女雅楽
歴史や当時の文化に詳しい訳ではないので、こんな風な世界だったんじゃないかと、イメージだけで書きました。
日暮れとともに女雅楽が始まった。宮中では定められた年中行事の他にも、こういった管弦の遊びや物合わせと言った遊びの行事が頻繁に行われるらしい。
遊びと言ってもそこは社交の場である。どちらかと言えば非公式な催し、宴と言った色合いが濃いものになる。
特に後宮では「物合わせ」は行われることが多いらしい。女御様や更衣様方が競われるのにちょうどよいからだろう。
「物合わせ」とは、何か一種類の物を、様々な趣向を凝らして互いに披露しあい、優劣を決めるという遊びである。
良く行われるのは「香合わせ」、「絵合わせ」、「歌合わせ」。少し趣向を凝らすと「春秋あらそい」などと呼ばれる春と秋、それぞれに分けて漢詩や歌を合わせる遊び方をする。
例えば「香合わせ」では、様々な香の調合による香りを競うのはもちろんだが、そこに使われる香炉は勿論、その香に合わせた衣装、装束、小物、当の主人と女房達、使われる子供たちにいたるまで、色目や姿形を統一して、その調和と華やかさ、交わされるやり取りのゆかしさまでもが競い合わされるのだ。
勿論、判定をするのはその道の専門家で、遊びと言っても真剣勝負。しかも金や物をそろえるだけでは秀でる事は出来ない。人や物を調和させ、その場を盛り上げるだけの知識と感覚が問われる。それぞれの御殿の方々の面目もかかっている。
その中で総合的に特に優れていると判断されれば、殿上人たちに一目置かれるようになり、宮中での権限や、発言力にも影響を及ぼしてくるのだ。
今夜の女雅楽にも、そんな雰囲気が色濃く反映されている。それぞれの御殿から楽の名手が選出され、それに合わせて、皆、美しく着飾っている。
お帰りになった中宮様を歓迎する意味もある雅楽だが、その中宮様のおられる麗景殿の方々は、咲き始めたばかりの桜を意識したような、桜重ね(表を白、裏を濃いピンクにした特有な着物の重ね方)の衣装を中心に、萌黄や若草色を添えた爽やかな衣装の女房や少女達が、美しい柄が打ち出された白の唐絹に高貴な紫を重ねた格調高い装いの中宮様を囲んでいる。
本当なら麗景殿で行うはずだった雅楽だが、昨夜の火事騒ぎで場所を主上のお休みになる清涼殿に移したので、中宮様の周りにも御簾とは別に几帳を巡らせているが、その几帳にも白と薄紫が、裾にかけて濃くなっていく、美しい布がかけられている。春の盛りを思わせる、美しい装いだ。
同じ春でも私達梅壺は、紅梅色や海老茶色に、白をきりりと加えた早春の引き締まった色で統一されている。
残念ながら、実際の梅の季節は終わろうとしているが、梅壺の象徴は常に梅の花なのだろう。
小物や衣装の柄なども、梅の花で統一され、浅縹の叔母や、青鈍色の小侍従でさえ、刺し色に紅梅色を重ね、華やかな梅柄の扇を手にしている。
御簾の外に列席している公達も、各大臣の方々や、それにまつわる人々。そして、楽の音に秀でた方々が、私達の演奏を聴き比べられるはずである。いうなれば「音合わせ」とでもいったところだろうか?
女人達は皆、琴や琵琶を手にし、童殿上している可愛らしい子供たちは、横笛や太鼓、篳篥、笙の笛などを手にしている。
主上も席にお着きになり、殿方達の席では、すでに酒などが酌み交わされているようである。女雅楽の始まりだ。
大将様の高らかな笛の音を合図に、皆、一斉に演奏が始まった。
横笛の清らかな音色。笙の笛や篳篥の荘厳な音。そして女人達の琴と琵琶。まるで天界のような荘厳な音が、春の夜に響き渡って行く。この世の音ではないようだ。
しばらくすると興に乗ってこられた公達などが、漢詩などをゆるゆると吟ぜられる。
そうすると他の公達も、負けてはならぬと催馬楽呂などを唄ったりする。男君たちにとっても、この機会は良い披露の場になるらしい。
声に自信のある方らしく、良く通る、美しい声を、ゆったりと響かせ、調子を添えてお唄いになる。
やがて曲が変わると笛や太鼓の音は止み、女人達の弦の音だけが響き渡る。
そうするとその音に聞き入りながらも、
「誰それに召し使えるあの女房はなかなかの音を聞かせる」だの、
「あの女人の琵琶の音は聞かせどころを良く知っている」だのと評論が始まっている。いよいよここからが本番か。
女人達の演奏にも一層の熱がこもってくる。その時だった。
「ビン!」
無様な音を立てて、私の琴の糸が切れてしまったのだ。
私は一瞬、この悪夢が現実とは思われなかった。思わず手が止まり、琴を見つめる。
