餌場の山羊は狼の血肉となる
残り時間 2:11:29
『山口組』と書かれた表札が掲げてあるビルの前に1台のタクシーが停まった。
「ここでいいです」
「・・・・・・お客さん。悪い事は言わない。ここだけは本当にやめておきな」
老年のタクシードライバーは狂助にそう忠告した。
しかし、狂助は優しい口調で
「お心遣いありがとうございます」
と言って、運賃より少し多めの金額をタクシードライバーに手渡した。
ドライバーは諦めたのか狂助がドアを閉めると逃げるように去って行った。
狂助は大きな3階建のビル山口組事務所を見上げ、中へと入って行った。
狂助はドアを開けてすぐに小銃を構えた。
驚愕の表情を浮かべている組員3人を掃射。
悲鳴一つ上げずに床に倒れ込んだ。
その物音に気付いた1人の組員が奥から出てきた。
「なっ・・・・・・」
組員は続く言葉を告げずに床に倒れ込んだ。
この階にいるのがこれだけだったのかそれともまだ事態に気付いていないのか、それは分からないがひとまずロビーは静かになった。
ーーー3F組長室ーーー
「どうやら1Fの坂井達がやられたみたいですね」
監視カメラのモニターを見ながらスキンヘッドでサングラスをかけた筋肉質の黒人の男がそう言う。
すると、椅子に座り込んでいる背広姿の肥満体形の男が黒人の男に慌てた口調で抗議し始めた。
「ふっ、ふざけるな!!すぐに迎え討て!侵入者の数は?」
「ふむ。たった一人ですよ」
「1人?・・・・・・たった1人でこの事務所に乗り込んでくるとはいい度胸だ。ガハハハハ」
肥満の男はたった1人というところに安心したのか落ち着き払った態度で笑い始めた。
そして、一応不安だったのか黒人の男、スコットに下で待機するように指示した。
一人になって赤ワインを飲む肥満の男は狂助が監視カメラに向かって残酷な笑みを浮かべているのに気がつかなかった。
狂助は2階へと続く階段を組員を相手にしながら登って行った。
どうやらその他の組員達は武装をした状態で侵入者を迎え討とうと考えていたのだろう。ほぼ全員が手に拳銃を持っている。
だが武器の性能でも実力でも狂助の方がはるかに上だった。
しかし、例え実力の下の者でも数によっては上の者に勝つ事も可能だ。
狂助が組員達の反抗に予想以上に悪戦苦闘していた時だった。
「二宮組全員突撃だ!!」
すると、後ろから狂助の見知った顔達がそれぞれ武装した状態で二宮組の組員達に走り込んでいった。
そして、その前線を仕切っているのは田村だった。
「田村?何でここに!?」
「片桐さん!俺が組長の代理やって良いって言いましたよね?俺は狂助さんの力になりたい」
「これは俺の私怨の問題だ!!余計な事するな!」
そう言って目の前に敵がいるのにもかかわらず狂助は思いっきり田村を殴りつけた。
だが、田村は狂助のロシアンフックを顔面に喰らってもすぐに立ち上がった。
「・・・・・・いい加減にしてください!!」
そう言って田村も狂助に殴り返した。田村のパンチは狂助が思っていたよりも深く鋭く頬に突き刺さった。
口の中に鉄の味が広がる。
「片桐さんの私怨なら俺の私怨でもあり、組の私怨でもあるんですよ?まだ分からないんですか。ヤクザは仁義を貫くために生きてるんでしょう!?」
田村の言葉に狂助の耳には一瞬、全ての音がシャットアウトされた。
男達の怒号、悲鳴、銃声、それらの音がまるで元から無かったかのように狂助には感じられた。
「ここは俺らがやります。片桐さんはあの豚まんじゅうに最高の苦痛をもって殺してきてください」
狂助は無言で人波をかき分けて上へと向かって走り出した。
「いらっしゃい」
3階へと続く階段にはスコットが両手にこん棒を持って立ち塞がっていた。
