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危険いっぱい、夢いっぱい

 帝都オイレンベルクを出立してから四日余り。

 車列が北上を続けるにつれ、車窓を流れる穏やかな田園風景は次第に険しい岩山へと姿を変え、吹き抜ける風は初夏の暖かさを完全に失って、肌を刺すような高地特有の冷涼な大気へと変貌していった。

 そして五日目の朝。合同調査団の一行は、帝国最北端の補給拠点である『黒曜前線砦』を経て、ついに目指す巨峰の直下――黒曜山脈の南西斜面、標高千二百メートルの岩棚へと到達していた。


 目の前にそびえ立つのは、天を突くように切り立った漆黒の玄武岩の絶壁。その垂直の岩肌の基部に、かつて古代の採石作業のために穿たれたとされる巨大な横穴『旧古代採石場人工坑道』が、黒々とした顎を開くように口を開けていた。


「ここが大洞窟群の深部へと通じる予備踏査ルートの入口だな」


 馬車から降り立ち頑丈な防寒革靴で砂利を踏み締めたのは、現場指揮を執る工務局筆頭副技師長だ。帝都に残ったヴァルター技師長に代わり、現場の全責任を背負う歴戦の工務官である。

 その鋭い眼光が、坑道の奥から吹き出してくる湿った冷気をじっと見据える。


「全員、身支度を点検せよ! 帝都で定めた『総合安全計画書』の手順に厳格に従う! 各班の責任者は、少しでも異常を認めたら躊躇なく前進停止を具申せよ! 軽挙妄動は一切許さん!」

「了解!」


 隊員たちの引き締まった返答が岩壁に木霊する。調査隊の装備は、まさに計画書の規定通りだった。

 フィリアと助手のベルンハルトも、いつもの濃紺の顧問服ではなく、分厚い羊毛の内張りが施された撥水性の高い革製探査服に身を包んでいる。

 首元には、レオンハルトから贈られた首飾りが服の内側にしっかりと収められ、胸の奥で静かに体温を分かち合う。腰の革帯には特注ルーペの小箱、筆記具、採寸用メジャー。

 そして、緊急退避用の燐光笛が隙なく固定されていた。


「フィリア顧問官。体調に異状はありませんか」


 丸眼鏡の曇りを手袋で拭いながら、ベルンハルトが心配そうに声をかけてくる。


「ええ、大丈夫です。馬車の揺れにも十分慣れました。……いよいよですね」

「はい。ですが、決して無理はなさいませんよう。計画書にある通り、危険を感じたら即座に足を止めてください」

「分かっています。私の仕事は、文字の解読と不確かな点を速やかにお伝えすることだけですから」


 フィリアは小さく頷いた。

 帝都を出る際、レオンハルトが耳元に落としてくれた「成果など二の次だ、ただ無事に帰ってこい」という切実な言葉が、胸の奥で温かい錨のように彼女の心を冷静に繋ぎ止めている。