琴の糸は比較的切れやすいものだ。私の使う筝の琴の中間に張られた糸は、より高く繊細な音が奏でられるようにある程度の力をかけて張っているので、いささか細くなっている。「中の細緒」などと呼ばれるゆえんだ。だから余計に切れやすい。琴を弾いたことがあれば誰でも知っていることだ。
知っているからこそ、大事な席に出る前には、入念に糸の状態を確認する。今日の私だって何度となく確認した。
いくら切れやすい糸だと言っても、そんなに急に切れる物ではないはずなのに。
演奏は続いている。それでも冷たい視線が突き刺さる。時折遠くから忍び笑いが漏れる。
「あなたは弾き続けるのよ」
姫様のお言葉を思い出した。今、あきらめてはいけない。
今、私がここにいるのは、私の力だけではない。私の琴にはいろんな人の思いが込められるべきだ。私が奏でるのはその人たちの思いだ。琴は私にとってはただの道具ではない。
私が今宵、奏でるのは、私を思ってくれる人たちの愛情。私を慕ってくれる人たちへの友情。それは甲高い音に頼らずとも表現できる世界。
私は高音を捨てた。高い音で弾くべきところをむしろ低く、やわらかく丁寧に弾いてゆく。
人の優しさ、思いやり。そんな思いに高い音や、人の気を引くような派手な音は似つかわしくない。低く、やわらかく、さりげなく。他人の心を思いやる時の寄り添う心。そんな心の伝わる音。
気が付けば他の琴や、琵琶の音が止んでいた。今、私は一人で私を支えてくれた人たちの心を、みんなに伝えている。この世にはこんなにも優しい音がある。美しい心があるのよ、と。
曲が終わって、私は糸を張り直す。次の曲にはまた笛や太鼓の合奏に戻り、間を縫って春の唄が軽快に唄われたりなどしている。座の人々は、一層心柔らかく、華やいだ気持ちになったようである。私はあらためて心をこめて人の心の優しさを奏で続ける。
中空に美しい月の登る中で、女雅楽は華やかに繰り広げられる。
その夜、私達梅壺は、もっとも美しい演奏をしたと評価され、主上からのお褒めのお言葉と、更衣様へと美しい絵物語の巻物をたまわった。お里下がりの間のよすがとされるようにとの主上のお心づかいと思われた。
それでも主上は中宮様と、お生まれになって初めてご覧になられる男御子様とのお時間を楽しみになされていたようで、さっそく麗景殿へとお出ましになってしまわれた。
それはそうだ。宮中のしきたりに阻まれて、ご自分のお子様を今までご覧になる事さえできなかったのだから。
しばらくは主上も、やっと果たした我が子との対面に夢中になられることだろう。考えてみれば更衣様のお里下がりは、良い間を計る事が出来て、かえって良かったのかもしれない。
翌日、私は更衣様方よりも先に御所を退出することになった。更衣様もお支度に忙しく、ゆっくり別れを惜しむ間は殆んどなかったが、
「あなたには、また御所で琴を弾いてもらう約束がありますから。これからも楽しみにその日を待ちましょう」
と言って下さった。
更衣様のお言葉は勿論嬉しかったけれど。私のそのつもりでいるのだけれど。
不思議な事に、私は昨日、姫様から頂いたお手紙を見て以来、早く姫様の元へ戻りたいと思ってしまっていた。
郷里は遠くに離れているけれども、あのお手紙で姫様のおそばへの懐かしい想いがいっぺんに湧いてしまっていたのだ。私は早くも都の中に、心のふるさととでも言うべき場所を、姫様の元に作ってしまったようだ。
私もこうして都の人間になって行くのだろうか? 私は自分の心の変化に戸惑いと、少しばかりの寂しさを感じていた。
私は一人で女車に乗り込んだ。来た時のように叔母に付き添われてはいない。叔母は更衣様の女房として、更衣様の御実家のお屋敷にこのままついて行かなければならないのだから。
私は牛車の中から離れていく御所の姿を感慨深く見送っていた。
すると一頭の馬に乗った公達らしい人影が、車のそばへとかけ寄って来た。
良く見ると、あろうことか大将様だ。近衛の大将ともあろう方が、お伴の一人もつけずに私の車に寄ってくる。
「なんてことなさるんですか? 今頃お伴の方々が困っていらっしゃるでしょうに」
私のあきれ声を愉快そうに聞きながら大将様はおっしゃった。
「なあに。時期に皆、気がついて追いかけて来るでしょう。いつも私は彼らに小言を言われながら追われているんです。たまには彼らに追い駆けさせないと。それに私は自分の妻の元に帰るんですよ。誰にも文句は言わせません」
「姉君様の中宮様も、ご心配なさるでしょうに」
「あっちは主上と親子の団欒ですよ。私がいたらかえって野暮ってものです。それとも姫は、主上の近衛の大将が護衛では、ご満足いただけませんか?」
そう言って大将様は楽しげに笑われる。
何だか私も笑いながら、御所という場所を後にしてしまった。
「御所編」終了。次は「苦悩編」って感じで。主人公に悩んでもらいます。