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Scar§Red  作者: 織場アッサム
Phase1:DIVA
12/16

Chapter12

 渋谷ベースの医務室。眼鏡(めがね)越しにモニターを凝視していた初老の男性――室谷(むろや)が、理吹(りぶき)に向き直って言う。

「特に変なところは無いね……あくまで僕が()た限りは、だけど」

 元より大した心配は抱いていなかったが、いざ専門家からそのように言われると安堵するものだ。理吹は頬を緩めて息を()いた。

 昨夜の戦闘において融合という形で使用した魔装(まそう)DIVA(ディーヴァ)モジュール。それが理吹の身体に何かしらの悪影響を及ぼす可能性は、一先(ひとま)ず否定された。

 魔力――魔術士の魔術や魔女の魔法、そして魔装の機能が人体に(およ)ぼす影響は、当然ながら医学や生物学によって読み切れる次元に無い。しかし理吹を検査した室谷は熟練の医師にして魔族。膨大な経験の知見を活かしたある種の帰納法(きのうほう)と、当事者(まぞく)ならではの感覚によって、魔力に()る人体の異常を発見することが可能である。

 彼は替えの利かぬ人材として護神兵(ごしんぺい)の各拠点を巡回し、魔術士の運用を支えている。完全な属人化であるが、個人の才覚と技量への依存は『魔道(まどう)』において避けられないものだ。

「僕も魔術士の端くれだからさ、DIVAってヤツは気になるなぁ。聴取の記録は公開されるのか?中尉(ちゅうい)君」

 退室しようとする理吹に室谷が言う。

「先生なら閲覧許可が下りると思いますよ」

 理吹は扉を開けつつ返した。更に付け加えるならば、DIVAが人間の体を持つ以上、彼が『診察』を行う機会も訪れるだろう。

 理吹が医務室を出ると、通路のベンチで待機していた東原(あずまばら)仙一(せんいち)がタブレット端末から顔を上げた。

「終わったか理吹。結果はどうだ?」

 彼の問い掛けに理吹は「異常無し」と返す。2人(ふたり)は連れ立って4階の会議室に向かった。

護神兵(ウチ)預かりなんだってな。身柄も運用も」

 エレベーターの中で東原が言う。これは魔装DIVA、ひいてはその本体である少女に関する決定だった。渋谷ベースに到着するや否や知らされたそれは昨晩の報告会にて煌条(こうじょう)穂熾(ほたる)より匂わされていたことだが、こうも早々に話が運ぶとは。若干(じゃっかん)の拍子抜けを伴うものである。

「上の連中、事前にアメリカと密約でも取り付けていたんだろ。後から2倍3倍の要求が来るぞ。教科書にもそう書いてある」

 外交史を踏まえた皮肉を言う理吹だが、その目は笑っていない。

「検閲無しの教科書とは珍しい」

 東原が同じように皮肉で返したところで、エレベーターの扉が開く。

 両者を出迎えたのは穂熾の秘書官である彩堂(さいどう)律華(りっか)と、理吹と東原にとって同僚である(シア)凜明(リンメイ)だった。前者はこういった聴取の場に出席する立場だが、後者は恐らく自発的に参加を申し出たのだろう。昨晩の、DIVAの少女に対する「超可愛い」という発言から理吹は察する。

「遅いぞ。七川中尉」

 律華の発した小言(こごと)に対し、理吹は「診察受けてた」と返して受け流す。彼女の誘導に従って入室した会議室には、この場を主催する煌条穂熾の他、理吹を呼び出した鈴木(すずき)三義(みつよし)、機関拳銃を吊り下げた保安要員3名が居た。

 そして彼女達の対面。この場の主役たるDIVAの少女が、部屋の端に手錠を嵌められた状態で着席していた。昨晩と異なりその瞳は見開かれており、頭髪と同色の瞳が理吹を捉えている。魔力の影響と(おぼ)しき赤紫の光彩を除けば、やはり姿形(すがたかたち)は人間と変わらない。なお衣服は、護神兵が支給したのであろう一般的なシャツとチノパンに変わっている。

