ダンストライブ
ムーブ1
今朝は雲ひとつない快晴。
透はお気に入りのデジタル一眼レフを首に下げ、山道を上っていた。
今日の目的は、この山の頂上から見える街の景色を撮りにきたのだ。
期待に胸を膨らませながら林を抜けると、目の前に雄大な街の景色が広がった。
この場所は透のお気に入りのシャッターポイントだった。
いい写真の取れるポイントを探そうと、横這いに景色を眺めながら歩いていると、ふと、崖の方に人が座っているのが見えた。
なにやら、挙動不審な感じのする人だった。
透が「なにをしているんだろう」と訝しげに見ていると、その人物は座っている状態から腕立て伏せのポーズになった。
そして、腕立てのポーズから徐々に足を持ち上げていった。
足は天に向かって上がっていき、最終的には綺麗でまっすぐな逆立ちになった。
透が驚いて見ていると、その人物は逆立ちのままピョンピョンと上下に跳ねだした。
透は何が何だかわからなかったが、一連の動きを見ていて、その人物にただならぬ雰囲気を感じ、じっとその人物の行動を見ていることにした。
その人物は逆立ちの状態を維持しながら、ずっと跳ね続けている。
透は不思議な物を見る感じでその人物を見ていた。
しかし次の瞬間。
その人物は体を支えていた腕を踏み外し、崖の向こう側へ倒れこんでしまった。
その人物は咄嗟に崖の先端にしがみつき、宙ぶらりんの状態になっている。
危険を感じた透は走り出すと、崖のそばに行き、その人物の腕を掴んだ。
近くに来てみるとわかる、その人物はたくましい腕をした男性だった。
「大丈夫ですか!」
透は呼びかけながら、一生懸命男性の腕を引っ張った。
「うおおお!!」
とその男性は唸りを上げると、透の引っ張りを支えにして一気に崖を這いあがった。
二人とも崖の上にへたり込むと、首をもたげながら「ぜえぜえ」と息を切らした。
息が落ち着いたところで、透が男性の方を見ると、男性はにっこり笑いながら「ありがとう」と言った。
透も笑顔を返して。
「いえいえ、危なかったですね。
ところで、こんなところで何をしてたんですか?」
と聞いてみた。
「修行・・みたいなものだな。 筋力だけじゃなくて精神面も鍛えれるトレーニングだよ」
「トレーニングですか。
なるほど、それで崖の先端で逆立ちしていたんですね」
男性は少しムッとすると。
「あれは単なる逆立ちではないんだ、ラビットという技なんだよ」
と言った。
「技・・・?
体操かなにかですか?」
「いや、ブレイキングというストリートダンスの一種だ」
「ブレイキングですか・・・なるほど」
透には知らない言葉だった。
「厳密な意味は違うが、ブレイクダンスと呼ばれることもある」
「あ!それなら知ってます!」
勢いよく答えてみたが、透は言葉しか聞いたことがなかった。
一生懸命、頭の中を探してみるが、ブレイクダンスがどんなものなのか出てこない。
そんな透の様子を見ていた男性が、手招きをすると、透を崖から離れた場所に呼んだ。
男性は手で地面を触ると、何かを調べながら独り言を言った。
「柔らかい地面だと、やりにくいんだが・・・」
男性はそう言ったあと、持っていたリュックサックからローラースケート用のヘルメットを取り出し、頭を地面につけ、イスラム教の礼拝のようなポーズになった。
そのポーズから両足を伸ばし、三角倒立になると、足をVの字に開き、その足を振って体全体を回転させ始めた。
みるみる回転のスピードが上がっていき、回転のスピードがある程度変らなくなったところで、体を支えていた手を離し、頭だけで体を支えて回転した。
そして、Vの字に開いていた足を閉じていくと、体全体が一本の棒のような形になり、徐々にスピードを上げていき、フィギアスケートのスピンのように凄まじい速度で回転した。
最後に体を回転させながら倒れこむと、男性は体を起こしながら透に言った。
「いまのがブレイクダンスの技で代表的なヘッドスピンという技だ。
たぶん、テレビなんかで一度は見たことあるんじゃないか?」
確かに透は今の技をなにかで見たことはあった。
だが、単純にすごいと思うだけで自分には無縁なものだろうと思った。
男性はヘルメットを取るとリュックにしまい、帰り自宅を始めた。
そして、透のほうに近寄ると、手を差し出し握手を求めた。
透は照れながらも差し出された手を握った。
「俺は謙崎覚悟、よろしくな。
そして握手はこうだ」
覚悟はそう言うと、握手をしている手の指を引っ掛けながら「パンッ」と音をならして、手を離した。
そして離した手で拳を作ると、透の前に差し出した。
「?」となった透を見て。
「ほら、お前も」
と言って透に拳を作らせ、その拳に自分の拳をコツンと当てると、透に背を向けて山道を下って行った。
ムーブ2
今日は月曜日。
誰もが憂鬱になる、始まりの日である。
透も学校があり、通っている大学に行くために、朝早く家を出た。
パソコンで動画を見ていたので少し眠い。
謙崎覚悟と出会い。
見せてもらったブレイクダンスというものが気になり、夜遅くまでインターネットで検索していたのだ。
透は歩きながら考えていた。
透は覚悟の事をいい人だと思っていたが、もう会うこともないだろうとも思った。
あの場所を知っているという共通点はあるが、連絡先も知らず、いつ、あの場所にくるかもわからない。
少しだが、興味を持ったブレイクダンスも、縁の無かったものだろうと、心の中で納得していた。
そんな感じでボーっと歩いていると、薄らと人の声が聞こえてきた。
何かを叫んでいるようだ。
