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Scar§Red  作者: 織場アッサム
Phase1:DIVA
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フラッシュバック_七川理吹

 初めて人を殺したのは12歳の時。

 忌々(いまいま)しい記憶ほど、思考に焦げ付いて()がれない。


 何も知らない子供だった。

 魔女や魔族のことも、響理会(ユーフォ)のことも、国家とその中枢に巣食う連中が平然と繰り返す所業の数々も。


 †


 1人(ひとり)で歩く通学路。いつもの街並み。

 首筋から脳にかけて(ほとばし)る鋭い刺激によって、視界が暗転する。

 

 体を包む布と、その内側で肌に吸着する何か。

 手首と足首を縛る硬く冷たい感触。

 絶えず皮膚を走る電撃。

 目覚めた俺に与えられる情報は、それだけだった。


 (ひつぎ)のような狭苦しい装置に閉じ込められ、仰向けのまま身動きが取れない。恐怖やパニックに(さいな)まれる以前に、状況の何もかもが理解できない。

 解放されたいという思いが、思いも寄らず形を成した。暗く狭い視界を満たしたワインレッドの霧――俺から発された俺の知らない何かが、棺の蓋を突き破らんとする。

 しかしそれは察知され、不快な警報音(アラート)が鳴り響く。常に皮膚の上を(うごめ)いていた電撃が強まり、苛烈(かれつ)なショックとなって俺の体内を貫いた。

 激痛に襲われた俺は悲鳴を上げた。


 視界が白い光に塗り潰される。

 顔の真上に開いた小窓から、白人の男が俺を見下ろしていた。青い瞳から注がれる冷たい視線は事務的に俺の憔悴(しょうすい)を舐め回した。

 やめて。助けて。

 俺が無言で示す哀願を悟ったのか、無表情だった男が小馬鹿にするように口の端を歪めた。同時に、より強い電撃が加えられた。

 それが己に課せられた役割であると認識すれば、ヒトはどこまでも残忍かつ冷酷になれる。まして、加虐の対象が属国の劣った民族であるならば尚更。

 虐待は繰り返された。

 やがてワインレッドの不可思議な力は消え去り、伴って警報音(アラート)も停止する。元の強さに戻った電撃が、痙攣(けいれん)する俺の身体を撫で続けた。


 思考しか許されない(ほど)の状況における思考は、基本的に苦痛を増大させることはあれど状況を改善することは無い。無駄な思考を放棄すれば、(いたずら)に自らを取り巻く諸々の要素を刺激せずに済む。

 しかし幼い俺は服従を選ばなかった。そして、当ての無い思索の果てに自覚した。

 視界を満たしたワインレッド。自身が持つ、今まで認知の埒外(らちがい)に置かれてきた能力――魔力を。

 

 体から放出される不可思議な力。しかしそれは次第に、最初とは違う形へと覚醒していった。

 自らの観念の(もと)で感覚が拡張されていく。

 視界のワインレッドが赤黒さを増す。

 気付けばその力は拘束具を弾き飛ばし、棺を突き破っていた。

 

 アウトオブコントロール、と叫ぶ白人の男。俺を痛め付けた彼の隣に立っていた軍服の女が、起き上がった俺に拳銃を向け、何ら躊躇(ちゅうちょ)することなく発砲した。

 弾丸が見えた訳ではない。ただ、俺の前に展開された円錐形の力場が弾道を斜め上に逸らしていた。続けて何発も放たれる銃撃に構わず俺は棺から抜け出し、その歪んだ蓋を手に取った。

