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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
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後宮政治

 女雅楽の日まであと二日と迫った日に、梅壺の更衣様の御父上様がお役目をしばらく謹慎することになったとの知らせが入った。誰もが寝耳に水の事だったので、驚き慌てていた。


 梅壺の女房達は、皆、知らせを伝えに来た役人に詰め寄った。役人も小さくなりながら答える。


「ですから、先日、ある権門のお屋敷に押し入った強盗が、前帝とつながりがあったようなんです」


「でも、更衣様のお父様は、今は前帝とは何の御関係もないんですよ。それなのに、なんで今更、御謹慎をしなくてはならないんです?」

 小侍従が役人に一層詰め寄る。


「今は御関係がないとはいえ、強盗の一味には、更衣様の御父上が昔召し使っていた者がおりましたので、やはりここは御責任を果たす意味での御謹慎ではないかと思われますが」


「そんな! もう、何年も前に勝手に行方をくらました者のために、責任を取れとおっしゃるんですか?」


「しかし、これはもう決まってしまったことですので。ですから、こちらの更衣様にも、今度の女雅楽が済みましたら一旦、お里下がりをなさっていただくようにと、大納言様の仰せです」


「大納言様の……」


 誰もがこれでピンときたに違いない。


 最近、更衣様の注目が後宮内で上がって来ている上に、ここ数日、主上のお渡りも続いている。

 

 女雅楽の日は、当然主上は中宮と過ごされるだろうから、その翌日に更衣様を御所から遠ざければ、梅壺の勢いは明らかにそがれるだろう。ましてあちらには、東宮となられるであろう生まれたばかりの男御子をお連れしての御所入り。梅壺の作りだした雰囲気など、あっという間に掻き消されてしまうに違いない。



 所詮は後宮政治。やはり陣の座の権力は大きい。結局は力がものを言う世界なのだろうか?


 大納言様もこういう時には人も無げな事を容赦なくやってくるようだ。


 殿方達の世界はそういうものなのかもしれない。追うも追われるも、勝つも敗れるも、当人達の時流の読み次第。いうなれば本人の実力なのだろう。


 しかしそのために送り込まれて、一生を決められてしまった、更衣様はどうなるのだろう?


 このまま御所の奥深くで、ひっそりとお暮らしになれというのだろうか?


 そうでなくても更衣様は御父様の後ろ盾がおぼつかないお立場だった。自らのお血筋と主上のご寵愛だけに頼るほかにない状況に追い込まれている。それなのに肝心の主上との御愛情にまでこんな政治的圧力がかかって来たんじゃ、立ち打ちのしようがないじゃない。


 私は頭にきた。


 癪だけど。本当に悔しいけれど、私は大将様に手紙を書いた。本来なら女人は手紙を待つもので、先にこうして手紙を送るのはかなり関係が深くなってからの事だ。こうやって、事実上の親しい関係を裏付けていくのは、女人の私には不利なのは分かってはいても、一言文句を言わずにはいられなかった。大将様は大納言家のご長男。今度の事をどう思っているんだろう?


 前帝が怪しい者たちと付き合いがあって、色々と利用しているのは前から分かっていた事。私がさらわれた時などは、事情を知っていた女房が自害して、直接かかわった男が一人、斬り殺されたのをいい事に、その時の陰謀も、前帝達の存在も、大納言様方にもみ消されてしまったはず。


 それなのに今回は、更衣様の御父上様からとっくに手元を離れて行方知れずになっていた男が、前帝を頼って強盗を働いていたという、まるで筋の遠い罪で御父上様を謹慎させてまで、更衣様を主上から遠ざけようとしている。これって職権乱用じゃないの。いくら都の安寧のためとはいえ、更衣様に対して思いやりがなさすぎる。


 お立場についてはともかく、主上との絆まで断とうとするやり方はひどいじゃないの。



 私の手紙は無事大将様に届いたらしく、返事を待つまでもなく大将様自らが、叔母の局へとやってきた。


「大納言様はひどいじゃないの。なんでこんな無法な事がまかり通るのよ」


「あなたのお怒りはもっともですが、今は仕方がないのですよ」


「何が仕方ないんですか? 大将様だって、この間の合奏の時には更衣様の面目が立ったと言って下さったじゃないの。ようやくお二人のお心が繋がりかけたというのに、どうしてこんな真似をなさるんです?」


「それは、更衣様が皇族の血を継いでらっしゃるからです」

 大将様は説明した。


「今、都は大納言家の力によって、ようやく人心が一つにまとまっているところです。前帝の世では、人々の心が落ち着かず、政事は滞ってばかりでした。今はそれに取って代わって大納言家が都を統率しています。それでも、世には盗賊や人さらいがはびこり、さらに、前帝の悪事に人々は脅えている。それが今度は大納言家への不満となって現れ始めているのです。それを抑えるためには、大納言家は絶大な権力を維持しなければなりません」


「それと、更衣様と、どう関係があるのよ?」


「更衣様のお母様は皇族のご出身。御父上も今は権力を失ってはいますが、もともと身分は低くありません。そんなお血筋の更衣様の元へ、主上が頻繁にお渡りになるようになった。これが続いて、今、更衣様に男御子がお生まれにでもなったら、どうなると思いますか?」


