1、エネルギー管理都市
この作品は『空想科学祭FINAL』参加作品です。
2014年1月18日に改稿版をアップしました。
改稿前(PDF版)をお読みしたい方は、目次下部のリンクより飛んでください。
『真っ暗な空間を進んでいても、いつかは道が開かれるんだよ。その先に何が続いているかは、進んでみなければわかることはできない』
それは失意の淵に浸っている君恵を助けてくれた言葉だった。
要領が悪く、思うような結果が出ない自分に対して、彼女はそう言ってくれたのだ。だがその言葉を当時は素直に受け取ることができず、最高の結果を出した彼女に向かって思わず言い返してしまった。
それを聞いた彼女はただ小さい声で「ごめん」と言い目の前から去って行った。
そしてその言葉は君恵が聞いた最期のものとなった。
人はいつ死ぬかわからない。
いくら技術が発展して住みよい街になろうとも、年齢も立場も関係なく、ただ唐突にその人の人生を奪っていく。
今まさに輝こうとしている人も例外ではない。
目の前に飾ってある、微笑んでいる少女の写真を君恵はじっと見つめていた。多くの人がすすり泣く声が聞こえてくる。若すぎる突然の死に、斎場にいる人々は皆悼んでいた。
君恵も込み上がってくる思いに堪えきれず、涙がこぼれ始める。
――私なんかと違って、明日から素敵な日々が待っているのに、どうして……。謝ることすらできないなんて……。
順番が回ってくると、写真の少女と過ごした日々を思い出しながら焼香をした。
既に起こってしまったことを変えることはできない。
当然、人の死を変えることなどできない。
けどもし、彼女と再び会うことができれば――。
十八歳という、早すぎる友人の死は、君恵の心の奥底に深く突き刺さった。
* * *
「なんで、昔のことを夢で見るんだろう」
ある明け方、机の上に突っ伏していた一人の女性は、窓から射し込まれる光によって自然と目が覚めていた。体を起こすと、ノートや筆記用具だけなく、フラスコやビーカーなどが広い机の上に散らばっているのが視界に入る。
「測定結果を待っている間に寝ちゃったのか……」
欠伸をしながら立ち上がり、測定していた装置のもとに行って、モニターに写っている数字を見るなり、がっくりと項垂れた。出て欲しいと思っていた数字とは遠くかけ離れたものだったのだ。一応、ノートに書き写したが、まとまりがない数字がそこには並んでいる。
ぼさぼさになった黒い髪をかき上げながら、女性は窓辺に寄りかかった。
「実験もやりなおしか。もうこれで何回目よ。いい加減に平均値取らせなさいよ、修論に間に合わないじゃない。……実験も就職も上手くいかないなんて、笑える人生ね」
一人で苦笑しつつ、女性は机に視線を落とすと、手帳に挟まれている紙が目に入った。
「いい加減に前に進まなきゃ。こんな紙切れを持っていても何も意味がない」
“受験票”と書かれた紙から視線を逸らすと、ぎゅっと唇を噛みしめて、部屋を後にした。
外には大きな研究施設やアパート、自然豊かな木々が並んでいる。そして所々にある広大な空間には風力発電のプロペラが回り、太陽光パネルが家の屋根を覆い尽くしていた。
それがここ、東波市の一般的な風景だった。
時沢君恵は、東波大学大学院の修士課程に在籍をしている、理系大学院生。東波大学の理系学生は八割が大学院に進んでおり、国内や世界で活躍する研究者になるために上に進む者もいれば、周りに流されたりして上に進む者など、色々な人がいる。
また研究室によって活動状況は異なっており、拘束時間が決まっている所もあれば、君恵の所属している所のように拘束時間に決まりはなく、研究の進め方は自分次第という所もある。そのような環境の中、君恵はしばらく研究をしていなかったため、遅れを取り戻すために最近は夜遅くまで実験をしていることが多々だった。
脳を覚醒させるために顔を洗った君恵は、実験室の脇にある休憩室に足を踏み入れる。麦茶を飲むために冷蔵庫を開けたが、あいにく飲み物は他の人のペットボトルがあるだけで、自分が飲めるものはなかった。どこまでついていないのだと、愚痴をこぼしながら、財布を肩掛けカバンに詰め込んで外へと出た。
