性別不明の恋愛リアリティー:前編
「なにこれ、性別不明の恋愛リアリティー?」
動画配信サービスで次に見る番組を探していたリサの手が止まった。リサは恋愛リアリティー番組が大好きな大学二年生だ。三角関係が発生したり、イベントによって新たな恋模様が生まれたりと、次々人間関係が変化していく恋リアを見るのが、リサの余暇時間の楽しみ方だった。
昨日で一つの恋リアを見終えたので、今日はまた新たに見る番組を探していた。すると目に飛び込んできたのは「性別不明の恋リア」の文字だ。説明文を見てみると、「生物学的な性別、性自認、性的指向を伏せた状態で始める、新しい恋愛リアリティー番組」と書かれている。まだ一話しか出ていないのを見ると、つい最近始まった番組のようだ。リサは普段はすでに完結済みのものしか見ないことにしているのだが、今回の「性別不明」というワードがかなり気になった。というのも、リサの周りにもレズビアンの友達や、ゲイだと噂されている先輩などがいるからだ。リサは気づけば「ジェンダーニュートラル」の一話目をタップしていた。
「さぁ、始まりました。性別不明の恋愛リアリティー、ジェンダーニュートラル!」
「ついに始まりましたね」
「楽しみ!」
どうやらナビゲーターをするのは司会に定評のある芸人の神谷、鋭いコメントで人気のタレントのめるぽ、シュガーという芸人コンビのうちの一人である佐山の三人のようだ。「楽しみ!」とはしゃいでいるめるぽは昨日まで見ていた恋リアにも出ていた。リサの好きなタレントの一人だ。
「ところで性別不明ってどういうことですか?」
シュガーの佐山が神谷に聞く。
「ジェンダーニュートラルの参加者は、生物学的性別、性自認、性的指向を明かさないまま、共同生活をスタートさせます。自身のそういった性別について、メンバーにいつ、どんなタイミングで話すかは、参加者自身の自由となっています」
「えー、でも生物学的性別は、見たらわかるんじゃないですか?」
めるぽが首を傾げる。すると神谷がふふ、と笑みをこぼす。
「それでは参加者の皆さんの紹介VTRがありますので、そちらを御覧ください」
きれいな家が映し出された。広々としたリビング、清潔感のある洗面所、大きな冷蔵庫が置かれたキッチン、そして寝室。車庫に黒い自動車も停まっている。この場所で参加者が三ヶ月間、生活するようだ。
画面は参加者紹介へと切り替わる。
華々しい音楽とともに映し出されたのは、「美少女」という言葉がピッタリの人物だった。リサはその美しさに思わず見惚れる。そしてはっとした。
(こんなに綺麗だけど、男性の可能性もあるってこと?)
なにせ、これは「性別不明恋リア」なのだ。いやしかし、この人物はどこからどう見ても美しい少女にしか見えない。ここで人物の前に「坂口舞白。二十歳。大学生」というテロップが出た。
(名前からも性別が特定できないな)
リサは唸った。
画面は次に、バーでシェイカーを振る人物の映像に切り替わった。「宇都宮碧。二十五歳。バーテンダー」というテロップが出る。この人物は短髪の黒髪で前髪が少し重めだ。美しい顔立ちをしていて、イケメンの部類に入る。しかしまだ、男性かはわからない。
画面は次に、ダイナミックに体を使ってダンスを踊る人物の映像に切り替わった。「深海水斗。二十四歳。ダンサー」というテロップが出る。
(この人は身長も高いし筋肉もあるし、顔立ちもいかにも男性に見える)
画面は次に、温かみのあるカフェで接客をする人物の映像に切り替わった。「千歳翠蓮。二十五歳。カフェ店員」というテロップが出る。
(この子はいかにも女性。丸顔でかわいい)
画面は次に、ロリータ服や小物を売っているお店を映し、その後、誰かに向かってポーズを決めているロリータ服姿の人物を映した。「花園桃百。二十三歳。ロリータ服屋店員」というテロップが出る。
(ロリータ服って自分で着ようとは思わないけど、着てる人を見るのは好きなんだよね)
リサはしげしげとその人物を眺める。誰かに向かってポージングをしているのは、SNSに上げる写真を撮っているからだと説明書きが入った。
(この人は女性だよね?ロリータが好きなくらいだし。でも、ロリータ好きの男性だっているかもしれない)
リサは自分の目で見たものが信じられなくなってきた。
画面は次に、美容院で客の髪を切る人物の映像に切り替わった。「右京柚黄。二十七歳。美容師」というテロップが出る。
(この人は中性的。一体どっちの性別なんだろう)
画面は次に、撮影を受けている人物の映像に切り替わった。ロリータ服屋店員の花園のときとは違い、大掛かりなセットがあるので、この人物はモデルをやっているのだとすぐにわかる。「海風紫月。二十歳。モデル」というテロップが出る。
(美人だな。背は高いけど華奢だから、女性かな?)