「あ……」


 ここまで言われて頭に血が上っていた私にもようやく理解できた。


 中宮様は大納言家のご長女。権力は絶大だし、御身分も悪くはないが、皇族の方との血筋は近いとは言えない。女御様の下のお立場とは言え、純粋に血筋の良さを比べれば更衣様の方が上になってしまう。


 それにお生まれになった男御子もまだほんの赤ん坊。更衣様が男御子をお産みになれば、これはお歳の近い東宮候補がお二人になってしまう。まとまりかけた人心が、また二手に分かれないとも限らない。



「更衣様のお立場は分かります。本来そのために後宮に上がられたのですから。世が前帝の時世のままなら、華やかにときめかれて、もしかしたら東宮の一の方のお立場であられたのかもしれない。もともと更衣様も主上ともお歳が近く、後宮に居られる年数も長いのですから、主上とも幼馴染のように親しみ合っておられたはず。ですから主上も本来は更衣様と睦まじくなさりたい気持ちは持っておいでです。それだけに、中宮の男御子様がご成長なさるまでは、我々は油断できないのです」



「では、では、更衣様はどうなるのです? お父様の後ろ盾も頼りなく、やむなく更衣の身に甘んじて、その上肝心の主上との絆まで断たれてしまったら」


「ご夫婦の絆はそう簡単に断たれてしまうものではありませんよ。我々も主上がたまさかのお慰みにお渡りになるのをお止しようとは思いませんが、頻繁にお渡りになるには今は時が悪いのです」


「そんなの勝手だわ! お二人のお気持ちはどうなるのよ!」


「姫、ここはそういう場所なのですよ。後宮とは、時流に合わせて調整しながら、次の世代を育成する場所なのです。世の中を安定させるために」


 私はこの方に姫などと呼ばれる身分ではない。その私に大将様がそう言ってくるときは、私を説き伏せようとする時だ。まるで幼い子供に諭すような口調になる。


「身分が高くなればなるほど、これは仕方のない運命でしょう。情けを通じるのと、結婚は、意味が違うのです。ましてや後宮では世の流れをも変えてしまう。我々は政治家なのです」



 政治家。


 そういう目で大将様を、ううん。殿上人や公達を見た事は無かった。彼らはただただ憧れの人たちで、本来なら口もきいてもらえないような人たちと、思いがけずこうして言葉を交わせるようになって、私はなんて幸運なんだろうと思っていた。


 でも、彼らは確かにこの国を動かしている。彼らが帝に色々な提案をし、意見を交わし、人々の暮らし方や、国のありようを定めて、それを帝が詔として発するからこそ、この国は成り立っている。その意見を通すためなら、殿方達は多少の強引な手立てもためらわずに使う物らしい。


 後宮なんて、世の流れを最も象徴する場所なのかも知れない。


 私は大将様を今まで見たことのない、全くの別人を見るような思いで見ていた。


 もしも私がそれなりの家柄の姫で、大将様の政敵になる立場に陥れば、大将様は多少のためらいはあろうとも、私を切り捨てるなり、利用するなり、なさるに違いない。それは男君の情としてではなく、冷たい政治家の顔でなさるのだろう。


 大将様が何心なく私にお話をされ、親しみを感じて、結婚まで持ち出したのは、私がそう言った事に巻き込まれることのない、身分の低さの気楽さもあったに違いない。そう考えると何だか裏切られたような気分になる。



「公達というのは、時に気まぐれで残酷なもの」



 小侍従の言葉が蘇る。確かに大将様に悪意はない。それでも彼らの政治家としての顔に、傷つけられる女人は多いかもしれない。更衣様のように。


 でも、人は人を利用するものでも、されるものでもないと言った、小侍従の言葉はきれいごとすぎるわ。男君はこうして女人を利用しているじゃないの。


 何だか私は愕然としてしまい、沈み込んでしまった。


「すいませんが、少し休みたいのでこれで失礼していただけませんか?」

 私は沈みながら言った。


「分かりました。夕方の琴の練習にはお越しください」

 大将様はそういってその場を離れようとする。


 立ち去ろうとして、大将様は足を止めた。そして振り返っていう。


「私は主上と幼い頃から親しくしてきました。主上はそれほど情け知らずな方ではありませんよ。あなたはあまり心配なさらない事です。きっとお二人は、姉上とは違う絆をお持ちだと思いますよ」


 大将様が私を慰めようとしてくれているのは分かったが、私はつい、聞いてしまった。


「その絆は更衣様の苦しいお立場を救ってくださるのでしょうか?」


 私は沈んだ気持ちのまま、大将様に尋ねた。


「……」


 大将様はお返事を下さることなく、衣擦れの音だけを残して、立ち去られてしまった。





当時の貴族の政治は、私達が考えるような実質的な政治ではありません。

身分、家柄、権力闘争。勢力争いその物が政治でした。

出世も人に芸術や文化を褒められる事や、それなりの物を上納する事が大切でした。そして人間関係・・・縁戚などによるコネです。


貴族の政略結婚、出産なんて、政治そのものだったでしょうね。

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