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12、干渉される過去

 図書館へと急ぐ中、君恵はある歴史的な事件を思い出していた。

 それはテロではないかと囁かれ、今のエネルギー資源管理都市を制定する政策を作るきっかけとなった、三十三年前の事件である。

 大規模な火力発電所地帯に何者かが侵入した後に、漏れ出していた石油に引火、炎上したものだ。火災は広範囲に渡り、作業員だけでなく、消防にあたった者など、二十人以上が亡くなり、重軽傷者も百人は越えた。

 それだけでも大惨事ではあるが、その後長期に渡って電力の供給量が減少し、ある大都市圏が数ヶ月間不自由な生活を強いられることになった。そして、夏の暑い時期であったため、需要が供給を遙かに上回り、冷房を付けられない地域が多発し、結果的に多数の熱中症患者を出し、死者数も過去最高となってしまったのだ。

 それをきっかけに、大規模発電に頼るのは危険という意見が大多数の知見者から出て、今の情勢へと移動している――。

 今回爆発が起こったのは、石油代替え燃料として利用されているバイオ燃料を製造している工場だ。藻類からたくさん油が取れると知られ、研究が進んでからは急速に発達した事業の一つ。東波市の燃料は三永工場のバイオ燃料にかなり頼っている。

 三十三年前に発生した発電所の爆発と、今回発生している燃料を作る工場の爆発、いずれも共通することとしては、その爆発により今後の生活が不自由になることと、一刻も早く収束させなければならないことだろう。

 だが、それよりも今は真美の安否が気になる。

 そして門上が言っていた『戻りたいのなら来なさい』という発言。

 このまま元の時代へと帰れないかもしれないという考えも常に抱きながらも、君恵はキャンパスを駆け抜けていった。



 学と美希は図書館のエントランスホールに近い机で、本を積んで読んでいた。君恵が血相を変えて戻ってきたものだから、かなり驚いている。

「君恵さん、どうしたの?」

「あの、さっき爆発音が聞こえませんでしたか? 三永工場が爆発したそうで……」

「三永工場!? 今日がその日だったか! ああ、これでまた別の日程と誤魔化し方法を考えなければ……」

 自分本位な考えを発した学に対して、こめかみがピクリと動いた。

「学さん、真美さんが三永工場に寄っていたって……」

「知っている」

 君恵の発言に美希の顔から血の気が消えた。一方、学は一言で君恵の言動を切り捨てる。

「美希さん、真美は助かるから安心して。怪我も軽傷だから」

「それは本当?」

「本当だよ。この時代の僕が一緒に救急車に乗ったから確かだ」

 美希の表情が少しだけ緩んだ。だが激しい爆発音がもう一度聞こえ、積んであった本が崩れる。学はそれを戻そうとしたが、その後爆発が数回続いたため、結局は崩れたままだった。

 外を見れば包んだものを死に至らしめるような、真っ黒い煙がさらに大きくなっている。

「爆発音が五回以上だと?」

 学の眉間にさらにしわが寄った。君恵は三永工場の事故はニュースでしか知らない。だが記憶にある限りでは、近くで作業していた作業員が不運なことに一名だけ命を落としたと言うが――。

「大変だ! 三永工場の爆発で発生した炎が隣の工場にまで近づいているらしい。付近に住んでいる友達とかいたら、すぐに避難するように伝えてくれ!」

 図書館に飛び込んできた大柄な男性が、汗だくの状態であらん限りの声を使って叫ぶ。

 学の手から握っていたペンがするりと抜け落ちた。

「僕がいた世界と違う。こんなに悪化していない」

「待って、それってお姉ちゃんはどうなるの!」

「それは……わからない。けどきっと消防の人が助けて――」

「もういい。あたし現場に行ってくる。何かがわかるかもしれないから」

 美希は学を睨み付け、鞄も持たずに飛び出していった。君恵もすぐに後を追おうとしたが、隣にいる顔面蒼白な青年を置いて行くこともできない。

「学さん、行きましょう。私たちのせいで、何らかの過去が狂ったんじゃないですか? 埋め合わせができるかわかりませんが、ここでじっとしていても何も始まりません」

「いや、しかし、この時代の僕もあそこに向かっている。もし鉢合わせになったら……」

「真美さんの安否が気にならないんですか。一人の女性として大切にしているのではないのですか!?」

「え、どうしてそんなことを……?」

 学が頬をひっぱたかれたような表情をした。真美と学の関係は、本人からではなく、この時代に来て美希から断片的に聞いたことから、推測したものだ。君恵が知っている方が学には驚きだろう。そんな事情を話している暇はない。

