Chapter4_最低でも同格、恐らくは格上。
傘のように展開された円錐形――ワインレッドの魔力による障壁が、小口径高速弾の霰を理吹の斜め後方に逸らしていく。
ボディアーマーの貫通を念頭に開発されたこの弾丸は、やはり魔力による障壁への対策として採用されたものだ。しかし理吹のように魔力量が多く、その制御にも秀でた魔術士を相手取るには分が悪い。角度を調整された分厚い魔力壁に対して、質量が小さく、そもそも尖った形状の弾頭は容易く弾かれてしまう。
理吹は障壁の一部に空洞を設け、そこへ右手で保持したシュネルフォイヤーのバレルを差し込むようにしてトリガーを引いた。軽快と表すには些か乱暴な音を立てて発射された9ミリパラベラム弾が、相対している響理会戦闘員達の首元を抉る。
時信を救出する際に射殺した2名と同じ、特殊部隊じみた黒い装束を纏った集団。作戦後は市街地に溶け込む算段なのか、防弾ベストとヘルメットを外せば一般的な作業着と言えなくもない。しかしそのような配慮も、暗闘の最中に殺害されてしまえば無意味である。頸動脈から多量に出血した、あるいは頸椎を損傷した者達が次々と倒れ伏していく。
本来シュネルフォイヤーのフルオート射撃は相当な反動を伴うもので、片手撃ちではまずコントロールできない。理吹は念力で腕と銃を固定し、リコイルを強引に打ち消している。更に銃口からストローのように形成した魔力を伸ばすことで銃弾を直進させ、ボディアーマーやヘルメットを避けて相手を殺傷する精密射撃を実現しているのだ。
マガジンに装填された20発の銃弾は2秒も経たずに撃ち尽くされた。空けている左手でフライトジャケットの大振りなポケットから予備のマガジンを取り出し、慣れた手つきで交換する。
理吹の銃撃を逃れた者達が、通路や柱の陰を伝って移動していく。“魔道の根絶”などという大仰な大義を掲げて5世紀以上の暗躍を成し遂げている秘密結社の戦闘員が、作戦目標を早々に断念して撤退するとは――あるいは撤退を赦されるとは考え難い。恐らく立て直しを図った一時的な後退だろう。何にせよ、この施設から離脱される訳にはいかない。
理吹は訳あって響理会に顔と身元が割れている。3年半ほど前の話であるため、未だデータは保存されている筈だ。顔を隠しているとはいえ、響理会の人間が断片的だとしても容姿を記憶した上で帰還し、照合されてしまう事態は避けたかった。外にはシーカー2こと夏凜明が控えているため、大袈裟に心配する事でもないが。
なお、戦闘員が装備に仕込んだカメラの類で映像を記録し、リアルタイムで共有している可能性については考慮する必要が無い。全身に纏った魔力によって、自身に対する光学機器の作用を阻害しているためだ。通称“マナステルス”――護神兵の魔術士が最初に叩き込まれる魔術である。即ち、相対した敵を取り逃さない限り、自身の容姿から身元が特定される可能性は無視して構わない。
法執行機関の特殊部隊のように、ゴーグルやバラクラバを装着して顔を完全に覆ってしまえば済む話であるが、魔術士にとって――少なくとも理吹にとっては異なる。肉眼で見渡し、肌と頭髪で空気の流れを感じられた方が魔術を行使し易いのだ。魔力とは肉体と不可分の能力であり、魔術とは感覚と直結した技術。介在するモノは最低限に留めた方が良い。
向かって前方の敵を瞬く間に掃討した理吹は、背後から微かに伝わる振動を察知して振り返る。シュネルフォイヤーの銃口を無人の通路に向けた。
「退魔榴弾!」
女の声が敢然と響く。10mほど離れた曲がり角から、同時に3つの人影が飛び出した。それぞれが保持した小振りな黒いグレネードランチャーの銃口が理吹に向けられる。
――マズい。
この戦闘で初めて、理吹は危機感、恐怖心を抱いた。
Anti Wizard High Explosive、通称“退魔榴弾”。これは響理会が対魔術士戦において使用するグレネード弾である。その規格はNATO加盟国を中心に広く採用されている40mm×46弾と変わらない。しかし着弾時には、20世紀末に響理会が実用化した極めて高い硬度と密度を誇る合金、“オリハルコン”製の散弾が高速で吐き出される。
