はじまりはじまり
"ピピピピ。朝だよ!!早く起きて!!"
聞いたことのない声が聞こえる。小さい子供が遊ぶ玩具に録音されているような、甲高くどこか外れた調子の声音。
"ピピピピ。朝だよ!!早く起きて!!"
録音されているような、ではない。これは紛れもなく機械を通した声だ。所々ノイズ音が混じっている。
それにしても耳障りな音だ。もう少し寝ていたいのに。
"ピピピピ。早く起きないと大変なことになっちゃうよ!!"
意識が半分夢の中だが、脳をフルパワーに働かせて思いついた。これは目覚まし時計だ。声を録音して、時間になると再生されるアレ。
そいつはどうやら俺を起こすために、作られた機内の膜を振動させ声を張り上げているらしい。
"ピピピピ。ねぇ起きて。起きろよ、ぶぅー"
あれ、今拗ねたような声じゃなかった?機械って拗ねるの!?目覚まし時計にも自我を持たせるような時代になったのか!?
"むぅー。早く起きてよー。でないと大変なことになっちゃうよ!!"
大変なこと?どんなことなのだろうか。
だいぶ目が覚めてきたけれど続きが気になったからほっといてみるか。
ジェット機並みの騒音を出して近所に迷惑かけるとか?
"お前の頭上でマダンテ発動させて日本沈めっぞおらぁっ"
超大変!!
「わああああああぁぁあ!!」
俺はものすごい勢いで飛び起き、近くにあったかわいいくまさんの時計の頭を力一杯ブッ叩いた。バキッて音がしたが聞かなかったことにした。
「マダンテはヤバいぜ…」
もし俺が起きてなかったら日本の危機だっのだ。俺ナイス。俺ってば勇者!
変な汗を拭いひとりガッツポーズをして3分と54秒経ったとき、はっとした。
「朝だ…」
カーテンが淡く光っている。
どうやら俺は長い夢を見ていたみたいだ。
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カーテンを開いて朝日を浴び…たいところだが、生憎この部屋には日が射し込まない。理由は単純に、窓が北にあるからだ。
欠伸と一緒に伸びをして、後ろを振り返った。並べられた小さな布団と大きな布団。その真ん中に、丸く中がふくらんだ掛け布団がある。
「おい、起きろよ。」
歩み寄って揺すってみる。塊はもそもそ動いたが、また動かなくなった。耳を近づけてみると微かに寝息が聞こえてきた。
やっぱ寝てやがる。というか、よくさっきの目覚まし時計の声で起きなかったな。結構音量が大きかったというのに。
「起きろ。ボ…じゃねぇや。今日は社長んとこ行くんだぞ」
もう一度揺する。今度はちょっと強めだ。それでもこいつは起きない。
「おい、クロエ!」
朝に弱い息子を起こすオカンみたいに、掛け布団の裾を引っ張る。
がしかし、どういうことだろう。寝起きとはいえ、それなりの力で引いているのにもかかわらず、布団はびくともしない。
こいつどれだけの力があるんだ?
「……と…さ………」
「ん?」
無駄な体力を浪費して息を切らしていると、塊の中から声が聞こえた。呼吸を整えて耳を澄ます。
「……と…さん……」
と、さん…?
誰かを呼んでいるのか?おと…さん…。
お父さん!
そうか、こいつ親が恋しいのか。そうだよな、いきなり知らない人間の所に連れてこられて、世話になれと言われてもな。いや世話しないけど、直ぐに返しに行くけれども。親と離れるのは辛いし、寂しい。
そうだ、そうなのだ。きっと寂しいに決まって…。
「あと3ヶ月…ねかせて…」
「どんだけ寝る気だああああぁぁぁぁああ!!」
火事場の馬鹿力…ではないけれど、布団を力任せに剥ぎ取った。
3ヶ月とか冬眠か。昨日あんなにいろんな物をたくさん食べたのは、冬を越すためだったとでも言うのか。
「じゃあ、あと三年」
「延びとるわ!!」
「いや〜ん」
台詞に合わせ恥じらうように丸くなるクロエ。
何がしたいんだこいつ。
クロエは、返して返してと俺が握る布団に手を伸ばす。だがこれは渡さない。何故なら、眠いはずが無いのだから。
だってこいつ、絶対に起きていた。俺が揺すり起こそうとする前、既に。
「お前だな、あの趣味の悪い目覚まし時計置いたの」
そう言いながら、さっき叩いて止めた目覚まし時計を指差した。
「目覚まし時計なんて、あちししらなぁ〜い」
目も開けずに言いやがった。だがそんな事言えるのも今のうちだ。
「ほ〜う…。知らないか、でもよく見て見ろよ」
「だから、しらない…」
ゆっくりクロエが目を開ける。が、その目が瞬時に見開かれた。視線の先には頭の粉砕したくまさん型目覚まし時計。それに覚束ない足で近づき、目前で座り込んだ。
「ジ、ジョセフィーヌ!!」
「どんな名前だっ!!」
やっぱりこいつのだったか。いや、そうじゃなかったらいったい誰の物だという感じだが。
呆れた目でクロエを見下ろしていると、壊れたはずのくまさん(時計)が機械音と共に喋りだした。
「ピー…ガガッ。わたっ…ガガッ、まだ、やり…ピー。残、したっ…ことが…ザー…」
「ジョセフィーヌ!!もう喋るな!!」
クロエがくまさん(時計)を両手で抱きながら叫んだ。
「さ、い後に、ピピ…………………………マダンテを使いたかった」
ピーという伸びた電子音を最後にくまさん(時計)は何も言わなくなった。
「ジョセフぅぅぅぅぅ!!」
天井を仰いでクロエが絶叫した。
「くそっ…あちしが叶えてやる!!お前が出来なかった最後の夢を!!」
「何コレ…」
まるでクサイ漫画か何かの最終回みたいだ。もしくは最終決戦の前みたいな。
「何コレ…」
やべ。呆れすぎて台詞二度も言っちまった。
いまだ動けずに立ち尽くす俺をよそに、クロエは時計の破片を拾いはじめた。全て集め終わるとヨロヨロと立ち上がり、部屋の隅へと向かう。
今度はなにをする気だ?
壁にほとんどだよ密着したところで足を止めた。そして腕の力を抜いた。当然抱えていた時計は下へ落ちるわけで。
「なっ!!」
破片たちが落ちた場所はゴミ箱。
こいつ、なんの躊躇もなく捨てやがった。クロエが、驚き固まる俺を振り返り見る。
「お腹空いた。コウイチ、朝ご飯まだぁー?」
口元に手をあて、まるでイタズラが成功したときのように笑っていた。否、笑いを堪えていた。
「おまっ!また演技か!?」
「ぷぷっ」
かくして。
俺の一日は始まった。