何を言っているのかはわからないが、その声はだんだん近くなっていく・・・。
気づいた時には遅かった。
自転車がすぐそこまで迫っており、運動神経のない透は身動きできず、自転車を受け止めるようにしてぶつかってしまった。
(ガシャーン!カラカラカラ・・・)
派手な音のあとに、静かに響く車輪の音。
透が放心状態で体を起こし、周りを見ると、そこには女の子が一人倒れていた。
どうやら小学生くらいの女の子とぶつかってしまったらしい。
ハッと事の重大さに気付いた透は、すぐさま女の子に近寄り「だいじょうぶですか!?」と声をかけた。
女の子は頭を押さえながら。
「しっと・・うぇああーゆーるっきんあと・・・」
と言った。
というか透にはそう聞こえた。
英語のようだが透には意味がわからない。
女の子は頭を押さえたまま自転車を起こすと、キッとこちらを一瞥して
行ってしまった。
完全に怒らせてしまったようだ。
透は「悪いことをしてしまった」と心の中で思い、ションボリした気持ちで大学までの道のりを急いだ。
1限を受けたあと、4限まで時間があったので、透は何をしようか考えながら、キャンパス内のベンチに座っていた。
透はいまだに大学に友達がいない。
もともと社交的な性格ではないので、自分から友人を作ろうともしなかった。
声をかけられても深い仲になろうとしない、そんなスタンスだったので結果がこうなのだ。
喋る相手もいないので、透はデジカメを取り出すと、撮り貯めた写真を整理し始めた。
30分くらいたっただろうか。
透が写真の整理に夢中になっていると、体を屈めてデジカメを見ている先に、人影ができた。
透が「なんだろう」と思い顔を上げると、目の前には謙崎覚悟が立っていた。
二人は驚いたように顔を見合わせると、覚悟が先に口を開いた。
「ガッハッハ、おまえこの学校だったのかぁ!」
透もうれしくなり。
「覚悟さんもだったんですね」
と大きな声で言った。
「こんなところで何してんだ?」
「いや、ちょっと写真の整理を・・・。
覚悟さんは?」
「俺は勧誘をしててな。 いろんなやつに声かけてんだ」
「勧誘?なんのです?」
覚悟はちょっとはにかんだ様になった。
「サークルの勧誘さ。
まぁ、察しの通り、ダンスサークルだ。
もしよかったらおまえもどうだ?」
覚悟はそう言うと、「ちょっと気軽に誘いすぎたかな」というような笑みを浮かべていた。
「いいですよ」
透はそう言った。
覚悟は驚いた様子になり。
「ほんとにいいのか?」
と聞き返した。
透はすました顔になると。
「ええ、いいですよ。
以前、覚悟さんに見せてもらったダンスに、とても興味を引かれましたし、最近、僕は運動不足なんで」
と言った。
半分嘘であった。
確かにダンスには少し興味はあったが運動不足を気にしたことなどない。
ただ透は覚悟をすごく気に入っていた。
まだ少ししか絡んだことはないが、覚悟の喋り方、雰囲気が好きだった。
「この人ともっと一緒にいたい」という思いがあり、その思いだけでサークルに入る決意をしたのだ。
覚悟は「ヒャッホーイ!」と叫んで喜ぶと、透に握手を求めてきた。
透はこの間覚悟に教わった通りに握手をすると、まだしていなかった自分の自己紹介をした。
「あらためてはじめまして。
僕は草薙透。
経営学科の1年です。
よろしくお願いします」
覚悟はニッコリ笑うと「おう、よろしくな!」と言った。
二人はこの前の出来事、大学のこと、サークルのことなどを小一時間ベンチで談笑すると、覚悟の案内でサークルの部室までの道のりを歩いて行った。
ムーブ3
部室に案内された透は、少し不思議に思って覚悟に聞いた。
「いまは誰も来ていないんですね?」
覚悟は頭をポリポリとかくと。
「実は、まだ誰も部員がいないんだ。
お前が部員第一号さ」
透は少し驚いたが、この大学でダンスサークルの話を聞いたことがなかったので、なんとなく納得した。
「じゃあ、部員集めをしなくちゃいけないですね。
さすがに覚悟さんと僕だけじゃ、活動しにくいでしょうし」
「そうだな、確かに部員集めをしてから、サークルの活動方針や目標を決めようと思っていた。
しかし、すでにネットの募集で、サークルに入ってくれるやつが二人いるんだ。
今日が初顔合わせなんだが、もうそろそろ来るはずだ」
覚悟はニヤリとすると。
「二人とも女の子だぞぉ」
と透の肩を肘で突っついてきた。
覚悟は「女の子」と聞いて、透が興奮するだろう思ったのだろうが、透には何の感慨もなかった。
覚悟が時計を見て「そろそろだな」と、一人で呟いたとき、部室のドアが開いた。
そこには小さな女の子が一人立っていた。
どう見ても小学生くらいにしか見えない。
身長は140cmもないだろう。
体つきも、かわいそうなくらい出ているところがなく、いわゆる幼児体型というやつだ。
女の子が「こんに・・」と挨拶を言いかけたとき、その女の子は透の方を見て
「アーッ!」っと大きな声を上げた。
そして、何事かと思った透が、女の子の顔をマジマジと見て、同じく「アーッ!」という声を上げた。
そう、今朝に道路でぶつかった女の子だったのだ。
女の子は顔を赤くさせ、いかにも「ぷんぷん」という擬音が出てきそうな顔をしている。
「なんだおまえら知り合いか?」
覚悟がそう聞くと。
「いや・・朝に彼女とぶつかってしまって・・彼女は自転車で・・僕は歩きで・・・」
透がしどろもどろに説明しているのを見て、女の子が勢いよく口を開いた。
「あんたねー、謝んのはいいけど、もっと自信持って謝んなさいよね!
