第14話 献杯の酒蒸しハンバーグ①
# 第14話 献杯の酒蒸しハンバーグ①
朝の光が騎士団本部の石畳を照らす中、私は大規模な一団を率いて出発の準備をしていた。騎士団員50名、死霊術ギルドのメンバー20名、そして報道関係者が10名ほど。毎年恒例の英霊墓参りの時期がやってきたのだ。
「ムウナ様、準備が整いました」
若い騎士が緊張した面持ちで報告する。彼の顔は少し青ざめている。きっと先輩から、これから見ることになる光景について脅されたのだろう。
「ありがとう。では出発しましょう」
小さなカーバンクルの体で、私は堂々と先頭に立つ。表向きは騎士団を代表した英霊たちの墓参りと、死霊術ギルドによる死体保護の儀式の手伝い。でも今回は、個人的な目的も含まれている。
私自身の死体の回収だ。
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墓地に到着すると、すでに多くの遺族が集まっていた。亡くなった騎士たちの家族、友人、そして取材に来た記者たち。皆、神妙な面持ちで私たちを迎えてくれる。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
用意された壇上に上がり、マイクに向かって話し始める。カーバンクルの小さな体では、踏み台がないと届かない。でも、この姿での演説にも慣れたものだ。
「今年もまた、英霊たちに感謝と哀悼の意を捧げる日がやってまいりました。彼らの尊い犠牲により、私たちは今日も平和に暮らすことができています」
定型文のような内容。毎年同じようなことを言っている。正直、私も聞き飽きているし、参列者たちも同じだろう。でも、これは必要な儀式なのだ。
「騎士団長の妻として、そして死霊術ギルドのグランドマスターとして、彼らの功績を永遠に語り継いでいくことをここに誓います」
スピーチを終えると、丁寧にお辞儀をする。拍手が起こり、遺族の何人かが涙を拭っていた。形式的とはいえ、彼らにとっては大切な慰めの場なのだ。
「では、これより墓石の清掃と、死体の手入れを始めます」
記者たちが一斉にカメラを構える。毎年恒例とはいえ、死霊術ギルドによる死体保護の儀式は、一般人にとっては珍しい光景だ。
「若い騎士は初めての人も多いでしょうから、先輩の指示に従って慎重に作業してください」
私の言葉に、新人騎士たちの顔がさらに青ざめた。
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墓石の掃除が終わると、いよいよ本番の作業が始まる。
「では、順番に墓を掘り起こしてください」
ベテラン騎士たちが手際よくスコップを動かし始める。一方、新人たちは恐る恐る土を掘り返していく。
最初の棺が姿を現した。
「うっ...」
案の定、新人騎士の一人が口を押さえて後ずさった。
「大丈夫? 無理しないで、外で待機していてもいいわよ」
「い、いえ! 大丈夫です!」
強がってはいるが、顔は真っ青だ。最近の騎士は実戦経験が少ないから、死体への耐性がない。平和な時代の弊害とも言える。
棺を開けると、魔法で保存された騎士の遺体が現れた。生前の姿をほぼ保っているが、肌は蝋のように白く、目は閉じられている。
「さあ、遺跡の中へ運んで」
騎士たちが棺を持ち上げ、墓守の遺跡へと向かう。直射日光は死体の保存に良くないし、何より一般人の目に触れさせるわけにはいかない。
遺跡の中は、ひんやりとした空気が漂っていた。石造りの広い空間に、作業台が並べられている。
「死霊術ギルドの皆さん、準備をお願いします」
私の指示で、ギルドメンバーたちが手際よく道具を広げ始める。特殊な薬草を溶かした水、新しい保存用の魔法陣を描くための特殊インク、そして死霊術士の魔力を込めた聖水。
「まず、遺体を丁寧に洗浄します」
死霊術士たちが、愛おしむように遺体を扱い始める。一般人から見れば不気味に映るかもしれないが、これは死者への最大限の敬意なのだ。
「魔法陣が薄れている箇所があるわね。描き直して」
私は小さな体で作業台の間を飛び回り、指示を出していく。
「ここの保存魔法、少し弱まってる。強化して」
「はい、ムウナ様」
ギルドメンバーたちは、私の指示に従って丁寧に作業を進める。毎年手入れする必要はないかもしれないが、もしもの時に使えなかったら大変だ。