外に出ると、雲一つない青々とした空が続いている。多少汗ばむが、今日は湿気が少ないため夏にしては比較的過ごしやすい。息抜きに散歩をするにはいい日かもしれない。
早朝から開いている近場の食料品店に向けて、のんびりと歩き出そうとした、その時だった。突然ポケットに入っていた携帯電話が振動したのだ。それは地域一帯に一斉送信されたメールだった。そこにはこう書かれている。
東波市にお住まいの皆様
本日、東波大学理工学研究科量子工学専攻において、大量に電気を使用する実験を行うため、電気の使用は極力控えるようにしてください。よろしくお願い致します。
東波市エネルギー資源管理委員
そしてその文面の下には、使用可能な電気量が線で示され、現在の使用電気量がグラフとなって示されていた。使用量が可能な量を超えると市が大停電に見舞われるため、今回のように役所が呼びかけたりすることで、市民の電気の使用量を減らすことになっている。
「専攻程度での規模でこのメールが流れるのは久々かも。たいていは工場とか、大学をあげての実験とか、大規模なところばかりだから……。何の実験をやっているのかな。このメールが流れると、迂闊に実験ができないのよね。こっちも実験再開したいから、早めに終わってほしい」
このようなメールは東波市では意外にも珍しいことではない。そのため君恵はすぐに脳内で今後の実験計画を書き換えながら歩き始めた。
* * *
国外からの驚異も薄れ、国内では中央集権制から地方分権制へと移行し始めた頃、根本的にエネルギー分配に関して見直す事件が三十三年前に起こった。
その事件をきっかけに、特定の地域に発電所を置き、そこで大規模に発電し、各地にエネルギーを供給するのは、万が一その発電所が機能できなくなったときのことを考えると、発電所自体を各地域に分散させた方がいいという動きが出てきたのだ。さらには海外からの資源輸入も、世情により不安定であったため、それに頼らない主張が出てきていた。
それらの意見から、究極のエネルギーの自給自足を行おうと動き出したのだ。
それを達成するために、政府は検討を重ねた結果、三十年前に“エネルギー資源管理都市法”を定め、自給自足ができるかどうかを机上だけではなく、現実世界でも検討し始めた。
内容としては、公募より決定したいくつかの自治体をエネルギー資源管理都市と定め、その都市内では内部で作ったエネルギーのみを使用するよう促すものである。また、ただ細々と自給自足をするだけではなく、エネルギー供給地域の規模を拡大したり、管理都市を更新し続けることができれば、国から莫大な補助金が支給される仕組みなのだ。
この政策はエネルギー供給の分散化だけでなく、自給自足をするために必要な人材の創出も狙いとしていた。その上、海外からも注目を集めている政策でもあったため、もし長期に渡って成功すれば、管理都市を中心として、国内に多くの人が訪れるはずである。その日地たちを呼び寄せることができれば、観光地としても賑わいを見せることができると考えられていた。
つまり自治体にとって、国からの補助金や観光による利益が得られる可能性があるので、非常に魅力的な政策であったのだ。
しかしその分、管理都市への認定や三年ごとの更新時のハードルは高い。その際は、国から派遣された人間によって綿密にエネルギーの需要と供給の比率を、書類や現地調査を通じてチェックするのだ。工場や学校はもちろんのこと、果ては家庭レベルにまで調査する可能性もある。
一方で管理都市として認定するときは、それなりのリスクもはらむことになる。
チェック時に自給自足をするのは無理だろうと結論付けられ、認定や更新をされなかった場合はまだよく、特に日々の暮らしは変わらず、その後は細々と暮らしていくことになる。
だが万が一、認定された三年後の更新までの間に自給自足が達成できなかった場合は、厳しい現実が待っているのだ――。
* * *
君恵は食料品店で飲み物とパンを買い物カゴに入れつつ店内を回る。電力の使用を控えているため、若干薄暗いがそこまで苦ではない。ただ、冷房の温度も高めなのか、暑い外を歩いてきた君恵にとっては快適な休憩場所とはならなかった。
