Chapter6_DIVAモジュール?
規格の統一されたコンテナが整然と、かつ大量に並べられた空間。作戦前に与えられた情報に従い、理吹は通路を駆ける。
「これかッ」
何度か角を曲がったところで彼は立ち止まった。そこには情報通り、明るい灰色の20フィートコンテナが2台並んでいる。ナンバーも一致していた。
精密機器の安全な輸送を謳う最新型。物理キーと電子ロックの双方を備えているが、魔術士の敵ではない。ワインレッドに発光するサーベルを逆手に持ち替え、扉に押し込んでこじ開ける。
コンテナの内部に踏み込み、トラップの類が作動しないことを確認すると、理吹は「はあッ」と大きく息を吐いた。
使徒――10名程度しか存在しないとされる、響理会の最高戦力。交戦した経験など当然無いし、護神兵で与えられた情報も根拠の弱い伝聞に近いもの。今回の魔装争奪戦に投入される可能性は考慮されていたが、いざ相対したのは攻防の双方、遠近の双方に対応する能力。撃破できないどころか取り逃してくれそうにもない。理吹は戦術レベルの実力差――あるいは出力差を痛感した。
弾薬は使い果たしている。右腰のシュネルフォイヤーは装飾、左腰のGLX160は鈍器としても半端な荷物。どの道サーベルしか有効ではないようだが、牽制の手段が消えたことは痛い。持久戦は不可能に近いだろう。魔装を運び出そうにも、荷物を抱えて追撃を振り切れるとは考えられない。
護神兵や政府への忠誠など欠片も抱いていない理吹は「いっそ断念して離脱するか」などと考えながら、長方形の物体を見下ろした。コンテナの奥、一段高い所に載せられた黒い鋼鉄製のケース。棺のような形状のこれに魔装が格納されていると考えて間違いない。
その隣には、宝飾を展示するショーケースのような台が置かれている。分厚いガラスに囲まれた上部に安置されるのは、航空機の操縦に用いるサイドスティックを想起させる形状とサイズのアイテム。何らかの『グリップ』が本体から分離した状態で保管されているようだ。
理吹はサーベルを左手に持ち替えて魔力を載せた柄頭でガラスを叩き割り、それを右手で握った。人差し指と中指を通すように2つのリングがあり、トリガーのような構造となっている。そしてその上、親指の位置にはボタン――丸いスイッチがあった。リングとスイッチのみ鈍い銀色で、他の部分は漆黒に塗装されている。
魔装のコントローラだろうか。理吹は『本体』が収められているであろう鋼鉄製のケースを再度見て、刻印を発見した。
Deep Interfaced Variable Armament Module.
――何て訳す?
逡巡した理吹だが、その口は自然と言葉を紡ぐ。
「DIVAモジュール?」
奇しくもその呟きは、この魔装を開発した魔女自らによる命名と一致していた。
しかし敵は、魔装を調査する猶予は疎か、呼称を反芻する数秒すら与えてくれなかった。
虹色の槍が砲弾のようにコンテナを貫通し風穴を開ける。しかし理吹にとって幸いなことに、それはこのコンテナを狙ったものではなかった。理吹を追撃するディートリヒが障害物となるコンテナ群に対して乱雑に放った連撃。その一つが命中したのである。もし理吹の位置が知られていたならば、コンテナの内部を埋め尽くす密度で叩き込まれていただろう。
理吹はそれを理解していた。発見されれば一撃で殺されかねない。
この状況において選択肢は3つ。
1つ目は離脱。片手に収まるグリップのみ持ち帰り、魔装の本体は放棄する。護神兵における地位や名誉に、理吹は大した執着が無い。しかし責任を問われて立場が危うくなれば、理吹自身の目的を果たす上で不利。
2つ目は、残された武器で応戦。これは極めて困難だろう。手数で押されて結局は離脱することになるか、最悪の場合は敗死だ。
そして3つ目。用途も用法も解らない目の前の魔装を使用して応戦を試みる。
3つ目に関しては追い込まれた挙句の単なる無謀。理吹は進んで無茶をする人間ではない。やはり離脱するべきかと、彼は嘆息した。
しかし右手に握った漆黒のグリップ。不思議と手に馴染むそれのトリガーを引き、親指のスイッチも押下すれば、魔装が使用できるのではないか。使徒に対抗できない程度の魔装を、魔女がわざわざ作るだろうか。
使徒の放つ神性に周囲のコンテナが破壊される音を聞きながら、理吹は人差し指と中指でトリガーを引いた。冷たかったグリップは熱を帯び、親指を添えたスイッチから濃い赤紫色の粒子が噴出する。魔族であれば解る。これは魔力だ。そしてその魔力は、鋼鉄製のケースの内部から伸びていた。
