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第12話 カクタスドラゴのチーズタコス①

# 第12話 カクタスドラゴのチーズタコス①


 翌朝、姑のメリルは少しイラつきながら帰っていった。


「まったく~、せっかく来たのに歓迎されないなんて~」


 ピンク色の髪を揺らしながら、メリルは不満そうに唇を尖らせている。昨夜、無理やり魔法の鎖で縛り付けて模擬結婚式を見せつけられたことが、相当気に入らなかったらしい。


「また来るから~。次こそチョコちゃんにもっといいお嫁さんを見つけてあげる~」


 そう言い残して、転移魔法で姿を消した。


 私はその後、できる限りメリルと関わらないようにしていた。対応は全てチココに任せていたが、結局、異世界転生者連続死事件の詳細は一切聞き出せなかった。


「無理に追及できないんだ」


 チココが困った表情で肩をすくめる。


「母さんが本気で暴れ出したら、辺り一面が更地になる。300年前の魔王討伐で、山を一つ消し飛ばしたって話、聞いたことあるでしょう?」


「ええ、でも誇張だと思ってたわ」


「事実だよ。だから今は刺激しないようにしてる」


 私は首を傾げた。


「そういえば、お義母様はどこに住んでいるの? あんな性格なのに、普段暴れてるなんて情報が出回ってないわよね」


「マロンの研究所にいるよ」


 チココが苦笑いを浮かべる。


「あそこなら、特殊合金と魔法障壁で二重三重に防護されてるから、母さんがちょっと癇癪起こしたくらいじゃ壊れない。それに……」


「それに?」


「マロンが作った失敗作のアノマリーが、毎日のように追加されてるらしくて。母さんにとっては格好の遊び相手なんだって」


 なるほど、ストレス発散には最適な環境というわけか。


「場所は知ってるの?」


「それが最重要の国家機密でね」


 チココが真剣な表情になる。


「場所を知ってる人間は一人もいない。関係者全員、魔法で記憶を消してある。マロンや母さん自身でさえ、転送魔法でしか出入りできないんだ」


「徹底してるのね」


「そうしないと、都市連合のスパイに狙われるから」


 私は複雑な気持ちで呟いた。


「よく自分を人体改造した相手と一緒に暮らせるわね」


「それがさ……」


 チココが遠い目をする。


「母さん、マロンに感謝してるらしいんだ。捨て子だった自分に力をくれたって。生き残る確率を0%から百万分の1に引き上げてくれたことを、今でも本気で感謝してる」


「被害者と加害者が……」


「同じ思考回路で仲良くしてるんだよ。二人とも『世界のため』って大義名分があれば、何でも正当化できるタイプだから」


 私は深いため息をついた。


「いずれは二人とも更生させないといけないわね。協力してくれそうな人はいる?」


「いるわけないでしょ」


 チココが即答する。


「各国の軍隊や転生者が殺されても、『賠償金で済ませてくれる』程度には皆分かってくれてるけど……積極的に協力なんて、誰もしたがらないよ」


 しばらく考え込んでから、チココが付け加えた。


「強いて言うなら、カラメルかな」


「商人ギルドマスターの?」


「そう。あの腹黒狸、母さんに匹敵するくらい面白いもの持ってるから。交渉次第では協力してくれるかも」


 私は決意を固めた。


「じゃあ、会いに行きましょう。昨日の会議を中断させてしまった謝罪も兼ねて」


---


 三日後、私たちは商人ギルドの本拠地へ向かっていた。


 護衛として、クルーシブとエリアナも同行している。砂漠を越える旅は過酷だが、転移ポイントを使えば半日で到着できる。


 砂丘を越えると、信じられない光景が広がっていた。


 灼熱の砂漠の真ん中に、巨大な都市がそびえ立っている。中央には人工のオアシスが青く輝き、その周りを石造りの建物が取り囲んでいた。


「すごい……」


 エリアナが感嘆の声を上げる。


「砂漠の真ん中にこんな大都市があるなんて」


「商人ギルドの底力よ」


 私が説明する。


「この地下には巨大な銀鉱山があって、さらに旧文明から重宝されている石油が湧き出てる。莫大な富を生み出す土地なの」


「でも、なんでこんな不便な場所に?」


「カラメル曰く、『砂漠を越えてまでキャラバンを襲うバカはいない』からだそうよ」


 確かに、盗賊団にとってはリスクが高すぎる立地だ。


 商人ギルド本部は、オアシスを見下ろす高台に建っていた。白亜の宮殿のような建物で、あちこちに金細工が施されている。成金趣味と言えばそれまでだが、圧倒的な財力を見せつける効果は十分だった。


