みかんと癒やし
いつまでも扉の前で話をするわけにもいかないので、取り敢えず二人を部屋にあげた。
三人で俺愛用ちゃぶ台を囲み、座る。
彼が連れてきた子供は、ちゃぶ台の中央に置かれたみかんを取って皮を剥き始めた。
「えー、こほん」
わざとらしく咳払いをしてみる。
彼の方を向くと、相変わらず笑みを絶やさないでいる。はっきり言って気持ち悪い。
「何か言ったかい、晃壱くん」
「いえ、何でもっ」
いかん、声に出してたのか。気をつけよう。
じゃなくて。
本題に入ろう。
もう一度咳払いをした。
「で、社長。いったい…」
「恭じぃ」
間を入れず訂正される。
貴方と言う人は…。
ため息をひとつ。
「…恭じぃ。これはいったいどういうことですか」
これ、目線でみかんを頬張る子供を指す。
「いやね、君に癒やしをと思ってね」
「今すぐ連れて帰ってください」
「冗談だよ」
何なんだこの人は。
「だから頼み事だよ、私個人のね」
「仕事…ではないんですね」
「そう」
仕事ではない、頼み事だと彼は言う。ならば。
「なして俺なんですか」
頼み事なら別に俺じゃなくてもいいはずだ。
彼の表情が変わった。笑みを浮かべているのは変わらないが、先ほどとは質が違う。
「どうして…だと思う?」
なんだ、彼は何が言いたい。
俺みたいな奴に頼むのは何故だ。他の部下じゃない理由は?
俺にしか頼めないことなのか!?
「………」
俺が答えられなくて押し黙っていると、彼はまた柔らかい笑みを浮かべた。
「ま、答えなくてもいいよ。引き受けてくれる?」
「で、でも!」
膝の上で拳を握った。
「俺はまだ高校生です。子供を養うにはまだ…。それに、学校だってあります!」
そう、俺はまだ高校生。学校がある。
「あぁ、大丈夫だよ。この子賢いから。留守番くらいできるよ、ね?」
「じぃ、このみかん甘ぇ」
突然子供に話を振った。振られた方は話を聞いていたのかいなかったのか、食べていたみかんの房をいくつか彼に突き出した。ありがとう、と言って彼はそれを受け取り口に運ぶ。
「…すっぱい」
「きひひひ、引っかかったぁ」
ケラケラ笑った子供は再びみかんを食べ始める。
「…本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
どうしょう、すごく不安だ。
「やっぱ俺、む…」
「おや、時間だ。そろそろおいとましするよ」
「はっ!?時間!?」
そう言ってる間に彼はスクリと立ち上がり、扉へと向かう。
ちょっと待ってくれ。
「必要なものはあとで宅配便で届くから、心配しなくていいよ」
「あ、はい。ってそうじゃない!!」
ヤバい、一瞬納得しかけた。だが俺はまだ引き受けるなんて一言も…。
「社長!」
「アデュー」
急いで立ち上がり追うも、既に彼は扉の外で片手をあげていた。
「きひひひ。またねー、じぃ」
子供が笑って手を振る。
パタン。
目の前のドアが虚しく閉まった。