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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
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琴の音

あの・・・かなり適当に想像してます。荘園制度がきちんとしていたはずだから、あとから紹介って考えにくいかも。(馬も古代は軍馬の献上だったみたいだし。この頃ってどうなんだろ?)お話の都合で作ってます。

 そんな話をしていると、遠くから細々と美しい琴の音が聞こえてきた。


「これは綺麗な琴の音だな。何だか優しい気持ちにさせてくれる」


 私は思わず耳を澄ませて聞き入った。


「ああ、これは姫様がお弾きになっているんだ。姫様が琴をお弾きになるなんて、幾日ぶりの事だろう。このところすっかりふさがれてしまって、琴にお触りになる事さえなくなったと聞いていたのに」


「ここでは以前はよくこんな美しい音を聞けたのか?」


「姫様の琴が大変御上手なのは、都人の間でも有名だよ。お母上は琵琶の名手、姫様は琴がお得意。右大臣は二人の類まれな演奏者を御身の内に持たれてお幸せな方だと噂されていたものだ」


「そうだろうな。俺は田舎者で琴などロクに耳にした事もないが、こんなに優しい音色、他で聞いたことが無い」


「姫様の琴の音は特別だ。だが、今夜の音色はいつにもまして優しい音が勝っているようだ」


 あのような美しい姫君が、こんな優しい音色の琴を弾いてらっしゃるのか。きっと御心もこの音色のように優しく、美しいに違いない。そんな方がご不幸な身の上でいるなんて、本当にやりきれないな。


 私はそう思いながら琴の音を聞いていた。



「ところであんたは何をするために都に上って来たんだい?」


 使用人の男がそう聞いてくる。今度は私が自分の事を話す番だった。


「俺は都人を相手に商売をしたいと思っているんだ。俺の郷里の武蔵の国は本当に豊かな国で、耕しやすい広い平野ととり囲む山々、温暖な気候に恵まれている。さえぎるものが無いから風が強いのが難点だが、その風さえも豊かな恵みをもたらしてくれている。だから絹糸も日当たりと風通しの良いところで育った良い桑の葉を食べさせた繭からとっている。丈夫でしなやか、それでいて光沢がいい。都風の織り方をすればきっと都の絹に負けないものが出来るはずだ」


「ほう? それは高貴な方々にも喜ばれそうだな」


「だろう? それに馬も良い馬が多い。帝のための勅旨牧(朝廷に献上する馬を育てる牧場)もあるくらいだからな。俺の里の馬だって広い大地でよい草をはみ、のびのびと育っているから体格もいいし良く働く。多少気の荒いところもあるが、本当に良い馬飼いが育てれば実に言う事を聞く。もともと頭がいいんだ。都の高貴な方々が乗っている馬達にも引けを取らないし、帝から下賜された馬にだって劣らないと俺は思ってるんだ」


 私はここまでを熱く語っていたのだが、ふと、我に帰った。


「だが、俺には都人との繋がりが無い。つてがなにもないんだ。だが俺は郷里の素晴らしい品々を都人に知ってもらいたい。そして認めてもらいたいんだ」


「その絹や馬は、本当に良い物なんだな?」


「ああ、本当に良い物だよ。武蔵の国は遠いが絹糸は舟を使えば運べるし、馬は長旅にも耐えられるくらいに丈夫だ。広い大地を駆けまわって育っているから」


「そう言う事なら何かお前の役に立てるかもしれないな。このお邸は困窮気味で物や金の工面はできないが、殿の顔の繋がりは大変広いものだ。今でこそ帝や中納言様への遠慮から人の行き来が絶えてはいるが、少し前まで大変な御威勢だった。今でも使用人同士のつながりは結構生きている。その品が本当に良いものなら、興味を示してくれる邸もあるはずだ。これは殿に御相談してもいいかもしれない」


「本当か? そうしてもらえれば願ってもないことだが」


「あんたはウチの姫様の命の恩人だ。俺もできるだけの事はするよ。とにかく明日になったら姫様の乳母を通して殿にご相談申し上げよう。以前だったらとてもそんなことはできなかったが、今では使われる下人も減って、乳母に直接頼み事さえできるんだ。姫様の事を思うと、それも悲しいことだがね」


 そう言って使用人の男は請け負ってくれた。



 あの僧侶はよほど自分の姫を助けられた事に感謝していたらしく、身分の低い私のために力を貸してくれる気になったらしい。その日からこの邸の使用人と共に暮らす事を許され、私は間違いなく邸に郷里の品々が届くように手配する事にした。


 馬や牛と言った家畜はすぐにというわけにいかないが、手元に取り寄せられる品は出来るだけ早く邸に届くように、信頼できる郷里の者達に手紙を送り、頑丈な船と腕のいい船乗りたちを手配した。邸の使用人たちも協力的で、良い機の織り手も紹介してくれた。私はようやく自分の願いを叶えるきっかけを得る事が出来たことを心から喜んでいた。


