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香りの魔女と王宮の冷徹参謀  作者: 佐倉穂波


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4 香りの魔力

 香術局の朝は、ミアにとってまだ少し緊張の時間だった。


 淡い香草の匂いが漂う中、職員たちはそれぞれの作業机に向かい、魔道具の点検や調合の準備を始めていた。


「まずは基本の“香り魔力の測定”からやってみましょうか!」

 元気な声でミアの横に立ったのは、雑務担当の少女リズーだった。赤茶色のくせ毛がぴょんと跳ねていて、眺めているだけで気持ちが和らぐ。

「よろしくお願いします、リズーさん。えっと……これを嗅いで魔力量を測っていくんですよね?」

「そうそう! 香りの“層”を拾う感じで……あ、言葉にすると難しいですね。ええっと……」


 ミアは瓶の蓋をそっと開け、立ち昇る魔力の香りを確かめた。


 すうっと一度深呼吸をして、意識を整える。

 透明な香りが鼻腔を通り抜けた。

 ミアは目を閉じ、魔力の香りを吟味する。


「……魔力量は……このくらいでしょうか」

 感じ取った数値を書き込んでリズーに見せると、リズーは目を丸くして両手をぱんっと叩いた。

「もう分かったんですか? すごいです! 初日に正確な測定なんて、普通できませんよ!」

 明るい笑顔が弾ける。


 そこへ、穏やかな表情の壮年の男性——香術局長セイロが二人に近付いてきた。

「リズー、ミアさんが困っていないか、サポートするように言ったが……その様子なら心配はいらなさそうだね」

「セイロ局長、お疲れさまです! ミアさん、初めてなのに魔力量の測定がぴったりで、すごいんです!」

 セイロは柔らかな灰色の瞳を細めてミアを見つめた。

「さすがですね。ミアさんの感覚は局にとって大きな助けになります。魔法香水の件も……本当に助かりました」

 あの時、ミアが気づいていなければ、不備のある魔法香水を国王に献上するところだった。

 普段の解析魔法では見落としていたかもしれない、とエリシアも言っていたほどだ。

「い、いえ……ただ少し匂いが違う気がして……」

「その“違う”を断言できる人は多くありませんよ。気のせいだと思えば、それまでですから」

 セイロはそう穏やかに言い残し、別の職員へと指示を出しに去っていった。

 その背に宿る静かな信頼が、ミアの胸をじんわりとあたためる。


(自分のことなのに分からないことばかり……でも、私の力が役に立てるのは嬉しいな)

 ——まだ、過去の記憶が戻る気配はない。

 だけど、香り魔法に触れた途端、身体が自然と反応する。

 その不思議さに戸惑いつつも、セイロの言葉が背中を押してくれるのだった。


*****


「ミアさん、香りの調合はできそうですか?」

 リズーが心配そうに覗き込む。

「はい。たぶん……これで」

 小瓶に指を添えると、ふわりと石鹸のような優しい香りが立ちのぼる。


「あれ? ミアさんの瞳、いま光りました……?」

「え? ひ、光るの?」

 自覚がないミアは慌てて目を瞬かせた。

「それって、大丈夫なんですか?」

 他の職員が調合しているときには、瞳は光っていなかった。

(もしかして、良くない兆候とか……)

 ミアの胸に不安が広がる。


「ミアさん、もう一度魔力を使ってみて」

 いつの間にかそばに来ていたエリシアが静かに促した。

「わ、分かりました」

 もう一度、香りを調整し魔力を流す。

 その瞬間——

「……白金色の光」

 エリシアが思わず息をのむ。

「あ、あの! 本当に大丈夫なんですか? 私の瞳……」

「ええ、瞳に光が混じるのは、強い魔力を扱う時にはよくあることよ。問題はないわ。ただ……」

「ただ?」

 エリシアはミアの指先の動きを見つめる。

「その香りの重ね方……基礎が驚くほど綺麗に身についているの。普通は何年も修練しなければ到達できない技よ」

「そうなんですか……?」

「ええ。あなたの手つきは経験者そのもの」

 やはり——ミアは記憶を失う前、香術に深く関わっていたのだろう。

「……まるで“香りの魔女”のようね」

「香りの……魔女?」

 ミアが首をかしげると、リズーがすぐに声を潜めて説明した。

「“アイリス様”のことですよ」

「アイリス……様?」

「王太后アイリス様。国王陛下のお母様です。香術に優れていて、民から“香りの魔女”って呼ばれて敬われていたんですよ! 香術局の憧れなんです!」

 リズーの瞳には純粋な尊敬が宿っていた。

 一方、エリシアはほんの少し表情を曇らせる。

「ただ……アイリス様の名は、あまり大きな声で言わない方がいいわ」

 リズーも神妙にうなずく。

「え……どうして?」

 民から敬われ、香術局の職員が憧れる人物なのに、大きな声で名前を言わないほうが良いという意味が分からず、ミアは小さく首をかしげた。

「実は、禁術を使った、って噂があって……投獄されたみたいなんです。その後すぐに病死されたから、真偽は不明のままなんですけど……」

 声を潜めたリズーの声が、重々しい雰囲気を醸し出す。

「禁術……」

 その単語に、ミアの胸がキュッと締め付けられた。


「真偽不明なのは怖いですけど、アイリス様が憧れなのは変わりませんよ!」

 リズーが重くなった空気を振り払うように明るい声で宣言した。

 周囲の職員も「そうだ」とうなずく。

 エリシアは苦笑しながらも「ええ、そうね」とうなずき、ミアへ視線を戻した。


「アイリス様も、香りを操るとき瞳に白金色の光を宿していたわ。あなたと同じように」

 ミアは息をのむ。

「わ、わたしなんかが……そんな方と……」

「能力が近いのかもしれないわね。いずれにせよ、あなたの香り魔法の才は確かよ。期待しているわ」

 エリシアは、ポンポンとミアの頭を軽く撫でると、作業室から出ていった。


*****


 その後もミアはリズーに教えてもらいながら、次々と作業をこなしていった。

「記憶はないのに、身体が勝手に理解してるのって……本当に不思議」

 ミアのつぶやきに、リズーが明るく笑った。

「大丈夫ですよ! いつか絶対思い出せます!」

 その無邪気な励ましに、ミアの胸も少し軽くなる。


(そうよね……「思い出せる」って自分自身が信じなくちゃね)

 ミアはそっと拳を握った。

 淡く香る香術局の空気は、まるで自分の居場所を見つけてくれたようで——


 胸の奥が、静かにあたたかく満たされていった。

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