その、おどおどした態度がムカつくのよ。
男だったらシャキっとしなさいよ!」
透は大きな衝撃を受けたようにビクッとなり、俯き加減に「ごめんなさい」と言った。
女の子は手で「やれやれ」という表情を作ると。
「まぁいいわ、私は六条雷華。
英文科の3年よ。
ダンス歴は15年。
大抵のダンスはできるけど、あえて得意なジャンルをあげるとしたら、ヒップホップかしらね。」
と、少し高慢な感じで挨拶をした。
覚悟は自信満々な雷華の態度に負けないようにと。
「俺がこのサークルの部長、謙崎覚悟だ。
よろしくな!」
と張り合うように、元気よく答えた。
二人がまるで火花が散るかのような見つめ合いをしているなか、部室の
ドアが叩かれる音がした。
ドア付近にいた雷華がドアを開けると、そこには目を見張るような美しい女性が立っていた。
黒髪の長髪で、清楚な顔立ち。
ちょうどいいくらいの凹凸と長い手足。
誰もが完璧を連想させるような美しさがそこにはあった。
透と覚悟が息を飲んでいるのを見て、ムッとなった雷華は「あんた誰?」と、ぶっきらぼうに女性に聞いた。
女性は雷華を一瞥するとフンっと鼻であしらい、雷華を通りすぎて部室の中まで入ってきた。
そして辺りをぐるっと見回した後、透を向いて挨拶をした。
「はじめまして。
あなたがサークルの部長さん?
私は戸田真由美、よろしくね」
そう言われて、透は顔を赤らめながら覚悟のほうを指刺した。
真由美は「あら失礼」という顔をすると、覚悟の方に向き直り、改めて挨拶をした。
「あらてめてはじめまして、部長さん。
いきなりだけど、わたし副部長になりたいの。
まだ決まってないなら、是非お願いしたいわ」
ある意味、おしとやかな外見にそぐわず、図々しい態度に3人はポカンとなった。
覚悟が真由美に返事を返そうとした時、それを制止するように雷華が真由美に近寄りこう言った。
「あなた、挨拶の次に言うことがそれ?
入って来ていきなり副部長にしろなんて、図々しいにもほどがあるわ。
頭おかしいんじゃないの?」
「初対面の相手に「あんた誰?」なんて、失礼なことを言う人に言われたくありませんね」
真由美はそう言うと髪をパサッと掻き揚げた。
部室に緊迫した空気が流れる。
覚悟は少しイライラした面持ちで女子二人を見ている。
透は雷華と真由美が同じ部員だと思うと、これから先が思いやられると思った。
ムーブ4
覚悟の提案で次の週の同じ時間に、透、雷華、真由美が集められ、4人でミーティングをすることになった。
議題はサークルについての概要である。
一同が着席し、覚悟が息をスゥーっと吸い込むと、大きな声で喋り始めた。
「部員諸君!
今日集まったのは他でもない!
サークルの概要を決める大事なミーティングをするためである!
みんなの知恵と意見で素晴しいものにしたいと思う!
