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10、狙われる研究

 その後、門上はかつて一緒に研究をしていた同僚と共に、田原の事情聴取に当たることになった。田原が言っていた、タイムトラベルの共同研究者の一人はなんと門上であったのだ。それに関して学はまったく知らず、事実を知るとただただ唖然としているばかりだった。

 そして今、君恵は美希と共に真美の車に乗っていた。怪我の治療を彼女の家で行うためである。君恵としては研究所で行っても良かったが、侵入者騒ぎを聞いた野次馬たちが未だにいたため、君恵に余計な心労を増やさないために、美希と真美が配慮した結果だった。

 ちなみに後に聞いた話によると、君恵を部屋に押し入れたのは、夜中研究所に侵入した男だった。何か目ぼしいものを探そうとしたが見つからず、しばらく地下に潜って隠れていたが、偶然降りてきた君恵に顔を見られたと思い、閉じこめたらしい。そして慌てて地下から上がってきたところを、現場検証に来ていた警察官と鉢合わせし、その場で取り押さえられたそうだ。

 一方、学はいくら待っても君恵が戻ってこず、何かあったと直感的に思い、研究所内を探し始めたのだ。同じような空間が続いているため、迷っただけという意見もあったが、彼は探すのをやめずに、いつしか地下へと辿り着いたそうだ。



 美希や真美から一連のことを聞くと、君恵は助手席の中で肩を竦めた。

「貧乏くじを引いてみたいですね……」

「でもあなたのおかげで犯人は捕まった。田原さんの所業も知ることができたし」

 学はその場には同席せず、一人で先に美希の部屋に戻っている。さすがに親しい人の前に顔を晒すのは、過去の自分と会うぐらいに危険だと判断したからだ。

 別れ際、君恵の頭を軽く撫でると、安堵の表情を浮かべていた。

『無事で良かった、本当に』

 初めて見た表情に、君恵は数秒見惚れていた。

「――まったくあなたの彼氏、妙に気を使っているのね。別に怪我の治療くらい同席しても構わないのに」

 ちょうど水を飲んでいた君恵はその言葉を聞いて、つい気管支に水を入れてしまい、むせてしまった。

「大丈夫?」

「か、彼氏じゃありません!」

「違うの? 美希から聞いたけど、彼、とても焦った表情で探していたって言うから、つい……」

「ただの同伴者です。普通に過ごしていたら交わる人ではありません」

 そう、ただの同伴者。元に時代に戻るまで、数奇な運命を共に歩いているだけの存在。優しくしてもらっているが、それは心配ばかりかける後輩に対して先輩が仕方なく接しているだけだろう。

 やがて真美のアパートに着き、彼女の部屋の中に上がった。何年も住んでいるため、部屋は様々なもので溢れていた。しかしそれ以上に物が散乱している。数日は片づけていないと考えていいだろう。

「お姉ちゃん、相変わらず汚い……」

「うるさいよ、美希。そんなこと言うなら、掃除してよ」

「……台所だけ片づける」

 溜息を吐きながら、妹は姉の台所を片づけ始めた。

「適当に座って。どこを怪我した?」

「足に爪を食い込まされたり、頬を叩かれたり……。あとは手首の部分が酷いですかね」

「充分に警察に突き出せるレベルだけど」

「そうですね。けど大丈夫です、消毒してもらうだけで。騒ぎになって両親とかに困らせたくないです」

 はっきり言って、警察沙汰になるのが一番困る。やんわりと受け流すと、真美はあまり納得できない表情であったが、その後は特に触れなかった。

 消毒をするとしみたが、手首の部分に包帯を巻いてもらう頃にはあまり感じなくなっていた。

「これで大丈夫だと思う。あとで門上教授が話を聞きたいって言っていたけど、明日の朝とか都合は付く?」

「大丈夫です。お話できることはあまりないと思いますが」

「じゃあ、教授にそう伝えておく。よろしくね」

 真美は押入れの奥へと救急箱をしまい込み始める。もともと奥にあったのを引っ張りだしたため、物がさらに散らばっている。

 背を向けて片づけている彼女に対して、君恵は疑問に思っていたことを次々と突きつけることに決めた。

「あの、門上教授は昔から今までタイムトラベルの研究をしていたんですか?」

「そうみたい。確か七年前から本格的に研究し始めて、あの研究所でチームを作ったらしい。けど、まったく成果が上げられず、予算も付かなくなって、三年前に解散。非常に難しい研究だったから、自然消滅に近かったわね」

