Chapter8_軍隊ごっこは作戦中と会議中だけにしとけよ。
横浜で繰り広げられた暗闘に関わった勢力は、3つの陣営に整理される。
事の発端となった第1の陣営。魔術士の組織“ムーンフェイズ”と、シンガポールを拠点とする魔女“メルト”。ムーンフェイズがメルトへの恭順を示し、対価として魔装を下賜された。擬装を施してシンガポールより移送されたそれを、ムーンフェイズ側が横浜で受領する手筈だった。
その動きを察知したのが第2の陣営、響理会。魔なる存在を否定し、魔女や魔術士との闘争を続ける秘密結社である。横浜に運び込まれた魔装の破壊を狙い、使徒を含む戦力を展開。そして日本共和国政府に対しては隠蔽工作への協力を要請する。
両者の暗闘へ介入した第3の陣営、護神兵。日本共和国政府は大人しく響理会に協力することも、移送そのものを妨害して争乱を回避することも選択しなかった。米国の要求に従って魔装の奪取を目論み、内務省の暗部に属する準軍事組織を投入したのである。
そして戦場となった山下埠頭。護神兵の魔術士、七川理吹が響理会の使徒を撃退。魔装ことDIVAモジュールを確保する。
勝者は第3の陣営となる筈だった。
「空だった?」
七川理吹の困惑した声が響く。その隣に座る東原仙一も僅かに眉根を寄せた。
東京都渋谷区円山町。古びた劇場やライブハウス、ラブホテルなどが立ち並ぶ路地に、渋谷ベースは存在した。護神兵の本部としての機能を担う施設であり、関東地方の構成員にとっては頻繁に利用する拠点である。
表向きは会員制ナイトクラブとその運営母体の事務所が入居する物件として扱われており、土地柄もあって夜間に人の出入りが多くとも不自然ではない。地上5階、地下1階の造りで、4階フロアが事務所となっている。その会議室に理吹達は召集されていた。作戦の主だった参加者による報告の場が設けられたのである。
そして開口一番に煌条穂熾大佐が述べた内容は、先刻の勝利に水を差すものだった。
メルトからムーンフェイズに下賜された魔装は、2つのコンテナに分けて移送された。1つのコンテナは作戦中に理吹が踏み込み、そのまま実戦に使用する形であるが魔装の本体を確保。もう一方は戦闘終了後、事後処理に当たった公安の部隊が確認を行った。
その後、穂熾に対して「何も発見できなかった」という旨の報告が上げられたのだ。コンテナの1つはダミーであり、移送された魔装は1つのみだった――彼女はそう推測したのだが、そこにまた別の情報が舞い込む。シンガポールから横浜への船便による移送を監視していた、内務省情報管理局からのものであった。
「ムーンフェイズの構成員と目される男性が戸籍を偽造し、横浜港にて荷役を行っている企業に半年前から在籍している」
「彼は4月3日の午後15時前後、魔装の移送に用いられたコンテナを山下埠頭物流ターミナルへ入庫する工程に従事。直後に退勤したが、寮には帰宅せず消息不明。通勤に使用しているミニバンも戻っていない」
遅きに失した情報を要約すれば以上である。ここから推測できることは2つ。まず、ムーンフェイズは少なくとも半年前から今回の取引の準備を行っていた。そして、横浜に移送された魔装の片方は積み下ろしの段階で回収されていた。
つまりムーンフェイズは、響理会や護神兵が介入する前段階で目的の半分を達成していたのだ。深夜に現れて響理会に掃討された構成員は、残りの片方のみを回収する第二陣。本来ならば入庫業務に際して双方を回収する予定だったが叶わず、急遽編成されたチームという可能性がある。
この考察が当たっているならば、仮にムーンフェイズが予定通りに2つの魔装を回収していた場合、先ほどの戦闘は護神兵と響理会が空の宝箱を奪い合う悲惨な喜劇となっていた。
作戦の際、穂熾はムーンフェイズ側の戦力が貧弱であることに違和感を覚えた。それに対するある程度の種明かしが為されたと言えよう。
「無能ですね」
「同感だよ」
東原にしては珍しい辛辣な発言に、穂熾が頷きつつ返した。これは無論、情報管理局の詰めの甘さに対するものである。表裏を問わず防諜を本業とする組織の仕事にしては杜撰。「遅い」の一言に尽きた。
