3話 辛酸
教導士官と共に戦地へ赴いた立夏。そこは倒し、倒されの激しい戦闘が繰り広げられていた。教導士官は、司令塔と思われる巨体異形の討伐に、立夏は戦場で出会った短剣使い、那間倉と二人で戦場を有利に戦い進めていく。
爪と短剣、まるで金属がぶつかる様な音を立てて那間倉が戦闘をしている。時折来る四足は立夏の射程で事足り、二足は二人で撃破する。ふと横を見るとシンガリの救助部隊が来て、戦闘不可になった隊員を後方へ移送している。その中には、片腕がなくなり、気を失っている同期の狙撃手の子の姿もあった。
「危なっ!」
よそ見していたところに四足歩行の異形が飛び掛かる。かろうじて盾で受け止めたものの、覆いかぶさられ、身動きができない。
「盾持ちちゃん!」
那間倉さんの方を見ると彼女も四足歩行と戦闘しており、助けには来れなさそうだ。盾で防いでいるが、完全に胸の上に乗られて持っている手も潰され、とても移動できる状態ではない。また偶然ではあるが、片方の足が銃を持つ腕にのしかかり、発砲するもギリギリ掠める程度で当たらない。
もうだめかと思ったその時、突然自分の右から、四足歩行からすると左側から、異形の側頭部に槍が飛んできて貫通する。力なく倒れ込んだ異形をどかし、立つと槍が宙を漂い持ち主のところへ戻る。
「あぶなかったね! 怪我はない?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃね」
槍使いのシンガリはそれだけ言って別の戦闘の援護に入った。ボーっとしてる暇はなく、二足の異形が接近し、交戦距離に入る。そしてリロードして気が付いた。
これが最後のマガジンだ。
つまり撃ち切ったらただの荷物を背負ったマンターゲットになる…どうにか避けたいが、異形はまだ出てくる。遠くで教導士官が交戦しているのが見える。3メートルの巨体相手に引けを取っていない。さすがは全国1位、刀で飛んでくる結晶の針を次々に斬り落としている。が、
異形が一瞬の隙を突き、彼女を掴んだ。そしてそのまま、力任せに握りつぶした。遠くからも彼女の口から血が噴水のように出るのが分かる。装備のおかげで即死まではいかないものの、もはや絶望的に見えた。
「う、うわあああ!」
コンソール操作で靴が真っ赤に染まる。戦場を高速で駆け抜け巨体に迫る。防衛本能か、そいつは結晶の針を生成し、雨のごとく降り注がせる。盾で回避しつつ、ライトを長距離集中点灯モードにする。これにより、一本の輝く線が異形の目を刺した。
巨体が怯み、目を背ける。最後のマガジンを、ありったけ巨体異形に撃ち込んだ。しかし蚊が刺したくらいのダメージなのか、そもそも効いていないのか? 3メートルの体は再び彼女を捉える。反撃手段は経った今、失ったばかりだ。
「ひっ」
今度こそ死ぬと、走馬灯が駆け巡る。思えば、模擬戦闘でも突出して死亡扱いになったのに同じ轍を踏んでしまった。あぁ、感情に任せなければ…盾を力なく地面に落とす立夏。踏みつぶされるまであと2秒、
「舐めるぅなぁああ!!」
柳子が叫び、自分の武器を巨体に向かって投げた。刀は空気を裂き…巨体の目に刺さった。異形の叫び声が聞こえる。それと、
「オノレ、ユルサナイ…」
「言語を喋った……!?」
教導士官を地面に叩きつけ、目に刺さった刀を抜く。切り口からは結晶が液体のように溢れていた。3メートルもの巨体は静かに深淵へ後退する。ほぼ雑魚処理の終わったシンガリの遠距離武器が異形を撃つが、弾が届く前に核の中へ消え、核も小さくなって消えた。
「柳子さん! 柳子教導士官!」
立夏は彼女を持ち上げ運ぼうとする。装備はまるで異形達の結晶のようになり、腰は反対に曲がっている。
「医療班! 医療班!」
「もういいよ立夏ちゃん…」
血を吐きながら柳子は立夏の手を握る。
「一つだけ、お願いがあるの…」
「そんな、まだ死なないでください! すぐ…すぐ医療班が来ます!」
「無理さ…もう時間がない」
力を振り絞り、右腕のコンソールを立夏に見せる。割れた画面には装備緊急解除の文字が出ていた。
「装備が解除されたら、私は死ぬ。医療班が間に合うわけがないのよ」
「…そんな」
「私の…私の刀、”ワダチ”。あなたに託すわ」
「え…?」
「きっと…かたきを…」
そう言って彼女は息絶えた。医療班に泣き縋るも、到着した医療班班長が冷淡に死亡時刻を告げた。
「それでは、全国1位シンガリ。佐野 柳子の国葬を行う。主文…」
国防長官が彼女の経歴と死因、追悼の言葉を述べる。立夏の背中には彼女の形見がある。
「あれが柳子様の形見?」
「なんで最下位のあの子が…」
周りからひそひそと、戦場にいなかった同期は陰口をわざと聞こえるように言っている。泣きたい。もう目から涙がこぼれそうだ。しかし、絶対に今は泣かない。ここは泣かないで、私に託してくれた彼女を見送るんだ。そう決めていた。
家に帰り鍵を閉めると、自然と涙がこぼれ視界を埋める。
泣き声ももはや抑えられない。料理をしていた母親が飛んでくる。
「あんた生きててよかったよ! 辛かったね…」
いつも教導士官の話を食事の時にしていたからこそ得られる共感。母親の目頭も熱くなる。
一度だけ教導士官と母親は適合試験の通知書を受け取る時に会っている。
『娘をお願いします』
『えぇ、私がいる限り…いやこのワダチがある限り。彼女は死にません』
献立はうどんに変更され、立夏の部屋まで母は運んでくれた。お礼を言い、机でうどんをすする。昔から変わらない、実家は和食屋の味。再び涙がこぼれてくる。食べ終わり、眠気が来た立夏はそのまま机で眠ってしまう。皿を下げに来た母親は抱きかかえてベッドに寝かせ、ワダチを横に添え、布団をかけてあげた。そして音を立てないように静かに、立夏の部屋を退出した。