何より、死してなお国を守りたいと献体してくれた騎士たちへの感謝の意味が大きい。
「うぇっ...」
また新人騎士が吐きそうになっている。
「外で休憩してきなさい。無理は禁物よ」
「す、すみません...」
最近は緊急回復魔法装置や緊急転移装置など、安全装置もアップグレードされている。でも、こんなことで音を上げるようでは、実戦で使い物にならない。
平和ボケもここまで来ると問題だ。
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通常の騎士たちの手入れが終わると、次はロイヤルパラディンたちの番だ。
「こちらは私が直接手入れします」
特別に保管されている部屋へ向かう。ここには、騎士団の歴史に名を残した英雄たちが眠っている。
一体一体、丁寧に魔法陣を確認し、保存状態をチェックしていく。彼らの功績を思い出しながら、感謝の念を込めて作業を進める。
日が傾き始めた頃、ようやく全ての作業が終わった。遺体を元の墓に戻し、再び土をかぶせていく。
「お疲れ様でした」
騎士たちとギルドメンバーに労いの言葉をかける。皆、疲れた表情を浮かべているが、達成感もあるようだ。
しかし、まだ一つだけ残っている作業があった。
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墓地の最奥部。特別に隔離された区画に、一つの墓がある。
私の墓だ。
正確には、300年前に人間だった頃の私の遺体が眠っている墓。別の身体でとはいえ、死霊術ギルドマスターで、魔道士ギルド連合のグランドマスターになれた私の死体。これほどの才能を持っていた私の死体なら、メリル御義母様を懲らしめるのに使えるはずだ。
「あの墓の死体も回収しないと」
私が近づこうとすると、どこからともなく黒装束の人影が現れた。墓守の一族だ。
「ムウナ様、申し訳ございませんが、こちらへは」
墓守の長が、恭しくも断固とした口調で私を制止する。
「300年前より、この墓には何人たりとも近づけてはならないという厳命を受けております」
「私の死体なのに?」
「はい。特にムウナ様ご本人も、絶対に近づけてはならないと。チココ様より厳しく申し付けられております」
なるほど、チココの入れ知恵ね。
「どうしても通してくれないの?」
「申し訳ございません。もし先に進まれたいのであれば...」
墓守たちが身構える。
「私たちを倒してからにしていただかなければなりません」
総勢20名ほどの墓守が、私を取り囲むように展開した。皆、代々この墓を守ってきた一族の精鋭たちだ。
私は苦笑いを浮かべた。魔道士ギルド連合のグランドマスターである私と、一般の墓守たちとでは、レベル差がありすぎる。もし私が魔法を使えば、手加減しようとしても彼らを殺してしまうだろう。
何より、緊急時ならともかく、興味本位レベルで無実の人間を傷つけてまで中を見ようとは思わない。チココはそれを分かった上で、この指示を出したのだろう。
まったく、夫は私のことをよく理解している。
「...分かったわ」
私は小さくため息をつき、懐から包丁を取り出した。
「じゃあ、倒させてもらうわね」
墓守たちが警戒を強める。しかし、私は戦闘態勢を取らなかった。
代わりに、地面に魔法陣を描き始める。
「召喚・簡易キッチン!」
光と共に、調理器具一式が現れた。まな板、鍋、フライパン、そして新鮮な食材たち。
「え? 私たちを倒さなければ、先には進めませんぞ!?」
墓守たちが困惑の表情を浮かべる。
「だから、あなたたちを倒したなら中身を見ていいんでしょ? 食い倒れて、酔い潰れてもらうのよ」
私は不敵な笑みを浮かべながら、エプロンを身に着けた。
墓守たちは武器を構えたまま、どう反応していいか分からない様子だ。
「あなたたち、300年もの間、休みなくこの墓を守ってきたんでしょう? たまには美味しいものでも食べて、ゆっくり休みなさい」
新鮮な肉を取り出し、手際よく捌き始める。小さなカーバンクルの手でも、300年の経験は伊達じゃない。
「ちょっと待ってて。すぐに最高の料理を作ってあげるから」
包丁が銀色の軌跡を描き、食材が次々と形を変えていく。
墓守たちは、まだ状況を飲み込めていない様子だったが、調理の香りが漂い始めると、徐々に警戒を解いていった。
私の挑戦が、今始まろうとしていた。