「そんなこと、どうでもいいでしょう! 親しくしている人の安否が気にならないのですか? とにかく、この瞬間に彼女に万が一のことが起こったら、違った未来が発生しますよ!」

 半ば投げやりに言った内容が多々あった。発する度に君恵自身の心の中が傷ついていくのもわかっていた。だが彼はこれくらい言わないと動かない程、頑固であるという事も何となく気づいている。

 前に向かってひたすら走り続ける、君恵が好きな彼であり続けてほしいなら、自分の心が傷つくことなど、どうでもよかった。

 学は本を片づけるのをやめて、自分の鞄を握った。そして懐中時計を開く。裏側を見ると、日付とイニシャルが掘られている。どうやら記念品のようだ。

「太陽もまだまだ昇っている時間帯、気温も上がっていく。ここから三永工場までは若干距離がある。現場まで軽く運動することになるけど、いいかい?」

 申し訳なさそうな、でもはっきりとした口調と意を決した表情をしている学を見て、君恵はしっかり首を縦に振った。

「ええ、構いませんよ」

「ありがとう。あと……」

 学が少し躊躇いつつも次の言葉を続けた。

「何か勘違いをしているのかもしれないけれど、真美と僕は研究者同士で切磋琢磨していただけの仲。誰から聞いたのかわからないけど、一緒にいたのは研究のことをよく話をしたり、勉強を教えていただけだよ」

 君恵がきょとんとしているうちに、学は横を慌てて通り過ぎて行く。今、言うことなのかと疑問に思ったが、君恵の心は少しだけ軽くなっていた。



 工場に近づくにつれて、あちらこちらで渋滞も発生したため、タクシーを使った移動をしなくて良かったとつくづく思っていた。走り、歩きつつ、ようやく工場に着くと、空は一面黒い煙で覆われていた。

「皆さん、危ないですから、避難してください!」

 警察官が必死に誘導しているが、ざわめきあう野次馬が引く気配はない。また泣きじゃくっている人々が、警察官にしがみついて叫んでいる。

「夫がこの工場で働いているんです! 大丈夫なんですか!?」

「怪我をされた方は既に病院へ搬送しています。残っている人は現在全力で救出しています。落ち着いて、作業員のほとんどは無事ですから!」

 逆を返せば、何人かは残っている。下手をすれば作業員以外の人も――。

「作業員のほとんどってことは、それ以外で偶然この工場に来ていた人はどうなんですか!?」

 噛みつくように聞いているのは美希だった。君恵が思っていることと同じことを聞いているのだ。

「それは私の口からは……。とりあえず病院に搬送されたのは作業員だけです」

「そんな……!」

 崩れ落ちそうになった美希だが、眉を尖らせながら、どうにか立ち続けていた。そして次の瞬間、人を通さないように張られている黄色いテープを無理矢理越えようとしたのだ。さすがにすぐに警察官で抑えられ、テープから引き離されそうになる。

「美希ったら、中に入ってどうするつもりよ!」

 君恵が声を投げかけるが、聞こえないのか返答する素振りも見せない。やがて美希は警察官の制止を振り切って、黄色いテープを越えて行ってしまう。野次馬をかき分けて彼女を止めようとしたが、既に遅く、ただ彼女の背中を眺めることしかできなかった。

「無茶にも程がある!」

 君恵も勢いに乗って飛び出したかったが、警察官の警戒がより濃くなっていた。

 渋々と野次馬同士の間をすり抜けながら群衆の外へと出る。眼鏡をかけ、帽子を深く被った学が君恵を出迎えた。だが彼よりも君恵はその後ろにいる初老の男性に目がいった。

「門上教授!」

 門上に対して背を向けている学はびくっとしつつ、道の脇に寄って、さらに帽子を深く被った。

「来たんだね……お連れの人も一緒に」

 学の背中をちらっと見つつ、険しい顔をしたまま君恵に視線を合わせる。

 その門上から視線を逸らすことができなかった。何かを値踏みされているような気がしてならず、迂闊なことはできない。しかしおそらく数秒だったが、彼に対して君恵の意志を伝えるには充分だったようだ。門上は翻しながら、言葉を発する。