 相当な重量を持つであろう、白い金属の塊。筋力とは原理の異なる力が右手に纏わり付き、俺は軽々とそれを女に向けて投擲した。

 鈍い音と共に蓋が女の首に命中し、頭部が狂った方向に捻じ曲がる。白人の男が甲高い悲鳴を上げた。

 俺は女が落とした拳銃を拾い上げ、その男に向けた。

 洋画で屈強な俳優が振り回すような、大型の自動拳銃。12歳の()にはとても収まり切らない代物(シロモノ)。“デザートイーグル”という名称を知ったのは後の話だ。

 ――プリーズ。

 男が後退(あとずさ)りながら発した言葉の意味は、まだ英語を大して学んでいない俺にも理解できた。

 だからこそ、無視してトリガーを引いた。

 反動は感じなかった。男の体が吹き飛び、胸部が水風船のように爆ぜて赤い血肉を撒き散らす。それは見えない壁に阻まれ、俺に降りかかることなく宙で止まった。

 最後の1発だったのか、スライドが後退し切った拳銃を捨てた時。

 背後の扉が開く。

 殺した2人(ふたり)と比べて明らかに異質な、黒衣(こくい)を纏った集団が部屋に(なだ)れ込んだ。


 フルオートで叩き込まれる小口径高速弾。

 円錐形の障壁がその(あられ)を逸らす。

 しかし(いく)つかの跳弾が、巡り巡って俺の柔肌を(えぐ)り取った。


 四方から振り下ろされるトマホーク。

 無我夢中で乱れ打った衝撃波がそれらを弾き飛ばす。

 しかし反撃を掻い潜った一撃が、俺の背中を殴打した。


 銃の奪い方と使い方。

 周囲の物体を触れずに持ち上げ、自在に操る念力。

 多くの傷痕(きずあと)を刻まれながら、多くを学ばされた。

 12歳の身に叩き込まれる、魔術を用いた殺人の技法。殺し合いの何たるか。

 暴走する魔力と幼い反射を師と仰ぎ、僅かな失点の度に肉体を削られる厳酷(げんこく)な教練。


 やらなきゃやられる。

 自分が子供でも相手は容赦しない。

 殺されることに比べれば、殺すことは何ら怖くない。


 気付けば、その場に立っているのは俺だけだった。

 黒衣の1人(ひとり)から奪い、右手で握り締めた銃のグリップ。それは皮膚と一体化したかのようで、剥がれてくれなかった。

 増すばかりの痛覚と出血に狂い、遅れてやって来た恐怖に震えて過呼吸を起こした俺の視界に、大柄な黒人の男が入り込んだ。濃紺(のうこん)のダブルスーツを着崩した彼は呆れたように呟く。

「ガキ1人にここまでヤられて、情けねぇな」

 流暢な日本語だった。即ち、その言葉は死体と化した者達に対する嫌味ではなく、共感を求める文脈で俺に向けられたもの。

 俺は反射的に、右手の銃を彼の腹部に向けてトリガーを引いた。マガジンに残された十数発がフルオートで発射される。

 しかし、弾丸は全て彼の数センチ手前で停止した。それらは間を置かずに1つ残らず真紅の煙と化し、音も無く霧散する。続けて銃のボディが(きし)み、内部から爆ぜた。

 茫然としていた俺は、銃を握っていた右手の皮膚に走る鋭い痛みで我に返った。

 黒人が右手を上げる。親指を軽く立て、人差し指と中指を揃えて俺の胸元に突き出した。銃を撃つようなポーズだ。

「ジェーンとスペンサーの(カタキ)だ」

 その言葉と共にデザートイーグルの比ではない衝撃が俺の体を襲い、一瞬で背後の壁に叩き付けた。

 最後に学んだのは、決して敵わない相手もいるという身も蓋もない真理。付け加えるなら、これが“最強の魔術士”などと言われる男との出会いでもあった。

 後頭部から背中にかけて走る激痛。呼吸が止まり、叫ぶことも叶わず無言で涙を流した。

 黒人が部屋を去り、代わって2つの人影が立ち上がる。返り討ちにした黒衣の集団の生き残りだった。

 倒れ伏しかけた俺は、刺又のような道具――マンキャッチャーで壁に縫い付けられた。そして拘束を担わないもう1人が、先端から電撃を放つ大振りな棍棒で俺を殴打する。

 その時は知る(よし)もないが、俺は魔力の大半を使い切っていた。つまり抵抗など不可能だ。

 マンキャッチャーと棍棒を用いたのは、連中なりの臆病さの発露に過ぎない。そして殺害されなかったのは、連中が取り決めを意識する程度の余裕を取り戻したからに過ぎない――死んでもいいとは思われていたのだろうが。

