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第13話 カクタスドラゴのチーズタコス②

# 第13話 カクタスドラゴのチーズタコス②


 カラメルとの約束を交わした後、私は用意してきた材料を確認した。保冷魔法をかけた容器の中には、新鮮なカクタスドラゴの肉が収められている。


「商人ギルドの厨房を使わせてもらえる?」


「ふむ、構わんぞ。こっちじゃ」


 カラメルが案内してくれた厨房は、さすが商人ギルドの本拠地だけあって、最新鋭の設備が整っていた。魔法式の調理器具から、旧文明の技術を応用したオーブンまで、ありとあらゆる機材が揃っている。


「ほう、カクタスドラゴの肉か」


 カラメルが興味深そうに覗き込む。


「砂漠の竜とサボテンの合成アノマリーじゃな。Aランクにしては討伐が面倒な相手じゃ。トゲが飛んでくるし、酸を吐くし」


「ええ、でもその分、肉質は特別なのよ」


 私は容器から肉塊を取り出した。薄緑色の肉は、まるで翡翠のように美しい。表面には細かな繊維が走り、触るとぷるんとした弾力がある。


「で、何を作るつもりじゃ?」


「チーズタコスよ」


 カラメルの表情が一変した。


「はぁ? タコス?」


 小さな体で腕を組み、呆れたような表情を浮かべる。


「おいおい、儂を誰だと思っとる? 千年生きた美食家じゃぞ? そこらの屋台で売ってるような庶民のファストフードを作るつもりか?」


「そう思うでしょう?」


 私は微笑みながら、別の容器を取り出した。中には三種類のチーズが入っている。


「でも、これを見たら考えが変わるかもしれないわよ」


 容器を開けた瞬間、芳醇な香りが厨房に広がった。カラメルの鼻がぴくりと動く。


「なんじゃ、この香りは……」


「先週、料理ギルドで開発されたばかりの新作チーズよ。まだ市場には出回ってない試作品」


 私は三種類のチーズを並べた。


「まず、これは『クリームドラゴン』。竜の乳から作った濃厚でコクのあるチーズ。酸味のある肉とのバランスを取るために開発されたの」


 次のチーズを指差す。


「こちらは『洞窟熟成ブルー』。地下迷宮の特殊な環境で3年熟成させた、風味の強いチーズ。さっぱりした肉に深みを加えるわ」


 最後のチーズは、表面に塩の結晶がきらめいている。


「そして『海塩クリスタル』。深海の塩水で熟成させた、塩気の効いたチーズ。全体の味を引き締める役割ね」


 カラメルの目が真剣になった。


「ほう……確かに、これは興味深い」


「じゃあ、始めるわね」


 まず、カクタスドラゴの肉の下処理から始める。包丁で薄くスライスしていくと、肉の断面から透明な液体がじわりと滲み出てきた。


「見て、この水分」


 指で触れると、ねばねばと糸を引く。


「サボテンの粘液成分と、竜の体液が融合したものよ。これが独特の食感を生み出すの」


 スライスした肉に、軽く塩と胡椒を振る。そして、特製のマリネ液に漬け込む。


「マリネ液は、ライムジュース、オリーブオイル、そして……」


 私は小瓶から数滴の液体を垂らした。


「仙人掌の花のエキス。カクタスドラゴの肉との相性は抜群よ」


 肉を漬け込んでいる間に、トルティーヤの準備を始める。


「トルティーヤも自家製?」


「もちろん。市販のものじゃ、この肉の繊細な味わいを受け止められないわ」


 コーンマサ(とうもろこしの粉)に、少量の小麦粉を混ぜる。そこに、ぬるま湯と塩を加えて練り上げていく。


「ここでポイントなのが、水の代わりに使うこれ」


 透明な液体を少しずつ加える。


「カクタスドラゴの体液を濾過したものよ。これで生地に独特の粘りと旨味が加わるの」


 生地を小分けにして、一つ一つ丁寧に伸ばしていく。魔法で温度管理した鉄板で、両面をさっと焼く。


 ジュウウウ……


 香ばしい香りが立ち上る。焼き上がったトルティーヤは、薄い緑色を帯びていて、表面には美しい焼き色がついている。


「さて、いよいよ肉を焼くわ」


 フライパンを強火で熱し、マリネした肉を一気に投入する。


 ジュワアアアア!


