第1話②
男性に連れられて、牢の階段を降りること数分。
結構な段数を降りていたので、自分がだいぶ上の階にいたことがわかる。
もし、私が窓から脱走しようとしても簡単に出られないようにしたのだろう。まあ、窓が小さすぎて顔を出すことが精一杯だと思うけど。
などと考えながら、降りているとやっと男性が口を開いた。
「君が殺されなかったのも、この牢獄からこうして抜け出せるのも、全てシャルラのおかげだ。感謝しろよ。」
「え、あ、ありがとうございます。」
「俺は、そのまま牢獄にぶち込んでおいたほうがいいと思ったのだがな。礼は俺ではなく、外に出でから本人に言え。」
うっ、シャルラって人も知らないし、私=ローザって人が何をして捕まったのかも知らない。
しかも、よくある「前世で読んだことある物語の悪役に転生しました!」的なやつだったらある程度、人の名前がわかるし物語の展開がわかるが私の場合全然知らない。
もう、イレギュラーすぎてわけわからん!
あれだ。もう詰みってやつだ。下手なこと言ったら殺されそうだし。
▶︎▶︎▶︎
男性からこの世界のヒントを得ることができず、牢獄の出口が見えてきた。
外は夜という感じだったけれど、月のおかげで真っ暗ではない。
ふと前方に目を向けると、透き通るような白髪と翡翠の瞳を持った女性が立っていた。
長い髪が風になびいて波打ち、月光に照らされ輝く様子は、まさに傾国の美女だ。
彼女と目が合った瞬間、ドクンドクンと心臓が大きく脈打った。痛いとも感じる、鼓動。高揚感のような類のものではなく、緊張や恐怖から来るもののような気がする。
その美女が私の姿を見て、駆け寄ってきた。
「ローザ!!どこも怪我はしてない!?大丈夫?」
「エッ大丈夫デス」
食い気味に言われたので、びっくりして片言になってしまった。
そんな私を見て、安心したように微笑むと、今度は険しい表情になった。
「追手がくるでしょうから、早く馬車に乗って出発するわよ!ウィルお願い!」
「ああ、シャルラ。道を覚えているのは俺だけだからな。」
どうやら、牢を溶かした男性の名前はウィルで、美女はシャルラというらしい。
素性を知らないこの二人に着いていくことを一瞬躊躇ったが、着いていかなければいかないで一生監獄で過ごすことになりそうだ。ここは大人しく着いていった方が良い。
そうして、私は監獄の下に広がる森を全速力の半分くらいの力で駆け抜けた。
木があまり生えておらず、石で舗装されている道で、なおかつ明かりが枝のところどころについていたため私達が想像する『夜の森』の恐ろしいイメージは無い。
多分、この森自体も監獄の一部なんだろう。
高い塔のような建物。その周辺に広がる森。そして、かすかだが潮のにおいがする。
この監獄に好奇心を掻き立てられてしまった。
「この監獄は、どういう構造なんですか?」
私の言葉で、先頭を走っているウィルが驚いたようにこちらを振り向く。
「君と前ここに来たことがあるのだが、覚えていないのか?」
暗くて顔はあまり見えないが、怒ったような困ったような声をしていた。
「去年一緒に見学しただろう。」
「ああ、た、確かにそんな気がします、、、」
やってしまった。墓穴を掘った。最悪お前ローザじゃないだろうとか言われて殺されてしまうかもしれない。せっかく2度目の人生を手に入れたというのに。
「君、まさかとは思うが、、、」
ウィルが喋る一言一言に緊張し、唾を飲む。
「これまでの記憶がないのか?俗にいう記憶喪失とやらか?」
え?
思っていたのと少し違う答えに戸惑いながら考える。この話に乗って私が記憶喪失だということにしたら、現在、自分が置かれている状況も分かるのではないかと。これでまた、ウィルの話を否定しても、怪しまれるだけだし。
「実はそうなんです。先程、監獄で目を覚まして、どうなっているか何もわからず、、、」
「やはりそうだったか。階段で対話したときといえ、シャルラと再会したときといえ、君の態度は白々しかった。」
全てに納得したように話すウィルが少々面白かった。
「では、私から全て話しましょう。」
隣を走っていたシャルラがこちらを見る。
「ローザ、馬車に着いたら全て話します。今まで知らない場所で知らない人たちに囲まれて怖かったでしょう。安心して。〝私は〟あなたの味方よ。」
シャルラの言葉には芯があるように感じる。嘘ではないのだろう。
よし、ローザ・アルジューヌとやらの過去を聞いて異世界を生き抜くぞ!
そうして、私はアルジューヌ家が抱えている多大な問題に足を突っ込むことになったのだ。