是非協力してくれ!!!」
覚悟の気風は素晴らしいものだったが、言葉は虚しく部室に響きわたり、誰ひとり拍手をするなど、アクションを起こすものはいなかった。
数秒の沈黙のあと、真由美が仕方なさそうに口を開いた。
「まず、みんなの意見を聞く前に、部長はサークルをどういうものにしたいと思っているの?」
覚悟は何の躊躇いもなく。
「楽しいものにしたいと思っている!」
と元気よく答えた。
真由美はハァーと溜息をつくと、また仕方がなさそうな顔になり、立ちあがって喋りだした。
「まず、部の活動内容を決める前に、目標を設定したほうがわかりやすいかもね。
いまのところ部員は4人だけど、チームを組んでショーをするなら4人っていうのは丁度いいと思うわ。
フォーメーションも組みやすいしね。
だから、まずはチームでショーのできる、コンテストやクラブイベントを目標にしたらいいかも。
でも、チームでショーをするなら、みんなのダンスのジャンルは統一しなくちゃいけないわ。
だから、サークルの基本ジャンルを決めた方がいいかも。
サークルの基本ジャンルを決めたほうが、あとあと部員が増えた時に全体練習もできるし、ねずみ算式に技術を 伝えてくこ ともできるわ。 そうね。
まずはサークルの基本のダンスジャンルを決めたらどうかしら?」
淡々と語った真由美の顔を見ながら、透は「おおー」と感嘆の声を漏らした。
そして、その後に覚悟がなにかを悟ったような顔で。
「うむ、それがいい。
そして今決まったことが一つある。
戸田、お前が副部長だー!」
透は覚悟の顔を見ながら「決断はえー」と感嘆の声を漏らした。
真由美はまた一回溜息をつくと、次はみんなにアンケートを取った。
「基本ジャンルを決める前に、みんなのできるジャンルを聞いておきたいわ。
たくさんあるなら得意なのをあげてちょうだい」
真由美の言葉のあとに覚悟、雷華の順に自分から答えていった。
「ふむふむ、部長はブレイキング。
六条さんはヒップホップね。
あとは、あなたね草薙君。
どんなジャンルができるの?」
透は黙ってしまった。
できるジャンルがないだけでなく、ダンスに関して
まったくの素人だったからだ。
落ち込んでいる様な透の表情を見て、覚悟が口を挟んだ。
「透は俺が面倒をみる。
そいつのことは俺に任せておいてくれ」
「だーめ。
草薙君は私が面倒を見るわ。
だって、あなたズボラそうなんだもん。
それにいまは、できるジャンルの把握をしたかっただけ。
無いなら無いでいいの。
ちなみに私のジャンルはヒップホップね。
けっこうゴリゴリの。
歴は5年くらいかな」
覚悟は不満そうだったが、真由美はそのまま続けた。
「基本ジャンルはヒップホップでどうかしら?
ブレイキングは正直女性にはかなりハードだし、振付も単調になりやすいわ。ヒップホップなら私と六条さんが 得意ジャンル だから、チームを引っ張っていけると思うし、しっかり教えれると思うわ。何か異存はある?」
「ブレっ・・・」
と覚悟が何かを言いかけたが、やめてそのまま黙りこんだ。
誰も意見を言おうとしないところを見て、真由美はコホンと小さく咳払いをして、話しを続けた。
「では、サークルの基本ジャンルはヒップホップとします。
次は当面のサークルの目標ね。
もし誰も心あたりがないなら、私がイベントを拾ってくるわ。
コンテストに出場するとしても、その前に調整も兼ねて、人前で踊っておくのがいいと思うから」
一人で淡々と進めていく真由美を見て、覚悟は少しイライラしている。
覚悟は全員参加型の、もっと熱いミーティングを要望していたのであろう。
「あと、当面の練習形態だけど、私から提案があるわ。
私は初心者の草薙君にダンスの基礎を教えるから、部長と六条さんはショーのための振付を考えてほしいの」
覚悟と雷華が無言でコクリとうなずいた。
「部長、練習場所の確保はできてるの?」
「それは大丈夫だ。学務課に体育館のスペースを分配してくれるよう、話をつけてある」
それを聞いた真由美は、キリッとした顔でうなずくと。
「では、ミーティングはこれでお終い!
細かいルールや必要な物はその都度決めていきましょ。
じゃあ、サークル始動ね!」
そう言って、3人に明るい笑顔を振りまいた。
透は「一安心」といった様子だ。
雷華は「どうでもいいや」という顔で、髪の毛をいじっている。
覚悟は心の中で「もっと熱くなれよおお」と悔しい叫びを発していた。
ムーブ5
「イベント決まったわよー!」
その声を聞いて、体育館でストレッチをしていた3人は、一斉に真由美の方向
を向いた。
「イベントの詳細を言うわね。
イベント名はダンストライブ。
場所は中央区のclubREON。
出演日時は3月24日土曜日の25時30分よ」
と真由美が嬉しそうに言うと。
「よくそんないい時間が取れたわね。
一番人の入ってる時間帯じゃない」
と雷華が怪訝そうに聞いた。
「まあ少しコネがあってね。
トリは嫌だし、人のいない早めの時間帯も嫌って言ったら、この時間になったの」
真由美は満足そうに答えた。
「他の出演ダンサーもいるのか?」
覚悟も怪訝そうに聞くと。
「出演するダンスチームは全部で12チームね。
ダンスイベントだからダンサーは多いと思うし、お客さんもダンス好きが多いと思うわよ」
と真由美が答えたのを聞いて、なぜか透は体に冷や汗をかくのを感じた。
ダンス初心者である自分が、初めてイベントに出ることになったという現実が、心に深く突き刺さっていた。
透が不安感を覚えているのを尻目に、覚悟は「やってやるぜー!」と叫びなが
ら興奮している。
雷華はそそくさと練習に入って、自分の動きを観察しながら振り付けを考えていた。
真由美は持っていた音楽プレイヤーとポータブルスピーカーを床に置くと、透
を手招きした。
「ストレッチは終わったみたいね。
じゃあ、これからダンスの基礎となるアイソレーションとリズム取りを教えるわ。
最初はできなくてもいいから、なるべく私の真似をするようにして、動きを覚えて」
透が「ハイッ」と裏返った声で答えると、真由美はクルっと後に向き直り、音
楽プレイヤーのスイッチを入れて曲を流し、体を動かし始めた。
「まずは首からいくわよ。
除々に下の部位になっていくからついてきてね」
ゆっくりとした曲に合わせて、真由美の首が前後左右に規則正しく動いた。
透は「むむむ」とか「イタッ」とか呟きながら、一生懸命に真由美の真似をし
た。
首から胸にかけての動きが終わり、腰の動きに入り始めた。
「腰は最初はすごく動きにくいけど、がんばってね。
ダンスは腰で踊るっていう人もいるくらい、重要な部分だから」
。
なぜかというと、自分の視界に入る動くお尻に気を取られて、しかたがなかったからだ。
真由美のヒップはよく動くだけでなく、キュっと上がっていて誰が見てもセ
クシーだ。
透が真由美のお尻にくぎ付けになっていると、真由美が突然「コラッ!」と
怒った声を上げた。
それを聞いた透は、ヒップにくぎ付けになっていたのがバレて怒られたのかと思い、体を「ビクビクッ」と硬直させた。
透が緊張のあまり冷や汗をかいていると、真由美はこちらに向き直り、透を通り過ぎて、覚悟と雷華のほうに歩み寄った。
「部長!