「二人とも、こっちに来なさい。とにかく時間がない」

 それだけ言うと門上は群衆から離れて進み始めた。君恵もすぐに追おうとするが、学は動こうとしない。

「どうしたんですか?」

「さすがに僕は……」

 君恵は門上の背中を一瞥して、学の手を握りしめた。門上に顔を見られたくないからか、それとも彼を信用できない立場にあるからか――。君恵は言葉を選びつつ説得する。

「門上教授は、真美さんを助ける考えでもあるんじゃないでしょうか」

「教授が? なぜ?」

「わかりませんが……。それに私、さっき会ったときに言われたんです。『戻りたければここに来るように』と。はっきりと聞いていませんが、門上教授はタイムトラベルについて深く知っているはずです。そして今が大切なタイミングじゃないのでしょうか?」

「それならどうして教授は僕の話を……!」

「それはあとで戻ってからご自分で聞いてください。さあ、行きますよ」

 渋々と歩き始めた学の手を引きながら、二人は進み始める。

 未だに学は過去に作ってしまった門上への疑惑から拒絶反応を起こしている。しかしそれを消し去るには周囲から背中を押されつつも、最後は自分で真実を掴まなければならない。

 立ち止まっていた自分を動かすのは、意外にも些細なきっかけだ。そのきっかけを学にも与えられたらと君恵は思う。



 門上は工場の敷地内を囲んでいる、人の背丈の倍以上もある塀に沿って早足で進んでいた。所々に監視カメラが設置してあり、塀の上の部分には電線が張ってあるため、不法に侵入をするのは困難だろう。

「門上教授!」

 君恵が呼ぶと、門上は少しだけ振り返った。

「どこに行くのでしょうか?」

「ここの工場に知り合いがいてね、いくつか出入り口を教えてもらったことがある。設計当時、遊び心満載の人がいて、少し面白い出入り口を作ったそうだ。――矢上君はバイオ燃料を製造している研究者に話を聞きに行くと言っていたそうだから、おそらく中央にある小会議室にいると思う」

 鉄格子で作られたゴミ置き場の前に立ち止まり、周りに誰もいないことを確認すると門上は格子の中に入り込む。そして壁面に接しているある部分を押すと、壁がドアのように開いたのだ。古典的な隠し扉を目の当たりにして、口をあんぐりと開けてしまう。門上に続いて、二人は敷地内に入り込んだ。

「東波市の藻類によるバイオ燃料製造工場は、近年国内外、いやここ数年の時代を通じて、注目を集めているところだ。良質な油を効率よく、大量に製造できていることから、東波市がエネルギー資源管理都市として更新し続けられる、一つの要因となっている」

「時代を通じて……」

「ねえ、時沢さん、もしある場所でエネルギー資源が大量にあり、一方で枯渇している地域の人が、そこに行く移動方法がわかっていたら、人はどんな行動をとる?」

「……移動して、分けてもらうか、奪います」

「その通り。ではもし未来と過去を自由に移動できる方法がわかったら、どうなる?」

 やや後ろに歩いている学が唾を飲み込んだ。君恵もすぐにその答えに気づいた。

 真っ黒い煙が目の前に近づいてくる。人の命を奪いかねない、恐ろしい煙が。

「……未来の人が過去のものを奪っていく」

「……そうだ」

「けどそんなことをしたら、結局未来の資源はなくなるじゃないですか。矛盾しています!」

「世の中そこまで冷静に考えられる人ばかりではない。それに資源ではなく、不幸な事故により既に未来には存在しない過去の研究報告書を、奪っていく可能性がある」

 門上は背を向けているため、どんな表情をしているかわからない。しかし今、君恵たちに何を伝えたえたいかはわかった気がした。


「この事故は未来から来た人たちによるもの――?」


 髪を揺らす風が吹いた。その風は焦げ臭さも乗せて、君恵の鼻に入ってくる。

 目の前には黒々とした煙に包まれた建物が。

 救出までのタイムリミットはこく一刻と迫っている。

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