第18話 融合のコチニータ・ピビル②
# 第18話 融合のコチニータ・ピビル②
広場に戻ると、まだ調理の痕跡が残っていた。
地面に掘られた穴、焦げた石、そして独特の香辛料の香りが漂っている。
「まず、痕跡を集めないと」
私は小さな体で駆け回り、情報を収集し始めた。
洗い場に向かうと、まだ片付けられていない皿がいくつか残っていた。その中に、蒸されたバナナの葉が乗った皿を見つける。
「これは...」
葉を広げてみると、内側に肉の脂と香辛料の跡がべっとりとついている。葉脈に沿って、オレンジ色の油が染み込んでいた。
近くに残っていた食べ残しの皿から、ソースと肉片を見つけた。
「失礼」
私は躊躇なく、それを口に運ぶ。
最初に来たのは、強烈な酸味。柑橘系、それもオレンジとライムの混合だ。次に、複雑なスパイスの層。アチョーテの土っぽい風味、クミンの温かみ、そして唐辛子の辛さ。
肉片を噛むと、繊維がほろりと崩れた。長時間、低温でじっくりと蒸されている。豚肉特有の甘みと、マリネ液が完全に浸透している。
「分かったわ」
私は自信を持って振り返った。
「これは豚肉を柑橘系のマリネ液に漬け込んで、香辛料と一緒にバナナの葉で包み、地中で蒸し焼きにした料理ね」
グラハザードの目が大きく見開かれた。
「正解だ...たった数口で、調理法まで言い当てるとは」
彼の声には明らかな驚きが含まれていた。
「300年も料理を研究してきたんだもの。これぐらい当然よ」
私は胸を張った。
「さて、作り方は分かった。でも、そのまま再現するつもりはないわ」
「ほう?」
「騎士団流の尊重を見せてあげる」
私は宣言した。
「あなたたちを受け入れて、他の文化と融合させて進化させるの」
---
材料が揃うと、私は早速調理に取り掛かった。
「まず、マリネ液を2種類作るわ」
豚肉用には、伝統的なレシピ通り。オレンジとライムの果汁、アチョーテ、にんにく、そして香辛料をすり潰していく。
「羊肉用は、少し違うアプローチで」
私は集落で手に入る薬草を選び始めた。ローズマリーに似た香草、野生のミント、そして昨日グラハザードが作っていた料理に使われていた薬草。
「死霊術・分子結合」
黒い靄が薬草を包み込む。通常なら何時間もかかるマリネを、分子レベルで肉に浸透させていく。
「ちょっと待って」
村の女性が戸惑った様子で声を上げる。
「バナナの葉は一枚で包むものよ」
「知ってるわ。でも、これは違う」
私は豚肉と羊肉を、それぞれ別のバナナの葉で包む。そして、その二つを大きな葉で再度包み込んだ。
「二重構造にすることで、それぞれの肉の特性を活かしながら、香りを交換させるの」
さらに、葉と葉の間に薄くスライスした柑橘類を挟む。
「これで、蒸し焼きの間に、お互いの風味が程よく混ざり合う」
グラハザードが興味深そうに観察している。
「なるほど...文化の融合を、料理でも表現するわけか」
---
地面に穴を掘り、焼いた石を敷き詰める。ここまでは伝統的な方法だ。
「でも、ここからが違うわよ」
私は穴の中に手をかざした。
「死霊術・熱分布制御」
黒い靄が穴の中を満たす。
「何をしているんだ?」
「石の温度を部分的に調整してるの。豚肉側は高温で、羊肉側は中温。それぞれの肉に最適な温度帯を作るのよ」
包んだ肉を慎重に配置する。豚肉を下に、羊肉を上に。間に香草と野菜を敷き詰めて、熱の伝わり方を調整する。
「最後に...」
私は小さな陶器の器を取り出した。中には、グラハザードが作っていた薬草スープが少量入っている。
「これを一緒に埋めるの。蒸気となって、肉に滋養を与える」