高魔力を活かした防壁で銃弾を容易く防ぐ魔術士に対抗して、榴弾が命中した際に飛散する重い金属球で防壁を突き破る――という戦術である。
榴弾自体は低速なのだが、屋内戦で複数人から同時に発射された場合、対処は極めて困難。サプレッサー付きのPDWのみを使用していた部隊がこれの使用に踏み切ったことは、相当に追い込まれた状況の証明と言える。
シュネルフォイヤーを左手に持ち替え、理吹は通路から吹き抜け部分への転落を阻む柵に飛び乗って身を投げた。3つの照準が吹き抜けの下へ修正されるより早く、理吹は仰向けにフロアを落下しつつ左腰に吊るしたGLX160グレネードランチャーのグリップを右手で握る。そのまま居合斬りの要領で抜き放ち、斜め上方の敵に向けて発射した。響理会側がグレネードを解禁するならば、此方が自粛する道理も消えた――と看做して構わないだろう。元よりここは市街地で稼働するだけあって防音には抜かりの無い施設であり、それ故に理吹はサプレッサーの類を使用せずに銃撃戦を展開していたのだが。
彼らがトリガーを引くより早く、付近の壁に命中した榴弾が炸裂する。爆発から近い2人は弾け飛んで煙の中に消え、残りの1人は全身を裂かれながら通路から投げ出された。魔力を下方に放出することで落下速度を抑えている理吹を追い越して、出来立ての死体がコンクリートの床に叩きつけられる。理吹はそれを見向きもせずに左手のシュネルフォイヤーを素早くホルスターに戻し、フライトジャケットの内側から新たなグレネード弾を取り出した。GLX160のバレルをスライドさせて装填、頭上へ向ける。たった今離脱したフロアの柵から身を乗り出すようにして、5人の戦闘員がPDWやランチャーを下方の理吹に向けていた。
「チッ――」
理吹は思わず舌打ちをしつつ魔力の障壁を展開、それを伴いながら敵の列と平行に駆け出した。5つのトリガーが引かれ、無数の銃弾が障壁に阻まれて飛び散り、対魔榴弾が理吹から僅か2mほど後方の床を抉り取る。
区画を分断する厚い鉄の扉に突き当たるより早く、理吹は空いた左腕を素早く斜め上に振り上げた。フライトジャケットの袖口から銀の光沢を放つ液体が飛び出す。それは魔力のアシストを受けて直進し、響理会の戦闘員達がいるフロアの柵に巻き付いた。続けて理吹の足元にワインレッドの魔力が展開され、跳躍と同時に爆ぜる。
悠々とハイジャンプに至った理吹はリールに巻き取られる釣り糸の如く収縮する銀の液体に誘導されて上昇した。すかさず上半身を捻ってGLX160の照準を向け、トリガーを引く。唐突な三次元機動に彼ら彼女らは反応できず、理吹に最も近い者を除いた4人は爆発に薙ぎ倒された。最後の生き残りも、内壁を蹴って方向転換し、通路に舞い戻った理吹の流れるような蹴りを頭部に受け、首をへし折られて絶命する。魔力を加えたコンバットブーツのソールは鈍器に等しい。
派手なワイヤーアクションを繰り広げて着地した理吹はGLX160を左腰に戻し、左腕を振って袖口から伸びる銀の液体を放り捨てた。合金の部分に関しては半ば使い捨てなのだ。袖口に仕込んだグリップへ都度注入する手間がある。
このエリアに展開していた響理会戦闘員を全て排除したことを確認した理吹は、最後に蹴り殺した男の耳から念力でインカムを剥ぎ取った。顔の前に浮遊させたそれの音量を最大に設定し、響理会側の通信を盗み聴く。どうやら今回は、響理会の公用語とされるアメリカ式英語でやり取りを行っているようだ。ドイツ語やフランス語を用いる場合もあるとのことだが、理吹はそれらに関しては理解できない。
ムーンフェイズの構成員らしき魔術士を殺害し、死体の回収を進めている旨が伝わった。続けて理吹のいる区画について言及される。
『第3フロアに展開中のコマンド1、16名全員のバイタルが消失。音声記録を確認。敵エースウィザードと交戦した模様』
エースウィザード。厳密な定義は無いが、高い魔力に由来する火力・防御力・機動力を以て一騎当千に近しい戦力となる魔術士を指す呼称だ。響理会側の判断に拠らず、“シーカー1”のコールサインを与えられて作戦に投入されている理吹は間違いなくこれに該当する。しかし所詮は日本共和国政府の暗部に属する鉄砲玉。少なくとも現状の理吹にとっては、さして誇らしい称号でもない。