「遅れました」

 鈴木に対してはそう言って敬礼を行う理吹。指示された席に着くと、隣席の凜明から「やっぱりあの()タイプだわ」という耳打ちを受けた。

「やめろ凜明」

 更にその隣の東原が呆れて言う。

 保安要員を除く全員の着席を受け、穂熾から鈴木に対する目配(めくば)せを合図に聴取が開始された。

「“リーゼリア・ヴァレンハルト”。まずは貴女(あなた)自身について詳しく聞かせて欲しい。出身と経歴は?貴女のことは人間と認識しているが、相違無いか?」

 鈴木が言う。DIVAの少女は“リーゼリア”と名乗ったようだ。姓も合わせてドイツ語圏の人名と思われる響きである。

 無理もないことだが多大なる不信感を滲ませた表情で、彼女――リーゼリアは口を開く。

「人間だよ。出身はリヒテンシュタイン。10歳まで両親と暮らして、それからは“メルト”に飼われていた」

 発せられたのは流暢(りゅうちょう)な――母語(ぼご)であるかのような日本語だった。存外に堂々とした、やや無愛想な男性のような口調。声音は思春期を飛び越えて()れた女性のそれで、年齢不相応に感じられた。

 鈴木が質問を重ねる。

「魔女に飼われていた、か。経緯は?」

「詳しくは聞いていないけど、オレの母親は東南アジアの出身らしい。連れられてインドネシアに行った時、メルトのグループに拉致された。細かい事は思い出せない。そもそも昔の記憶自体が曖昧なんだ。メルトに色々された所為(せい)で。家族や地元の事もよく覚えていない」

 彼女の『オレ』という一人称は、日本語を習得した際の癖だろうか。しかし滑稽さは無く(サマ)になっていると、この場の面々は感じた。

 シンガポールを拠点とする魔女“メルト”は、東南アジア諸国を中心に組織的な少女の拉致を繰り返していると報告される。彼女はその被害者で、(さら)われた少女らの()()は魔装の素材。そのような背景が匂わされた。

「なるほど……。連中の拠点で改造され、魔装としての機能を植え付けられたという事か?」

 鈴木の問い掛けにリーゼリアは首肯(しゅこう)する。

「そうだ。メルトの魔法、不定形の肉体を(カラダ)に埋め込まれた。だからオレは魔女みたいに無限の魔力を持っているし、魔術士と同化すればその機能をそいつに与えられる」

 彼女の視線は、実際に『機能』を使用した理吹に向けられていた。

「それがDIVA(ディーヴァ)モジュールか」

 (こた)えるように視線を交錯(こうさく)させ、理吹が発する。リーゼリアは再度首肯した。

「ああ。正式名称は“Deep(深層) Interfaced(接続式) Variable(可変) Armament(兵装) Module(モジュール)”。魔術士の戦術的価値の次元を変える、随分な兵器らしい」

 そう言うリーゼリアに、()いで穂熾が問い掛ける。

「連中……メルトの組織はお前と同じ存在をどれだけ持っているんだ?強奪や破壊のリスクがあるにも(かかわ)らず2つを外部に流した。『量産』済みで、在庫には余裕があるのか?」

 リーゼリアは肩をすくめて軽く笑い、答えた。

「簡単に作れる訳じゃあない。メルトの肉体を受け入れた段階で、殆ど死ぬ。そもそも魔族になる素養が無い奴は全滅だ。その(あと)の調整と調教に耐えられる奴も多くはない。でも材料は所詮、(さら)うか、安く買った少女。試行回数が増えればって話だよ」

 法や暴力装置による抑制が効かぬ魔道の価値観。人智を超えた手段を有する者に暴虐を差し控える動機があるとすれば、当人の良心や矜持(きょうじ)の類である。(すなわ)ち、期待できるものではない。

 しかし国家権力に属する護神兵のような組織もまた、それを非難できる立ち位置にはいない。国家が国民や社会正義に尽くす訳が無いことは歴史が証明しているし、あらゆる権力はその所有者の恣意を通した上で行使される。魔女“メルト”や魔道組織“ムーンフェイズ”と、護神兵や響理会(ユーフォ)を区分けするのは、『無法者』というレッテルの有無くらいだ。

「いや、質問に答えていなかったな。DIVAの総数は知らない。少なくとも今回の件でオレを含めて外に出した2器が誤差になる程度の完成品があるハズだ」

 そう言ったリーゼリアの認識が正しければ、既に魔装DIVAは量産されている。完全なる成り行き、『ぶっつけ本番』で使用した昨晩の理吹でも、響理会(ユーフォ)の使徒に押し勝つ程度の効果を発揮させたのだ。開発元で相応の準備をした魔術士ならば、それ以上の戦力ともなり得るだろう。

