帰還
狂助が気付いた時には彼はアンノウンの家の居間に立っていた。
やはり時間の流れは上とほとんど同じだったようで、外は暗く室内は電灯が点けられていた。
居間にはネイクとゼブラスはおらず、アンノウンとエレナだけがいた。
「楽しかったか?」
「まあな」
「お帰りなさい狂助さん」
「ただいま」
狂助はふらふらと歩き出した。
エレナとアンノウンは緊迫した空気の中、それを見守っていた。
しかし、狂助が発した言葉は実に呑気なものだった。
「この・・・・・・パンみたいなの貰うぞ」
エレナとアンノウンはこけそうになった。
「別にいいが・・・・・・」
「あっそ。まあ座れや」
狂助の我が物顔の態度にエレナとアンノウンは苦笑しつつも席に着いた。
狂助がパンに一度口をつけてから話を切り出した。
「地界への行き方を教えてくれや」
エレナとアンノウンは目を丸くした。
狂助は2人があまりにも驚くので狼狽した。
「何だ・・・・・・そんなに驚く事か?」
「お前、向こうで何を見てきた?」
「いや、旧知に会って少し話したら俺は地界にいるって言うから。
その・・・・・・助けたいんだよ」
よくよく考えれば滑稽な話である。
が、アンノウンは冷たく返した。
「諦めろ」
「あ?・・・・・・てめ」
狂助がアンノウンに掴みかかろうとしたのをエレナが制した。
「狂助さん、地界がどんなところか知らないからそんな事が言えるんですよ」
「エレナまで・・・・・・」
狂助は渋々椅子に座りなおした。
見計らったようにエレナが説明を始めた。
「地界はあなた方が住む上界でも恐ろしい場所と言われていませんか?」
「ああ。血の池だの針の山だの」
「そんなのはまだ入り口の方ですよ。もっと奥は更に恐ろしいことが待っていると言われています」
そこでエレナが一拍置いてから続けた。
「昔、地界から脱走してきたって人がいてその人は本を書きました。地獄での体験談を。でも、それが出版されて2ヶ月後にその人は消えました。それからです。世の中に地獄の辛さが認知され始めたのは」
「どれだけ辛くても俺は行くぞ。死のうにも死ねないし」
エレナがまた諭そうとするのを今度は逆にアンノウンが制した。
「エレナ、こりゃ無理だ。どれだけ言っても聞かないよ」
「・・・・・・そうですね。なら私も地獄めぐりに付き合います」
エレナの発言に狂助はさっきまでのエレナとアンノウンと同じように目を丸くして返した。
「おいおい。そんな辛い所なのに良いのか?」
「はい。元はと言うと私の責任ですし。それにここまで来て放っておくってのも出来ない性分ですから」
「エレナ・・・・・・まさかこいつに惚れたのか?」
「それだけはありません。おやじキラーじゃあるまいし」
狂助はおやじと言われたのに少しカチンときて、エレナの頭を小突いた。
非難がましく頭頂部を擦りながら狂助を鋭く涙目で見据えた。
「ほー・・・・・・お前ガード堅いな。かわいいのに勿体ない」
「師匠はロリコンですか?」
「あほ。そうだとしても弟子だけはない」
エレナもパンを一つ摘む。
続いてアンノウンも。
3人は無言でパンを咀嚼し、しばらくの沈黙が流れた。
場の流れを変えたのはアンノウンだった。
「とりあえず明日セントラル・レイにでも行ってみたらどうだ?あそこなら情報が入りやすいし」
「セントラルですか?」
エレナの目が獲物を見つけた肉食獣のように輝いた。
その輝きに当てられ狂助は思わず首肯してしまった。
「絶対着いていきます!!明日、すぐに出発しましょう!!」
それだけ言うとエレナは鼻歌を歌いながら2階へと続く階段を上がって行った。
狂助は呆気に取られながらも時計を見た。
10時30分。
狂助はもう寝ようとしているアンノウンに声をかけた。
「待てや。寝るのには早すぎやしないか?」
「何が言いたい?」
「三武の天才・・・・・・だっけ?ちょっとくらい稽古付けてくれよ」
狂助は指を鳴らした。
それだけでアンノウンは分かったらしく不敵に微笑んだ。
「戦闘狂か?」
「いや、俺の実力を見てもらいたいんだよ。先生」
それから2人は無言で外に出た。
「あーあ、こりゃ修理に時間かかるな~」
気絶している狂助を引きずりながら、周囲を見渡してアンノウンはそう呟いた。
庭石は欠け、地面は何箇所も抉られ、自慢の盆栽の3分の2が壊滅状態だった。
それだけの戦いを演じたにも関わらず、アンノウンは息切れすら起こしていない。
「んー、君は今まで戦った中で42番目くらいに強いかな?約1000人中だから結構上の方だぞ」
アンノウンは眠っている狂助にそう告げた。
そして、さらに独り言を続ける。
「そうだ。ネイクとゼブラスも連れて行かせよう。どっちにしろ完全逆換と地界について調べなきゃならないから稽古も付けてやれないしな♪」
こうして、誰も知らないところで勝手に事が進められていたのであった。