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第10話 むーたん家の晩ごはん①

第10話 むーたん家の晩ごはん①


 ヴォルフガングとの料理勝負を終え、達成感に満たされた私たちは騎士団本部へと帰還した。久しぶりに夫以外の人に料理を認められ、しかも相手の人生観まで変えることができた。小さなカーバンクルの体でも、やればできるのだと実感していた。


 しかし、本部の雰囲気は出発前とは明らかに違っていた。


「なんか、重苦しい空気ね」


 エリアナが眉をひそめながら呟く。普段なら騎士たちが和やかに談笑している廊下も、今日は皆が足早に行き交うばかりで、誰も目を合わせようとしない。


「緊急事態でも起きたのかしら」


 大会議室の前を通りかかると、中から複数の声が聞こえてきた。扉の隙間から覗くと、チココを中心に数人が深刻な表情で議論している。


「現在確認されているだけで異世界転生者パーティ17組が全滅!生存者ゼロ!被害の詳細データを見ると実に興味深い傾向がある!」


 マロンが一息つかずに早口で報告を続ける。白衣の袖をまくり上げ、複数の資料を同時に広げながら、まるで学会発表でもしているかのような熱量で説明している。


「各国が主力級の護衛をつけても無意味!エルフ王国の近衛騎士団は平均レベル67なのに一撃で全滅!ドワーフ連邦の重装甲部隊は防御力9800を誇るのに鎧ごと粉砕!竜人族の飛空艦隊に至っては上空3000メートルから叩き落とされて!この攻撃力の数値から逆算すると犯人のステータスは推定で攻撃力12000以上!伝説~神話クラスの防御無視系スキル保有確率98.3%!そして最も重要なのは!」


「やれやれ、せっかくの金づるが台無しじゃのう」


 カラメルが困ったような表情で尻尾を揺らしている。


「マロンー、一回落ち着いて~」


 チココが苦笑いしながらマロンの肩を叩く。


「それで生き残りの証言によると、犯人は2人組で180~200cmの長身の女性でピンク髪と、同じく180~190cmの水色の耳を持つ獣人、ちょうど、メリルとチココみたいな背丈と特徴じゃが、何か知らないかの?」


「嘘だろ? あれだけ攻撃スキル盛ってあるんだ。攻撃スキル無効を超高レベルで積んで、割合軽減を80~90%ぐらい積まないと通常攻撃すら耐えれないはずだぞ。ろくな訓練も受けてない異世界人が耐えられるわけない」


 マロンが明らかに余計なことを言った。


 その瞬間、チココが突然鼻を掻き始めた。カリカリと音を立てて、必要以上に激しく。


「異世界人にはどうしようもない奴がおっての。こっちの世界じゃとっくに淘汰されてるレベルの魔力量が低い人間もやってくるのじゃ。検問の魔法レーダーにもネズミ扱いされるから運び屋に便利じゃぞ。...それで、説明と賠償してくれるかの?」


「ここ最近の出来事を忘れたの? ギルド会議とかで騎士団周辺にいたでしょ? 僕の分体たちも本体から大して離せられないし、メリル母さんはマロンのところで隠居してるのは知ってるでしょ? まあ、休憩にしよう」


「それもそうじゃのう。分体を本体から離して動かせたら、とっくに世界は平和になっておる。せめて、2~30km範囲で動かせるようになったら助かるのじゃが」


 チココが立ち上がり、強制的に会議を中断させた。


「30分後に再開する。それまで各自、情報の整理を頼んだよ」


 会議室から出てきたチココに、私は小さな体で駆け寄った。


「お疲れ様。なんだか大変そうね」


「ああ、ムウナ。お帰り。ヴォルフガングとの料理勝負はどうだった?」


 チココが苦笑いを浮かべながら、私の頭を撫でる。しかし、その表情には明らかに疲労と困惑が滲んでいた。


「私の勝ちよ。詳しくは後で話すわ。それより、本当にあなたじゃないの」


 チココの手が止まった。


「...僕じゃないよ。片方は母さんで、首謀者はマロンだろうけど、もう片方は知らないよ」


 チココはやっぱり鼻を掻く。


 その時だった。


 ドォォォォン!