「地脈探査班、毒気検知灯を点灯! 先頭を進め!」


 指揮官の号令のもと、調査団は一列の縦隊を組んで坑道へと足を踏み入れた。

 先頭を行くのは、厚い鋼鉄の盾と魔導槍を構えた四名の近衛護衛兵。その直後に地脈魔導士と治癒師が続く。

 フィリアとベルンハルトの古文書班は、隊列の最も安全な中央部に配置され、背後を測量士と後衛の護衛兵が固めていた。


 一歩足を踏み入れた瞬間、外界の光は急速に遮断され、周囲は完全な闇に包まれる。探査員たちが掲げる燐光式の魔導灯が、青白い淡い光の輪を岩肌に投げかけた。

 足元は古代の技師たちが切り出した規則正しい敷石が残り、六十年前の報告にあった主洞門の脆い石灰岩とは異なり、周囲の壁面は硬質な玄武岩で保たれていた。


「坑道入口から百メートル、空気の滞留なし。毒気検知灯、正常の青色を維持」


 衛生班の治癒師が、手元の硝子管を満たす発光液の色を確認して低く報告する。


「地脈の脈動、安定。周囲十メートルの岩盤に亀裂の兆候はありません」


 地脈魔導士が、掌から微弱な探査魔力を壁面へと滑らせながら告げた。

 計画書に定められた通りの厳格な確認作業。

 十メートル進むごとに立ち止まり、空気、地脈、天井の傾斜角を一つずつ確かめながら、隊は慎重に歩調を進めていく。


 外の陽光が完全に届かなくなってから、およそ二時間。

 緩やかな下り勾配を辿り、高度計が地表から百五十メートル以上の降下を示した頃、人工坑道の天井が急激に高く広がり、湿った冷気が前方から吹き抜けてきた。


「前方に広大な空洞を確認。測量図に記された『地下第三層の補強区画』の入口と推測されます」


 測量士の声が低く響く。

 魔導灯の光を掲げると、そこは自然の鍾乳洞と古代の土木技術が交錯する円形空間だった。

 天井からは鋭利な鍾乳石が無数に垂れ下がっているが、崩落の危険がある箇所には古代の巨石で作られた頑強なアーチ支柱が何基も組み上げられている。

 それらは、気の遠くなるような年月を経てもなお、空間の崩落を防ぎ止めていた。


「……見事な石組みです。アウグスタ大水門の中枢周辺で見た支柱を思い出します」


 フィリアが感嘆の息を漏らした、その時であった。

 頭上の闇の奥から、無機質な爪が岩肌を引っ掻くような不快な硬い音が響いた。


「止まれ!」


 現場指揮官の鋭い制止と同時に前衛の近衛兵が一斉に円陣を組み、フィリアたちの前に鋼鉄の大盾を構える。

 隊列の緊張が一瞬で跳ね上がった。

 空気を切り裂く羽音が洞窟の丸天井に反響し、燐光灯の光の届かぬ漆黒の闇から、鈍い燐光を放つ瞳の列がゆらりと現れる。

 姿を現したのは、体長二メートルを超える三匹の地底魔獣。

 黒曜石のように硬質な外殻を背に纏い、鎌状の前脚を持つ『甲殻蜥蜴』だ。

 さらにその上空、鍾乳石の合間からは、音と魔力に反応して旋回する大蝙蝠の群れが、キチキチと威嚇の超音波を鳴らし始めていた。


「魔獣だ! 計画書第七項、防護戦闘配置! 撃滅を狙うな、足止めと退避を最優先とせよ!」


 指揮官の的確な指示が飛ぶ。

 魔導を濫用すれば音と魔力に反応してさらなる群れを呼び寄せる恐れがあり、大爆発は天井の落盤を誘発する。

 この事態は、三百頁の計画書において最初から想定されていた。


「前衛、牽制用閃光弾投擲! 目を眩ませろ!」


 近衛兵が投擲した閃光筒が鋭い白色光を無音で放つ。

 視覚を奪われた先頭の一匹が甲高い威嚇音を上げてたたらを踏んだ、その隙に後続の二匹が突進してくる。


「戦闘班、風刃で上空を牽制! 岩盤を傷つけるな!」


 戦闘魔導士たちが放ったのは、出力を最小限に絞り込んだ鋭利な不可視の『風の刃』だ。降下しかけた大蝙蝠の翼膜をかすめて飛行軌道を乱し、鍾乳石の隙間へと追い払う。

 突進してきた二匹の甲殻蜥蜴に対しては、近衛兵が粘着性の魔力帯を編み込んだ拘束呪符を正確に投擲した。

 外殻に貼り付いた呪符が展開し、二匹の四肢を絡め取る。


 暴れる二匹の足元へ、地脈魔導士が持参した圧縮土材を最低限の魔力で展開し、敷石から独立した土壁で挟み込んで動きを封じた。

 そして、閃光から回復して突進しようとした残る一匹に対し、前衛が鋼鉄盾の連携で突進を受け止めた。刹那、地脈魔導士が横合いから厚い土壁を急速展開して進路を完全に遮断、孤立させる。