土をかぶせ、その上で小さな焚き火を起こす。
「3時間後が楽しみね」
---
待っている間、私は集落の人々と話をした。
彼らの食文化、季節ごとの移動、そして様々な部族との交流。グラハザードが惹かれる理由がよく分かる。
「ムウナ様」
若い女性が恐る恐る声をかけてきた。
「なぜ、伝統を変えてしまうのですか?」
「変えるんじゃないわ」
私は優しく答える。
「進化させるの。あなたたちだって、他の部族と出会った時、良いものは取り入れてきたでしょう?」
「それは...そうですが」
「文化は生き物よ。固定したら死んでしまう。大切なのは、核となる精神を守りながら、新しいものを受け入れること」
グラハザードが満足そうに頷いた。
---
3時間後、いよいよ開封の時が来た。
土を払い、慎重に包みを取り出す。バナナの葉から立ち上る香りだけで、人々の表情が変わった。
「なんて複雑な香り...」
「でも、確かにコチニータ・ピビルの香りもする」
葉を開くと、美しく色づいた肉が現れた。豚肉は伝統的な赤みがかったオレンジ色。羊肉は薬草の緑が混じった黄金色。
そして、二つの肉の境界線には、両方の色が混ざり合った虹のようなグラデーションができていた。
「切り分けるわよ」
ナイフを入れると、肉は抵抗なくほろりと崩れた。完璧な火の通り具合だ。
皿に盛り付け、集まった人々に配る。伝統的な付け合わせの紫玉ねぎのピクルス、そして私が即興で作った薬草のサルサも添えて。
最初に味見をしたのは、年配の女性だった。
一口食べて、その表情が驚きに変わる。
「これは...確かにコチニータ・ピビルだわ。でも...」
「でも?」
「もっと深い。私たちの料理と、遊牧の料理が、ケンカせずに調和してる」
次々と人々が試食し、感嘆の声が上がる。
「豚肉は慣れ親しんだ味なのに、どこか新鮮」
「羊肉がこんなに柔らかくなるなんて」
「二つを一緒に食べると、また違う味になる!」
最後に、グラハザードが両方の肉を口に運んだ。
ゆっくりと咀嚼し、目を閉じて味わう。
「...見事だ」
彼が目を開いた時、その表情には敬意が宿っていた。
「伝統を否定せず、しかし盲従もしない。異なる文化を理解し、融合させ、新たな価値を生み出す」
グラハザードは立ち上がり、私に向かって深く頭を下げた。
「ムウナ様、あなたは真の料理人だ。そして...」
彼の口元に、初めて心からの笑みが浮かぶ。
「私の友人として認めよう」
「ありがとう」
私も小さな体で、精一杯の礼を返す。
「では、約束通り...」
「ああ、マロンに会わせよう」
グラハザードの表情が少し困ったものになる。
「ただ、実は最近会ったばかりでね。次の定期会合は半年後になる」
「半年!?」
私は声を上げた。
「遅すぎるわ!もっと早く会う方法はないの?」
グラハザードは少し考え込んでから、意味深な笑みを浮かべた。
「ならば、賭博都市に行かれるといいだろう」
「賭博都市?」
「あそこの支配者とマロンは旧友です。私の次は彼に会いに行くと聞きました」
新たな手がかりを得た私は、希望に胸を膨らませた。
「賭博都市の支配者...どんな人物なの?」
「それは...」
グラハザードの表情が複雑なものになる。
「会ってみれば分かります。ただ、一つ忠告しておきます」
彼の縦長の瞳孔が、真剣な光を宿す。
「彼のギャンブルを受けてはなりません。勝負好きですが、イカサマ好きで、見破れないほうが悪いという思考の持ち主です」
謎めいた忠告を残して、グラハザードは私に賭博都市への地図を渡してくれた。
また新たな旅が始まる。
でも、息子に会えるなら、どんな困難でも乗り越えてみせる。