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香りの魔女と王宮の冷徹参謀  作者: 佐倉穂波


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7 幻香②

 騎士団詰所で起きているという“突然の眠気”。

 それはいつも詰所の中だけで発生していた。

 ただ、そのタイミングはまちまちで、毎日起きる日もあれば、数日空くこともあるという。


「眠気が来る直前、甘い香りを感じる……という証言が多いから、詰所の中を調べてみたんだが、特に何もないし、何が原因なのかさっぱりなんだ」


 カイが腕を組んで言ったときだった。


 ミアは、ふいに強い魔力の香りを感じた。


 ――甘い。

 けれど、ただ甘いだけじゃない。

 甘露を鍋で煮詰めて焦がす寸前のような、胸の奥にまとわりつくような重たい痺れるような甘い香り。


 「っ……」


 ミアは反射的に顔を歪め、一歩下がった。

 胸焼けを起こしたように気分が悪くなる。


 その濃い香りは、近くにいた年若い騎士団員に吸い寄せられるようにまとわりつき――

 次の瞬間、騎士団員の身体から力が抜け、その場に座り込んだ。


「おい、大丈夫か?」


 カイが慌てて声をかけると、騎士団員はスースーと穏やかな顔つきで眠りに落ちていた。


「あの、ロウウェル副団長……甘い香りがその方に纏わりつくのが視えました」

「そうなのか? 俺は何も感じなかったが……君はどうだった?」

 カイがユイナに尋ねる。

「そうですね。私も少し甘い香りを感じました」

 どうやらユイナも甘い魔力の香りに気が付いたようだ。しかし、ミアほどはっきりと香ったわけではなく、ふわっと香る程度で、騎士団員にまとわりついたのも視えなかったという。

「香術局の二人が香りを感じたということは、やはり魔術による何かには違いなさそうだな……」

 カイが腕を組んで考え込んでいると、眠っていた騎士団員が「んん……」と覚醒する兆しを見せた。


「……あれ、俺……?」

 目を覚ました騎士団員は、きょとんとした表情で周囲を見回した。

「大丈夫か?」

「え、あ、はい。大丈夫です。すごい良い夢を見てました。あっ、もしかしてオレ『幸せな睡魔』に遭ったんですか?」

「なんだそれ、『幸せな睡魔』とか言われてるのか?」

「はい。いい夢が見られるから、体験してみたいなって思ってたんですよ~」

 騎士団員の軽い返事に、カイは困ったように片手で頭を押さえている。

「それは……まあ、置いておいて、眠る前に、甘い香りを感じたか?」

「はい。なんか爽やかな甘い匂いでした」

 爽やか?

 ミアが嗅いだのは胸が悪くなるほど濃密な甘さだった。ユイナも首を傾げているので、『爽やか』な甘さではなかったようだ。


 ミアは眉を寄せ目を凝らし、香りの残滓を追った。

 甘い魔力の流れ――。

 (こっち……?)

 詰所の扉の隙間から、その魔力が漂っているのが視えた。


「あの扉の外から……香りが入ってきています」

「扉の外?」


 ミアの指摘に、カイがすぐに反応し扉を開ける。


 その足元、壁際に置かれた花瓶の陰から、小さな金属片のような魔道具がころりと転がり出た。

「……なんだこれは?」

 カイが拾い上げると、表面に魔法陣の刻印が見える。ミアはその魔力を確かめ、確信した。

(間違いない。これがあの甘い香りを発していたんだわ)

「それから、私の感じた甘い香りの魔力を感じます」

 カイとミア、ユイナは顔を見合わせた。

「ということは、これが突然の睡魔の原因ということか。よし、魔法庁にこれを持っていって確かめよう」

 魔道具を解析してもらえば、なにか判るかもしれない。

 三人は頷きあった。


*****


 魔法庁は五つの部署に分かれており、魔法研究局はその中でも一番魔術師の人数が多い部署であり、魔法の研究や解析を主に行っている。

 香術局とは違い、魔力の香りが雑多に入り乱れており、ミアはそのごちゃ混ぜ感に室内に入る足を一瞬躊躇した。

「ミアちゃん?」

「いえ、魔力の香りが色々と混ざり合ってるなって思って……」

「ああ、香術局は魔力の香りで整理してるからね。私も初めて来たときは驚いたんだよね」

(そっか、香術士以外は魔力の香りを感じないから、色々な香りが混ざっていても、なんとも思わないんだ)

 ユイナの説明に納得し、ミアは頷く。

 そして、先日広場で魔力酔いを起こしたばかりなので、できるだけ深く息を吸い過ぎないように意識した。


 研究局の職員が、見つけた魔道具を解析する。

 解析結果はすぐに出た。

「この魔道具には……“甘い香りがしたように錯覚させる作用”と、“幸福感を伴う安眠作用”が組み込まれていますね。実害はないようですが……」

 説明を聞きながら、ミアはふと別の気配に気づいた。


 ――あの甘ったるい魔力の香り。

 研究室の奥に立つ、若い魔術師。

 その体から、微かに同じ香りが漂っていた。

「ロウウェル副団長。あの男性から、さっきと同じ魔力の匂いがします」

「なんだって?」

 カイは眉根を寄せ、その魔術師に近づくと、彼は明らかに挙動不審な態度を見せた。

 視線が泳ぎ、手がそわそわと動く。


「少し、話を聞かせてくれないかな?」

 カイの有無を言わせぬ笑顔に促され、若い魔術師は別室へ移される。


*****


 その魔術師は、最初こそ言い淀んだが、やがて観念したように口を開いた。

「……その、僕……最近入庁したばかりでして。初めて作った魔道具を、どんな効果が出るのか、試してみたかったんです……」

「試すにしても、勝手に人の出入りのある場所に置くのは職務違反だ」

「すみません……人体に害がないのは確認しましたし、良い夢を見られるなら……迷惑にはならないかなって……軽い気持ちでした。本当にすみません」

 完全に軽い気持ちだったらしい。

 カイは深くため息をついた。

「気持ちは分かるが、やっていいことではない。今後は気をつけろ。処分については魔法庁に任せる」

 魔術師はしゅんとし、深々と頭を下げた。


 その横で、ミアはまだ顔色の悪いまま、壁にもたれて息を整えていた。

 入り混じった魔力の香りを吸いすぎないよう気をつけようと思っていたが、あの甘い香りを辿ることに集中した結果、軽く魔力酔いを起こしてしまっていた。

「ミアちゃん、大丈夫?」

「ちょっと休んだ方がいいな」

 ユイナとカイが心配そうに覗き込む。

「……すみません。少し……外の空気を吸えば楽になると思います」

 ミアは小さく答え、魔法研究局の外に出た。


******



 魔法庁のとある控室。

 例の魔道具を仕掛けた若い職員は、別の男性の前で頭を下げていた。


「すみません……香術局の者に相談したみたいで、思ったより早く魔道具が見つかってしまって……」

「いや、構わん。十分な成果は得られた」

 低く響く声。

 薄闇の中に立つその男の顔は見えない。

「香術局の者と言ったが……新しく入った娘がいたのか?」

「あ、はい。いたようです」

「そうか……」

 男はその答えに、なぜか満足したようにゆっくりと笑った。


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