「今だ、後方の安全区画へ隊列を引け! 深追いするな!」


 指揮官の号令のもと調査隊は背後の坑道へと整然と後退し、通過時に工兵隊が設置していた携帯防護扉の結界線まで距離を取る。

 防護扉は独立した魔力源で短時間だけ働き、古代の構造物には接続されていない。


「周辺警戒! 残存個体および増援の兆候を確認せよ!」


 近衛兵が周囲の闇に鋭い視線を巡らせ、五分間の静寂の中で新たな敵影が現れないことを見届ける。続いて地脈魔導士が壁面に手を当て、真剣な面持ちで息を整えた。


「……戦闘魔導による衝撃波の岩盤への影響、軽微。周辺十メートルの玄武岩層に新たな亀裂は認められません」

「衛生班、人員の負傷者なし。毒気検知灯も青のまま安定しています」


 各班の安全再評価を受け、現場指揮官が小さく息を吐く。


「よし。魔獣は足止めされ、進路の遮断を確認した。各専門責任者、空洞を避ける側路からの前進に異議はあるか」

「異議なし」


 報告を受け、指揮官は側路への前進を承認した。

 拘束が長く保つことは当てにせず、工兵隊が防護扉を側路入口へ移設し、退路を確保する。

 大盾の陰から息を詰めて見守っていたフィリアは、胸の前で握りしめていた手をゆっくりと緩めた。


(一人で戦うのではない。全員が決められた役割を果たし、命を守るために規律を守っている……)


 かつてルベル王宮の地下倉庫で、誰にも助けを求められず暗闇に怯えていた記憶が、頭の奥をかすめた。


 魔獣を遮断した大空洞を迂回し、隊はさらに地下第三層の奥へと歩みを進めるが、洞窟の試練はそれだけに留まらなかった。

 第三層の中央回廊を半里ほど進んだ地点で、先頭を行く地脈魔導士が突如として激しく右手を掲げた。


「全隊停止! 足を止めろ!」


 張り詰めた声に、全員の足音がピタリと止まった。

 地脈魔導士は床に両膝をつき、両の掌を湿った石畳へ深く押し当てている。その表情は極めて険しい。


「何が起きた、地脈班」


 指揮官が駆け寄る。


「前方の回廊です。……目視では平穏に見えますが、この先約五十メートルの天井裏、石灰岩層の接合部に微細な亀裂群を感知しました。さらにその直上を走る地下水脈の水圧が、先刻の測定値より明らかに上昇しています」


「水圧の上昇だと? 地表で局地的な降雨でもあったか」


「その可能性が高いです。このままこの中央回廊を通過すれば、小さな足音の振動をきっかけに局所的な岩盤崩落を招き、滞留水が奔流となって直撃する恐れがあります」


「即時撤退基準に達しているか?」


 指揮官の問いに、地脈魔導士は携帯型の測定器の数値を慎重に読み取った。


「洞窟群全体に及ぶ破滅的な急変ではありません。あくまでこの中央回廊の直上を中心とした『局所的異常』にとどまります。ただし、この回廊自体の通行は極めて危険です。直ちに五十メートル後退し、安全区画まで一時退避すべきです」


「よし、全隊後退! 手前の分岐広間まで退避せよ!」


 隊は慌てることなく整然と踵を返し、岩盤の安定している手前の広間まで速やかに後退した。

 広間に到着後、地脈班と地質班が周囲の母岩を入念に再測定する。


「水圧上昇の影響範囲を測定完了。異常はこの中央回廊上部のみに限定されており、現在地の広間および周辺の側道には伝播していません。全面撤退基準には未達であることを確認しました」


「測量班、迂回可能な経路はあるか」


 指揮官が問うと、測量士が古地図と手元の探査記録を照合して即座に応じた。


「あります。本道から東へ分岐する古代の排水用副坑道です。測量記録上は硬質な頁岩層を貫き、問題の水脈直下を大きく外れています。ただし、現在の通行可能性と水の流入は、現地で確認する必要があります」


 地質班、地脈班、警備班、衛生班が副坑道の入口から順に検分する。先行班が到達した安全確認済み区間まで本隊を進め、区間ごとに気流と水圧、岩盤を測り直す方針を定めた。


「各専門班、副坑道の利用に異議なしだな」


「異議なし」


「よし。現場指揮官として、中央回廊の進入を停止し、排水副坑道への進路変更を承認する。ただし、副坑道内でも水圧や岩盤に少しでも悪化の兆候があれば、その場で探索を打ち切り地上へ全面撤退するぞ」