 玄関で名乗ると、すぐに奥の執務室へ通された。


「おお、チョコの嫁さんじゃないか」


 執務室の主は、愛らしい少女の姿をしていた。ふわふわの金髪に、狸の耳と尻尾。見た目は10歳くらいだが、その瞳には千年以上生きた者特有の深みがあった。


「よく来たのう。茶でも飲んでいくか?」


 カラメルは人懐っこい笑顔を浮かべているが、その奥に計算高い商人の顔が見え隠れしている。


「お久しぶりです、カラメル様」


「堅苦しいのはなしじゃ。で、今日は何の用じゃ?」


 私は単刀直入に切り出した。


「メリルを懲らしめて、言うことを聞かせる手伝いをしてほしいの」


 カラメルの笑顔が一瞬で消えた。


「嫌じゃ」


 即答だった。


「理由を聞いてもいい?」


「メリルが何をしてるかは知らんが、あの暴れん坊が今は大人しく研究所に引きこもっとるんじゃろ?」


 カラメルが尻尾を揺らしながら続ける。


「わざわざ眠れる邪竜を起こしたがる理由がわからんのう。儂にとっては、メリルが暴れずにいてくれるだけで十分じゃ」


「でも、このままじゃ問題は解決しない」


「問題? 何の問題じゃ?」


 カラメルがにやりと笑う。その表情は、相手の本音を探ろうとする商人そのものだった。


「異世界転生者が殺されてるのは確かに困るが、それは騎士団が解決すべき話じゃろ? 儂ら商人は、安全が確保されれば文句はない」


「チココから聞いたわ」


 私は切り札を切ることにした。


「あなた、メリルに対抗できる『力』を持ってるんでしょう?」


 カラメルの表情が変わった。鋭い視線で私を値踏みするように見つめる。


「……ほう」


 しばらくの沈黙の後、カラメルは護衛たちに向かって手を振った。


「お前たち、外で待っとれ」


「しかし、ギルドマスター」


「心配無用じゃ。この嬢ちゃんたちが儂に危害を加えるとは思えん」


 護衛たちが出ていくと、カラメルは執務机の下に手を伸ばした。カチリと音がして、隠しボタンが押される。


 ゴゴゴゴ……


 重い音を立てて、床の一部がスライドした。地下へ続く階段が現れる。


「ついて来い」


 薄暗い階段を下りていくと、そこには信じられないものがあった。


 巨大な地下空間に、金属製の巨大な筒が鎮座している。全長は20メートルはあろうか。表面には複雑な文様と、理解不能な文字が刻まれていた。


「これは……」


「旧文明を終わらせた最終兵器の一つじゃ」


 カラメルが誇らしげに、しかしどこか哀しげに言う。


「核ミサイル。最終戦争で無数に飛び交った死の使者じゃ」


 私は息を呑んだ。旧文明の遺産は各地で発見されているが、これほど完全な形で残っているものは珍しい。


「最終戦争のきっかけを知っとるか?」


 カラメルが核ミサイルを撫でながら語る。


「魔王討伐にほぼ成功した後、元勇者パーティを使った大戦争が始まったのじゃ。皆、自分こそが世界の支配者にふさわしいと思い込んでな」


「でも、実際に文明を終わらせたのは……」


「こいつらじゃ。憎しみの連鎖は、最後には全てを焼き尽くす炎となった」


 カラメルの目に、遠い記憶が宿る。


「儂は地下の楽園でやり過ごしたが、地上は地獄じゃった。空は炎に包まれ、大地は毒に侵され、生きとし生けるものが死に絶えた」


 そして、鋭い視線で私を見据えた。


