閑話①
魔法庁の会議室には、静寂が落ちていた。
エリシアは最後の一枚となった報告書を机に置き、そっと息をついた。
魔法香水の不備。
解析の結果は「材料の魔力不足によるもの」という、どこか曖昧な結論に落ち着かせてある。
“混ざり合ったはずの魔力が、一部分のみ抜かれていた”
そんな説明のつかない事例を、どう報告すべきなのか。
そんな事の出来る魔術師は聞いたことがないのだ。
「今回は大事に至りませんでしたが……」
副官が報告書に目を落としながら、静かに言葉を続けた。
「足りなかった魔力によっては、人体に害を及ぼす可能性がありました。重大事項として扱わねばなりませんね」
「……ええ」
エリシアは短く答えた。
「正直なところ、胃が痛くなる案件ですね」
「そうですね。王に何かあれば、責任問題ではすみませんからね……」
エリシアと副官の顔に、かすかに影が落ちる。
(一体、誰が何のために材料の魔力を抜いたのかしら……)
前例のない今回の事例は、エリシアの中に不安の種を残したのだった。
*****
夜の風が、王都の屋根を静かに吹き抜ける。
月明かりに照らされた一室で、ひとりの男が静かに窓辺に立っていた。白銀の光に照らされた瞳は、どこか遠い場所を見つめている。
「魔法香水に手を出したのは……お前だな?」
落ち着いた声で独り言のように呟いた。
室内には誰も居ない。しかし、明らかに相手が居るような問いかけだった。
「え? なんでバレたの?」
返ってきたのは、若く軽やかな青年のような声。
姿は見えない。
まるで風に混じって響くようで、近くにいるような、遠くにいるような不思議な声だ。
「長官は『魔力不足』と言っていたが……正確には『魔力を抜かれていた』だろう」
男の声は淡々としている。
「そんな器用な真似ができるのは、お前だけだ」
男はため息を吐きながら指摘する。
「うわ~、そんなに簡単に見破られるなんて思わなかったなぁ。絶対バレないって思ったのに」
楽しげな声音が返ってきた。
「香術局に新しく入った娘が、気づいたらしい」
「へぇ……そうなんだ?」
今度の声は一段と興味深そうで、微かな笑みさえ感じさせる。
「どんな娘なの?」
「まだ分からん。」
「ふーん……ますます気になるなぁ」
窓の外を静かに流れていく夜風。
男は深く思考の底に沈んでいくように目を閉じた。
(さて、これからどう流れていくか……)
いつの間にかもう一人の気配は消え、男は一人グラスに注いだ酒をゆっくりとたしなんだ。