 魔女が(おのれ)の魔法を兵器(アイテム)として確立し、任意の対象に下賜(かし)する。魔女の簡易量産モデルによって構成される私兵集団。ムーンフェイズはその一角ということか。厄介という表現では済まされない仮想敵が生まれた可能性に顔を(しか)める穂熾に代わり、東原が口を開く。

「その随分と自然な日本語……メルトの所で習得したのか?」

 これまでの会話の流れを断つような質問。しかし穂熾と鈴木は即座に、理吹と律華はやや遅れてその意図を理解する。なお凜明の場合、元より会話の内容には大した関心を持っていない。

「そうだ。東アジアを中共と二分(にぶん)する大国だから、いずれ必要になるってさ」

 リーゼリアの回答は、魔女メルトが日本への進出を企図していることを匂わせるものだった。

「いずれ、か」

 鈴木が呟く。魔道組織への対処を担う護神兵として、悩みの種が増えてしまった。無論、その種が芽を出す前から認識しておくに越したことは無いのだが。

 東原は沈着な口調で続ける。

「兵器に教育を?貴女(あなた)は拉致されたと言っていたが、今は組織の構成員なのか?」

 疑いを向けられたリーゼリアは、皮肉げに「はは」と笑った。

「連中の仲間になったつもりは無い。ただ、オレはメルトの『お気に入り』でな。色々と高待遇だったんだぞ?

 彼女の()の相手は地獄だったけどさ」

 今更この程度の事情に驚くものではないが、どう返すべきか逡巡する東原。

 兵器として肉体を改造した愛人とは、中々に業の深いことだ。しかしこの世界から解脱(げだつ)した魔女の感性による産物としてはむしろ凡庸(ぼんよう)である。言ってしまえば俗悪(ぞくあく)範疇(はんちゅう)だ。

「まぁ、飽きられたからこうして日本行きになった訳だ。しかし現地の政府に横取りされるとは、相変わらずオレの身の上は不自由らしい」

 皮肉と自嘲(じちょう)を混ぜたリーゼリアの発言を受け、穂熾が見計らったように聴取の先にある本題を切り出す。

「貴女の事情は承知した。我々護神兵が()()しよう。魔女メルトの手先ではないという確証が得られ次第、ある程度の自由と生活も保障する」

 要は、選択肢の無い者に対する囲い込みである。理吹は鼻で笑いかけるが、抑えて穂熾を一瞥(いちべつ)し、次いでリーゼリアを見据えた。

 提案を受けたリーゼリアもやはり、護神兵の意図を察しているようだ。不満げながら諦観によって冷めた表情で、「分かったよ」と同意を示す。

「他にマシな行き場は無いんだろ?どうせ昔の記憶も空白まみれの身、流されてやるさ」

 その回答を受け、律華が調書を作成する手を止めた。彼女は立ち上がると保安要員に退室を命じ、リーゼリアの傍に寄って手錠を外す。視認できる武器を保持した者達を遠ざけ、同時に拘束から解放――此方(こちら)側の不信が消えたことを強調するパフォーマンスである。

 魔術士である理吹と凜明、そして律華が入室した後は銃器による備えは不要。逆にリーゼリアが単独でDIVA(ディーヴァ)の機能を十分に使用できるならば拘束自体がそもそも無意味であり、彼女が逃げようと思った瞬間に渋谷ベースは破壊されている。

 手錠と保安要員は、リーゼリアの此方(こちら)側に対する印象を誘導する為の仕込みだった。尤も、効果があるとは限らないが。

 兎も角、魔装DIVA(ディーヴァ)モジュールもとい少女リーゼリア・ヴァレンハルトの身柄は、予定通り護神兵の管理下に置かれる運びとなった。

 

