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Scar§Red  作者: 織場アッサム
Phase1:DIVA
3/17

Chapter3_僕が片付けるのを待っていろ。

 全ての始まりは、西暦999年とされる。

 

 創造主に定義された世界の法則から解脱(げだつ)、完成し完結した自己のみに()る力たる“魔法”を手にした(ひと)りの人間。最初の魔女。()の出現を機に、世界の在り方は変わり始めた――あるいは歪み始めた。

 そんな最初の魔女の出現からさして間を置かず、欧州にて解脱した2番目の魔女。彼は魔法――世俗の認知と秩序を超えた力を、衝動と情動のままに行使し、蹂躙の限りを尽くす。同時に魔法の源泉たる“魔力”を、何ら(つつし)むことなく振り撒き続けた。そして2番目の出現から時を経て解脱した3番目、4番目と続く魔女達もまた、同じく魔法を行使し、同じく魔力を拡散した。

 魔女の出現だけならば、(もたら)される惨禍の内容は兎も角として、問題は災害の種類が増えた程度に留まったであろう。しかし人類社会にとって、ある意味では天変地異よりも厄介な事象が発生した。“魔族(まぞく)”の出現である。

 2番目以降の魔女達が振り撒いた魔力を浴びた人間の中から、それに適応し、細胞内のミトコンドリアの如き共生に至った者が現れ始めた。彼ら彼女らが内在化した魔力は、魔女のそれと比べれば微弱なもの。しかしそれは生物としての子孫へと受け継がれる、1種の形質であった。即ち人間の中に新たな種族が、それも人類社会の法や科学では統御し得ない能力を備えた存在が出現したのである。

 

 尤も、多くの魔族は自身の特性すら自覚することなく市井(しせい)で凡庸に暮らしていた。“魔術(まじゅつ)”と呼称される魔力の自覚的な行使に至った一部の魔族達も、それを主に職能や芸能、時にペテンの手段として扱い、稀に自らの異能を告白して失笑を買う者が現れる程度であった。

 しかし当然のことながら、魔力――魔術を暴力の手段として活用する個人、更にはその利用を図る集団も出現する。

 法で裁けず科学で(あば)けず。軍事力、あるいは犯罪者たる“魔術士(まじゅつし)”の誕生である。


 そして、その無秩序な脅威から人類社会を守護すべく設立された結社が響理会(ユーフォ)であった。


 魔女の殲滅と魔族の駆除による“魔道の根絶”を掲げ、16世紀初頭に設立された結社。正式には、“神託を(もたら)す普遍的摂理の教会”と称される。

 一般的な感覚からすれば随分と不遜で、自ら神聖さを誇示して(はばか)らぬ名乗りであるが、その成立に欧州各地の王侯貴族やカトリック教会が深く関わった以上は当然とも言えるだろう。

 何より、響理会(ユーフォ)は創造主自らの意思によって作られたものだった。2037年現在、その組織の最高指導者に等しい権威と実権を持つ人物、ギュスターヴ・カルヴァン大司教(だいしきょう)はこう語る。

 

 ――本来、世界とは創造主が組み上げた完全無欠なプログラムである。万物は存在すべくして存在し、万事は起こるべくして起こる。時に聖書が、時に哲学が、時に実学が翼賛する、普遍の摂理。

 そこに突如として発生した(いわ)れ無きバグが、完全な演奏に脈絡なく(ほとばし)るノイズが、魔道である。世界を生み出し統べる創造主として、容認できる筈もない。

 故に創造主は自らを(あつ)く信仰する者に預言を託し、魔道との闘争を命ぜられたのだ。そして忌むべき魔道への対抗手段として、選ばれし信徒に特例的な異能――“神性”を下賜(かし)なさったのである――。


 響理会(ユーフォ)は欧州において、社会の裏側で暗躍。

 魔女の殲滅は神性を(もっ)てしてもなお困難であったが、魔族の駆逐は民衆の狂乱――別の意味合いを持つ“魔女狩り”もあって着実に進み、16世紀後半には欧州から魔族が一掃されたとすら言われる。

