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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
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最高の夫

 康行達は山道を馬列をなして駆けあがっていた。馬達には慣れぬ山道だが侍たちの気迫に答えるように、勇壮果敢に狭い道を駆け登ってゆく。


 中腹にある山寺まであと少しと思われるところで、康行達の前に数人の僧が立ちはだかった。


「そなたたち、このような山道に馬を駆ってこの山寺に何用ぞ。この寺は高貴な方がおわす寺。侍者などが訪れるようなところではない。早々に立ち去るがよい」


「その、高貴なお方に御用がある。その方の元に大将様の北の方に仕える女房が訊ねられているはずだ。その方たちに会わせていただくために我々はここに来たのだ」


 康行は馬に乗ったまま声を張る。しかし僧たちは、


「そなたたち侍者の分際で、馬上より声をかけるとは無礼であろう。今すぐ即刻立ち去れ。さもなくば痛い目にあう事となる」


 そう言って一人の僧が手を挙げると、どこからともなく荒々しげな男達が姿を現した。そのいでたちはどう見ても山賊だ。ただ、その腰には彼らには不釣り合いなほど立派な太刀を下げている。


「高貴な方がお使いになっているとは思えぬ風貌の輩だな。このような者達にまで礼を尽くす義理、我々には無いと存ずるが」


 すると山賊達は、


「おう。こっちだってあんたらに礼を尽くす気など無いわ。ここから去る気が無いのなら、我々の餌食になってもらうだけのこと」


 と、せせら笑う。だが康行も負けずに叫ぶ。


「山賊の分際で、我々侍者を襲おうと言うのか。我々は山道を旅する商人とは違うぞ」


 康行の言葉に侍たちの士気も上がる。皆、熱っぽい目で山賊達を睨みつけた。


「そっちこそ我らをただの山賊と侮るな。この程度の手数で我々に刃向った事を後悔させてやろう」


 と言って、太刀に手をかけ構える。すると僧たちは脅えた顔で寺の方へと逃げ、男達が一斉に康行達に襲い掛かってきた。



 確かに数では康行達は少ないが、馬上にいる分相手の太刀が及びにくく決して不利とは言えなかった。山賊達をかき分け、山寺に近付いていく。


 しかし、寺が近付くと同時に様相が違って来た。山の中から投石が始まり、矢がいかけられると馬達は脅え、康行達は散りじりになってしまう。


 するとそこに多数の山賊達が襲いかかって来る。ついには馬上から落とされる者も出て来る。そうした者を助けようと駆けつけた者がまた襲われ、その中からも馬から落ちる者が出て収拾がつかなくなってきた。康行達はたちまち苦戦を強いられる。


 山寺はもう目前だというのに、康行は寺に近づく事が出来ない。気持ちばかりが早って寺の門前に固まってしまったために、山賊達に取り囲まれてしまった。


 あの寺の中に花房がいるというのに。康行は歯ぎしりをした。すると、


「どけ、どけい! 不逞の輩共。 近衛の大将様が院に御用があってまいった。邪魔をするなら容赦はせぬぞ」


 そう言って馬に乗った役人や侍たちが姿を見せた。奥には大将の姿も見えた。


「間にあったか。康行、花房はどこだ?」


 大将が馬上から山賊を蹴散らしながら康行に声をかける。その間にも役人達が山賊に負けじと矢をいかけている。


「まだ、寺の中にいると思われます。おそらく院様と一緒でしょう」


「分かった。ここは役人たちに任せておけ。早く花房の元に行くのだ」


「分かりました」


 康行は馬から降りて太刀を抜いた。大将も馬上から降りるとその後に続く。石段を駆けあがりながら邪魔をしようと立ちはだかる者には、太刀を合わせ、力で振りはらって行く。他の侍たちもその後を追った。