六条さん!
何してるの!
喧嘩してないで、仲良く話し合って振りを決めてちょうだい!」
真由美が叫んでいるのを聞いて、透が覚悟と雷華の方を見ると、2人が上下に重なり合い取っ組み合いの喧嘩
をしているのが見えた。
「しかし!
この女がブレイキングのことをバカにしやがったから!」
「あんただって私のことをチビチビ言ったじゃない!」
二人はお互いの顔を抓りながら叫んでいる。
真由美は深い溜息をつくと。
「草薙君。
とりあえず六条さんを部長から引き離して」
透は言われた通り、雷華を羽交締めにすると、やっとの思いで覚悟から引き離
した。
二人の臨戦状態が落ち着くと、真由美はさらに二人に近づいてこう言った。
「いったい何が原因でこうなったの?
二人ともダンスに関してはベテランなんだから、しっかりしてくれなくちゃ困ります」
覚悟も雷華も「むー」と脹れていたが、雷華がいじけたように喋りだした。
「だってこいつ。
私が振りを提案するたびに文句言うんだもん。
そのくせ、自分は何も提案しないしさ。
頑張って案を出してるこっちがイライラしちゃうよ。」
覚悟は雷華の発言につられるように反論した。
「俺は文句を言っているんじゃない。
単純に六条の出した振付が、カッコよくないからダメ出ししたんだ。
それに俺はヒップホップ経験はないから・・振りのことはよくわからんし・・ブレイキングの事はバカにされる し・・俺はビーボーイだし・・うああああ」
覚悟は自分の言いたいことが纏まらずにイライラして、頭を掻き毟った。
それを見ていた真由美は、「やれやれ」という顔をしたあとに優しい顔になり、覚悟の方を向いてこう言った。
「部長。
あなたはサークルをまとめるリーダーなんだから我慢は必要よ?
自分の意にそぐわない案が出たとしても、それがサークルのためだったら
受け入れる必要もあるわ。
あなたの自尊心はわかってる。
でも、我慢するビーボーイもかっこいいわよ?」
次は雷華に振り直り。
「六条さん。
ベテランの自覚を持って頑張ってくれてるのは感謝するわ。
でも、あなたのスキルや知識についてこれない人もいると思うの。
それに他のジャンルをバカにしてはだめ。
ヒップホップは相手をリスペクトすることが大切でしょ?」
と言った。
二人はシュンとしたあと、覚悟は「おう」、雷華は「はい」と返事をした。
雷華はチラリと覚悟を見ると。
「ごめんね謙崎。
私も少し言いすぎたわ」
と言い、覚悟も。
「いや、俺のほうこそすまんかった。
意固地になりすぎたよ」
と言った。
透は、一部始終を見ていて「よかったよかった」と思い、それと同時にダンスをする人は、我が強い人が多いんだなと思った。
覚悟と雷華が振り付け作りに戻るのを見て、真由美はホっと胸を撫で下ろした。
そして、透に「では続きをやりましょ」と言うと、また同じ位置に戻り、今度はリズム取りの練習に取りかかった。
「では、アップとダウンのリズム取りをするわよ」
真由美の透き通った声が体育館に響き渡る。
覚悟と雷華は「あーでもないこうでもない」と話し合いながら、振り付けを作っている。
透は無我夢中に真由美の真似をしながら、自分の意識が少しづつダンスに浸っていくのを感じていた。
ムーブ6
今日の練習は透にとって、とても憂鬱なものであった。
サークル始まって以来の筋トレ練習である。
透は普段運動をしていなかったので、相当つらいものになるだろうと、不安でいっぱいになった。
真由美の号令でストレッチとアイソレーションをすると、一同は体育館の脇に並び、筋トレの準備をした。
この頃からすっかり副部長が板についた真由美は、誰に言われるでもなく、
率先してサークルを仕切っていた。
誰もそれに文句は言わなかったし、しっかりと仕切ってくれる真由美に3人は感謝の念を抱いていた。
「では、腹筋50回から行くわよ!」
と真由美が強く号令をかけると、皆は一斉に筋トレを始めた。
10回を過ぎた頃、透は腹に来る激痛とともに自分の限界を感じ、腹筋をやめて、息を切らした。
3人を見てみると、まだまだやれるという感じで腹筋を続けている。
覚悟なんかは女子2人の2倍くらいのスピードで腹筋をしている。
目標回数をこなした3人は、すぐさま腕立てに入った。
今度は腕立て50回である。
透も慌てて腕立てに入るが、また、10回も行かないうちに脱落してしまい、
その場で息を切らしながら3人を見守った。
全てのメニューが終わり、落ち込んでいる様子の透を見て、真由美が声をかけた。
「どう、つらかった?