 建物全体が激しく揺れ、天井から埃が降ってきた。


「いつものか!?」


「屋上だ!! とにかく屋上に急げ!」


 騎士たちの慌てた声が廊下に響く。


 チココと私は急いで最上階へ向かった。屋上に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 屋上の一角が完全に破壊されているが、次々と錬金術で復元されていっている。


 中心にはゆるい服装のピンクの長髪の200cmぐらいありそうな立派な体格の女性、姑のメリルがいた。


 見た目は30代後半だが、チココの母親だから400歳前後の年齢だろう。

 

「まーた壊して!! 玄関から帰ってきて!って毎回言ってるよね!!」


「いいじゃないの。錬金術で壊す前より綺麗にしてるんだから! それにチョコちゃんの家は騎士団の施設の最上階だから遠いの」


「着地する時に周りに迷惑かかるって言ってるでしょうが!! 今集まってる騎士たちは母さんのせいで作業を中断して駆り出されたんだよ!!次やったらこの人たち仕事を手伝ってもらうからね!!」


 今回もチココがメリルに対して怒鳴り散らしている。


 毎回のように次はないって言ってるが、改善することも罰則を与えることもやってない。400年の年季が入ったいい加減な性格だ。チココは諦めているんだろう。


 チココとメリルの親子喧嘩を見守っていると、メリルが突然こちらを向いた。ピンク色の長い髪が風になびき、鋭い視線が私を捉える。


「あら~、チビ嫁ちゃんも一緒だったのね」


 メリルがにやにやと笑いながら近づいてくる。200センチ近い長身から見下ろされると、カーバンクルの小さな体では圧迫感が半端ない。


「チョコちゃんももっと素敵なお嫁さんをもらえばよかったのに~。こんなペットみたいなのじゃなくてね」


「お義母様、お久しぶりです」


 私は慣れた調子で挨拶する。この程度の嫌味は日常茶飯事だ。


「そういえば~、異世界転生者が次々と殺されてるらしいわね。チョコちゃんの奥さんなら、きっと犯人の心当たりがあるんじゃないかしら~? 死霊術士なんて物騒な職業だもの」


「私は関係ありませんよ」


「あらそう? でも死霊術士って、死体を操るのがお仕事でしょう? きっと異世界転生者の死体でコレクションでも作ってるんじゃな~い?」


 メリルの嫌味はエスカレートしていく。しかし、私は涼しい顔で聞き流した。300年もこの調子なのだ。今更動じるものか。


「ふ~ん、相変わらず反応が薄いのね~」


 メリルが頬を膨らませる。まるで子供のようだ。そして、より直接的な攻撃に出た。


「でもね~、本当に困っちゃうわ。300年も結婚してるのに、子供の一人も産めないなんて~」


 その瞬間、空気が凍りついた。


「母さん」


 チココの声が、恐ろしいほど低くなる。


「欠陥品のお嫁さんのせいで、我が家の血筋は途絶えちゃうのよ~。世界最強の剣聖の血を受け継ぐ可愛い孫の顔も見られないなんて、悲しいわ~」


「母さん!」


 チココがメリルの腕を掴んだ。その表情は、普段の優しい夫とは別人のように険しい。


「ちょっと来て」


 有無を言わさぬ口調で、チココはメリルを自室へと引っ張っていく。メリルは「あらあら~」と余裕の表情を浮かべていたが、チココの本気の怒りを感じ取ったのか、大人しくついていった。