 部屋に飛び出ていた物を無理矢理押入れに突っ込み、急いで閉めると、勝ち誇ったような表情をしていた。

「真美さんはよく知っていましたね、そのこと」

「お酒の席で偶然教授から聞いてね。たぶん大学の研究室内だったら、知っているのは私だけじゃないかな」

「他にも研究室に人はいるのにですか?」

「むしろ誰にも話さないつもりだったと思う。私は不可抗力で聞いてしまった。教授、喋った後に顔色変えていたし。――タイムトラベルなんて、危険度が高い研究をするべきではないって言っていた」

「結果を残せるかどうか難しい研究ですからね」

「そういう意味じゃない。研究者の身に及ぼされる危険度よ」

「研究者の身に?」

 君恵は真美を見上げながら首を傾げる。仮にも研究者の端くれである大学院生、研究に対して結果を残さない以外に何か問題があるのだろうか。彼女は少し考えつつも、ゆっくりと口を開いた。

「ねえ、あの時に戻ってやり直したいとか、未来の自分を見てみたいとか、考えたことはない?」

「それはありますけど、今を生きるので精一杯ですから、実際にやってみたいとは思いません」

 田原からも似たような質問をされたが、今ははっきりと言い返すことができた。

「模範解答に近い、いい返答ね。けど世の中そういう人ばかりじゃないのよ。――タイムトラベルできるのなら、多額のお金を払ってでも、その研究者を拉致してでも達成したいという人間は大勢いるもの。もし世間に大々的に発表でもすれば、間違いなくその後は安穏な生活は送れないでしょうね」

 その話を聞いて、君恵ははっとした。

 学は真美と門上に自分でまとめた理論、そして僅かであるが実際に作ったエキゾチック物質を見せたという。もしその時、門上や真美がタイムトラベルを研究することのリスクを知っていたとしたら――本気で話を受け取らず、笑って受け流すかもしれない。学のことを守るために――。

「タイムトラベルも実現すれば凄いことだから、狙っている人は多いけど、最近の傾向として新エネルギーに関する発表も注意する必要があるのよね。特にこの国では」

 台所を片づけた美希が、麦茶をコップに注いで持ってくる。それを真美はお礼を言ってから受け取った。

「エネルギー資源管理都市に対しては、達成できなければ厳しい罰則を――それはむやみに都市を増やさないための処置として適切だと思う。一方で達成できなそうだけれども、都市として認めてしまう場合もあるって聞いた。罰則金を受け取るのは、財政難の国にとっても有り難いころだから」

