵?」

 しかも名前で呼ばれたのだ。その声を聞いて君恵は耳を疑った。歩き始めて間もなく突然止まった君恵に対して、学は首を傾げている。彼と視線が合うと、脳裏をよぎるのは彼と交わした、数少ない約束――。


『この時代の人とは極力接しない――特に名前を知っている相手には、絶対に』 


 この時代での自分たちの存在は、歴史を改変させてしまう恐れがある。特に知っている人と交流すれば、多かれ少なかれ、事後に変化を与えるだろう。

 だが、彼女の声を聞いた君恵はそれを守りきれなかった。

 学が止める間もなく、振り返ってしまったのだ。

 話しかけてきたのは黒髪のショートカットで快活そうな少女。ショートパンツにノースリーブと、真夏の太陽とよく似合いそうな服装だった。

「ああ、やっぱり君恵だ!」

「美希……だよね?」

「そうだよ、久しぶり! 覚えていてくれてありがとう!」

「忘れるわけないよ。だって――」

 それから先のことは理性が働いて飲み込んだ。

 美希は中高と同じ学校で、会えばそれなりに話す同級生だった。彼女は現役で東波大学に入学したが、君恵は浪人をしているため、大学入学にはズレが生じている。

「どうしたの、こんな所に?」

「……モチベーションを上げるために、普段の大学はどういう様子なのかなって来てみたの。生の様子が知りたくて」

 これは事前に用意していた回答である。これならすぐに去っても違和感はない。

「それなら、あたしに言ってくれればゆっくり案内したのに」

「そうだったね、すっかり忘れていたよ。でも大丈夫、一通り見たからもう帰るね。それじゃ」

 本当は話し込みたかったが、隣から学の無言の圧力が伝わってきたため、それはやめた。名残惜しかったが、もう会うこともない友人との会話を打ち切り、背を向ける。

 それにも関わらず、美希は目を細めながら二人の背中を眺め、ゆっくり口を開いた。


「――本当に急いでいるの? 六年後の君恵、そして浅井学さん」


 ごくりとつばを飲んだ。

――今、何て言った?

 その言葉に対して、本日最も動揺した君恵の手を学はきつく握りしめてきた。今度こそ振り返らないようにするための処置だろう。表情は見えないが、君恵以上に虚を突かれているはずなのに、まったくそんな気配は感じられない。

 その状態のまま足を一歩踏み出そうとしたが、次の内容を聞いてしまったがために、それ以上進むことはなかった。

「タイムパラドックスとか気にしているんだよね、浅井さん。未来の人間が過去の人間と交流してしまったら、未来が変わる可能性があるって。でも心配しなくて大丈夫だよ。あたしとなら影響は少ない」

 一息置いて、美希はさらりと口に出した。

「だって――そう長い命じゃないから」

 ――どうして六年前の美希がそんなことを言えるの? どうして自分がそう遠くない未来に死ぬことを知っているの?

 油断していた君恵の涙腺が一気に崩壊する。とっさに口を押さえたがただの気休めだった。横にいた学は君恵の頬に流れる涙を目の当たりにし、目を丸くしていた。

「どうしたの、大丈夫?」

 後ろにいる美希には聞こえないように小さな声を投げかけてきた。だが辛うじて返答するしかできない。

「すみません……、つい……」

 過去の出来事が唐突に蘇ってくる。

 六年前の秋、君恵や彼女の同級生たちに衝撃的な出来事が起きた。それは今、君恵の目の前にいる少女の突然の死だった。昔と言ってしまえる出来事だが、当時の葬式の記憶は未だに色褪せてはいない。

 どう反応すればいいか考え込んでいると、美希は深刻そうな内容を言った直後とは感じさせないほど、明るい口調で投げかけてきた。

「……なんてね、今度検査入院するから、万が一変な病気があったら困るなって思っただけ。――二人とも、今はとりあえず安全な場所で情報収集ってとこかな? けどさ、今時、身分証明書なしで入れるネットカフェなんてほとんどないよ。良かったらあたしのアパートに来る? インターネット環境くらいは完備しているよ」

 君恵や学が美希の変わりように困惑している中、彼女は一人だけで話を進めていく。ゆっくりと近づき、二人の真後ろまで来ると、声を潜めて発してきた。

「――早く六年後に戻らないと、戻りたい時間がずれるよ? 浅井さんが活躍する時代がずれる……ならまだしも、なくなるかもよ?」

 学は考えながら、唇を堅く噛みしめつつ目を伏せた。そして君恵の手を離すと、ゆっくり美希の方へと振り向いた。

「君は誰だ?」

「あたしは矢上美希。タイムトラベルに興味がある、東波大学理工学部の一年生。よろしく」



 美希は学生街から少し離れたところにあるアパートに住んでいた。自転車で通学するには許容範囲であるが、徒歩だと若干遠い距離だ。

 道中の会話は彼女が質問してくる話題を君恵が簡単に答える程度で、あまり会話は続かなかった。学はその様子を少し離れたところから見ている感じだ。

 彼が美希に対して不信感を抱くのは仕方ないだろう。君恵だって、彼女が何を考え、何を知っているかは定かではない。その上この少女と再び話すことになるなど思ってもいなかったため、戸惑うことも多く会話が進まない時が多かった。

