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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
33/66

行列

 知らせを受けた中納言家では、急ぎ、占いをやり直させた。しかし、やはり近い日にちに吉日とされる日が無い。


 日を伸ばしては三条家の姫君の結婚と、殆んど間がなくなってしまう。それでは中納言家の威厳が保たれない。


「やはり、明日大将様の邸に入られるしかないだろう。これだけの行列になると、道筋を急に変えるのも困難だ。姫の護衛を多くつけて、侍の数を増やすより手はあるまい。姫の車は他の女房車よりも護衛を手厚くしよう。いざという時身軽に動けるように、女房達は乳母を除いて皆別の車に乗せて、その護衛も姫の方に回す事にしよう」


 中納言様は私達女房にそうおっしゃった。姫様のお世話をすべき女房がおそば近くにいられないのは異常な事だけれども、安全のためには致し方ない。逆に女房の護衛が手薄になってしまうが、姫様が狙われている事がはっきりしているのならば、まずは姫様の安全が第一だ。



 朝を迎えやすらぎも戻ってきたが、お出かけになられる支度に追われながらも、皆、襲われるかもしれないと脅えながら心ここにあらずと言った風情になっていた。


「母が姫君様の身の周りを手厚く固めるために、かなりの役人と侍を用意してもらったと言っていたから、きっと大丈夫よ。もしかしたら、あんまり警護が固いので賊もあきらめるかもしれないわ」


 やすらぎはそんな事を言って笑っている。逞しくなった、と言うより、結婚直後の喜びがこれから起こるかもしれない不安をも上回っているのかもしれない。やすらぎの幸せそうな顔を見て、私はそんな事を思った。


 夜になり牛車の準備が整うと、姫君様は母上様や妹姫様としばらく別れを惜しんでいた。別の建物に分かれて暮らされていたとはいえ、やはりお身内。邸を離れるとなると特別な思いがあるようだ。


 これからも手紙のやり取りは頻繁に行われるだろうが、それぞれに簡単には屋根の外へ出る事も叶わぬ高貴な女人の身。直接お会いになれる機会は一層少なくなってしまうだろう。古くから中納言家に仕えていた古参の女房達も感慨深いものがあるらしく、中納言様や北の方様、妹姫様にお付きになっている女房達と、それぞれ別れを惜しんでいるようである。


 お世話になった大勢の下男、下女、小者たちともめったに会えなくなるので、皆が別れを惜しんでいる。かがり火の下、懇意にしていた大納言家の使用人達もお別れに来てくれていた。決して遠くに行く訳ではないが、やはり邸が変わればどうしても仕事に追われて疎遠になってしまう。邸とは沢山の使用人が暮らしている一つの町の様なもの。私などは暮らした時間が短いからいいものの、長く勤めている人達はその住み慣れた町を離れるのだから晴れがましくも悲しい時間だ。


 私はその中に、あの下働きの少女の姿を見つけた。一瞬、目が合う。


 少女は深々と頭を下げた。私も礼を返す。が、互いに言葉は掛けなかった。私達は通りすがり。そう、決めている。


 あれから彼女と康行がどうなったのかは分からないけれど、彼女の瞳にあの日の嫉妬の炎は見受けられなかった。きっと、彼女なりに納得のできる何らかの結果が出たのだろう。私はそう思う事にした。



 そんな訳で牛車の列が邸を後にしたのは定刻よりもずいぶん遅くなってからだった。夜の闇も深くなっている。でも、やすらぎが言うにはこの手の行列の出発が遅れるのは、ごく普通の事らしい。 まして権門の家の姫が邸を移るとなれば大事なので、この程度の遅れは皆、許容範囲なのだそうだ。どおりで中納言様が簡単に道筋は変えられないとおっしゃったはずだわ。普通の引っ越しとはわけが違う。


 その上中納言様や大納言様が手配した沢山の役人や侍達が、松明を灯し姫様の牛車の周りを物々しくぐるりと取りまいていて、一層行列をいかめしくしている。少し猛々しくはあるが、やはり心強い。


 しかし康行がどこにいるのかは分からなかった。あまりにも侍の数が多いのだ。この中のどこかにはいるはずだけど。私はつい、康行の姿ばかりを探している事に気がついて慌ててその思いを振りきった。


 一の姫様や私の車の近くにいないのならその方がいい。少しは危険から免れやすくなる。もう、康行に人を斬る事は出来ないだろうし、斬らせたくない。そんな事になったら康行の心はどうなってしまうのか。危険な所にいては欲しくなかった。


 ゆっくりと牛車が動きだして行列が前へと動き始めた。門前に居並んだ使用人達に見送られながら、私達は出発した。京の街の中を見た目は悠然と進んでいく。


 街中の事なので夜とはいえ道を譲る下司や、商人、様々な人たちが野次馬になって物珍しげに行列を遠巻きに眺めている。しかし、私達はいつ賊に襲われるか分からないと緊張して、周りを眺める余裕などなかった。誰もが先を行く姫君様の車に注目していた。


