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藤の花の匂う頃  作者: 貫雪(つらゆき)
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三日夜

「身代わり編」ここまでです。

 三日夜の宴は華やかに行われた。数々のご馳走が用意され、女房達は着飾り、従者や、下男、下女にいたるまでが振る舞い酒に酔っていた。


 室内は美しく飾られ、大勢の貴人たちが酒を酌み交わしている。この場にふさわしい晴れの歌や詩が詠まれ、それに合わせて管弦の調べが奏でられる。宴もたけなわだ。


 続いて女人の琵琶や琴が合奏され、私も皆と音を合わせていく。そしてやすらぎとの合奏が続いた。


 そして私の独奏となる。大将様と姫君様の許可を貰っての演奏だ。私はこのためにここにいるのだ。



 初めの音には自分の心を乗せた。軽やかに、一つ調子に。都への憧れ、様々な出会いがもたらしたときめき、都のにぎわい。


 だんだん音は緩やかになる。優しく、たおやかに、明るく華やかな音がゆったりとした流れをもって人の心をほぐしてゆく。姫様の優雅な御様子、結ばれる友情、穏やかな日々。心弾みと喜びを謳歌するような華やぎと優しさが音の中に満ちてゆく。


 だが、優しい調べのうちに時折穏やかならざる音が混じる。桜子の隠された心。


 その音は不快。その音は心に不安をよぎらせる。なぜそのような音を立てる。聞かせて、聞かせて、さっきまでの安らぎと華やかさに満ちた明るい音を。人々の心がそうざわめき出す。


 音が変わる。激しく、強く。桜子の苦しみ、悲しみ、怒り、そして、求め続けた思い。不快さは強さへと変わり、音のもがきは甲高い叫びとなり、不安は大胆さへと変貌する。大きく、激しく、うねるように奏でられる早い旋律。琴の弦が切れんばかりに私は奏でる。私に向けられた憎しみを奏で続ける。


 人々が息をのむのが分かる。衣はずれ、髪が乱れようとも私は全身で弾き続ける。誰もが耳を傾けている。


 やがて音は清浄なものに変わる。弱く、たどたどしいが、細やかな調べ。弦を繊細に、繊細に弾いていく。まるで小川の流れる音のように弱いが、耳に沁み入る音。何かを切々と求める調べだ。


 そして音はたおやかに初めの音へと帰っていく。軽やかで一つ調子な音。だが、初めとは明らかに違った印象を与えているであろう音。私はそっと、最後の弦をはじいて演奏を終えた。



 誰もがため息をつき、さざめくような声を漏らしていた。きっと伝わった。桜子の心は今ここで蘇り、終息を迎えたのだ。私が出来ることはここまで。後はそれぞれの心の中にこの音は生き続けてくれるだろう。


 宴はまた晴れやかな華やかさに満ちていく。桜子の憎しみはそこにはもうない。



 宴の終わりに私は姫様に呼びとめられた。


「花房。私はあなたに何をすればよいのか分かりました。あなたはすばらしい演奏家ね。奏で続けなさい。続けなくてはならないわ。あなたの琴は百の言葉に勝るとも劣らないわ。あなたは私達の大切な何かを伝える事が出来る。あなたの心は自由でなくてはならない。あなたの琴は自由なままに奏でられなくてはならない。私はそれを守り続けましょう。あなたは奏で続けるのよ」


 伝わった。少なくとも、姫様には私の思いが今はっきりと伝えられた。これこそが私の願うところだった。


「奏で続けましょう。一人でも多くの人の心に届くように」


 女人の言葉は世の人々に届けることは難しい。だから、心揺さぶられる歌は流行歌として伝え続けられていく。


 私は琴の音でそれを伝えよう。それを伝えられる心を待ち続けていよう。いつでも奏でられるように。




 宴が済むと自分の局へと私は戻った。桜子がいなくなったので今では一人部屋になってしまった。何だか部屋ががらんとして見える。


 ふと足元を見ると、御簾の近くに手折られた咲いたばかりの白い梅と、折りたたまれたみちのく紙があった。手紙だろうか?


