第19話 幸運のつくね鍋①
# 第19話 幸運のつくね鍋①
賭博都市ゴールドラッシュ――その名前通り、黄金色のネオンが砂漠の夜を昼に変える街。騎士団領と都市連合、表向きは冷戦状態の両国が、裏では活発に貿易を行う中立地帯。
街の入り口で、私たちを出迎えたのは絵に描いたような美形の男性スタッフたちと、バニーガール姿の幼女たちだった。
「ようこそ、騎士団長チココ様、そして奥方のムウナ様」
長身で端正な顔立ちの男性スタッフが恭しく頭を下げる。明らかに私の好みを研究して集められた面々だ。その横で、小さなバニーガールたちがぴょんぴょんと跳ねている。
「わあ、可愛い子たちだね」
チココが目を輝かせて、さっそく鼻の下を伸ばし始めた。300年経っても、この性癖は変わらない。
でも、一番前にいる子を見て、私は言葉を失った。
黒い髪、小さな体、そして何より...その顔立ち。
「あの子、人間だった頃のムウナ様そっくりじゃないですか」
エリアナが無邪気に指摘する。
「なら怒るに怒れないじゃないの! ここの支配者は性格悪いわね!」
私は小さなカーバンクルの体で、精一杯の抗議をした。自分そっくりの幼女にデレデレしているチココを叱れないなんて、なんという嫌がらせ。
「MR.ハウスマスター様が到着されるまで、どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
イケメンスタッフが豪華なVIPルームへと案内する。
---
VIPルームは、まさに欲望の楽園だった。
ルーレット、スロット、ポーカーテーブル。あらゆるギャンブルが楽しめるプライベート空間。チココはさっそくダイスを振り始めた。
「7! また勝った!」
信じられないことに、チココは連戦連勝していた。どのゲームでも、まるで女神に愛されているかのような強運を発揮している。
「チココ様すごーい!」
バニーガールたちが黄色い声を上げる。特に私そっくりの子は、きらきらした目でチココを見上げている。
イライラする。
300年も待たされて、やっと息子の情報に近づいたと思ったら、また新たな試練。しかも夫は幼女たちとキャッキャウフフ。
「私もやるわ」
私は用意されたコインを持って、ルーレットテーブルに向かった。
「赤の18」
玉が回る。そして...
「黒の24です。残念」
負けた。
「じゃあ次は全部赤に」
「黒の2です」
また負けた。
横では、チココが「わーい、また当たった! みんなにドリンク奢るよ!」と騒いでいる。周りの客まで巻き込んで、まるでお祭り騒ぎだ。
癪に障る。なんで私だけ...
「もういいわ! 全額、00に!」
「ムウナ様、それは確率的に...」
クルーシブの忠告も聞かず、私は残り全てを最も当たりにくい場所に賭けた。
結果は当然、外れ。
あっという間に、使っていい追加資金まで使い切ってしまった。
---
しばらくして、MR.ハウスマスターが現れた。
青白いホログラムで構成された少年の姿。生意気そうな表情で、宙に浮きながら私たちを見下ろしている。
「流石はチココ様、噂に聞く天運をお持ちですね。建国王メリルの息子で、一代で騎士団を築き上げた手腕。何より勝利の女神に愛されて王道を歩んでこられた」
MR.ハウスマスターの視線が私に向く。
「ムウナ様も遊ばれたらよろしかったのに。ただただ座って待たれたんですか?」
「ストレートに負けたのよ! 使っていいお金をオーバーして、全部すっちゃったわ!」
私はイライラを隠さずに吐き捨てた。
「え!? もしもの時は少し接待しろと言ってあったのに!」
MR.ハウスマスターがスタッフを睨む。
「ムウナ様が自暴自棄になって滅茶苦茶な賭け方をされまして、流石に接待でカバーできる範囲を...」
イケメンスタッフが冷や汗をかきながら弁解する。
「どうせ私はチココと巡り合った以外はついてない人生ですから」
私は拗ねたように呟いた。本心ではない。でも、息子に会えない焦りと、チココへの嫉妬が混じって、つい口から出てしまった。
「...二人を私の部屋まで案内しろ。どちらも度が過ぎている」
MR.ハウスマスターが呆れたように指示を出す。
---
最上階の特別室。ここがMR.ハウスマスターの本拠地らしい。
部屋の中央には巨大な水槽があり、その中に機械に繋がれた脳が浮いている。300年前から、この姿で生き続けているという。
「さて、カラメルとグラハザードから噂は聞いています。マロンを探しておられるとか」
単刀直入に切り出された。
「どこにいるの?」
私も遠慮なく聞き返す。
「つい先日遊びに来られたので、居場所は知っています。あと2、3日以内にここを出れば十分間に合うでしょう」
やっと、やっと息子に会える...
「ただし」
MR.ハウスマスターの声が、意地悪な響きを帯びる。
「この街はお客様の個人情報を何よりも大切にしております。そう簡単には教えられません」
「何が欲しいの? ちょうどトップ2人がここにいるんだから、要望ぐらいは聞いてあげるわよ」
私は交渉モードに入った。
「私もムウナ様の腕前を見てみたい。ですが、ただ料理を食べるのは面白くない」
MR.ハウスマスターのホログラムが、にやりと笑う。
「私はカラメルほどの美食家でもなければ、グラハザードほどの食文化への教養もない。おそらく、何を出されても美味いと言ってしまうでしょう」
「何がしたいの」
「スパイスを一つまみ加えましょう」
パチンと指を鳴らすと、大量の赤いコインが出現した。
「この街には両国の珍しい食材が集まり、それらがギャンブルの景品になっています。ギャンブルで手に入れた食材をメインに料理を作ってください」
なるほど、料理の腕前だけでなく、ギャンブルの腕前、そして何が手に入っても料理を作れるだけの知識と勝負強さを試そうというのね。
「ただし、私が渡したのは未使用を表す赤のコイン。使用済みの青のコインでなければ、景品との交換はできませんよ」
つまり、必ずギャンブルで勝たなければならない。
「面白いわね。少し待ってなさい」
私は赤いコインを握りしめた。
さっきみたいな自暴自棄な賭け方じゃダメだ。息子に会うためにも、ここは冷静に、戦略的に行かないと。
でも、横でチココがニコニコしているのを見ると、また苛立ちが...
いや、集中しなさい、ムウナ。これも息子のためよ。