「邪魔だ。あの豚の首を渡すなら手荒な真似はしない」
「そいつは無理だな。俺の雇い主だから」
そう言いながらスコットは右のこん棒で狂助の頭目掛けて打ち込む。
狂助は一度日本刀を足下に落として小銃で防ぐ。
小銃はバキッという音と共に真っ二つに割れた。
その隙を逃さずスコットは狂助の右頬に左のこん棒を打ち込んだ。狂助は左に3m程飛んだ。
「ぶっ・・・・・・がふっ」
狂助は少し吐血した。
その様子を見てスコットは自慢げに語り始めた。
「知ってるか?一流の殺しや同士の殺し合いってのは一瞬で勝負が決まるらしいぜ」
スコットは先ほど狂助が落とした日本刀を踏み折った。
そして、狂助に向かって走り込み2本のこん棒を振り下ろした。
一流同士の殺し合いは一瞬で決まる。
まさにその通りだった。
スコットの振り下ろしを狂助はバック転でかわした。
2本のこん棒は床にめり込んだ。
そこから狂助はスコットの腹に横蹴りをいれた。
スコットは一瞬動きを止め、仰向けに倒れ込んだ。
「ってえ・・・・・・参った」
「さて、そろそろ終わりにするか」
そう言って狂助は拳を振り上げた。
が、スコットは倒れ込んだままで返した。
「まあ待てよ。俺を雇わないか?」
「・・・・・・は?」
「そのままの意味だ。助けが来るまでの時間稼ぎにもなるような話題でも無いしこん棒も一挙動では取りに行けない」
スコットはめり込んだままのこん棒を指差す。
「本気か?」
「ああ。大体、俺達殺し屋は一人の依頼人にずっと付くってことは少ない。もっと条件が良いところがあれば雇い主殺して乗り換えるくらいだからだしな」
ヘヘヘとさも楽しそうに笑うスコットに狂助は好感を覚えた。
「これからうちの組の頭代理が来る。そいつに聞くんだな」
「驚いた。お前が頭だと思ってたんだがな」
「俺はもう・・・・・・戻れねえだろうな。前金だ」
狂助はスコットの手に自分の財布を握らせて上へと向かった。
組長こと山口林蔵は体を震わせながら組長室のドアに向かって散弾銃を構えていた。
林蔵は監視カメラの映像を見て事の重大さにやっと気付いた。
そして迫りくる死神の恐怖に怯えながらここで震えているという状況である。
すると、コンコンとドアをノックする音が部屋中に響いた。
「だ・・・・・・誰だ?」
林蔵は震えた声で尋ねる。
「西です」
林蔵はその名が自分の所の組員の名だと知ると喜んでドアを開けた。
「西か!?良かった早く中へ」
西の顔色は青白く目にうっすらと涙を浮かべていた。
西の腹を通って林蔵の散弾銃の銃口に鉄パイプが刺さった。
慌てた林蔵が散弾銃の引き金を引くと銃が暴発して林蔵の両腕の肘から下が失くなった。
「うわああああああああ!!」
林蔵の悲鳴に混じって西がか細い声で犯人に抗議する。
「お前・・・・・・助けてくれるって・・・・・・」
狂助は散弾銃から抜いた鉄パイプを西の頭に振り下ろす。
それだけで西はぴくりとも動かなくなった。
狂助はそのまま這いずりまわっている林蔵の右足に鉄パイプを振り下ろし、骨を砕いた。
それで林蔵も一旦短い悲鳴を上げておとなしくなった。
しかし、狂助の攻撃は止まない。
右拳を大きく振り上げた。
林蔵にはそれが何を意味するか良く分かっていた。
「ま・・・・・・待て。すまなかった。だが、元はあの栄冶とかいう奴が先に手を出してきて」
「そんな事はどうでもいい」
「すまん!嘘だ。だが、手を出したのは俺の部下で俺は何もしていない!!」
「リーダーに最高の苦痛をもって殺してこいって言われちゃったからな」
「たっ、頼む。何でもするから助けてくれえ!!」
「うるせえよ」
残り時間 0:16:35