 その後に訪れた産業革命と帝国主義の時代を通して、響理会(ユーフォ)は世界に拡大。アジアやアフリカの入植地においても、同じく魔道との闘争を続けた。

 

 しかし魔女とその魔力が存在する以上、魔族の発生を完全に断つことは叶わない。そして魔族同士の子は魔族であるし、魔族とそうでない人間の子もまた、不確実だが魔族として生まれた。そもそもの根源たる魔女への解脱(げだつ)も、世界の何処かで起こり続ける。

 創造主より預言として伝えられるところに拠ると、この世界では既に30柱の魔女が誕生した。そして殲滅、あるいは封印されたものはその半数に満たない。

 魔族に至っては全数の把握などしようが無く、多くは自身の特性を自覚せずに社会生活を営み、一部の者達は国家の尖兵や犯罪組織の成員として暗躍を続けている。

 

 大多数の人間は、何も知らない。


 †


 ディートリヒ・パウル・シュタイナーはドイツ連邦共和国出身の響理会(ユーフォ)構成員であり、神性を下賜された使徒の1人である。15歳の少年には不相応な宿命を背負わされた形だが、彼の器量は十分それに応え得る域に達していた。

 山下埠頭物流ターミナルの東側、東京湾に面した敷地。施設への搬入、あるいは外部への移送を待つ貨物を仮置きするためのエリアで、ディートリヒはモッズコートのフードを目深に被って待機している。

 施設から立ち昇る炎と煙は多少収まっていたが、消防のサイレンは当然ながら未だ止まる気配がない。

 暗闘の隠匿が危ぶまれる状況への苛立ちや、作戦の成否に関する懸念はあった。しかし『口封じ』として施設の職員――即ち無関係の一般人を殺害してしまう事態を避けられたことへの安堵は、それらを遥かに上回る。

 総じてディートリヒは比較的穏やかな心境を保ったまま、赤褐色の40フィートコンテナにもたれていた。目を(つむ)り、イヤホンから響く音声に傾注する。

『コマンド2(ツー)より司令部へ。内部システムへの侵入に成功。施設内の全監視カメラが既に無効化されている模様。“ムーンフェイズ”の工作と思われる』

『こちらコマンド3(スリー)。地下駐車場にて“ムーンフェイズ”が用意したと(おぼ)しきトラックを発見。無力化する』

 爆発を受けて退避した職員らと入れ違うように施設へと潜入した各班より報告が届く。響理会における公用語は、原則としてアメリカ式の英語だ。

 既に敵勢力は動いているようだが、それは必ずしも本来の標的であるムーンフェイズとは限らないと、ディートリヒは認識していた。魔道――魔術士の軍事利用に手を染めている中華人民共和国やアメリカ合衆国が魔装の存在を嗅ぎ付けた場合、強奪を試みることは想像に(かた)くない。魔女が自ら開発した()()であるのだから。

『こちらコマンド1(ワン)。たった今、第2フロアDブロックで2名のバイタルが消失した。射殺された模様。直ちに確認する』

 若干の間を置いて訪れたその報告を聴き、彼の両目が見開かれた。ライトブラウンの瞳はその最奥に虹色の光を宿し、整った顔が持つやや捻くれた印象は険しい闘志によって上書きされる。

「シュタイナー特務(とくむ)司教(しきょう)だ。これより(ただ)ちに急行する。オーウェル隊長、よろしいな?」

 ワイヤレスイヤホンのマイク部を掴み、毅然とした声を流し込む。15歳の少年には似つかわしくない口調だが、(さま)になっていた。

 指揮官による返答を待つことなくディートリヒはコンテナの陰を抜け、施設の方に踏み出す。フードを外すと、ウェーブのかかった蜂蜜色の髪に潮風が当たる。

 そもそも都市部における銃撃戦など、彼としては許容できないものだった。口封じありきで、また携帯性を優先させた装備では魔術士相手に死人が増えるばかり――そんな策は(ろう)さず、最初から“神性”を持つ使徒に任せればよいのだ。下らない派閥争いや余計な不信感の果てに遊兵化させるなど、言語道断である。

