第4話 サンドキラーホエールの蒸し肉饅③
## 第4話 サンドキラーホエールの蒸し肉饅③
騎士団本部に戻ると、すぐに地下の大厨房へ向かった。普段は数十人の料理人たちが忙しく働いている場所だが、今日は私のために空けてもらっている。
「さあ、始めるわよ」
時空停滞保存器から、サンドキラーホエールの肉塊を取り出す。保存器の効果で、砂漠で仕留めた時のままの鮮度を保っている。
まず、5体分の肉を調理台に並べる。
「見て、この色の違い」
火山地帯を回遊していた個体の肉は、深紅に近い赤色。まるで溶岩の熱を宿したかのような鮮烈な色合いだ。
オアシス周辺の個体は、淡いピンク色に白い脂肪の霜降り。水辺の豊かな獲物を食べていたのだろう。
地下迷宮から来た個体の肉は、不思議な青みがかった色をしていて、ほのかに発光している。
岩山地帯の個体は、濃い茶褐色。岩を砕いて進む強靭な筋肉の証だ。
そして長老個体の肉は、全ての要素を併せ持つ複雑な色合いをしている。
「まず下処理から」
包丁を手に取る。チココには到底及ばないけれど、私だって魔法ギルドのグランドマスター。集中力には自信がある。
シュッ、シュッ、シュッ
リズミカルに筋を取り除いていく。サンドキラーホエールの肉は、砂の中を高速移動するため、独特の筋繊維を持っている。これを丁寧に取り除かないと、食感が悪くなる。
「火山個体は特に筋が多いわね」
赤い肉に包丁を入れると、まるで抵抗するかのような弾力。しかし、筋の流れを読んで、逆らわずに刃を滑らせる。
「次は角煮の下ごしらえ」
肉を大きめの角切りにしていく。ただし、個体ごとに切り方を変える。
火山個体は繊維が強いので、繊維を断ち切るように。オアシス個体は柔らかいので、崩れないよう繊維に沿って。地下迷宮個体は発光成分を逃さないよう、表面積を小さく。
「さあ、ここからが本番よ」
5つの鍋を火にかける。それぞれ異なる調理法で、個体の特性を最大限に引き出す。
まず火山個体の鍋には――
「唐辛子、花椒、八角、桂皮!」
香辛料を惜しみなく投入。鍋から立ち上る香りが、まるで火山の噴煙のように厨房に広がる。
「強火で一気に表面を焼き固めて、旨味を閉じ込める!」
ジュウウウウ!
肉が鍋底で激しく音を立てる。表面が飴色になったところで、紹興酒をドバッと注ぐ。
ボワッ!
アルコールが一瞬で燃え上がり、炎が天井近くまで立ち上る。
「火の力で、肉の野性味を解き放つ!」
続いてオアシス個体の鍋。こちらは対照的に優しく扱う。
「ミント、コリアンダー、レモングラス...」
爽やかなハーブを丁寧に刻んで加える。弱火でじっくりと、まるで子守唄を歌うように優しく煮込む。
「水辺の恵みを活かすには、穏やかな調理が一番」
地下迷宮個体には、特別な処理が必要だ。
「発酵調味料で、発光成分と相乗効果を!」
味噌、醤油、そして私の秘密兵器――100年物の魚醤を加える。すると、肉の青い光がさらに強くなった。
「おお...」
鍋の中で、肉が星のように瞬いている。
岩山個体は、その硬さを活かす調理法で。
「圧力鍋で一気に柔らかく、でも食感は残す!」
特製の魔法圧力鍋に入れ、通常の3倍の圧力をかける。シュウシュウと蒸気が噴き出し、まるで岩山が唸っているかのよう。
そして長老個体は――
「全ての要素を調和させる、特別なタレで」
甜麺醤、豆板醤、蠔油、そして隠し味に蜂蜜を少々。長老が長い年月をかけて蓄積した旨味を、余すことなく引き出す。
「さて、2時間経過...そろそろね」
鍋の蓋を開けると、それぞれから異なる香りが立ち上る。
火山個体からは刺激的なスパイスの香り。
オアシス個体からは爽やかなハーブの香り。
地下迷宮個体からは深い発酵の香り。
岩山個体からは力強い肉の香り。
長老個体からは全てが調和した複雑な香り。
「完璧!」
しかし、これで終わりではない。
「次は皮作り」
小麦粉、イースト、砂糖、塩、そしてぬるま湯。基本的な材料だが、ここにも工夫を凝らす。
「小麦粉は3種類をブレンド。強力粉でコシを、薄力粉で柔らかさを、そして...」
隠し味として、砂漠の塩湖から採れた特別な塩を加える。
「これで生地に深みが出るのよ」
材料を混ぜ合わせ、力強く捏ねていく。
パン、パン、パン!
