カップラーメンと訪問者
カップラーメンは少し堅めのほうがいい。
三分のものは二分、四分のものは三分で蓋を取る。
ちなみに俺は蓋を取り切ってしまう派だ。友達に残しておく派の人がいて、破いてやったら怒られた。見ていたら虫酸が走ったのだ。いや、それは言い過ぎか、気に食わなかったというのが妥当だろう。
それを口に出したらさらに怒られたが。
そろそろいいかな。
湯を注いでから2分経ったであろうカップラーメンの蓋をきれいに剥がしていく。
小袋を千切り開け、中身を無駄が無いほど絞り出し、箸でかき混ぜる。
あぁいい匂いだ。胃が刺激される。
いったん箸を容器の淵へ置く。
「いただきます」
きっちりと両手を揃え、そう唱えた。
再び箸を手にとり、麺を挟む。
数回息を吹きかけ冷まし口へ運ぶ。あと少しで口内へダイブするかしないかのとき。
ピンポーン
決して広くない、インターフォンなど絶対に必要のないアパートの自室。無機質な音が窓ガラスを震わせた。
うるさい。拡声器を耳元で使われているようだ。そしてそれ以上にタイミングが悪い。
「誰だ、俺の大事なメシの時間にやって来やがったのは」
現在の時刻は四時。普通この時間は昼ご飯でも、晩ご飯でも、ましてや朝ご飯の時間でもない。
小学生がお家へ帰る頃の時間だ。
ピンポーン。
もう一度大きな音が部屋を支配する。
「はいはい、今でるから」
のっそり立ち上がりドアへと向かった。鍵を開けようと手を伸ばす。
ピポピポピポピポピポピポピンポーン。
「だぁ!!わかってるから!今あけるから焦んなよ!!」
鍵を開け、チェーンも外してドアを押す。
あ、やべ。ドアスコープで誰か見ればよかった。なんて頭の片隅で思いつつ。
「はいはい、どちら様ぁ?」
若干沸き上がってきた苛立ちを押さえ込みながら言った。
「やぁ、晃壱くん」
だがしかし、片隅の考えで終わると思ったその考えを。
「元気そうだね」
俺は本気で後悔する事になる。
「ぼ、…社長?」
そこに立っていたのは推定六十歳の老人。
彼はにこやかに片手を挙げた。
「うん。私は社長だね。だけど淋しいなぁ。昔みたいに呼んでほしいよ」
「…恭じぃ」
うんそうそう、と頷いている彼の後ろ。一瞬パステルカラーの布が見えた。あれは―――――子供服?
「それで、いったい何の御用で?」
子供服のことは置いておいて、取り敢えず訪問の理由を訊いてみた。相手は社長。一企業のお偉いさんである。よっぽどの理由がない限り家にまで訪ねて来ないはず。
「実はね」
彼は急に真面目な顔をした。目は鋭く光り、その場の空気ががらりと変わった。
「折り入って頼みがあるんだ。よく聴いてほしい」
「は、はい」
あまり気迫に一瞬どもってしまった。
彼は重々しく口を開く。
「頼みというのはね、………子供を預かって欲しいんだ」
「………」
「………」
「………え?」
………うん?聞き間違えか?おかしいな、俺耳は良いはずなのに。
「あの、すみません。もう一回言ってくれます?」
「うん。この子と同居してほしい」
ちょっと待った。さっきと言葉が少し違う気がする。いや、意味的には似たり寄ったりだけど。
「え?」
彼が一歩横にずれた。少ししか見えなかった子供服が露わになる。
丸い大きな目に頭の後ろで揺れる茶色い二つの三つ編み。女の子だ。
毛糸で作られた暖かそうな帽子。
薄く色のついたカッターシャツに、ピンクが基調のベストを羽織っている。かぼちゃ型のズボンがなんとも子供らしい。
「よろしくね」
拒否のしようがない、絶対的上司の命令。
命令を出した本人は何かを面白がるような、期待に満ちた笑顔を浮かべていた。
ああ、なんて憎たらしくて素晴らしい笑顔なんだ。
訂正しておこう。さっき空気が変わったのは気のせいだったみたいだ。