レジにて精算後、帰りに備えて店先で水分を補給していると、併設されたレストランとの間にある小さなタンクが目に入った。そこでは賞味期限が過ぎたお総菜やレストランで発生した生ごみなどを投入、発酵させることで発生したガスを燃焼し、タービンを回しているのだ。また発酵後の残渣は肥料としても利用できるため、周りを囲んでいる木々の付近にある立て看板には『肥料は自給自足です』と書かれている。一種の店側のアピールらしい。
君恵にとっては自分の研究領域と絡んでいるため、この店に来るたびにどのような結果を出しているのかと、気になっている所だった。
飲み終わり、研究室に戻るために歩き始めると、長袖のワイシャツを捲りあげ、眼鏡をかけている、ひょろりとした髪をほんの少し茶に染めた青年が視界に入った。市販で売られている一番大きなスーツケースを転がしながら、怠そうに歩いているため、速度は非常に遅い。よく見れば呼吸をするのも激しく、傍から見てもあまりいい状態ではなかった。
飲み物を持っていないのだろうか。あの様子ではしばらくして熱中症になり、倒れてしまう可能性がある。しかしここで君恵が水を渡すのは、いい歳の男性に対してお節介ではないだろうか。
一人で考え込んでいると、突然青年の方から弱々しい声で話しかけてきた。
「あの……すみません。ちょっと道をお尋ねしたいのですが」
よく人から道を聞かれやすい人間だったと君恵は思いつつ、青年に返事をした。
「なんでしょうか、私がわかる範囲で良ければお答えします」
彼は少しだけ顔が明るくなり、君恵のもとに近づいてきた。
「ありがとうございます。東波大学理工学研究科の門上研究室なのですか、わかりますか? 久々に大学に来たのですが、モノレールが動いていなくて……。初めて東波駅から歩いてきたのですが、途中で道がわからなくなってしまったのです」
「東波駅から歩いてですか! それはお疲れ様です」
通常であれば、他の市と繋ぐ東波駅から大学の近くにまで行くには、市内を循環するモノレールに乗っていた。東波駅から歩くとなった場合には、大学までは歩いて三十分以上かかる。これでは汗だくになっているのも納得できた。
「時間帯が悪かったですね。一時間くらい前から間引き運転になっているはずですから」
「どうしてですか?」
青年はきょとんとした顔をしている。久々に来たと言っていたが、この様子だとここ数年は来ていないのだろう。
「五年半前のエネルギー資源管理都市の更新後、市から知らせがあったんです。これまでは受け身の姿勢で技術を維持していたけれど、今後は攻めの姿勢で技術革新をしたいと。そのため、それ以後実験や製造過程で大規模な電力を使用する場合には、市全体で電力を使う量を抑えているんです。だから電力を使用するモノレールが間引き運転されているんですよ。一、二時間に一本がいいところですね」
「僕が修了してこの町を出た後の更新だったからそのことは知らなかった……。そんなに変わっていたんだ」
彼は感心しながら、風景はたいして変わらないが、以前とは仕組みが変わった町並みを眺めていた。
「あ、そうだ、研究室までどう行けばいいんですか?」
「そのことでしたら私も大学に戻るので、お連れしますよ。研究室まではわかりませんが、研究科までは把握できますので」
「いや、しかし……」
「ここ数年で、新しい研究棟が建てられたり、従来あった道も通行止めになったりしたんですよ。下手に動くと、迷ってしまう可能性がありますが?」
にっこりと君恵は微笑む。特に急ぎの用事もないし、困っている人は進んで助けるのが信条だ。それに彼が道に迷って熱中症にかかってしまったら、非常に極まりが悪い。
迷うという言葉を敏感に感じた青年は頭をかきながら口を開いた。
「は、はあ……。それならお言葉に甘えて、道案内をお願いします」
そう言うと、青年は名刺を差し出してきた。今時電子媒体での交換が主流であるため、紙の名刺など珍しい。君恵は荷物を肩からかけ、両手で受け取った。
「浅井学です。五年半前にここの理工学研究科の修士課程を修了して、海外の大学院で博士課程に進んでいました。今は研究員として下積みを重ねています」
その名刺には世界の工業大学で最も有名な大学名と校章が印刷されていた。予想以上に優秀な人であるという事実に、君恵は驚きを表情に出してしまう。
「意外ですか?」
「そう言うわけでは……」