 女房達の中には、こんな街中では人目につくから大丈夫だろうと囁いたり、いいえ、だからこそ野次馬にまぎれて襲う者がいるかもしれないと、身を固くして声をひそめる者などがいて、とても落ち着いてなどいられない。


 それでも行列はゆるゆると進み、様々な屋敷が連なり、人通りの少なくなってきた通りへと入ってきた。



 もうしばらく行けば、問題の三条の通りだ。皆の緊張が高まっていく。そこに馬の蹄の音が近づいてきた。


 馬にはなんと、別邸でお待ちになっているはずの大将様と、康行が乗っていた。行列に近付くと、


「止まれ、止まれ!」と叫んでいる。

 行列は慌ててその歩を止めた。


「康行、姫の元へ!」

 大将様がそう叫ばれて、康行が姫君様の車の前に馬で近づいてきた。


「この行列に、三条殿の回し物がまぎれている。行列を狙っているのは三条殿だ! 手の者はとっとと立ち去れ!」


 大将様はそう叫びながら、ご自分も姫様のお車に近付いていらっしゃった。康行と二人で馬上のまま姫様のお車に立ちはだかる。


「三条殿のたくらみは全て調べがついている。三条の邸の前で待ちかまえていた者達は全て、取り押さえた。あきらめて早々に立ち去るが良い! でなければ容赦はせぬぞ!」


 普段のみやびやかな物腰からは考えられないような大声をあげて、大将様は叫ばれる。皆、ざわざわと騒ぎ出した。

 


 当然だ。三条殿と言えば盗賊、強盗たちを取り締まる検非違使の役人を統率する役目をしておられる方。その方が悪人達に加担しているのなら役人たちの動きは全てが筒抜け。どんなに追いかけまわしても雑魚しか捕まらないはずである。皆、一様に信じられないと言った面持ちで大将様をご覧になっているようだ。


 大将様と康行は姫様のお車を守るように立ちはだかっている。この中に三条殿の回し者が混じっているならば、どの人が敵なのか分からない。私は一気に不安にかられる。 大将様や康行に、敵がいっぺんに襲いかかったら、どうしよう? 康行は無事で済むのだろうか?


 すると、突然姫様の護衛についていた侍達の何人かが、私達の女房の乗っている車に向かって来た。なんと検非違使の役人まで混じっている。車にかかっている御簾を跳ねのけ、男達が車の中に入って来る。


「花房と言う女房はどいつだ? 返事をせい!」



 いきなり名前を呼ばれて私は驚いた。なぜ、私が狙われるの? 考えている暇はない。このままでは他の女房まで巻き込まれてしまう。


「私よ! 私に一体なんの用なの?」

 私は叫んだ。


「おお、こいつが大将の想い人か」

 男が私の腕をつかもうとした。


 そうか、狙いはあくまでも大将様か。大将様の動きを封じ込める事が出来るのであれば、別に姫様でも私でも、こいつらにはどっちでもいいんだ。ついでに中納言家の威厳に傷が付けば上々と言ったところなんだろう。これは簡単に捕まる訳にはいかない。


 そう思って私も抵抗はするが、男の力にはかなわない。あっさりと腕をつかまれてしまう。すると、


「いいえ! 私です。私が花房よ! その人をお放しなさい!」

 あろうことかやすらぎが男に向かってそう叫んだ。


「どっちだ! 正直に白状せい! でなければ二人とも斬って捨てるぞ!」


 男はそう叫びながらも戸惑っている。私は顔色が変わりそうな思いを必死にこらえた。何とかこの男を混乱させて時を稼ぎたい。男はどうやら私の顔までは知らないらしい。私は男の手を振り切り、思い切って車の外へと飛び出した。こっちに気をそらさなくては。他の女房達に危害を加えられたくない。


 しかし男はやすらぎの腕をつかんだまま、私の後を追って来た。なんとかやすらぎから男を離したい。なのに私まで待ちかまえていた別の男に捕まってしまった。


 私達は車の前で、それぞれつかまったまま男達に取り囲まれる格好になった。その姿を見て大将様が動揺されたらしい。






当時の引っ越しは「屋移り」で、移る先に暮らしに必要な事はすべて準備が出来た後に人だけが移動しました。

しかも移動は夜。屋移りが済んだ後はそのまま宴会となったようです。


この別れのシーンは私の空想ですが、使用人たちも住み込みで働く者が多く、邸の中でかなりの日常生活が完結していたでしょうから、邸を移るとは大変な事だったはずです。


引っ越しそのものが権威を示す行事のようなもので、ちょっとした町の人々がまとめて移動するような、大変な事だったんですね。

貴族の一般的な邸の広さは14400平方メートル。人の体格は今よりずっと小さかったでしょう。


小さな町の人々が移動するような大変な引っ越しを、当時の貴族はしていたんですね。

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