 激しい音と共に、肉から水蒸気が立ち上る。すぐに中火に落として、じっくりと火を通していく。


「カクタスドラゴの肉は、火を通しすぎると硬くなるの。でも、生焼けだと粘液が不快に感じる。絶妙な火加減が必要なのよ」


 肉を返すたびに、表面がカラメル化していく。酸味のある肉汁がフライパンに落ちて、ジュッと音を立てる。


「いい感じね」


 火から下ろした肉を、一口大にカットする。断面はほんのりピンク色で、肉汁がじゅわりと溢れ出す。


「次は、チーズの準備」


 三種類のチーズを、それぞれ異なる方法で扱う。


 クリームドラゴンは、低温でゆっくりと溶かす。とろとろになるまで、木べらで優しく混ぜ続ける。


 洞窟熟成ブルーは、細かくクラッシュ。熱で溶けすぎないよう、最後に加える。


 海塩クリスタルは、薄くスライスして、トッピング用に準備。


「組み立ての時間よ」


 温めたトルティーヤの上に、まずクリームドラゴンのソースを薄く塗る。その上に、カクタスドラゴの肉を丁寧に並べていく。


「ここで、野菜も加えるわ」


 細切りにした紫キャベツ、薄切りのラディッシュ、そして香菜。どれも肉の酸味と相性の良いものを選んだ。


 仕上げに、洞窟熟成ブルーをパラパラと散らし、海塩クリスタルのスライスを載せる。


「最後の仕上げ」


 私は小さな魔法陣を描いた。


「熱魔法・局所加熱」


 チーズの部分だけを的確に加熱する。クリームドラゴンがさらにとろけ、洞窟熟成ブルーが香りを放ち始め、海塩クリスタルの表面がキラキラと輝く。


「完成よ」


 皿に盛り付けたタコスは、まるで宝石箱のような美しさだった。緑がかった肉、色とりどりの野菜、そして三種のチーズが織りなすハーモニー。


 カラメルが鼻をひくつかせながら、タコスを手に取った。


「ふむ……見た目は確かに、普通のタコスとは違うようじゃが……」


 大きく口を開けて、がぶりと噛みつく。


 その瞬間、カラメルの目が大きく見開かれた。


「!」


 もぐもぐと咀嚼しながら、その表情がどんどん変化していく。驚き、感動、そして恍惚。


「な、なんじゃこれは……」


 カラメルが震え声で呟く。


「最初に来るのは、カクタスドラゴの爽やかな酸味。まるで砂漠の朝露のような清涼感じゃ。そして、噛むたびに広がるねばねばとした食感が、口の中で踊っとる……」


 二口目を急いで頬張る。


「クリームドラゴンの濃厚なコクが、肉の酸味を優しく包み込む。なのに重くない。絶妙なバランスじゃ……」


 三口目で、洞窟熟成ブルーの風味が加わる。


「おお、ここで来るか! 熟成チーズの深い味わいが、全体に奥行きを与えとる。単調になりがちなタコスに、こんな複雑な味の変化を……」


 最後の一口を惜しむように味わう。


「海塩クリスタルの塩気が、最後にピリッと全体を引き締める。余韻まで計算されとる……」


 カラメルは呆然とした表情で、空になった皿を見つめた。


「ここ数百年で、飽きるほどチーズタコスを食べたが……こんな美味いタコスを食べたことがない」


 そして、信じられないという表情で私を見る。


「カクタスドラゴの肉の特性を完璧に理解し、それに合わせたチーズの組み合わせ。トルティーヤまで肉に合わせて調整されとる。これは……芸術じゃ」


「そうでしょう?」


 私は胸を張った。


「先週開発されたばかりのチーズを使ってるんだから。料理も、文明も、私も毎日進化し続けてるのよ」


 そして、少し挑発的な笑みを浮かべて付け加えた。


「千年生きたぐらいで威張らないでくれる?」


 カラメルは一瞬きょとんとした後、愉快そうに笑い始めた。


「ははは! そうじゃな、そうじゃな! 儂も年を取って、頭が固くなっとったようじゃ」


 小さな手で涙を拭いながら、カラメルは続ける。


「確かに、世界は日々変わっとる。新しい食材、新しい技術、新しい組み合わせ。儂が知らんうちに、美食の世界も進化しとったんじゃな」


 そして、真剣な表情で私を見つめた。


「ムウナ、お主の勝ちじゃ。見事に儂の舌を唸らせてくれた」


 カラメルは立ち上がり、小さな体で精一杯背筋を伸ばした。


「約束は約束じゃ。勇者パーティーのコレクションを使って、メリル対策に協力してやろう」


「本当に?」


「商人は信用が第一じゃからな。それに……」


 カラメルが悪戯っぽく笑う。


「こんな面白い嫁がおるなら、チョコも退屈せんじゃろう。メリルのやつも、そろそろ諦めた方がええかもしれんな」


 私は安堵の息をついた。これで、強力な味方を得ることができた。


 窓の外では、砂漠の太陽が傾き始めていた。オアシスの水面が、金色に輝いている。


 新たな一歩を踏み出した気分だった。

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