ダンスって他のスポーツに比べると、筋力より柔軟性って感じだけど、筋力をつけることによって、姿勢だったり、動きのサポートになることが多いの。
やって損はないから、これからもがんばってみて」
怒られるのかと思っていた透は、優しい言葉をかけられたのに驚いた。
筋トレが終わると各自ダンスの練習に入っていった。
覚悟と雷華はショーの振り付けを考えながら、自分達の練習もしている。
透と真由美は2人より少し離れた場所で、いつも通りのマンツーマンレッスンを始めた。
「今日は新しいステップを教えます。
クラブっていうステップなんだけど、とても簡単だから見ていて」
そう言うと真由美は、肩幅くらいに足を開き、左右に揺れながら足を小刻みに動かしていった。
「まるでカニみたいな動きだなぁ」と思った透は、とりあえず真由美の真似をしてステップをやってみた。
なんとなくできてるようだが、何かが真由美の動きと違う。
そう感じた透は不思議そうに真由美に聞いてみた。
「僕の動きって、戸田さんの動きと違うような気がするんですけど、
どこか違うところがありますか?」
それを聞いた真由美はコクリと頷くと、嬉しそうな顔になり透にアドバイスをした。
「そうなの、よく気づいたわね。 クラブって一見、足の先を開いたり閉じたりすればいいのだと思うけど、実は違うのよ。
右に動く時は、右足のつま先と左足のかかとを上げ、左に動くときは左足のつま先と右足のかかとを上げ、って 交互に入れ替えていくの」
それを聞いた透が、すぐさま言われた通りにしてみると、綺麗なクラブステップができた。
綺麗なクラブステップができたことに感動を覚えて、透が目をキラキラさせていると。
「新しいステップができるようになるのって気持ちいいものでしょ?
私はそれに慣れてきちゃってるから、少しダメね。
初心にもどって、もってダンスに対して新鮮さを求めなきゃ」
と言った。
その言葉と一部始終の指導を聞いていた透は、真由美に対して尊敬の念を抱いた。
こんなお姉さんがいたらいいだろうなぁとも思ったし、厳しさ、優しさ、親切さ、謙虚さ、その、どれもの要素に心を引かれるようだった。
透はこの頃、すごく真由美を意識していた。
身近にいて指導してくれているからかもしれない、と思ったが、真由美と一緒にいると心が揺れるのを感じたし、いつも優しくしてくれる真由美も、自分に気があるのかもしれないと思った。
透がボーっとそんな風に考えていると、真由美が顔を覗き込んで、心配そうに声をかけた。
「だいじょうぶ?草薙君?」
その言葉と、至近距離に来た真由美に対して、透は激しくドキッとした。
そして、真由美は「話しがあるの」と言うと、透を自分の荷物が置いてある方に呼んだ。
何事だろう、何があるんだろう、と思った透はドキドキしながら真由美に呼ばれるままについていった。
荷物置き場に着くと、真由美は神妙な面持ちになって。
「こんなこと・・ダンス初心者の草薙君に頼むのもあれなんだけど・・・」
そう言って、自分のカバンの中に手をいれた。
透は「はい・・・」と言いながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
透のドキドキはマックスである。
真由美は「実は・・・」と言うと、カバンの中から何かを取り出し、透の前に差し出した。
そこには3枚の紙切れらしきものがあった。
透が「?」となっていると。
「これ、私たちの出るイベントのチケット。
これを3枚だけ売ってきてほしいの。
無理言ってイベントに出させてもらうから、主催者側に頼まれちゃってね。
ダンス初心者の草薙君には悪いけど、みんな同じ条件だから、よろしくね」
そう言うと真由美は屈託の無い笑顔を作った。
透は狐にばかされたような顔になって「わかりました・・・」とひとこと言うと、大きく肩を落とした。
透の勘違いは肩透かしに終わり、透は、真由美からチケットを受け取るとトボトボとさっきの練習していた場所に戻って行った。
その後、覚悟と雷華も真由美からチケットを渡されて、2人して「えーっ」と言う声を上げている。
透はそれを見ながら、「戸田さんってたくましい部分もあるんだなぁ」と感心した気持ちになり、真由美に教わったクラブステップを練習していた。
ムーブ7
土曜日の夕方。
今日の活動もたくさんして、サークルのメンバーは部室で帰り仕度をしていた。
みんな思い思いに汗を拭いたり、携帯をいじったり、音楽を聴いたりしている。