 (おぞ)ましい悪魔や(けが)らわしい害虫に向けるような視線、知らない言語による激しい罵倒。それらと合わせて、数え切れないほどの打撃が加えられた。外傷性ショックや臓器の破裂に至らなかったのは、僅かに残った魔力が体内を防護してくれていたからだ。

 

 †


 次に目が覚めた時、俺は別の部屋にいた。無機質な白い壁に囲まれ、堅牢な鎖が手足に巻き付いている。

 耐えるしかなかった。

 全身の隅々に残る痛みも、生理現象も。

 回復しつつある魔力がそれを可能とした。

 思春期初期の脆い精神が崩壊しなかったのは、単に麻痺していたからだろう。

 

 何時間経ったのか。一晩か、あるいは逆に僅か数十分だったのかもしれない。

 飢えと疲労(ゆえ)(かす)んだ視界。

 仕立ての良いダークスーツを着熟(きこな)した女が、品定めするように俺を見下ろしていた。

 再び現れた他者。俺の心身は被虐と死に対する幼い恐怖を取り戻した。

「安心しろ、お前は殺されない」

 朦朧(もうろう)とする意識の中で、そんな言葉を聞いた。


 †


 魔族、魔術士、魔道組織。

 日本政府、内務省、米軍。

 響理会(ユーフォ)、第13独立(どくりつ)教団(きょうだん)

 テロ、報復、人質、拉致――非合法作戦。

 

 俺を引き取りに現れた、内務省の事務官を名乗る女――煌条(こうじょう)穂熾(ほたる)から聞かされたのは、理解し(がた)い馬鹿げた真実。

 ひと月ほど前に沖縄で発生したテロ攻撃に対して、軍事大国と秘密結社が協調して進めた捜査と、報復措置。

 俺も人質として使うべく拉致されたのだという。数多い容疑者の1人(ひとり)、その身内というだけで。

 日本政府はそんな横暴を容認した。


 俺は生まれつき、()()()()人種らしい。

 だから、その力を振るえぬよう処置された。

 それでも抵抗したから(しいた)げられた。

 利用価値があったから助命(じょめい)された。


 護国神威兵団(ごこくかむいへいだん)魔道(まどう)准尉(じゅんい)

 果てに俺が受け取ったものは、謝罪でも慰めでもない。訳の分からない肩書き――階級と、『魔術士』という役割。

 

 知ってはいけない領域に関わった人間は、否応(いやおう)無くそこに閉じ込められる。そうやって何事(なにごと)も無いかのように(いつわ)り、維持されてきた幻想が国家や世界――人間の群れ。

 結局は、これも有り触れた理不尽だ。

 歴史の中で一体どれだけの暴力が、搾取が、欺瞞が、矛盾が、平然と罷り通ってきたことか。

 何処(どこ)かの民主化運動が大国の勝手な都合で潰されたとか、正義を騙る空爆で(おびただ)しい数の人間が雑に殺されたとか、極めて重大な不正の責任を誰も取らなかったとか、異常に他ならない不平等(アンフェア)が放置されているとか、下らない信仰が民衆に蒙昧(もうまい)隷従(れいじゅう)を強いているとか。

 知っても聞かず、聞いても知らず。

 抵抗と糾弾は()し潰され、(うら)みと嘆きは掻き消される。

 例え己が当事者であったとしても、平和と秩序の美名の(もと)、諦めと無関心の果てに思考停止や冷笑へ逃避する。

 幾度と無く繰り返されてきた人間社会の防衛機制。

 在るように在り、成るように成り、置かれた場所で大人しく咲き、踏まれて吹き飛ばされて散っていくだけの惨めな個々――。


 そんな世界を、俺は決して許さない。

 従順な家畜へと成り下がるものか。

 いつかは全てを変えてみせる。

 構造も関係も壊してみせる。

 他でもない俺自身の手で。

 

 全ては、絶望で終わらせない為に。

感想等を頂けると非常に嬉しいです。

次章も是非お読みください。

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