 異能を用いた暗闘による速やかな幕引きこそ、使徒の存在意義なのだから。

特別行動部隊(アインザッツ)の出る幕は無い。僕が片付けるのを待っていろ」

 特殊部隊気取りの身内を皮肉る啖呵(たんか)に合わせ、ディートリヒの両()、両肩、そして背中から虹色の火花が散った。魔女や魔族の持つ魔力とは根源から異なる神秘のエネルギーが、彼の内側から溢れ出す。

 (いのう)を狩る為の異能、神性である。

 施設に接近するにつれ、視覚を飛び越して見えるものが増えていく。周囲に展開している魔術士の放つ魔力が、神性と併せて賜った能力、“心眼(しんがん)”によって伝わっているのだ。

「5……違う、6人」

 ディートリヒは呟きながら、右手を肩の辺りまで掲げた。虹色の火花がその掌に向けて収束していく。この世のあらゆる輝きを集めたような極光は、果てに重々しい稲妻の如き長槍を形成した。

 それを握り締めたまま、勢いに任せて地を蹴る。すると彼の体は、優に3メートル近く飛び上がった。魔なる力を見抜く心眼と同様、全ての使徒が持つ身体能力の強化――“祝福(しゅくふく)”の賜物(たまもの)である。

 施設の付近に潜む6つの人影を肉眼で捕捉する。(みな)、先端に細い三日月を模った意匠の付いた長杖(スタッフ)を保持していた。“クレセントハルパー”と命名されたそれは、ムーンフェイズの魔術士が頻繁に用いる魔装だ。造形と名称は儀礼用の如き優美なものだが、実戦ではそれなりに厄介な武器であると、ディートリヒは聞かされている。

 しかし、それが本領を発揮することは無い。

 魔術士の1人が(ちゅう)のディートリヒに目を向ける。彼が保持するクレセントハルパーの先端、三日月の欠けた箇所を基点に魔力の刀身が形成されるが、手遅れであった。

「――捉えた」

 ()でもなく、魔術士達の中心に向けて虹色の槍を投擲する。僅かばかり直進したそれは巨木が自在に枝を伸ばすが如く分岐し、6つの目標を同時に貫いた。

 上方から放った()()()()()は彼ら彼女らの胸から腰を斜めに貫いており、ほぼ確実に臓器を損傷させている。魔術士の中には念力で血流のコントロールや止血を行ってのける者も存在するが、臓器ばかりは手の施しようが無い。医学的に適切な処置を施されないならば、それは致命傷だ。

 着地したディートリヒは左腕を横薙ぎに振るう。すると魔術士達に突き刺さった槍がそれぞれの体内で更に枝分かれし、心臓を貫いて即死させた。彼なりの介錯である。

 そして神性の槍――あるいは()が跡形も無く消失し、支柱を失って崩れ落ちた6つの亡骸から、傷口のサイズに比例して血肉が流れ出る。

 目を閉じて十字を切ったディートリヒは、眼前に(そび)える建造物を見上げた。

「シュタイナー特務司教よりコマンド2(ツー)へ。屋外エリアE1(ワン)にてムーンフェイズ構成員と(おぼ)しき魔術士6名を殺害した。死体を回収せよ」

 マイクにそう告げ、手近なシャッターを蹴りで突き破る。祝福を受けた身体能力を以てすれば造作もないことだ。むしろ、履いているブーツのソールについて心配すべきである。

 内部に乗り込んだ途端、何処からか銃声が聞こえてきた。サプレッサーによる抑制は無く、(すなわ)ち本作戦に投入された戦闘員が装備しているPDWのものではない。敵による発砲と断定できるだろう。

 反響の中心部を目指し、ディートリヒは虹色の火花を伴って進む。次の会敵も近い。

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