「……外が騒がしいな。大将がお前を迎えに来るにはいささか早いと思うが」


 院様は外の騒ぎに耳を傾けながら言う。


「早くなんかないわ。きっと康行が邸から人を連れて来てくれたんだわ」


「お前を逃がしたという侍者か。どおりで早いはず。大将や役人はすぐには気づけぬはずだからな」


「大将様に何をしたの?」


「何もしてはおらぬ。ただ、大将の邸から役人への御所への使いには眼を光らせておる。邸からの知らせは大将には届かぬのだよ。お前を助けてくれるはずの恋人は私の手の内にあるも同然。あてにできずに無念であろう」


 院様は会心の笑み、といった表情をなさった。


「残念でした。康行は侍者。きっと御所への知らせも侍を使ったはず。真正面から大将様への使いとしてではなく、他の方への私用として知らせたに違いないわ。それに、私と大将様は本当に何でもないのよ。男女の契りなど無くても人は信頼を結ぶ事が出来るの。私の夫は康行の方よ」


「何と、そなたは大将を退けて侍者を夫にしたと申すのか?」


 院様は驚かれた顔をした。今度は私は笑う番だ。


「私は田舎育ちのやんちゃ女房。都人の理屈は通じないわ。さっきの激しい琴の音を聞いてもお分かりにならなかったの? もう一度、弾いて差し上げましょうか?」


「女人は夫の気配を感じると強気になるものよ」


「気が強いのは生まれつきよ。今、康行が私を助けに来てくれるわ」


「私はそなたを甘く見ていたようだな。だが、これでも気強いままでいられるか?」


 院様がそうおっしゃると部屋を仕切っていた障子が開かれ、見るからに屈強な、鍛え抜かれた体つきの修験僧たちが幾人も現れた。その手には似つかわしくもない槍や太刀が握られている。


 今までこの向こうにこのように屈強な男達が構えていたのかと思うと、ぞっと鳥肌が立った。これでは院様が本気でかかられたら、私などひとたまりもない。


「これ以上生意気な口を利くようなら、本当にその指が斬り落される事となるぞ」


 そう、院様が凄まれた時だった。



「そうはさせない。我が妻花房を返していただこう!」


 康行が部屋の中に飛び込んできた。


「康行!」


 康行、あんたって最高。どんな高貴な男君よりも素晴らしい、私の自慢の夫だわ!


「無礼な侍者だな。断りもなく部屋の中に入り込むとは」


 院様は慌てる様子もなく、康行を物珍しそうに眺めた。


「院様。あなたは先ほど帝により罪人として扱われる事となりました。非礼は承知の上。私達は帝の命により罪人を取り押さえに参ったのです」


「そのような事はさせぬ。私に手を出そうものなら、お前の妻、花房がどのような事になるか分かっておろうな?」


 そう言って院様は私に近づいた。大将様と他の侍たちも飛び込んで来たが、私達の姿を見てその足を止める。院様は私の手と衣をしっかりと捕まえてしまわれた。


「この女人なら、お前達のためなら命を落としてもかまわぬとくらいは言い出しそうだが、もしも命より大事な琴を弾く指を斬りおとされればどれほど苦しむ事になろうかの?」


 院様はそう言って修験者に太刀を抜かせ、私の手を刃に近づけようとする。


「そんなことしても無駄よ。手の指が無ければ足ででも弾くわ。足が駄目でも身体のどこかを使ってでも弾くわ。私が弾けなくなってもきっと誰かが私の魂を引き継いで弾いてくれる。私はそんな事で苦しんだりはしないわ」


「では、そなたの命を奪う以外に手はないようだな。それが嫌ならこの山寺からは撤退してもらおう」


 院にそう言われると康行も大将様も動く事が出来ない。その場に緊張感が漂って、誰もが息を殺して院様と睨みあっていた。






この頃の障子と言うと、色々な種類があります。今の私達が知っている明かり取りの障子、現在の衝立に当たる衝立障子、そして今の襖と同じ機能を持つ襖障子です。明かり取りの障子は平安も後期に入ってから広まったようです。多くは引き障子と言えば襖障子でした。


ここでも襖障子のつもりで書いています。

お話に筋に影響は無いんですけどね。

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