 麦茶を半分程度飲むと、窓の外から見える太陽光発電に目をやった。

「だから無理矢理にでもエネルギーや資源を得ようとしたがる。もし新たな技術が生まれたのなら、それに飛びつくでしょうね、技術も人も――」

 もしこの言葉の内容を門上も抱いているとしたら、そしてもし門上が君恵の思ったとおり、心優しい人間であるのならば――学はとんでもない勘違いをしていることになる。

「どうかしたの?」

 コップを持ったまま固まっている君恵に対して、真美が覗き込んできた。表情を緩めて、慌てて首を横に振る。

「いえ、何でもありません」

「そう? 何か言っちゃいけないことでも言ったかと思った」

「そうではないです……。ただ、びっくりしました。政府が定めている基準って、意外に緩かったんですね」

「そうね。私も内部の人と話す機会がなかったら、知らなかった。まあそれくらい努力しなさいってことかもしれないけど……。解釈なんて、人それぞれよ」

 真美は目を細めながら、君恵を眺める。日の光をバックにした彼女の表情は、穏やかでもあったが、どことなく寂しそうでもあった。



「お姉ちゃん……ついでにゴミ捨ててくる」

 背後から美希が低い声でぼそりと呟いてくる。君恵はびっくりして、思わずその場から飛び退いた。

「あら、そんなこともしてもらってもいいの?」

「邪魔だから。狭い廊下に飛び出ているし……。……ああ、もういい加減にして! 同じ姉妹とは思えない!」

「何を言っているの、立派に血は繋がっている姉妹よ。――そういえば美希、あなたいつから検査入院するの?」

 妹の怒りをさもなかったかのように受け流す姉。顔をぴくぴくとひきつらせつつ、美希はゴミをまとめ始めた。

「お盆直後から一週間くらい。別に何ともないのにさ、せっかくの夏休みがもったいない」

「医者が言ったんだから、つべこべ言わない。何もなかったら、焼き肉でもおごってあげるわよ」

「特上カルビ頼んでやるからね。じゃあちょっとゴミ出してくる」

 去り際にぶつくさと言いながら、美希は部屋からでていった。

「できる妹がいると、非常に助かる!」

「真美さん、少しはご自分でやられた方がいいと思いますよ。いつまでも美希が近くにいるわけではないですし」

「そうなのよね。あと半年もすれば、私も大学院を修了するし、美希とまた離ればなれなのよ!」

「それもそうですが、それよりも――」

 言いかけた瞬間、急に君恵の喉に何かが詰まる。そしてむせたように空気を吐き出した。

「大丈夫!?」

 真美が君恵に近寄って背中をさする。大きく、温かい手によって安心感が生み出される。

「大丈夫です。少しむせただけですから」

 それはまったくの嘘であり、本当の原因はわかっていた。

――未来のことは、これから未来がある人には言ってはいけない。

 ようやく呼吸が落ち着いてきた時に、不機嫌そうな表情の美希が戻ってきた。

「最低限ゴミくらいはどうにかしてよ」

「うん、わかった。ありがとう!」

「……反省しているのなら、底抜けに明るい返事をしないで」

 美希は君恵の治療が一通り済んだのを確認すると、声を投げかけた。

「そろそろ出る? 遅くなっちゃうし」

「あら、一緒にご飯食べてもいいのよ?」

「食材がない家で食べられるか。――お姉ちゃん、君恵の門上教授からの聞き取りは明日の朝だっけ?」

「ええ。田原さんの聴取で忙しくて、全然連絡取れないから今日は無理。君恵さん、十時くらいに門上教授がいる居室に来てもらえる?」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」

 どうせ明日も予定は特になく、元の時代に戻るために奔走するだけだ。むしろタイムトラベルについて研究をしていた門上なら、何か知っているかもしれない。そっちから話を聞きだした方がいいだろう。

 君恵と美希は真美のアパートを後にし、帰路に着いた。夕陽が沈みかけている、温かな色が二人を照らしている。ようやく落ち着ける状態になった君恵は大きく息を吐き出した。

「長い一日だった……」

 思わず本音がぽろっと出てしまう。それ対して美紀は微笑んでいた。

「本当に無事でよかった。もし君恵に何かあったら、浅井さんが黙っていられないからね」

「だからどうして学さんの話題が出るの……」

「血相を変えるってこういうことを言うのだなって思ったくらい、焦っていた。大切にされているんじゃない?」

「違うよ。同情されているだけでしょ、この時代に来てしまった同じ立場の人間として」

 美希と接しているのを見ていても、誰にでも優しく接する人なのだとわかっている。それに出会ってからまだ二日しか経っていない。濃い時間を過ごしているとはいえ、所詮はそれくらいの仲だ。

 夕陽が沈んでいき、一方では月が顔を出し始めている。タイムトラベルという、偶然ではあるが人類にとって偉業を成し遂げている現在だが、自然界ではさも何もなかったかのように、時が流れていた。



 君恵が美希に連れられて部屋に戻ると、頬を緩ませた学と視線があった。未来から来た片方の身に何かあったら、残っている片方としては非常に居たたまれない身になるだろう。美希は部屋の中まで入りこんだが、学の様子を見ると、あっと声を漏らした。