「こいつを見せれば、最強の騎士団を持つチョコだろうが、旧文明の超天才でメリルを手懐けられるマロンだろうが、ダンジョンを支配する魔物の王だろうが、皆儂の言うことを聞く」


「でも……」


「じゃが、これは道連れの兵器じゃ」


 カラメルが苦笑いを浮かべる。


「『イジワルな姑を懲らしめたいの~』なんて理由には使えんぞ。使った瞬間、この国も隣国も、全てが灰になる」


 私は冷静に返した。


「もう一つあるでしょう?」


 カラメルの動きが止まった。


「使いたくても使えない武器だけじゃ、商人ギルドはやっていけない。交渉の切り札は、もっと実用的なものがあるはず」


「……ふふふ」


 カラメルが愉快そうに笑い始めた。


「お主、チョコや他の指導者たちよりも賢いのう。普通はその時になってから見せるものじゃが……」


 別の隠しボタンを押すと、壁の一部が開いた。その奥から、何かがせり上がってくる。


 薬液で満たされたカプセルが、ずらりと並んでいた。その中には……


「人間……?」


「魔王討伐の勇者パーティーのコレクションじゃ」


 カラメルが自慢げに胸を張る。


「メリル以外のほぼ全員が揃っとる。勇者、聖女、大魔法使い、暗殺者、狂戦士……死んでから300年経つが、この特殊な保存液のおかげで、まるで眠っているようじゃろ?」


 確かに、カプセルの中の人物たちは、今にも目を覚ましそうなほど生々しい。


「死霊術でも蘇生術でも何でもいい。こいつらを動かせば、最強の兵器になる」


 しかし、カラメルの表情が曇る。


「じゃが、全員合わせてもメリルには勝てんぞ。生きてる時でさえメリルが最強じゃったのに、ほんの少しずつとはいえ腐敗が進んで劣化しとる」


「加えて、騎士団のロイヤルパラディンたちを味方につければ勝てるでしょう」


 私は自信を持って言った。


「私は対話と料理で、問題児たちを改心させるつもりよ」


「ほう?」


 カラメルが面白そうに目を細める。


「メリルが築き上げた国で、メリルの息子が作った騎士団の兵士たちを寝返らせる、と?」


「そうよ」


「ふふふ、面白い冗談じゃ」


 カラメルが本気で笑い出した。そして、執務室へ戻りながら、挑戦的な笑みを浮かべた。


「よし、条件を出そう」


 カラメルが椅子に座り直し、指を組む。


「儂は千年以上生きて、この世の酒池肉林を味わい尽くした。王侯貴族の宴、幻の食材、伝説の料理人……全て経験してきた」


 その瞳が、まるで獲物を狙う肉食獣のように光る。


「もしお主が、そんな儂の舌を唸らせることができたら……」


 劇的な間を置いて、カラメルが宣言した。


「このコレクションを使って、協力してやろう」


「本当に?」


「商人は約束を守る。それが信用じゃからな」


 カラメルがにやりと笑う。


「じゃが、失敗したら……」


「失敗したら?」


「お主の持つ魔法ギルドの利権を三つ、儂に譲ってもらう」


 さすが千年物の商人。私のことも調べ尽くしてる。


「……分かったわ」


 私は覚悟を決めた。


「ふふふ、欲深いのう。いいじゃろう」


 こうして、新たな料理勝負が始まることになった。


 相手は千年を生きた美食家。この世の全ての美味を知り尽くした舌を持つ怪物だ。


 でも、私には秘策がある。


 切り札もなくテーブルに付くバカなんていないんだから。

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