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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
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決意

「私達は御父上達とは違います。私には若殿が、花房にはお方様がついていらっしゃる。それもただお守りいただいているんじゃない。私達も若殿方を御信頼申し上げ、命懸けでお守りしたいと願っているのです」


「そのために自分の娘が危険にさらされることを喜ぶ親などいるものか。お前も花房を本当に想うのなら、何故、花房をここに引き留めようとしないのだ」


 父は訝しげに、そしてはっきりと不満げにそう聞いた。


「花房はここに閉じこもっても幸せにはなれないからです。都には花房を必要としている人がいる。そして花房はそれに応えることを喜びとしているんです。そのためならどんな非難、中傷にも負けない、挑み心を持っているんです。その素晴らしい心を私は守り続けたい。たとえ御簾の内に離れていても花房を守り、いつまででも待ち続ける覚悟があるのです」


「待ち続ける? 御簾の内にはお前など及びもつかないような、素晴らしい公達がお尋ねになるのだぞ。そういう方なら御簾の内にいる花房を守って下さりやすいはず。お前の周りにも若い娘は大勢いる。本当に待ち続けられると思っているのか?」


「思っています。この心は若さの勢いなどではありません。御父上の様な一時の情熱だけではないのです。私達はそれを知っているのです」


 その言葉は嬉しい。嬉しいけれど、これは一層お父様への皮肉がこもったいい方になる。


「康行、言い過ぎよ。お父様に謝って」


 私は痺れを切らしてそう言ったが、康行は首を横に振った。


「駄目だ。ここできちんと俺は決意を伝えなければいけない。御父上はお前が都に行くことが必要なのを知りながらも、お前を心配のあまり縛ろうとなさっている。だが、俺達は御父上とは違う。俺は直にそばにいる事だけが守るすべではない事を知ったし、お前はどんな事があろうとも負けずに挑み続ける心を持っている。その上で俺達は結ばれたいと思っていることを、分かってもらわなければならないんだ」


 康行はいつになく厳しい顔をしていた。私に今まで見せたことのない顔だった。


 父は怒りをあらわにした。二人は正面から睨みあっている。


「生意気を言う奴だ。だがよく考えろ。花房を守りたいなら自分の手元に置いておくのが一番いいはずだ。何故都にこだわる? 無理をしても後で後悔することになるぞ」


 でも、康行もひるまない。


「後悔などしません。いや、してもかまいません。私は自分が納得したいのではない。花房を、幸せにしたいだけなのです」


 康行がそう言い放つと、お父様は言い返してこなかった。いや、言うべき言葉を失ったように見える。


「お前がそういう考えなら、もう二度とお前達を会わせる訳にはいかぬ。帰れ! 二度とここへは来るな!」


 やっと口を開いたお父様は、そう怒鳴りつけた。


「今日のところは帰ります。でも、御父上が許して下さるまで私はここに通って来ます」


「来ても花房には会わせんぞ」


「それでもです。私は決して諦めません。必ずお許しをもらいます。花房、お前も諦めるな。必ず二人で都に戻るんだ。だからお前は髪を伸ばす事に専念するんだ」


「康行!」


 私は康行のところに駆け寄ろうとしたが、父に止められてしまった。両肩をしっかりとつかまれ、身動きが取れない。


「康行、私もあんたを待つわ! 私を待つと言ってくれたように、私も康行を信じて待つわ。絶対諦めたりなんかしない。二人で都に戻るのよ」


 私がそう言うと康行は満足そうに微笑んで、そのまま屋敷を出ていった。




 その頃都では、大将が自分が譲り受けた邸に暮らす北の方の顔色をうかがっていた。切りだしにくい話があったからである。


「どうなさったのですか? 今日は落ち着きがありませんこと」


 北の方はふんわりとした、可愛らしい笑顔で聞いた。


「あ……いや。実はあなたにお話があるのです」


 大将は意を決して話し始めた。


「今日、父上のところに寄って来たのですが、その時堀河殿の話が出まして」


「堀河殿? あの、行列襲撃騒動の時に主上が手配下さった役人たちを取りまとめておいでだった方ですね?」


「ええ、そうです。その功績に報いるのに出世の他に何か願いは無いかと主上がお尋ねになったのですが、堀河殿は姫君に婿を迎えたいとおっしゃったのです」


「堀河殿の姫君は去年の冬、婿君を突然の病で亡くされたのではありませんか?」


「そうです。大変お気の毒なことです。でも、その姫はまだお若くていらっしゃるので、堀河殿は姫の行く末を心配していらっしゃるようで」


「たしか殿とそれほどお歳が変わらなかった筈ですわね?」


「二十一だそうです。そこで父上から話があったのは……つまり」


「つまり、その方を妻にお迎えになると言う事ですね」


 北の方の方から、先に本題を告げられてしまう。


「いえ、しかし位はあなたの方が上ですし、お立場もあなたの方がしっかりしていらっしゃる。何よりあなたは私の北の方なのですし」


 大将はしどろもどろになっていい訳をする。実際、こういう結婚は自分の意志ではどうする事も出来ないのだ。今回は帝からの御褒美の意味が強いし、それを断ったりすれば父の面目が立たない。それは北の方も分かっているはずだが、まだ子供の様に可憐な妻が悲しげな表情を見せるかと思うと、さすがに大将も平気な顔ではいられない。


「あちらの姫はまだ、婿君を亡くされて半年。寂しく、心細くお暮しになっているのでしょうね」


 北の方は扇を広げて顔を隠しながら、それでも声に悲しさをにじませながら言う。


「そうですね。ですから私もお気の毒な方をお慰めする気持ちで通おうと思うのですよ。私もあまり情け知らずな真似は出来ませんからね」


「……まだ、お辛い中での御結婚でしょうから、殿もお気づかいをなさってくださいね」


 幼さが抜けない十五の姫が、ここまで言うのは痛々しい物がある。さすがに表情までは抑えがたいのだろう。その扇はしっかりと開かれたまま、姫の顔を覆っている。


 居心地の悪さに大将はそそくさと邸を出ていった。



「大将様もお逃げになるようにお出かけにならなくてもいいでしょうに」


 大将を見送るとさっそくやすらぎが北の方に声をかけた。こっちははっきりとした不満顔を隠しもせずに文句を言う。


「そんなおつもりではないのでしょう。お話があったからには姫君に会いに行かなければならないのですから。大丈夫ですよ。殿は本当にお方様を大切に想っておいでなのですから。こういう時こそ、正妻としてしっかりなさいませ」


 やすらぎの母でもある北の方の乳母はやすらぎを視線で制し、北の方に言い聞かせる。こういう時に女房が動揺してはいけない。お付きの女房が主人の代弁者となってはいけないのだ。


 それを思い出してやすらぎも慌てて表情を取り繕った。


「琴でもお弾きいたしましょうか?」


 やすらぎがそう聞くと北の方は黙ってうなずかれた。やすらぎの弾く明るい曲の琴の音が室内に響いて行く。弾き終わると、


「花房も里で琴を弾いているかしら?」


 と、お聞きになった。


「きっと弾いていますわ。一日たりとも弾かずにはいられない人ですから」


 やすらぎも懐かしそうに答えると、


「そうね。きっと弾いているわ。私も花房を見送った時には決意を固めたの。花房がいなくてもこの邸の女主としてしっかりして行こうって。花房の強さに負けないようにしないと」


「そうですわ、お方様。大将様も頼もしくお思いになられると思いますわ」


 やすらぎも励ますように明るくいった。






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