 だがこれではあまりにも身に余る。こちらが礼をしたいほどだ。私はそう思って邸の雑用を買って出た。人の少ない邸では雑用をこなす人間は明らかに足りていないようだったから。私は使用人の男の手伝い、やり水すら枯れた庭の体裁を整え、建物の近くにまではびこって行く雑草を払ったりして郷里の品々が届くのを心待ちにしていた。


 姫様の御寝所からはあれから毎日、美しい琴の音が聞こえて来る。


 使用人たちはそのことをとても喜んでいた。あれほどふさぎこんでいた姫様が毎日のように琴を弾かれるようになった。まだ先に明るさは見えなくとも、何か生きる希望を見つけられたのではないか。そしてこのままお元気になられれば、お父様の仏道修行の成果が現れて何か良い事が起こるのではないかと、話すようになっていた。


 どうやらこの邸にとってあの姫様は明るいともし火の様な存在らしい。たとえ周りが暗く夜の闇の呑みこまれている時でも、あの姫様が明るく気丈にお過ごしなら皆心明るく希望を信じる気になる事が出来るらしい。おそらく姫様の方でも周りにそう思わせるように常々気を使ってお暮しになっておられたのだろう。自分がこの邸にとってどんな存在か良く理解していて、その責を全うされようとなさっているのだろう。


 私が姫様と会ったのはほんのわずかの間だったが、あのはかなげな中に見せた凛とした態度や最後に送って下さった華のような瞳が私にそう思わせた。そして使用人にいたるまで誰もが姫様を慕っている姿を見ると、その人柄は信頼に値すると思えた。


 そのような素晴らしい姫様だからこそ、あのように心穏やかになれる優しい音色を奏でる事が出来るのだろう。私は毎日その琴の音を聞けることが喜びとなった。出来るだけあの音を聞いていたい。もっと近くで、もっとじっくりと。そう思わずにはいられないほど甘い、心揺さぶられる音色がその音にはあったのだ。



 私はある日、あまりの琴の音の美しさに我慢できなくなり、邸の庭の姫様の御寝所近くに寄って行った。近づけば近づくほどにその音ははっきりと、そして一層優しげに心に染みてきた。私は自分がどこにいるのかさえ忘れて、その音色に聞き入ってしまった。

 

 すると、建物の方から芳しい、良い香りが漂ってきた。


 私はこの香りを嗅いだことがある。そうだ、姫様を背に背負った時、川の水にぬれてしまいながらも、ほのかに焚きしめた香の香りが漂っていたのだ。これは、姫様の香の香りだ。


 目の前の建物の御簾の向こうに、僅かに人の気配がする。そこからこの香りは漂って来る。このすぐ近くにあの姫様がいらっしゃる。こんなに近い所に深窓の姫様がいるとは私は驚いて声も出なかった。


 近くにいては失礼にあたる。頭ではそう思っても身体が動かない。私はそのまま良い香りに包まれた美しい姫様の気配を感じながら、その、甘い音色に聞き入っていた。


 すると突然、

「そこにいるのは、先日私を助けて下さった方ですね?」


 と、美しい、囁くような姫の声が聞こえた。まさか自分にお声がかかるとは思わず、私はおろおろとしてしまった。


「申し訳ありません。こんな奥にまで入り込んで、とんだ失礼をしました」

 私はそう言ってその場を離れようとしたが、


「待って下さい。少しも失礼などではありません。私はあなたに聞いていただきたくて、琴を弾いていたのですから」


「私に?」


「ええ、私はあなたにお礼をしたいのです。父はあなたを助けて下さっているようですが、私には何もする事が出来ません。せめてこの琴の音が、あなたのお耳に届いてお心のやすらぎになればと思って」


「まさか……そのために毎日のように琴をお弾きになってらしたのですか?」


 私は真底仰天した。自分の様な者のためにこんな身分の高い姫君様が、琴を演奏して下さっているなどとは思いもしなかったのだ。


「その通りです。どうでした? 私の琴は」


「もったいない。私などの耳では演奏の良し悪しなど分かろうはずもありません。ただ、あまりにも優しく美しい音色なので、その音につい魅せられてしまい、こんなところにまで入り込んでしまったのです。それほどあなたの琴の音は素晴らしいのです」


「喜んでいただけて嬉しいわ。あなたが聞いて下さっていると思うと、私も弾かずにはいられなくなるのです。どうか、これからもこの音を聞きに来て下さいね」


 そう言うと姫が建物の奥へと入って行く気配がした。わたしはただ、呆然と立ち尽くすばかりだった。






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