穂熾は「兎も角」と挟んで続ける。
「完勝とはならなかったが、目的の魔装を1つは確保した。ムーンフェイズの討伐に関しては響理会が引き続き動いている。護神兵は暫く静観させてもらおう」
彼女が言い終えると、その傍らで書記を務めている彩堂律華が挙手をした。
「煌条大佐。発言よろしいでしょうか」
穂熾の首肯を受け、律華が疑問を投げかける。
「当初は魔装が最低でも2つあるという想定の基、作戦が成功した場合は米国と我々の双方が現物を得る算用でした。現状ではどうなるのでしょうか」
生真面目な口調で述べられたそれは尤もな指摘、あるいは懸念だった。日本共和国が魔装の奪取を図ったのは確かに米国の要求故だが、護神兵は魔術士を運用する組織。魔女が開発した新型魔装を欲してもいたのだ。
穂熾は「確定ではないが」と前置きした上で、それに答える。
「実戦を担うのが此方である以上、ある程度の優先権は得られるよう言質を取っている。どの道データは共有だ……先立って七川中尉、魔装の性能について報告してくれ。判っている範囲でいい」
バトンが理吹に渡された。
約40分の移動を経て渋谷ベースに着くや否や、倉庫ではなく医務室に運び込まれたあの魔装。DIVAモジュールの機能を知っている者は理吹のみである。
しかし彼は、それを述べる前に皮肉を挟んだ。
「流石は煌条の跡取り。アメリカから言質を取るなんて、政府の連中とは違いますね」
小馬鹿にするようで、冷静な非難が込められた口調。彼の目は笑っていない。穂熾は意に介さぬ様子だが、一方で傍らの律華は理吹を軽く睨んだ。
彼は続ける。
「交渉が可能なら、最初から国民の犠牲を許容しない方向で進めて頂きたい」
響理会とムーンフェイズは、どちらも民間人の犠牲を顧慮しない組織。目撃者となり得る山下埠頭物流ターミナルの職員は始末される前提だった。そして日本共和国政府と護神兵はそんな両陣営の暗躍を容認し、米国の要求と自らの欲求に従い魔装の奪取を目論んだ。
理吹はそこに言及したのだ。
東原を筆頭として、この場に招集された面々の幾人かが同意を込めて穂熾に視線を向ける。決して多くはないが、無視できる程でもない。
正論ながら本題と異なる発言。穂熾に次ぐ階級を持つ鈴木三義中佐が収拾を図った。
「ムーンフェイズの工作と思われるが、我々の用意した爆弾が予定より早く起爆された。隠蔽が危ぶまれる事態ではあったが――それにより施設の警報システムが作動し、職員は戦闘の発生より早く退避。今回、民間人の死傷者は確認されていない」
彼はそう言い、報告を促すように理吹を見た。それを受けた理吹は「了解」とばかりに口元を緩め、本題に戻る。
「魔装――“Deep Interfaced Variable Armament Module.”とケースに刻印されていた物ですが、仮に頭字語でDIVAモジュールと呼称しましょう」
理吹が提示した今後の呼称。特に反対される理由も無い。穂熾と鈴木が互いに目配せして頷き、律華がそれを議事録に打ち込んだ。
理吹は続ける。
「先ほど提出した黒いグリップ、あれのトリガーを引きつつスイッチを押すことで起動します。解除も同じ手順ですね。そして機能ですが……使用者と融合し、魔力を無尽蔵に供給するというものかと」
僅か数分、あるいは1分程度の使用で得られた理解。それは恐らく正確なところだ。他にも何らかの機能が存在する可能性はあるが。
理吹の発言を受け、護神兵における肩書きが“魔術士”であるか否かを問わず、皆が多少の動揺を見せる。
魔女は無限の魔力を持つが、魔族のそれは有限かつ、自身のものしか行使できない。消費された魔力の回復手段は『休んで待つ』の一択。これは自明の理として業界で共有されていた。
「魔女と同じになれるってコトですか?」
理吹の後方から発せられた魔術士見習いの発言は、DIVAモジュールの本質を端的に示していた。
彼は声の主を振り返ることなく答える。
「少なくとも魔力量に関しては。しかし副作用もあります。DIVAと融合している間は電撃を受けるような違和感と内臓への圧迫感があり、その魔力を行使する際は出血のような激痛を伴いました。解消法は彼女が目覚めた後に尋ねるしかありません。他の機能に関しても、ですが」