「了解!」


 絶対の安全を過信せず、局所的な危険を的確に回避する。

 計画書に定められた手続きが、再び調査隊の命を確実に守った瞬間であった。


 人一人が通れるほどの狭い副坑道を、頭を屈めながら慎重に抜けた先。

 湿った冷気がふっと和らぎ、燐光灯の光が照らし出したのは分厚い石板で舗装された整然たる古代の人工通路であった。

 壁面には煤けた金属製の燭台の台座が等間隔に並び、数百年前に人がここを日常的に行き交っていた痕跡が残されていた。


「見てください、フィリア様」


 ベルンハルトが通路の分岐点にある角柱を指差した。

 そこには、長年の埃に覆われながらも、岩肌に直接彫り込まれた文字列が刻まれている。


「文字……古代帝国文字です!」


 フィリアの胸が歓喜に大きく跳ね上がる。彼女は腰の小箱から特注ルーペを取り出し、レンズを石柱の表面へと近づけた。

 標準尺の目盛りが、金属の鏨によって刻まれた溝の輪郭を鮮明に拡大する。


「第三期の公用書式に見られる、案内標識の碑文です」


 フィリアは手帳を取り出し、羽ペンで文字の輪郭を素早く模写しながら、慎重に対訳を口にした。


「『……此より先、北天第四記録蔵・地下連絡路。

 左方:主排水路および外部通気坑。

 右方:指定輜重隊専用搬出路。無許可の進入を禁ず』……と読めます」


「北天第四記録蔵!」


 ベルンハルトが息を呑む。

 帝都の古地図で抹消線が引かれていたあの施設名が、この地下深部の石柱に刻まれていたのだ。


「指定輜重隊専用搬出路。もし北東部旧黒曜工廠区から出たあの輜重隊がこの施設を目指していたのだとすれば、ここを経由した可能性が考えられますね」


「ええ。ただし、ここで確かめられたのは、指定輜重隊のための経路が設けられていたことまでです。あの隊が実際に通った証拠とは分けて考えましょう」


 フィリアは手帳に案内文とともに脇へ刻まれた施設管理コードも正確に写し取り、石柱の文字を愛おしそうに見つめる。


「あら……この接尾辞の短縮形。第三期の公用文法では『~へ至る』という意味ですが、末尾の母音記号がわずかに反転しています。急ぎ足で彫りながら、当時の石工が少し筆を遊ばせたのかしら。ふふ、なんて面白い崩し方なのかしら」

 

 案内文の右下隅に小さく彫り込まれた、奇妙な補助ルーンの並び。


(この文字の面白さ……レオンハルト様にお見せしたら、どんなお顔をなさるかしら。『また変わった接尾辞を見つけてきたな』って、少し呆れたように、でも優しく聞いてくださるのかしら……)


 胸の奥が熱く脈打った。

 帝都にいた頃はいつでも会えた。執務室へ行けば彼がいて、廊下を歩けば彼の気配を感じることができた。

 だが、こうして遠く離れた冷たい地下の暗闇に身を置いて、初めて気づいたのだ。

 自分が大好きな文字を見つけた時、その歓喜と発見の驚きを一番最初に伝えたい相手。


(私……陛下に会いたいと思っているのね……)


 義務でも報告の責務でもない。

 好きな人に、自分の見ている世界を手渡したいという素朴で切実な恋心。

 その想いの温かさに、フィリアの頬がほんのりと朱に染まった。


「フィリア顧問官? いかがされましたか?」


 ベルンハルトが不思議そうに覗き込んでくる。


「あ……いえ! 何でもありません!」


 フィリアは慌てて首を振り、居住まいを正して現場指揮官へと向き直った。


「指揮官殿、報告いたします。石柱の文字は、右方の通路が『指定輜重隊専用搬出路』であり、記録蔵への地下連絡路に通じている旨を示しています。ただし、この先が現在も崩落せずに開通しているか、途中にどのような危険があるかまでは、この文字だけでは分かりません」