 扉が閉まると同時に、中から怒声が聞こえてきた。


「何度言ったら分かるの! ムウナのことをそんな風に言うのはやめてって!」


「事実を言っただけよ~」


「事実じゃない! ムウナは病弱だったから流産しただけで、それは誰のせいでもない!」


「でも結果的に~」


「もういい! 母さんがムウナを認めないなら、もう帰って!」


 しばらく押し問答が続いた後、扉が勢いよく開いた。メリルが唇を尖らせて出てくる。


「もう~、チョコちゃんはお嫁さんに洗脳されちゃってるわね~」


 そう言い捨てて、メリルは再び屋上へと向かった。私たちも後を追う。


 屋上に出ると、メリルは何かを探すように周囲を見回していた。そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「そうだわ、いいこと思いついちゃった~」


 メリルが指をパチンと鳴らすと、空間が歪み、一人の女性が現れた。


「やれやれ、呼び出されたと思ったら」


 現れたのはパールヴァティだった。いつもの軽薄な笑みを浮かべながら、状況を把握しようと周囲を見回している。


「久しぶりね~、パールちゃん」


「メリル様じゃないですか。相変わらずお元気そうで」


 二人は旧知の仲のようだった。


「あなた、今独身よね~?」


「ええ、まあ」


「じゃあ決まりね~」


 メリルが子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねる。嫌な予感しかしない。


「ムウナちゃん! この子と決闘して、どちらがチョコちゃんの奥さんに相応しいか決めましょ~!」


「は?」


 私とパールヴァティが同時に声を上げた。


「パールちゃんは美人だし~、戦闘力も高いし~、きっと健康な子供もたくさん産めるわ~。チョコちゃんの奥さんとして完璧よね~」


「やれやれ、巻き込まないでくださいよ」


 パールヴァティが困ったように頭を掻く。


「待って待って!」


 チココが慌てて割って入る。


「何を勝手に決めてるの! それに、この二人が本気で戦ったら騎士団本部が吹き飛ぶよ!」


 確かに、私もパールヴァティも、本気を出せば街の一つや二つは簡単に消し飛ばせる。死霊術のグランドマスターと、対アノマリー特化のスペシャリスト。どちらも破壊力は折り紙付きだ。


「じゃあどうするの~?」


 メリルが頬を膨らませる。


「料理勝負」


 チココが即答した。


「料理で勝負して、どちらが僕の妻に相応しいか決める。それなら被害も出ないし、公平でしょう?」


「料理?」


 パールヴァティが眉をひそめる。


「私、料理なんてしたことないんだけど」


「大丈夫よ~」


 メリルがパールヴァティの背後に回り込み、その背中に手を押し当てた。手のひらが眩しい光を放ち始める。


「きゃっ!」


 パールヴァティが小さく声を上げた。


「な、なにこれ……知識が、頭の中に流れ込んでくる……!」


 光が収まると、パールヴァティは呆然とした表情で立っていた。


 私は素早く『鑑定』のスキルを発動させる。パールヴァティのステータスを確認すると――


「嘘でしょ……」


 そこには信じられない文字が並んでいた。


【料理スキル:LV99】

【伝説級ユニークスキル:『完全調理』】

 効果:あらゆる食材を最適な状態で調理し、食べる者に最大限の効果を与える


「母さんは現実改変のユニークスキルを持っているんだ」


 チココが苦い表情で説明する。


「色々と制限は多いけど、現実を書き換えることができる。今みたいに、他人にスキルを付与することも可能なんだ」


「ふふ~、これでパールちゃんは最強の料理人になったわ~」


 メリルが得意げに胸を張る。


「世界最強の剣聖が与えた料理スキルよ~。チビ嫁ちゃんなんかに負けるはずないわね~」


 パールヴァティは自分の手を見つめながら、困惑した表情を浮かべている。


「やれやれ、知識はあるけど……実際に作れるかどうかは別問題なんだけどな」


「大丈夫大丈夫~。『完全調理』があれば、どんな料理も完璧に作れちゃうから~」


 メリルが楽しそうに手を叩く。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のようだ。


 こうして、思いもよらない料理勝負が始まることになった。相手は即席とはいえ、LV99の料理スキルと伝説級ユニークスキル持ち。


 でも、負ける気はしない。


 技術やスキルだけが料理の全てじゃない。300年かけて磨いた愛情と、夫への想いがある限り、私は負けない。



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