この市場で一番強い奴隷を!
祖父の遺言で後継になったソフィー(14)は疲れていた。そんなとき、自分の命すら危ういことに気がついてしまう。ちゃらんぽらんな脳みそを働かせてソフィーは考えた。考えた結果、決して裏切りの心配のない奴隷を買うことを決意する。
「この奴隷市の中で一番強い奴隷を!」
そう高らかに宣言したのは、まだあどけない14才の少女だった。
信じられない。本当に。マジで。
ドアは閉じた瞬間、凍てつくように凍っているみたいだ。涼しい廊下をカツカツと進んで、端にある自分の部屋に辿り着く。天蓋付きのベッドに倒れ伏して、声にならない呻き声を上げた。
祖父の遺言により、レディリオ家の二子、長女である私、ソフィー・レディリオが長男である兄を差し置いて跡継ぎになってしまった。
嘘だろ。ここは現実か。
我が国は長子長男相続。長男が亡くなっても、基本的にはスペアである次男三男に相続権が移行する。女の出る幕なんてないのだ。
他国では女性が活躍する国もあると聞いているが、我が国ではそんなことない。
じゃあなんで女の私が跡継ぎになってしまったのか。
それは、レディリオ家の名を国中に広めたと言わしめた祖父の遺言が絶対だったから。それにもう国にも受理されているという。私に拒否権なんて存在していなかった。
こうなっては逃げ場がない。私が当主になるしかない。トホホ…。
両親が私が成人するまではこのことを秘匿するというので、周囲からのやっかみや非難は成人まで考えないとして…、長男はどうなる?
仰向けになって冷静に間抜けな頭を一生懸命働かせて考える。
長男である私の兄、アルトレア(確かそんな名前だった気がする)は今非常に難しい立場にいる。
最悪、私の命が危ないかもしれない。馬鹿な私でも分かる話だ。貴族で跡継ぎ争いで殺しあうのは割とよくあることなので。
とはいえ、私と長男は顔を合わせたことはないので、ただの憶測なのだが。
でも私が長男だったら、絶対私のことを殺そうとするだろう。
どうしようか。
脳内にハテナばかり浮かぶ。
果てには、頭を使いすぎて眠くなってきた。
まぁいい、明日考えよう。明日から当主教育も始まるらしいし。
そういえば、久しぶりに親の顔を見たな。そんなことを思いながら、私は少し早めの眠りについた。
当主教育ツラすぎ問題。もうね、本当にね、厳しいんです。
そりゃあ、領民の命を預かるから厳しいのは当たり前なんですけど。今までピヨピヨ放置されて育った私には辛すぎて仕方なかった。
一回も会ったことがなかった兄である、アルトレアにも会った。会ったといってもほんの一瞬だけ。
廊下ですれ違った。こちらの顔を見るなり、すごい形相で睨んできた。
アルトレアのお付きの人は明らかにその間だけ足早になっていた。
まず間違いなく、兄であるアルトレアはこの決定に納得していない。
となると暗殺かぁ。どうしよ、詰んだか、これ。
私の命14才で終わりなのかぁ。
えー、嫌だなぁ。
当主教育で課せられた宿題をそっちのけで考えた。空っぽな頭でウンウン唸った。羽根つきペンのインクが紙に染みるまで。
考えて、考えて、考えて。
そうして閃いたのは、足りない私の脳みそにしては中々ナイスなアイデアだった。
そうだ!奴隷を買おう!
奴隷なら魔法契約で結ばれているから裏切りの心配がない。
それに奴隷の売買は金銭で賄われる。
誰かの背後に怯える心配はない。
予後の条件とお金さえ良ければ、良い奴隷を用意してくれるだろう。
ぶっちゃけ早く安心して寝たい。
窓の外では、小鳥が優雅に朝を告げていた。
人間って、何日まで眠らなくてもいいんだっけ。
アホなことを考えている時間はない!
とにかく行動あるのみ!
カーテンを開ける。陽光が眩しくて、全身でその光を受け止める。
背を伸ばして気合を入れた。
「よし!行くぞ!奴隷商!」
という感じで、冒頭の通りに至るわけです。ハイ。
ススっと前に進み出たのは、指に金の指輪を付け、首飾りをいっぱい付けた、いかにもその道の商人、といういで立ちの男だった。よく見れば、油で顔がテカっている気がする。
「ご予約のソフィー様であらせられますか?」
「うむ」
「こちらへどうぞ」
揉み手で案内されたのは、中々調度がいい、いわゆるVIPルームに案内される。
早速、どんな奴隷が欲しいか尋ねられた。
「頑強で強いやつ。何より素直な奴が良い」
「うーむ」
「金なら弾むぞ」
商人は、にっこり笑って、奥に指示を出した。
「ソフィー様は運が良い。ちょうど、国内最大規模の違法闘技場が摘発された所でしてね。そこの奴隷が滅法強いと評判なんですよ」
「ほう」
「それがこちらになります」
商人がそう言ったと同時に、一人のでかい首輪をした男が部屋に入ってきた。途端に充分な広さのある部屋の体積が、窮屈に感じられた。
無造作な黒い髪、少し吊り上がった大きな瞳も同じく黒で、遠目でも分かるほど、その肉体は筋肉でミチミチしていた。褐色の肌に大小様々な傷がついている。
正に歴戦の猛者といった風貌だ。
全体的に黒だな、というのが、第一印象だった。
黒い男はただ静かに、自分の行く末を眺めていた。
商人が微笑む。
「どうでしょう」
私は腕を組んだ。
「私には人の力量が分からない。だから、彼が強いというあなたの言葉を信じるとしよう」
「と、いうことは」
「買う」
商人はうやうやしく頭を下げた。
そうして私の元に、黒い男がやってきた。