 手続きを進めるべく律華がリーゼリアを連れて行き、事務全般に明るい東原と、護神兵における海外出身者の前例である凜明は同行を命じられた。

 会議室に残された理吹に穂熾が言う。

「あのリーゼリア・ヴァレンハルト……魔術士に関する規定を適用し、准尉の階級で護神兵の所属とする。七川中尉、お前の直属だ」

「直属?DIVA(ディーヴァ)は俺の専用と認識して構いませんか?」

 やや意外そうに返す理吹と互いに冷たい視線を交わし、穂熾は頷いた。

 彼女は決して理吹を信用しておらず、むしろ嫌っていると言って差し支えない。表裏(ひょうり)の双方から国家の中枢に深く関わる身の上として、権威・権力に対する反骨や批判を(はばか)らぬ姿勢には不快感を覚えている。

 DIVAは極めて強力かつ、強奪による入手という経緯(けいい)故に替えの()かない兵器。本来であれば、それを委ねる人材として七川理吹中尉は不適格――という判断を下しても良いだろう。

 真逆の決定に至った理由は2(ふた)つある。

 1(ひと)つ目は実績。(すなわ)ち、実際にDIVAの機能を行使した上で相応の結果と共に生還したという事実である。理吹本人の報告に虚偽(きょぎ)や誤解が無ければ、DIVAとの融合には相応の負荷が伴う。またその機能に関しても、使用者が持つ魔術の技能に依存するところが大きいと思われる。

 少なくとも理吹は()()にも(かかわ)らずDIVAとの融合を果たして響理会(ユーフォ)の使徒を撃退し、現状では後遺症の類に悩まされてもいない。一先(ひとま)ずDIVAを委ねる対象としては無難と言えるのだ。実力よりも従順さによって選抜した魔術士にテスト運用を任せ、単なる人材の損耗に至っては元も子もない。

 2(ふた)つ目は相対評価。護神兵(ごしんぺい)は政府の指揮下にある準軍事組織だが、どこまでも非合法な存在である以上、人材の獲得には相応の制約が伴う。穂熾のような家柄の者や専守防衛軍(せんしゅぼうえいぐん)の出身者を軸とした統制に尽力しているものの万全とは言い(がた)く、構成員の問題行動や失踪は後を絶たない。

 確かに理吹が護神兵の一員となった経緯は、彼に体制への憎悪を抱かせるに足る。しかしそれは護神兵において珍しくないこと、言ってしまえば許容されたリスクであった。彼ばかりを殊更(ことさら)に警戒する根拠とはならない――出来ない。

 護神兵には思想や経歴、精神状態に大きな問題のある人間など有り触れている。要は、七川理吹という構成員は多少の減点を踏まえてもなお、相当に()()な部類であるのだ。むしろ上澄みと言える水準の知性や品性を備えているだろう。

 ――以上により、理吹はDIVAモジュールを任せるに足る魔術士であると看做(みな)された。

「では彼女の社会生活に関わる用意は、お前に一任する」

 続く穂熾の言葉に、理吹は反射的に「あ?」と発した。そんな()の態度を穂熾は静かに鼻で笑う。

 リーゼリア・ヴァレンハルトの在留資格、そして頃合いを見計(みはか)らった帰化については、護神兵が調整を進めている。内務省に属する組織なだけあって、行政手続きに関わる裏工作など造作も無い。戸籍や経歴の偽造を含め。

 しかし当然ながら、書類(データ)上の手続きのみでは済まないものがある。住居や家財道具の用意、日本における日常生活で必要な知識の習得など。彼女の場合は幸い言語の壁こそ存在しないが、十二分に面倒な仕事である。

「そういうの、一応担当の部署があるじゃないですか。俺がやる必要あります?」

 困ったように返す理吹を見下ろし、穂熾は言う。

「人間の体を持つ魔装は前例が無いからな。貴重な存在である以上、深く関わる者は限定したい」

 その『貴重な存在』の使用を許された理吹として、反論の余地は無かった。彼は「はぁ……」という曖昧な了承を口にする。

「部下の面倒くらい見ろ。いつものように翠蓮(すいれん)を頼れば済むだろう?」

 理吹の交際関係を皮肉ると、穂熾は鈴木を一瞥しつつ会議室を去った。両者のやり取りを無言で見ていた鈴木は、それを受けて「七川中尉」と発する。

 理吹は上官の硬い表情と鋭い目付きを認識し、態度を呼び出しの際に伝えられたもう1(ひと)つの用件に切り替えた。

「2日連続になるが、仕事だ」

 鈴木が告げる。今夜もまた、慣れ親しんだ流血か。

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