誰ひとり会話をしていないことに、少しつまらなさを覚えた雷華は「ねぇ」と呟くと、あることを提案しだした。
「今日、クラブで友達の誕生パーティがあるんだけどさ、もしよかったら、みんなで行かない?」
みんなが一斉に雷華に視線を合わせると、続いて真由美も口を開いた。
「いいわね。
サークルが始動してから、まだ一度も親睦会みたいなことをやってないし、そういう、オフでのみんなの交流が 私もほしいと思ってたの」
それに続けて覚悟も。
「いいと思うぞ。
久しくクラブとか行ってねーし、今夜はちょうど飲みたい気分だったからな」
透は、なんとなく皆の流れにまかせて「うんうん」と頷いていたが、冷静に考えると、クラブには行ったことがないので、それを思うと少し憂鬱になった。
透のイメージではオシャレな人が集まり、みんな踊ったりお酒を飲んだりして騒ぐところがクラブのイメージであった。
あと、ちょっと怖いイメージもあった。
そういった事を考えているうちに不安になり、今日は自分だけ遠慮しておこうかな、という考えが浮かんできた。
「お前も行くよな!?透」
と励ますように声をかけた。
透は「う、うんっ」とドモリながら答えた。
答えてから後悔したが、覚悟が誘ってくれたということがうれしかったので、透は「なるようになれ」と思った。
「おっけー!
みんなでいこー!
じゃあ、22時に栄駅の喫茶店の前に集合ね!
あと、連絡用にみんなで携帯の交換をしとこ!」
雷華がテンション高くそう言うと、一同は自分の携帯を取り出し、お互いの番号とメールアドレスを交換した。
その日の夜。
真由美、透、雷華の順番に栄駅の喫茶店の前に集まり、残すは覚悟だけとなっていた。
「おっそいわね・・」と呟きながら雷華がイライラしている。
覚悟が来るまでの間、何もすることがないので、透は女子二人のファッションチェックをすることにした。
まずは、雷華。
白のスニーカーに迷彩色のカーゴパンツ、白のパーカーに白のベースボールキャップをかぶり、中にはピンク色のバンダナを巻いている。
キャップの上にはさらにパーカーのフードをかぶせていた。
いわゆるビーガールファッションというやつだろう。
全体的にダボっとした印象だ。
背の小さい雷華には、体を大きく見せる効果があるし、またそのアンバランスさがいいのかもしれない。
次は、真由美。
黒いパンプスに黒地に花柄のワンピース、肩にはベージュ色で網網のポンチョをかけている。
手には高級そうなバッグを持ち、耳にはキラキラした大き目のイヤリングを付けていた。
黒色ベースで大人っぽさを演出しているようだ。
もともと清楚感抜群の真由美の清楚感をさらに映えさせ、それに加えて色っぽさも演出されている。
こんなお姉さんに声をかけられたら男共はイチコロだろう。
冷静にチェックしながら「かっこいいなぁ」と感心していた透は、ふと、お店の窓に映る自分の姿を見て愕然とした。
白いランニングシューズに青いジーパン、タートルネックのセーター以上である。
あまりにも無残な自分の格好を見て、透は落ち込んだ。
それと同時に、完璧に決めた女子二人と比較されたくないので、二人の間から5メートルくらい離れたい気持ちだった。
そんなモジモジオドオドしている透を見た雷華は、不満そうな顔で透に近づいた。
そして、透の目の前に立つと。
「草薙、ちょっと頭下げてかがんで」
と命令するように言った。
透はいきなり言われたので「?」となったが、雷華が怒っているような様子だったので、
言われた通り頭を下げてかがんだ。
透がドキドキして床と睨めっこしていると、頭に感触ができ、触ってみると、そこには雷華のキャップがあった。
雷華は人差し指を立てると。
「男が格好なんて気にしないの。
クラブなんて適当でいいんだから。
どうしても自信がなかったら、それでもかぶってなさい。
お守り代わりになるかもね」
透はなんだかよくわからなかったが、照れながら「ありがとう」というと
またモジモジしだした。
「あーもう!あんたはそれがイラつくって・・・」
雷華が怒鳴りつけようとした、その時。
「うおお」という声と共に、3人の待っている場所に向かって何かが迫ってくる気配がした。
3人が声のするほうを振り向くと、頭だけで逆立ちした覚悟が床を滑って目の前に倒れこんできた。
覚悟は倒れたまま「よっ」とみんなに敬礼すると。
「ガッハッハ。
今宵も我がスキルは冴えているようだ!