 普通、女人に贈られる手紙はうすようと呼ばれる、薄く、淡い色の付いた美しい和紙が使われる。真っ白な厚手のごわごわしたみちのく紙で手紙がよこされることは無い。開いて見ると力が入り過ぎて、やたら太いばかりの文字が飛び込んできた。こんな手紙をよこすのは康行しか思い浮かばない。


 中には歌が書かれていた。あんなに苦手なはずの歌が。



「我が駒が足を止めたる琴の音は初花よりも深く匂へり」


 いい演奏だった。良くやった。



 真っ直ぐでひねりのない、康行らしい歌だと思った。私の琴はこの梅の香よりも深みがあるらしい。


 おそらく康行の居る所にまで琴の音は届いていたのだろう。私の演奏はよほど良かったらしい。私は一人、笑みをこぼした。一人部屋の虚無感が少し和らいだ気がする。康行なりに気を使ったのだろう。私も返歌を書いた。



「みちのくの ゆきとみまがう しらうめの かおりたつよに こころなぐさむ」


 今度の手紙はうすように書いてね。



 みちのく紙なんかに和歌を書いてしまう康行に、ちょっぴり皮肉を込めたのは照れ隠し。康行はこれからも私に手紙を書いてくれるだろうか? 会った方が早いと、また縁に近寄って、私を呼びとめるだろうか?


 散々な目にも会ったけれど、都暮らしも悪くは無いわ。私は梅の花を眺めながらそう思っていた。



 翌日、康行はご機嫌斜めだった。私の返事が皮肉で冷たいという。彼にしてみれば歌に花を添えて人に贈るなんて、一世一代の決心がいる事だったようだ。


「お前は本当に何にも分かっちゃいないんだな。俺みたいな男が雅やかな真似なんか出来る訳がないんだ。もう二度と歌なんか送るもんか。どうせ若君と比べられるのがオチだ」


 そう言ってすっかりむくれてしまう。


 それを見て私は逆にご機嫌になってしまう。知ってるわ、そのくらい。私が大将様からお歌を送られているのが気になって、わざわざ不慣れな歌を読んだのよね。だから私は嬉しくて、次の手紙も書いてほしいと暗にほのめかしたのだけれど、康行は気付いているのかどうか?


「ニヤニヤして、何を考えている?」


 そんな事言える訳ないじゃないの。


「別に。あんたの歌の読みぶりをちょっと思い出しただけよ」


「もう絶対に歌なんか送らないからな!」


「怒らないでよ康行。あの歌はいい歌だったわ。ありがとう、私の琴を褒めてくれて」


「ふん、歌なんか書かなくてもこうやって言葉でかわした方がずっと手っ取り早いや。都のやり方は性に合わない」


 そうね。本当にそうだと思う。でも、都で暮らす女人には、自分の意思を伝えるためには、こんな方法しかないんだわ。歌を読み、琴を奏で、しぐさ一つでものを伝える。私はそんな世界で、琴の音一つで立ち向かおうとしているんだわ。それは苦しいことかもしれないけれど、康行や、姫様、やすらぎ、大将様が見守っていてくれれば、勇気を出してやっていけそうな気がする。


「康行。私、都で生きるわ。どこまで頑張れるか分からないけれど、姫君様のもとで、粘れるだけ粘ってみる。当分郷里には帰れないわ。あんたはもうすぐ馬の世話に戻るんでしょう? お父様達に伝えてね。私はここで生きていけるって」


 康行はむくれ顔を少しだけゆるめて、こっくりとうなずいた。


「俺もすぐに都に戻るさ。こんなじゃじゃ馬危なっかしくてほっとけるもんか。若君にだって気をつけろ。あれでなかなかお人の悪いところもあるんだからな」


 そう言って康行は侍所へと帰っていく。


 今度会う時、私は、都に染まらずにいられるだろうか?


 染まらぬように精いっぱい逆らって生きていきたいと思うけど。


 私はそう思いながら康行の背中を見送った。




次はちょっと無理やりだけど「御所編です」

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