 アパートの部屋の中には美希の後に学が踏み入れた。部屋の中をじっくりと見渡しながら奥に歩いて行くが、驚くくらいに整理整頓されていた。テレビとパソコン、そしてベッドと勉強机の上に授業で使用する参考書が何冊かある程度だ。おそらくクローゼットの中に他のものは収納されているだろうが、予め来客が予想されていたような状態である。

「まずはテレビを見る? 二人にとっては過去を振り返るようなものだけど」

 テレビを付けると、ちょうど昼間のワイドショーがやっていた。そこには二人がいた時代でも見る司会者の若かかりし頃の姿が映っている。ニュースの内容は各地のエネルギーの自給自足の状態について。この年は確か東波市の査定年である。

 学と君恵は膝を付いて食い入るように見ていると、美希は冷えた麦茶を差し出してきた。

「これで信じた? この年が六年前だって」

「そうですね、再認識させてもらいました」

 学は正座をし、背筋を延ばして、真正面から美希を見据えた。

「さて、本題に入りましょう。あなたはいったい何者ですか。どうして僕たちが六年前から来た人物だと見抜けるんですか。はぐらかさないで教えていただきたい」

「あたしが今から言う話を信じてくれるんですか?」

「内容によります。あまりにも嘘めいていたら、すぐにここを去ります」

「わかりました」

 美希は肩を竦めると、机の引き出しから一通の手紙を取り出し、学に手渡した。端っこが若干焦げているが、中身を読むには支障がない。

「大学に入学して、授業を終えて帰ってきたある日、机の上にそれが置かれていた。――それは今から六年後にいる姉から届いたメッセージだった」

 内容は簡単に言えばこうだ。


 タイムトラベルは理論的には既に説明でき、あとは実証するだけ。だが実証にはいくつもの問題点があり、現実的に考えれば無理だろう。しかし偶然が重なれば実行できる可能性もなくはない。

 一方、美希が大学一年生の夏に、六年後の未来から偶然にもタイムトラベルした男女が現れる。その一人はこの大学志望の中高時代の友人だ。

 この時代の美希なら、二人に手を貸しても、すぐに他の人に喋らなければタイムパラドックスを起こす可能性は極めて低い。他の人と言うのは、その時代の姉も含んでいる。

 そしておそらく男性の方が、何らかの突破口を見いだすはずだから、彼の指示に従って動くこと。

 これは時間との戦い――早ければ早いほど、彼らが戻る時代のズレは小さくなる。

 ただし注意点としては、彼らに出会っても自らを含む未来のことは聞いてはならない。


 末筆には小さく、六年後の“矢上真美”と書かれていた。

 学は手紙にしわが入るくらいに強く握りしめ、文字を凝視していた。

 この手紙から判断すれば、確かに美希が君恵と学を助ける理由として捉えていいかもしれない。だが、たやすくこの内容を彼女が受け入れられるだろうか。美希は腕を組みながら立ち、読み終わった二人を見て口を開いた。

「正直これを読んだ直後は嘘だと思った。でも姉と親しい人が、密かにタイムトラベルについて研究しているみたいで、実際にそういう学問領域もあると知っていた。だから、これから六年後もしかしたら劇的な変化があって、何かを過去に送ることができる時代になっているのかなってね」

 学は懐かしさを噛みしめるように、手紙を眺めていた。

「真美からの手紙か。この無駄のない簡潔な内容、どこかで読んだことがあると思ったよ」

「あたしの言うことやこの手紙の内容、信じるの?」

「――どうせ僕たちだけでは限界がある。手伝ってくれる人は多い方がいい」

「あたしがあなたをこの時代のあなたに意図的に会わす可能性もあるのに、信用するつもり? そんなことになれば、あなたは存在しなくなるかもよ?」

「真美ならそんなことしないよ。だから妹である、君もしない。それじゃ駄目かな?」

 微笑を浮かべながら、学は美希を見上げる。

 ほんの少しだけ彼女の頬が赤くなったような気がしたが、すぐに顔色は元に戻った。

「本当に六年後のあなたもいい人過ぎるんだね。簡単に人を信用するなんて」

「これでも吟味している方だよ。それでも裏切られることはあるけど…。――改めて、矢上美希さん、短い間ですがよろしくお願いします」

「お願いします、美希」

 学が頭を下げたので、君恵も慌てて下げた。

 美希は、はあっと息を吐きながら、顔を上げた。

「できる範囲だけど、精一杯手伝うね」

 そう言って、歯を出して、にこりと笑った。

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