虹色の槍が顔の真横、50センチメートルも離れていない空間を貫いた時、理吹は親指を押し込んだ。
抗戦の決意か、動転故の反射か。
兎も角この動作によって、確かにDIVAモジュールは祈動した。
†
コンテナを破壊しながら理吹を追うディートリヒだが、フロア全体を覆わんとする光――赤ワインを思わせる鮮烈な色彩の魔力を見て足を止める。発生源は近い。
「遅かったか!」
魔装が使われてしまった。しかし為すべきことは変わらない。魔装の破壊が、魔装を行使する魔術士の撃破にアップグレードされただけだ。
「こちらシュタイナー司教。敵エースが目標の魔装を確保、使用した模様。施設内に展開中の部隊は速やかに離脱せよ」
ディートリヒはインカム越しに指示を出す。PDWで武装した程度の人間が加勢したところで意味は無いだろう。この状況において、戦力は使徒である自分のみ。
『貴方一人で対処すると?』
イヤホンからイライジャ・ルカ・オーウェルの声が聞こえた。啖呵を切っておきながら失態を演じたことに対する皮肉が、言外に含まれていた。
「僕以外いないだろう」
そう言い切り、ディートリヒはイヤホンを外す。通信に傾聴する余裕を保てる訳がないし、独りになるのだから連携の手段は不要だ。
彼が一歩踏み出した時、眼前のコンテナが濃いワインレッドの閃光に引き裂かれて大破した。降りかかった金属片を掌から形成した槍で打ち払う。
「やりやがッたな、魔術士」
魔力のヴェールを翼のように展開しながら出現した魔術士――七川理吹を認識し、ディートリヒは鋭い視線を向けて言った。
弾薬の詰まった上着を失い、防弾ベストに包まれたワイシャツとリボンタイ、暗い色合いのスラックスという覇気の無い服装。保持する得物はサーベルのみ――にも拘わらず、今の理吹は先ほどよりも高次元の脅威である。
猟奇的なピンクに近い赤紫の輝きを放つ瞳が、ディートリヒを捉えた。
露骨な殺気を受けたディートリヒは虹色の枝で籠を形成して自身を覆い、同時にその一部を射出する。
理吹は回避しなかった。サーベルを掲げ、周囲に溢れた魔力を刀身に収束させる。それを一瞬で終えると、左掌を柄頭に添えて振り下ろした。
斬撃というよりは暴風や波動に近い何かが放たれ、理吹の眼前まで迫っていた虹色の槍は消滅する。そしてディートリヒを守護する籠もまた、ワインレッドの魔力に強襲された。籠は破壊こそされず、主の肉体が引き裂かれる事態を防いでいた。しかし流し込まれる魔力と競り合うことは叶わない。
ディートリヒは自身を覆う籠ごと吹き飛び、進んできたルートを高速で押し戻される。
「何ぃッ――!?」
彼は動転のあまり叫んだ。次の瞬間には、最初に理吹と交戦した区画、吹き抜けまで至って宙に浮く。重力に従って落下するより早く、魔力の噴出によって距離を詰めた理吹が追撃を図った。
「はあァッ!!」
吼えるような声を上げ、理吹はディートリヒの頭上よりサーベルを振り下ろす。籠は容易く斬り裂かれ、ディートリヒは両掌に持った槍を交差させる形で辛うじて受けた。しかし当然の如く2本の槍も折れ、ディートリヒは背中から下層の床に叩きつけられた。
祝福で強化された肉体も耐え切れずに軋み、激痛と圧迫感がディートリヒの胴を支配する。それでも闘志は失わずに、彼は自身を見下ろす敵を睨んだ。視線の先、莫大な魔力に任せて滞空する理吹の頭髪が靡き、緩やかに魔力と同じ色彩を帯びていく。
理吹の纏う魔力。それは最早翼というより、スラスターから噴出されるエネルギーの光芒と形容すべきだった。
心眼はディートリヒに伝える。その魔装の使用者たる魔術士は、無制限に供給される魔力を意のままに駆るのだと。魔装――魔導兵装の極地と言える脅威。
「魔女が開発した魔道兵装……そういうことかッ!!」
ディートリヒは立ち上がりつつ驚嘆する。これはまるで、無限の魔力を有するという魔女の特性を再現した兵装――魔女の簡易量産ではないか。
魔女が振り撒いた魔力を取り込んだ人間。本来は二次災害に留まる次元の存在である筈の魔族を、魔女に近しい出力を持つ存在へと昇華させる技術。それがDIVAモジュールの本質であった。
パワーバランスが塗り替えられる。
ディートリヒはそう確信したし、今の彼には知る由も無いことだが、その懸念は当たっていた。
理吹が右手に握っていたサーベルの刀身が、強過ぎる魔力に耐え切れず溶け落ちる。それを見たディートリヒは理吹に向け、何本目か分からない槍を放った。サーベルを放り捨てた理吹は高速で迫る槍を掴み、掌から魔力を放出して破壊する。
