1日が長かった気がする
"隊長!発見しました!"
"よし、即刻準備しろ"
"イエッサァー"
何処からか声が聞こえる。ついさっき聞いたばかりの声のようで、全く知らないような。誰だ?
「構え!…てー!!」
「へぶぁ!!」
腹の上に物凄い圧力を感じた。思わず丸くなってうずくまる。
危なかった!胃の中身が出るところだった。
「てめ…っ」
やっとの思いで上体を向けると、なにやらふんぞり返ったクロエがいた。
「クロエ…おまっ」
「隊長!目標が目を覚ましました。任務完了であります」
彼女はビシッと架空を見つめて敬礼をした。
「ふむ、よくやった」
「よくやったじゃねえよ」
やっと痛みが引いてきた腹に手を添えながら立ち上がり、風呂上がりで濡れたままのクロエの頭を、空いている手の方で鷲掴んだ。
「ぐっ」
「何してんだお前」
「自衛隊ごっこ」
自衛隊だったのか、今の。ご丁寧に声音をも変えていた。まるで別人みたいに聞こえたぞ、すげぇな。
じゃなくて。
「いきなり人の腹殴るったぁどういった理由だ、あ"ん?」
「ぐぇっぐえっく」
クロエの頭上にある手に力をいれた。
なんか蛙みたいな声を出していたが無視しよう。
「だって」
「ん?」
「だって!コウイチ寝てんだもん!」
クロエが俺の手を振り払った。爪がひっかかってちょっと痛かった。
「え、俺寝てた?」
「ぐっすりでありました」
自衛隊ごっこを続け、隊員風に喋るクロエ。ちょっと違う気もするが。
「あー悪かったな」
「いたいけな女の子を放って先に寝るなんてあり得ないであります」
「いたいけって、ふつう自分で言うか」
プンプンと頬を膨らましている。人差し指でつついてみたら、音をたてて萎んでいった。そしてまた膨む。
なんか面白い。
何度か、つついては膨らませまたつつくを繰り返していたら「コラッ遊ぶんじゃないっ」と上官風に怒られた。
そういや今のこいつの服も自衛隊みたいだ。迷彩柄のTシャツに足首がキュッと締まった余裕のあるズボン。うん自衛隊っぽいな。いや自衛隊とか軍隊あんま興味ないけど…って、ん?まてよ。
「お前、その服どうしたんだ?」
こいつが社長に連れられここへ来たとき、二人とも手には何も持っていなかったはずだ。だからこそ眠ってしまう前にどうしたものかと悩んでいたのだ。
ああ、とクロエは後ろを軽く振り返り、その小さい手で指差す。
「あそこから」
指の先には旅行で使うような車輪付きのバッグがあった。
あれ、おかしいな。誰かが来たならばインターホンの馬鹿でかい音で目が覚めてたはずだ。
「さっきは無かっただろ。どっから湧いて出やがった」
青ざめた顔でなんとか言葉を発すると、ヤツは人差し指を顎に当て片目を閉じ、少し悩んだ末に可愛らしくこう言った。
「ひ・み・つ」
俺には語尾にハートが見えた気がした。
***
「俺風呂入ってくるから、お前先に寝てろよ」
「イエッサァー!!」
ひとまず、いつの間にか部屋にあった不法侵入バッグは深く考えないことにした。
だって気味悪い。
「布団どうすっかな」
俺は一人暮らしでもちろん布団も一組しかない。布団なら一緒ので寝ればいい。もちろん変な考えは毛頭無い。俺は小さな女の子を見てハアハアと息を切らすロリコンではないし。というか、必要な物はあとで宅配便で届くからとか社長は言っていたが、来るとき一緒に持ってくりゃあよかったんじゃないか?というか持ってくるよな、普通。
………。
いやいやいや!持ってこなくてよかった!明日こいつを社長んとこ連れてくんだし!長居はしない。てかさせない。ならばこの状況はこちらからすれば寧ろ好都合だ。今日は仕方なくだ。そう今日だけ。一泊だけなんだ!
さっきほどから視界の端でクロエがもそもそとバッグを漁っている。まさかとは思うけどそれはないよね〜。だって絶対入る大きさじゃないもん。あのバッグが四次元じゃない限り俺の考え通りになるなんてありえない!
しかしまぁ、嫌な予感とは当たるもので。
「ありますよ。じゃん」
まるで手品のように現れたそれは、子供サイズの布団だった。
では、とクロエが俺に元気に敬礼をしてきた。
「おやすみであります」
嘘だろ。
***
さっきの不可解な出来事は、またまた考えないことにして風呂に入った。いわゆる現実逃避というもの。
さっぱりして今は髪をタオルで拭き、極限まで水気をとばそうと試みている。
ドライヤーを使えば早いのだが、クロエが寝ているであろう今はあまり騒音をたてたくない。
タオルを洗濯機に放り込み、欠伸をかみ殺した。
先に布団を敷いておいたのは当たりだったかもしれない。ものすごく眠い。
実は風呂の直前に自分の分も敷いておいたのだ。
相手がいるわけでもないのに、なんだか勝ち誇った気になって布団が敷かれた部屋の扉を開けた。
「えー…」
風呂上がり第一声、気の抜けた驚きの声。
なんと言うことでしょう。クロエという女の子が俺の布団で寝ています。
こいつを自分の布団に戻すべきか否か。だがすごく眠い。いや、でも…。
暫く悩んだ結果。
「…まぁいいか」
睡魔の方が勝ち、俺は布団に潜り込んだ。