生地を叩きつけ、伸ばし、折り返す。この作業を繰り返すことで、グルテンが形成され、もちもちの食感が生まれる。
「発酵は...魔法で少し手助け」
温度管理の魔法で、最適な発酵環境を作り出す。30分後、生地は2倍に膨らんでいた。
「さあ、いよいよ包む作業よ」
生地を等分し、一つ一つ丁寧に伸ばしていく。そして、ここが最も重要な工程――
「5種類の角煮を、層状に配置する」
まず中心に長老個体の角煮。
その周りを囲むように、火山、オアシス、地下迷宮、岩山の角煮を配置。
「これで、どこから食べても違う味に出会える」
生地で包む際も、空気を抜きつつ、具材の配置を崩さないよう慎重に。頂点でひだを寄せて、美しい花のような形に仕上げる。
「蒸し器へ!」
大型の蒸し器に並べ、強火で一気に蒸し上げる。
15分後――
「完成!」
蒸し器の蓋を開けると、もうもうと立ち上る湯気。その中から姿を現したのは、ふっくらと膨らんだ肉まんたち。
表面は真珠のように白く輝き、ほのかに透けて見える中身が、まるで宝石のよう。
「千紫万紅肉まん...我ながら最高の出来だわ」
熱々の肉まんを籠に入れ、最上階の居住スペースへと向かう。
扉を開けると、すでにチココ、カラメル、クルーシブ、エリアナが揃っていた。
「おお、来たのじゃ! いい香りじゃのう!」
カラメルが真っ先に反応する。
「早速いただくぞい!」
小さな手で肉まんを掴み、大きく口を開けてかぶりつく。
「ほほう!」
カラメルの目が丸くなった。
「一口目は...これは火山地帯の個体じゃな! ピリリと辛いが、後から肉の旨味が...むむ!」
二口目を頬張る。
「今度はオアシスじゃ! さっきの辛さを爽やかなハーブが中和して...なんという計算された味の展開!」
三口目、四口目と進むにつれ、カラメルの表情がどんどん変わっていく。
「地下迷宮の発酵の深み...岩山の力強さ...そして中心の長老個体が全てをまとめておる! これは...これは...」
カラメルが立ち上がった。
「革命じゃ! 肉まん界の革命じゃ! 一つの肉まんで大陸縦断の味巡りができるとは!」
エリアナも目を輝かせながら食べている。
「すごい! 本当に一口ごとに違う味! でも、バラバラじゃなくて、ちゃんと一つの料理としてまとまってる!」
クルーシブも珍しく饒舌になった。
「個体差を欠点ではなく長所として活かす...この発想は素晴らしい。しかも、食べる角度によって味の順番が変わるから、何個食べても飽きない」
三人が口々に褒め称える中、私はチココの反応を固唾を呑んで見守った。
チココはゆっくりと肉まんを手に取り、じっくりと観察してから、一口かじった。
咀嚼しながら、目を閉じて味わっている。
二口目、三口目...
最後まで食べ終えると、チココは微笑んだ。
「うん、普通に美味しいよ」
そして、私の頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「よく頑張ったね、ムウナ」
「......」
嬉しいような、でも『普通に』って何よ、というモヤモヤした気持ち。子供扱いされているようで、少しイラッとする。
でも、チココの手の温もりは、やっぱり心地良くて...
複雑な気持ちでテーブルを見ると、見慣れない肉まんが置いてあった。
「これは?」
「僕も作ってみたんだ。食べてみて」
見た目は私のものより少し小ぶりで、シンプルな白い肉まん。特に変わったところはないように見える。
一口かじると――
「!」
衝撃が走った。
口の中で、まるで花が咲くように味が広がっていく。最初は優しい甘み、次に深いコク、そしてスパイスの刺激、ハーブの爽やかさ...
全ての味が完璧に調和し、順番に現れては消え、また新たな味が生まれる。まるで味の交響曲。
「これは...」
「養殖のサンドキラーホエールに、30種類の厳選食材を計画的に食べさせたんだ。個体自身が本能的に最高のバランスで摂取するから、肉自体が究極の味を持つようになるの。美味しいでしょ?」
チココが説明する。
桃源郷肉まん...確かに、これは理想郷の味だ。
(今回は...引き分けね)
心の中でそう呟きながら、私は複雑な表情で肉まんを食べ続けた。
でも、引き分けということは、少なくとも負けていないということ。
次はもっと美味しいものを作って、必ずチココを唸らせる。『普通に美味しい』じゃなくて、『最高に美味しい』と言わせてみせる。
窓の外では、夕日が騎士団の街を金色に染めていた。
私の料理修行は、まだ始まったばかりだ。