「別に構いませんよ。研究者っぽい雰囲気なんて出せないですから。あの、差し支えないならお名前を伺っていいですか?」
「東波大学大学院生命環境科学研究科の修士課程に所属している、時沢君恵です」
そして先ほど買った水を学に差し出した。
「よろしかったらどうぞ。喉渇いていませんか?」
今度は躊躇いもせずに、学は笑顔で受け取った。
「ありがとうございます、君恵さん」
学が行く研究棟へは、食料品店からに二十分ほどかかる距離にあった。十分ほどで大学のキャンパス内には入れるが、土地が広いため、さらに奥まで進んでいかなければならない。一人で歩くには長く感じる距離を、二人はたわいもない話をしながら、木々に囲まれた道を進んでいた。
「随分と新しい校舎が増えたみたいだ。昔からあるところも、何となく雰囲気が違う」
「だいぶ老朽化していましたからね。五年前から校舎を全面的に改修しようという動きが出てきて、新しい研究棟を建てるだけでなく、改修工事も始めたんです。その影響もあって、研究科によっては部屋の配置が変わっている可能性があります」
「そうなんだ。もしそこの地帯だったら、僕の探し物も捨てられてしまったかもしれないのか……」
だいぶ学の話し方が砕けてきて、君恵はほっとしていた。学は学部時代に早期卒業をしているため今は二十九歳、君恵は大学入学時に浪人していると言ってもまだ二十四歳。さすがにこれだけ歳が離れているのに、敬語を使われるのは気が引けたため、ため口で話してくださいとお願いしたのだ。
気さくに話しかけてくるため、話を聞いている君恵にとっては楽な相手でもあった。
「君恵さんは修士課程の二年生だよね、これから実験?」
「昨日の夜遅くまで実験していて、今は休憩中です。なかなかいい結果が出なくて、辛くなってきました」
苦笑しつつも、君恵は努めて明るく笑い飛ばす。笑っていられる状態でもないが、他人相手に余計な気遣いを負わせたくはない。そんな君恵に対して、学は穏やかな表情で微笑んだ。
「そういう経験は多くの人が体験することだよ。僕も研究が嫌になって、一週間くらい無断で研究室から消えたことがある。しかも学会の要旨提出まで二週間切っているときで、その時はかなり教授から心配させられたよ。必死に実験しているのに、データが出なくて、すべてから放り投げたくなった。でも――結局戻って来た。研究馬鹿だったんだろうね」
「いえ、きっと研究が好きだったからですよ。だからさらに上を目指して海外で博士課程を? 教授から勧められたのですか?」
「……まあ、そういうところかな」
学は視線を下げて、歯切れ悪く言う。その様子が気になり、問いかけようと思ったが、ぐっと堪えて口を閉じた。君恵にとっても触れてほしくない出来事はある。
他人の過去にむやみに触れてはいけない――。
世間話や東波市の移り変わりを話していると、あっという間に理工学研究科の棟まで辿り着いた。しかし十棟以上立ち並んでいるため、違う研究科の君恵にとってはどれが行きたい棟かはわからなかった。奥には新しく建てられた研究棟があり、そこには人の気配があるが、手前にあるC棟には改修工事が入る予定であるため、既に人の気配はない。しかし学はそんな研究棟をぼんやりと見上げていた。
「ここの棟に来たかったのですか?」
「そう。でも、これじゃ引っ越したみたいだね。――案内、ありがとう。ここからは一人で大丈夫。今は急いでいるから何もできないけど、今度会えたら、ご飯でもごちそうさせて」
「いえ、そんな気を使われても……」
「いやいや、いなくなってからの変革模様が知ることができて助かったよ。――それでは」
学は颯爽と背を向けて、大きなスーツケースを転がし始める。
夏のある日に突然現れた優男の青年。ほんの少しの時間であったが、気分転換には充分であった。本当なら色々と聞いてみたいことはあったが、だがこれ以上踏み入れても仕方ない。
「あ、あの……!」
呼びかけると学が立ち止まり、不思議そうな表情を向けてきた。君恵はどうにか絞り出した言葉を投げかける。
「……探し物、見つかるといいですね」
「あまり期待はしていないけどね。ありがとう」
学は憂いの表情を浮かべながら、再び研究棟に向かって歩き始める。
君恵は彼の白いワイシャツが棟の中に入って見えなくなるまで、ぼんやりと眺めていた。