舌打ちするディートリヒだが、攻撃の手は緩めない。周囲に形成した無数の槍を連続で射出。両手にも槍を持ち、自身の前方に枝を伸ばして籠を編む。
猛攻に晒された理吹は回避を図り、魔力の放出による推力で上下左右へと不規則なマニューバを行う。虹色の槍も自在に折れ曲がって追尾する。理吹を包囲するような軌道を描いていくつもの切っ先が迫り、更にディートリヒ本人が投擲した槍も、無数の棘に枝分かれしながら襲来する。
四方八方を神性に囲まれた理吹。DIVAの魔力を全方位に放出すれば全てを振り払えるかもしれないが、不確実だ。故にそれは選択しない。理吹は残された最後の武器に意識をやった。
念力に押され、シャツの右の袖口から扁平な樹脂製の棒が射出される。長さ15センチメートルほどのそれを理吹は右手で握り、先端から飛び出した銀の液体に魔力を纏わせた。ディートリヒと会敵する直前、三次元機動に使用された合金。温存された右腕のそれは、細い直剣を形成していた。
通称“アマルガムソード”。理吹が自ら考案した、左右の袖口に隠し持つ暗器である。
DIVAの魔力を受け、銀色の刀身がワインレッドの火焔へと変貌する。理吹は滞空したまま一回転し、円環状の斬撃で神性の槍を全て薙ぎ払った。虹色の閃光に代わってワインレッドの魔力が空間を満たす。
障害物は消えた。理吹は推力と重力を織り交ぜ、絶句するディートリヒ目掛けて下降。左掌に魔力を収束させつつ高速で突撃する。ディートリヒはまたしても、展開した籠と共に押し切られてしまった。
虹色の防護が削れていく。ディートリヒも負けじと神性を用い、全方位を覆う形で籠を編み続ける。両者はやがて内外を分断する壁へと至った。コンクリートを容易に破壊する神性で編まれた籠と、それすら削り取る魔力。震度7の地震すら耐え抜く堅牢な構造物は、2種の異能を受けて喰い破られた。
建物から叩き出されたディートリヒは市街地の照明を受ける。施設の内部は非常灯しか点けられていなかったので、それらがより眩く感じられた。
――どうする。
ディートリヒは思案する。屋外では、戦闘が目撃される危険性は遥かに高い――否、隠匿がほぼ不可能と言ってよい。動きを止めたディートリヒだが警戒を解くことはなく、辛うじて施設の内部に留まっている理吹へと視線を向けた。
そしてその頭上、理吹が掲げた右手の先。収束した魔力によって形成されていく物体が視界に入り、思わず目を見開く。
ワインレッドに輝く巨大な筒。先端は施設から僅かに突き出し、ディートリヒに向けられていた。兵器に関する知識が乏しい彼だが、その正体は分かる。
明らかに、戦艦の主砲だった。
魔術士の中には、魔力を用いて様々な物体を形成する者も存在する。砲としての機能まで忠実に再現するとは考えられないが、『物』のスケールに見合う大技を放つ気でいるのだろう――横浜という都心部で。
理吹が頭上に掲げた右手の人差し指と中指を揃えて伸ばす。銃を撃つようなジェスチャーを保ち、その指先を唖然とするディートリヒに向けて振り下ろした。
「コイツ――」
――馬鹿なのか!
血の気が引いたディートリヒは最後まで言葉を発することなく、退却を決断した。理吹に背を向け、祝福で強化された脚力を用いて疾走する。そして埠頭の地面を蹴って湾に飛び込んだ。
これ以上戦闘を続けたところで勝ち目は薄い。ならば余計な問題を起こされる前にこちらが退くべきだと、ディートリヒは考えた。彼らしい冷静な損切りである。
ディートリヒが湾に飛び込んで消えてから、理吹は30秒待った。不意打ちの類が無いことを確認し、戦艦の主砲――1門の46cm砲を形成していた魔力を霧散させる。指揮杖の如く突き出していた右手のジェスチャーも解いた。
元よりこれを撃つ気など無かった。
響理会は民間人への被害など気にかけない組織であるが、その活動や魔道の存在を隠匿することに躍起な組織でもある。互角以上に戦ったところであのような匂わせをすれば、「どうせ勝てないならば」と隠匿を優先させると踏んだのだ。ディートリヒの選択した損切りによる退却こそが、理吹の狙いであった。
かくして一応の勝利は得たのだが。
全身の神経に電撃を流されているような違和感。心臓と肺にかかる圧迫感。後先考えずにDIVAを使用した理吹の肉体は、絶えず相応の負荷に襲われていた。
交戦中は顧みる余裕も無かったが、魔力の噴出には出血と似た痛みを伴った。
出力に任せてディートリヒを押し切ったようで、その実、途中で耐え切れずに理吹の方が倒れ伏してしまう可能性もあったのだ。
故に彼は苦い表情で呟く。
「二度とするか」