今のがヘッドスライドという技だ。 みんな知ってるかな~?」
と紅潮した顔で言った。
3人は思った「こいつ・・・すでに酔ってる・・・」と。
ムーブ8
4人は雷華の案内で夜の繁華街を歩いていた。
今日は土曜日ということもあり人も多く、街は賑やかだ。
雷華が「もうすぐよ」というと、遠くから薄くドンッドンッという重低音が響いてきた。
その重低音の響く方向に歩いていくと、6階建のビルが一軒あり、雷華がそこに入っていくので、透、覚悟、真由美の3人もビルの中に入っていった。
エレベーターに乗り4階に着くと、さっきまで鳴っていた重低音がさらに強くなり、キャッシャーの店員と、店の入り口でたむろしている男女が、こちらを見ながら迎えてくれた。
「じゃあ、チャージを払っておいて。
今日は男は2000円2ドリンク、女は1500円2ドリンクだから」
そう言うと、雷華はサイフからカードみたいなものを店員に見せて、お金も払わず店の中に入って行った。
不思議に思った透は覚悟に聞いた。
「あれ、いま六条さんお金払わなかったですよね?」
「たぶん、あれだろ。
インビかなんか持ってたんじゃねーのか?」
「インビ?なんですかそれ?」
「インビテーションって言ってな、無料券みたいなもんだ。
たぶん、この店のオーナーと仲がいいんだろ。
相当ここに来てるなあいつ」
それを聞いた透は、なにか腑に落ちない感じがした。
透には男性と女性で入場料が違うのもよくわからなかったし、雷華なんかは
無料で入っていった。
納得いかないまま透はサイフを出し、しぶしぶキャッシャーにお金を払った。
透の中にあるクラブのダークなイメージが、透を疑心暗鬼にさせたのかもしれない。
店の中に入ると、透の耳に凄まじい轟音が入ってきた。
それと同時にタバコの臭いも気になった。
透がクラブの雰囲気に呆気に取られていると、真由美が雷華にロッカーの場所を聞いた。
案内されてロッカーの場所に行くと、真由美はバッグから携帯とタバコケースを取り出した。
そして、サイフから小銭とお札を出すと、お札を折りたたんでタバコケースにしまい、サイフをバッグに戻してバッグをロッカーに入れると、持っていた小銭を使い、ロッカーの鍵を閉めた。
その様子をじっと見ていた透は、何も思うところがなかったが、一つだけ真由美がタバコを吸う事に驚いた。
そして、それがついつい言葉に出てしまった。
「戸田さんてタバコ吸われるんですね」
真由美はニコっと笑うと。
「クラブに来る時だけね。
お酒が入ると吸いたくなっちゃうんだ」
と言い、手でタバコを吸っている仕草をした。
一方、雷華はというと。
さっきからキョロキョロと誰かを探しているようだ。
そうしていると、雷華の前に長身の白人女性が現れ、雷華の腕に手を置くと大きな声で「キャー」と叫んだ。
その叫びに呼応するように、雷華も叫び声を上げ、白人女性に熱烈なハグをした。
そして、雷華は白人女性を透と真由美に紹介すると、日本語ではない言葉で白人女性と喋り出した。
白人女性はジェニファーといい、アメリカの出身だと言っていた。、
透は「なるほど」と思った。
さすがは英文科だと思ったし、雷華と初めて出会ったときに聞いた言葉も、英語だと確信した。
英語を喋っている雷華はカッコよく見えた。
ただの口うるさいロリっ子じゃないと思うと、透は雷華に対し尊敬の念を抱いた。
それにしても、先ほどから覚悟の姿が見当たらない。
透と真由美が、入口付近からフロアの方を見てみると、覚悟は透たちよりも大分前に進んでおり、フロアの真ん中で、グラスを片手に音に乗っていた。
雷華と覚悟の様子を見ていた透と真由美は、お互いの顔を見合わせると、何を言うでもなく、二人でバーカウンターの方に向かった。
バーカウンターに着くと透はジントニックを頼み、真由美はモスコミュールを頼んだ。
かろうじてカクテルの名前を知っていた透は、クラブにジントニックがあることに感謝した。
もし、自分の知っているカクテルが置いてなかったら、優柔不断な自分のことだから恥をかくに違いないと思った。
女の子の前で恥をかきたくない。
こんな気持ちになるのは自分でも初めてだった。
クラブにいるからなのか、目の前にいるのが真由美だからなのか、
皆目見当もつかなかった。
透がグラスを片手にボヤーっとしているのを見て、真由美は。
「なにボーっとしてるの?乾杯しよっ」
と自分のグラスを目の前に差し出してきた。
透は「こんな感じも、まあいいか」と思いながら、真由美のグラスに自分のグラスを当てた。
二人がまったりとクラブの雰囲気を楽しんでいると、フロアの方から大きな歓声が上がった。
フロアのほうを見てみると、フロアの真ん中にサークルが出来ており、その中で覚悟が自慢のブレイキングを披露していた。
ムーブの終わった覚悟は、こちらを見ると透に向かって手招きをした。
呼ばれるままに覚悟の近くに来た透は、サークルの列に加わり、
ダンスバトルを見物した。
サークルの中央では様々なジャンルのダンサーが、入れ替わり立ち替わり自分のダンスを披露している。、
透は生でダンスバトルを見るのが初めてだった。
ダンサー達が音に乗り、挑発し合い、相手を褒め合う姿に、透は感嘆の声を上げた。
今まで見たことのないダンスの形に感動した透は、「いつか自分も人前で踊れるようになりたい」と強く思った。
TO BE CONTINUED