現時点で理吹から言えることは以上だった。
その後は響理会側から内務省に共有されている情報と、山下埠頭物流ターミナルの被害状況及び事後処理について触れられた。
戦闘よりも遥かに長い尺が取られた報告会が終了し、パイプ椅子から解放された面々が退室する中、理吹は律華の下に寄って言う。
「律華、俺の戦闘記録はアップしといたから」
「ここでは階級を付けろ」
議事録を仕上げている彼女はラップトップの画面から目を逸らさずに返した。
階級の上下については指摘しない。それは同い年故の寛容ではなく、穂熾の秘書官である自身と実戦のエースである理吹の間に、殊更強調すべき序列は無いとの判断だった。彼女も魔術士ではあるのだが、実戦に参加する機会は少ない。
「軍隊ごっこは作戦中と会議中だけにしとけよ」
皮肉6割、呆れ4割程度の比率で理吹が残した言葉に反応は無かった。
護神兵の階級は日本共和国の正式な軍隊――専守防衛軍のそれを流用している。しかし護神兵はその任務の性質は元より、理吹や律華を始めとする未成年者を義務教育も修了しない段階から取り込むという、極めて異常な人事を行う組織。彼ら彼女らに与えられる『階級』は、当然ながら教育や資格、勤続年数に依拠したものではない。
任務の遂行に必要な指揮系統の構築と、身も蓋もない話となるが俸給表の参照を目的として、護神兵の階級制度は運用されている。例えば実戦投入に足る実力を認められた魔術士は、ほぼ無条件に准尉の階級を与えられてしまう。これは米国における魔術士の地位を参考にしたもので、理吹は12歳にしてこの措置を受けた。
故に護神兵の構成員は、往々にして組織の実態を『軍隊ごっこ』と揶揄するのだ。
理吹は律華から離れ、次いで穂熾に近付く。戦闘記録にも記載しているが、伝えておくべき事項があったためだ。相手が相手ということで律華の時とは異なり敬礼を行ってから、「煌条大佐」と話し掛ける。報告会の最中のように公然と非難を示すことも多いため、今更の礼節だが。
「戦闘記録にも記載しましたが、直接ご報告します。交戦した使徒に顔を見られました」
纏った魔力の影響で映像記録には残りにくいが、肉眼は別である。使徒との交戦中、理吹はマスクを落とされ、直後にフード付きのジャケットも即席の爆弾として使い捨てた。そして、その使徒を殺害してはいない。
自らと異なる人種の容姿を一目で記憶できる者はそう多くないであろうが、使徒は響理会でも高位の存在。特殊部隊や諜報員と同様の訓練を受けている可能性が高い。
理吹が響理会に容姿と身元を知られた事情についても把握している穂熾だが、動じること無く返した。
「気にするな。お前の素性を知っている部署は、響理会の中で最も閉鎖的だ。あの件の記録を組織全体に共有しているとは考え難い」
響理会という組織の構造や内情を、穂熾は完全でこそないものの理解している。煌条家は学閥と天下りを通じて内務省に強い影響力を持つ一族であり、その内務省が日本共和国と響理会を繋ぐ窓口であるためだ。
「無論、第9教団のデータベースに残されている可能性はある。特定された場合は指示通りに身を隠せ。護神兵の存在に辿り着く事態だけは避けたいからな」
彼女はそう付け加えた。第9教団とは東南アジア諸国、日本列島、及び台湾における活動を担う響理会の支部。現地に関わる情報であれば、何らかの形で入手している可能性はある。
当然の如く告げられた、切り捨てに近い判断。
それを受けて理吹の目付きは僅かに鋭くなるが、それだけだった。内心では中指を立てつつも、彼は穂熾に再度敬礼を示して退室する。
時刻は既に4時を回っていた。最早、深夜というより早朝に近い。
法と科学を超えた力を振るって暗躍する魔術士だが、その立場は非公式ながら準軍事組織に属する公務員。任務よりも事前と事後の手続きに拘束されることは、常でこそないが珍しくもない。
腕時計を見た途端に増した眠気を堪えながら、理吹はエレベーターを待った。