「承知した。貴重な情報を感謝する」


 指揮官の合図を受け、専門家たちが迅速に機器を展開し、通路の入口から順に安全性を確認していく。

 測量班が傾斜と気流を調べ、地質班と地脈魔導班が母岩の亀裂、地下水脈の影響、魔力の異常を検査した。

 工学班は人工通路の補強構造を確認し、衛生班が空気の状態を調べる。警備班も周辺の魔獣の気配と、緊急時の退避経路を確認した。

 各専門班の報告が出揃ったところで、現場指揮官が問いかけた。


「各専門責任者。第四層への限定的前進に異議はあるか」

「異議なし」

「よし。現場指揮官として、地下第四層へ向けた限定的前進を承認する。ただし、未測量の亀裂や魔力の異常、地下水位の変化を認めた場合は直ちに前進を停止せよ」

「了解!」


 厳格な手続きを経て、隊は右方の人工回廊へと歩を進めた。


   ◇


 休憩と経路の再確認を重ねるうち、坑道へ入ってから六時間近くが過ぎた。


 通路は緩やかな階段となってさらに下方へと続き、さらに歩くこと半刻。ついに一行は、頭上が大きく開けた広大な地下空洞『地下第四層』の空間へと足を踏み入れる。

 そこは、天井の高さが数十メートルにも及ぶ、圧倒的な規模の地下空洞だった。


 空気は驚くほど乾燥しており、地下水脈のせせらぎも遠く微かに反響するのみ。

 隊員たちが掲げる強力な燐光灯の光条が、闇を切り裂いて前方の巨大な壁面を照らし出した瞬間。その場の全員が息を呑んで立ち尽くした。


「……おい、見ろ……あれは……」


 誰かが震える声で呟く。


 空洞の北西壁面。

 自然の巨岩を削り抜いた巨大なアーチの奥に、それは厳然と鎮座していた。

 高さ十メートル、幅十五メートルを超える、漆黒の巨石と未知の青銅合金フレームで組み上げられた、古代の『人工封鎖壁』とおぼしき構造物。

 壁面の表面には風化を免れた無数の古代帝国文字が、幾重もの幾何学的な紋様とともにびっしりと浮き彫りにされている。

 六十年前の斥候が「巨石の石積み」と遠望したものの正体は、自然の岩などでは断じてなかった。

 何らかの施設への進入を遮断するために築かれた、堅牢極まりない防護壁の遺構であった。


「あった……本当に人工の壁が存在していたんだ……!」


 ベルンハルトが感極まった声を上げる。

 フィリアもまた胸を熱い衝撃で貫かれ、思わず一歩前へと踏み出そうとした。


「待ってください、フィリア顧問官!」


 横合いから伸びた現場指揮官と地脈魔導士の腕が、フィリアの行く手を厳しく遮る。


「あ……!」

「計画書の接近制限を思い出してください」


 指揮官の声音は冷徹なまでに引き締まっていた。


「未知の古代封鎖壁に対する接近は、工学班および地脈魔導班による構造の安定性確認、ならびに古代魔力トラップの有無を遠隔検知するまで、半径三十メートル以内への立ち入りを厳禁とする。いかなる解読作業も、我々の安全宣告が出るまでは許可できません」


 前方の封鎖壁からは、長い眠りから覚めかけたような、重く鈍い魔力の微動が低く伝わってきていた。不用意に近づけば、どのような防衛術式や崩落の罠が作動するか知れたものではない。


「……はい。申し訳ございません」


 フィリアは素直に一歩後退し、自らの逸る心を押し鎮めた。

 目の前に求めていた古代の扉がある。

 だが、その扉の真実に触れるためには、焦燥ではなく、万全の規律と専門家たちの知恵が必要なのだ。


「工学班、地脈班、探査機器を前線へ! 封鎖壁の基礎構造と魔力回路の安全性を調査せよ!」


 指揮官の号令のもと、技師たちが慎重に測定器を構えて前進を開始する。

 漆黒の封鎖壁に刻まれた無数の古代文字が青白い燐光灯の光を浴びて、沈黙の奥から冷たい警告の光を瞬かせ始めていた。




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