「帰りに食材買ってこようと思っていたけど、忘れていた。ちょっと買ってくるね!」

「そんな美希、私も一緒に行くよ!」

 居候の身である君恵にとって、美希に余計な手間はかけさせたくない。しかしそれを美希は全力で制止した。

「大丈夫だって! 一人でぶらっと買い物に行くだけだから……」

「でも……」

「君恵は休んでいて。一時間くらいで戻るから。じゃあね、浅井さんに君恵」

 美希は君恵を中に押し入れて、再び外に出て行ってしまった。呆気にとられていると、学が座るよう促してきた。

「美希さんの言うとおり、今日はゆっくりしていた方がいい。その……辛かっただろうから」

 一瞬学の視線が君恵の手首の辺りを見たが、すぐに視線を逸らした。真っ白い包帯を見たのだろう。それをかばいながら、君恵は部屋の端にある美希が寝ているベッドに寄りかかった。

「寝ていていいよ。美希さんが帰ってきたら、僕が対応するから」

「いえ、大丈夫ですよ。座っていれば多少は楽になります」

「ねえ、君恵さん、前から言っているけど……」

 学は意を決して君恵を真っ直ぐ見てきた。

「強がらなくていいから。そんなことされるとむしろ心配だから」

「え……?」

 学の言葉に君恵の心は一瞬揺れた。彼は君恵から一定の距離を保ったまま話を続ける。

「普通ならタイムトラベルした時点で、気が動転するはずだ。それなのに君は大人しく僕の後をついてきてくれる。いくらしっかりとしたお嬢さんだからって、無理しすぎている。それに佐竹准教授や田原さんのことも、トラウマになりかねない体験をしているんだ。どうして虚勢を張るんだ。僕が頼りにならないから? 話しても無駄だと思っているから? 言葉をぶちまけた方が、時として楽になるんだよ!?」

「それは……」

 迷惑をかけたくない、その一心だった。

 自分よりも秀でた頭を持ち合わせる青年。研究熱心であり、知り得た知識を丁寧に教えてくれて、研究者から見ても頼れる人。それだけでなく、常に優しく気遣いながら接してくれるのが非常に嬉しかった。

 だが今はとにかく元の時代に戻らなければならない。戻るための鍵を握っている彼に余計な心労をかけたくなかったのだ。

 だが、学の言葉は君恵のその閉ざした想いを突いていた。

 気づけば頬に涙が伝っている。慌てて拭ったが、とめどなく溢れ出してきていた。

「ご、ごめんなさい! すぐに止まるので!」

「だから無理しないでいいって」

 学はタオルをそっと君恵の傍に置くと、ゆっくり立ち去ろうとする。

「僕がいると気を使うだろう。廊下に出ているから、気が済むまで泣きなさい」

――だから優しすぎるんです、学さんは。

 君恵は思わず彼の服の端を握っていた。学は目を丸くしながら、その手元を見つめた。

「いた方がいい? 何か聞いてほしいことはある?」

 屈み込むと、学が君恵と視線を合わせてくる。

 ここまでみっともない姿をしているのだ、彼の気持ちを有難く受け取り、震える声で想いをぶちまけた。

「こ、怖かったです。知らない時代に来たり、襲われたりして。死ぬんじゃないかとさえ、思った……」

 溢れる涙の量に驚きつつも、君恵はタオルを口元に抑えた。

「どうして自分がこんな目にあわなくてはいけないのかなって何度も思った。でも、今はとにかく元の時代に戻らないといけないって思い込んで……」

 学がそっと君恵の頭を撫でた。優しく大きな手が頭の上に乗っている。

「早く戻って学さんに研究をさせたい。私も自分の道を進みたい。それにこの時代にいるのは辛すぎるんです。美希が、私が生きている時代では死んでしまった彼女がいるから……」

 学は目を丸くして、撫でるのをやめた。君恵が抱えていた重大な内容を聞き、困惑した表情をしている。君恵にとっては、むしろ彼にその事実を伝えられた方が奇跡だと思っていた。同じ時間を過ごしていた者同士であるため、影響は少ないのかもしれない。

 溜めていたものを片言で吐き出すと、少し落ち着きはしたが涙は止まらなかった。学は引き続き頭を優しく撫で始める。

「ごめん、そんな辛いことを言えずにいたなんて……。死んでしまった人と再会したら、僕は取り乱すよ。けど君恵さんのおかげで、美希さんと会えて、前に進むことができている。辛い中、本当にありがとう」

「はい……」

 その言葉で少しは救われたような気がした。

 そして泣き終わるまで、学はそっと君恵の傍にいながら、宥めていたのだった。

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