インカム等が鹵獲されている可能性については割り切っているのか、あるいは重要な事項の伝達は既に別の回線に切り替えているのか、通信は継続される。展開している戦力やその状況について、断片的であるが把握ができた。どうやらムーンフェイズ側の魔術士を各所で殺害しつつも、目的の魔装については確保に至っていないようだ。該当のコンテナが保管されている区画に理吹がおり、そこに潜入した者達を掃討してしまっているため当然であるが。
理吹は「さて」と第3フロアを見渡す。間違いなく増援がやって来るであろうが、先に件のコンテナを確認しておくべきだ。魔装の保管状態やサイズに関しては情報が無い。もし単独で運び出すことが叶わない場合、響理会やムーンフェイズの戦力が尽きるか、消化活動の進展によって戦闘継続が断念されるまで持久戦を強いられることとなる。運搬の手段は複数用意されているが、コンテナは2台――即ち魔装が最低でも2つ存在する以上、そうなる可能性は高い。
頭に叩き込まれた見取り図に従って歩を進めたが、念力で耳の横に随伴させたインカムから毅然とした少年の声が響く。
『こちらシュタイナー特務司教。これより該当区画に突入する』
彼の『特務司教』という名乗りを受け、理吹の両眼が見開かれた。
大司教、司教、司祭、助祭、修道士又は修道女――と続く響理会における特殊な位階。魔力とは異なる異能、“神性”を操る使徒が、正式な司教位まで至っていない場合に与えられるものだ。
使徒が来ている。
やはり魔女が自ら開発した魔装には、10名程度しか存在しないとされる最高戦力を投入するほどの価値があるということか。エースウィザードといえど、対抗し得るか危うい相手である。危機感と焦燥感から流れる一筋の冷や汗が頬に至るより早く、理吹は戦闘員達の死体と共に転がるPDWとグレネードランチャーを念力で浮遊させ、自身の周囲に配置した。ここまで器用に念力を操る魔術士は、護神兵でも少数である。理吹に威厳や貫禄の類が備わっていれば、千手観音などと言い表されたかもしれない。そして右手にシュネルフォイヤー、左手にGLX160を握り締める。
どちらから来るか。時信を逃した方向と反対の東――海辺側であると予測する。それは当たっていた。
吹き抜けの下、1つの死体と理吹が受けた銃撃の跡が残る第1フロア。こちら側と東側の区画を分断する鉄の扉から、虹色の光を放つ枝のような槍が突き出た。それは次々と数を増して扉を食い破り、背後から人影が歩み出る。明らかな異能の行使を認識すると同時に、理吹は両手の指と念力で全てのトリガーを引いた。
最早爆発と言えるような音を立て、無数の銃弾と幾つかのグレネードが使徒を強襲する。火花が無秩序に散らばった。全ての火器の薬室が空になる。「やったか」とは発しない。神性の内容は多様で当たり外れも存在すると聞くが、使徒をこの程度の火力で撃破できるという楽観を、理吹は抱いていなかった。
標的の周囲に舞い上がった粉塵が晴れる。そこにあったのは、虹色の物質で隙間無く編まれた半球状の籠。銃撃にも爆発にも害されず、無傷のまま異能の主を守護していた。それを見た理吹は右手のシュネルフォイヤーを再度ホルスターに仕舞い、左手のGLX160のみ素早く次弾を装填する。同時に虹色の籠が解け、無数の槍、あるいは触手となって理吹に迫った。
ブーツに魔力を乗せて床を蹴り、理吹は通路を高速で後退する。一瞬の間を置いて、立っていた箇所が槍の群れに貫かれて破裂、下のフロアへと崩落する。その破壊力に歯噛みしつつ、理吹は鋭い視線を使徒に向けた。使徒もまた、僅かに虹色の光を帯びた瞳で理吹を射抜く。
――最低でも同格、恐らくは格上。
そう確信した理吹は、左肩にマウントされたサーベルに右手をかけた。振り下ろすように抜き放つと、現れた漆黒の刀身が血飛沫のような火花を撒き散らす。銃器と魔力のみで大抵の相手に対処できる理吹にとって、この得物は半ば切り札である。
流し込まれた魔力が、刀身をワインレッドに染め上げた。




