1話 深淵からいづるもの
それは突然現れたたった一つの穴。中は暗く、果てまで続いていそうな穴である。そこから異形の物が出てきた。異形であり、人間にはとても見えないが、人間のように二足で歩行する者もいる。最初こそそれを面白がった配信者が近づき、配信を行っていた。ある時、事件は起こった。
配信者のライブ中、突如として異形の存在が襲い掛かり、カメラの前で無残にも殺害されてしまった。当然配信や周りの見物人も阿鼻叫喚。異形の物は警察や特殊警備隊、果ては自衛隊までもが出動した。戦車の主砲ですら微々たるダメージしか与えられず、こちらの兵器は意とも容易く破壊される。国が”深淵”と呼んだそこはすぐさま封鎖された。
数日して、海外にも同様の深淵が形成され、人々を襲った。国家の非常時として、敵対視している国さえもが手を取って研究に当たった。そして1体の異形を捉えることに成功した。それは玉鋼で造られた鎖であり、我が国が主導して実験や対抗策を検証した。そして二年の時が経ち…
一つの対抗手段、”深淵狩猟者”。アビスハンターが結成された。国ごとに名称は違うが、我が国では”シンガリ”と呼称される。現状適合者は女性しかおらず、男性は居ない。他国では男性の適合が成功したとか、しないとか…
ともかく、彼女たちは訓練を終え、封鎖区域に入った。深淵はその核さえ破壊すれば消滅することも確認され、封鎖は解け街に出現した時に、彼女たちが一時封鎖地域で仕留めることになった。
普段は仕事や学校に行き、夜は訓練を行う。訓練は4対4の実戦形式で、常時様子がライブ配信されている。
彼女たちのつける装備は異形の存在から採取した物で作られており、徐々に深淵へ蝕まれてゆく。国はそのことを彼女や国民にはひた隠し、あくまでも正義の救世主として囃し立てるのであった。
「残り20秒!」
リーダーの少女が叫び、直後に右側面から弾丸が飛んでくる。あくまで模擬戦闘のため、弾はプラスチックでできているが、発射しているのは実銃なので、装備を着こんでいても当たれば痣くらいはできるときもある。深淵狩猟者アビスハンターの模擬戦闘午後の部、基本は高校生くらいの少女たちが集まる。会場は研究施設の地下で、対策本部でもある。場所は関係者のみが知っており、一般人は政府配信の模擬戦闘映像しか見ることが出来ない。
側面からの弾丸を盾で防ぎ、急旋回して射撃方向へ向かう。彼女たちの靴は赤と青に分かれており、どちらもスケートのように滑りながら戦闘地域を駆け抜ける。しゃがんで盾を構えると少女の体はすっぽり後ろに隠れ、盾の正面から激しい光をチカチカと光らせながら左手のオートマチック拳銃を乱射する。
「赤チーム前衛A、ダウン」
機械音性が市街地模擬線上に流れる。
「次!」
「リーダー左だ!」
自チームの狙撃手からの無線で左へ盾を構えようとしたその時、激しい痛みが側頭部に当たる。
「青チームフラッグ、ダウン」
そこで意識は切り離された。
戦闘が終了しダウンした人を回収し、控室に戻る。今回は赤チームを3人撃破したものの、最後の一人が目標フラッグで、青チームの目標を撃破したため、2人残っていたが敗北となった。目標に指定された立夏りっかは下唇をかみしめる。あそこで自分が突出しなければ最後の一人はいずれ追い詰めれたはずで、完全に敵の罠に誘い込まれてしまった。
「まだまだ経験が浅いな、立夏」
声をかけてきたのは教導士官の先生、名前を佐野 柳子さの りゅうこという女性で、現役狩猟者のシンガリスコア1位。今回参加していた8人の誰もが遠く及ばない存在だ。
「先生…私、向いてないんですかね…」
俯く立夏に先生は肩を叩く。
「誰でも最初はそうだよ、私だって適合した直後は異形…あいつらにコテンパンにされたさ。そんなすぐに身につくものでも無い。むしろ君たち1200期生は優秀な方だし、走り方もちゃんとできている。とってもいいことだよ」
1200期生の成績最下位で入った立夏にはその言葉が刺さる。わかってはいるが、やはり悔しいものだ。
「そうだよリーダーさん」
横にひょこっと現れたのは先程警告を叫んだ女性。同期だが、実際の顔合わせは初だった。
「うちらの方は即席、向こうは前から集まってた。その差が顕著に出ただけさね。私も早く気が付けなかったし責任はリーダーさんだけじゃないよっ」
スナイパーライフルを収納したギターバッグを背中に背負いながら優しく笑う。
「今度同じチームになったら、次は生存させてあげる。じゃね~」
手を振りながら控室を出て行った。残ってるのは教導と立夏の二人、つまりわざわざ話しかけるために残っていたのだ。
「私も、後輩にあんな風に言える日が来るでしょうか…」
「来る。立夏ちゃんは私の弟子が見込んだ子だよ。きっと強くなれる、今は我慢の時期かもね」
「そう、ですよね…頑張ります!」
立夏が盾を折りたたみ、片付けようとしたとき、けたたましい警報が鳴り響く。
「深淵警報、深淵警報。発生位置、研究所から200メートル。優先度赤最優先」
「……またとんでもない位置だね、私行くから」
柳子は急いで部屋を出る。立夏はそれを追いかけ彼女に言った。
「私も行きます!」
登場人物紹介
:冬木 立夏:
アビスハンター1200期の成績最下位者。装備は相手の目を確実にくらませる、3500lxのライトの付いたシールドに、オートマッチック拳銃A-9を装備している。盾を持っているのも、回避試験で模擬弾を回避する成績が悪かったからである。
:佐野 柳子:
作中にもある通り、現状キル数ダントツトップのシンガリ。武器は日本刀を模して造られた”ワダチ”という武器で、彼女専用にカスタマイズされている。四足歩行、固い岩石の様な異形すらも切り伏せる一撃はまさにハンターの切り札である。
:青チームスナイパー:
1200期の立夏と同期、200名いた同期は既に58人にまで減っている。募集の最初期こそ数より質をとっていたが、今では質より数を優先しているようだ。つまりこの時点で生き残っているため、経験が浅いとはいえ、それなりに優秀である。成績は200人中98位の狙撃手。使うのはSR-338、基本的に頭文字にアルファベットが付いている武器は、国の貸与品で性能は一般的な異形には通じる。逆を言えば、強靭な異形には通用しないということだ