これで参加者全員の紹介が終わった。
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「いやー、びっくりした!」
驚くめるぽの顔が大写しになる。
「美男美女揃いって言いたいところだけど、まだみんなの性別わかんないんですもんね」
「こんなややこしいメンツ、よく集めましたね」
佐山が言う。神谷が口を開く。
「実は『ジェンダーニュートラル』にはコンセプトがあります。今ご紹介した七名の方が暮らすレインボーハウスの中にいる間は、性別を気にしなくていい、というのがコンセプトです。人間には生物学的な性別以外にも、自分が自分をどんな性別だと認識しているかという、いわゆる性自認もあります。また、社会で求められる性役割や、個人の性的指向もありますよね。性別というのは多角的に捉えられるものなんです。普段、私たちは自分や相手の性別が男なのか、女なのかを気にしながら生きていますよね」
「普段そこまで意識してないですけど、言われてみたらそうですね。相手が男性なのか女性なのかによって、言動や行動を変えることもありますし」
佐山が答える。神谷が話を続ける。
「そうですよね。人間社会は性別という仕組みがあるからこそやってこられた側面もありつつ、現代では性別は細かく分かれているものという認識も広まってきています。『ジェンダーニュートラル』は、一旦既存の性別というものを抜きにした状態で、共同生活を送ってみる、といういわば実験のような企画なんです」
「へー、おもしろそう! どんな恋が生まれるのか、楽しみですね!」
めるぽが笑顔で言う。佐山もうんうん、と頷く。
「それでは、番組の趣旨の説明が終わったところで、さっそく七人の出会いのシーンを見ていきましょう。どうぞ」
神谷が手を振ると、画面が切り替わった。
レインボーハウスに、白い服を着た人物が入ってくる。美しい少女に見えるその人物は、坂口舞白だ。白いスーツケースをゴロゴロと引きずりながら、玄関からリビングまで入ってくる。リビング中央のソファに腰掛け、落ち着かなさそうにあたりを見回す。そこへ、黒髪短髪の人物が入ってきた。女性のショートボブのようにも、男性のマッシュヘアのようにも見えるその髪型の人物は、宇都宮碧だ。黒いスーツケースを滑らせながら、舞白の座るソファへと近づく。少しぎこちない笑顔で舞白に挨拶した。
「はじめまして」
その声は、男性のようにも、女性のようにも聞こえた。
「はじめまして。坂口舞白です」
舞白の声は、見た目に似合わず男性的だった。とは言っても、男性の中では高い方だ。
「俺は宇都宮碧です。よろしくお願いします」
碧が軽く頭を下げたところで、次の人物が入ってきた。茶髪で、右耳に金色のピアスをつけている。
「どうも! はじめまして。深海水斗です」
自分たちと違い、あまり緊張していない様子の水斗に、二人は少し驚いた様子だ。
「どうも。宇都宮碧です」
「俺は」
舞白が挨拶しかけたところで、次の人物が入ってきた。
「自己紹介は、全員が揃ってからまとめてやった方がいいかもしれませんね」
水斗が他の二人に言う。舞白と碧が頷く。ソファに向かってきたのは、丸顔で、髪をお団子にまとめている人物だ。
「はじめまして」
緊張した面持ちのその人に、水斗が優しく笑いかける。
「はじめまして。自己紹介は全員揃ってからやることにしましょう」
「は、はい」
さらに緊張した様子で返事をしたのは、千歳翠蓮だ。次に入ってきたのは花園桃百だ。ロリータ服に身を包み、ピンクのスーツケースを持って入ってきた。他の面々が面食らったように少し目を見開く。そういう反応には慣れているのであろう桃百は、にっこり笑って挨拶した。水斗が自己紹介の件を伝える。続いて、茶髪を下の方でゆるくお団子にした人物が入ってきた。水斗の次に長身なその人物は、右京柚黄だ。
「はじめまして」
その声は高めの男性の声だった。例によって水斗が自己紹介の件を伝える。最後に入ってきたのは黒髪ボブの人物だ。すらっと長い手足に、整った顔立ちをしているこの人物は、海風紫月だ。
「こんにちは」
紫月が他のメンバーに向かって頭を下げる。メンバーも会釈する。
「私で最後ですよね?」
「はい。これで全員揃いました」
紫月の問いに水斗が答える。そして彼らは自己紹介を始める。
「俺からいいですか?深海水斗です。ダンサーをしています。趣味は音楽を聴くことと、ライブに行くこと、映画鑑賞です。よろしくお願いします」
そう言って水斗は軽く頭を下げた。それに桃百が続く。
「花園桃百です。私はロリータ服屋の店員をしています。好きなことはロリータを着ることと、スイーツを食べることです。よろしくお願いします」」
「俺は宇都宮碧です。バーで働いてます。水族館や映画館に行くのが好きです。今は演劇鑑賞にも興味があります。よろしく」
「わ、私は千歳翠蓮です。カフェで働いています。カフェ巡りとタイル巡りが趣味です。よろしくお願いします」
「私は右京柚黄です。美容師をしてます。趣味は友達がやってるスナックに行くことと、カラオケとショッピングです。よろしくね」
柚黄はにっこりと微笑みながら言った。
「坂口舞白。可愛い場所で可愛い写真を撮るのが趣味です。あ、大学生です」
舞白が軽く頭を下げる。
「海風紫月です。この名前でモデルをやっています。趣味は仕事って言いたいけど、そういうのじゃないですよね。服を買うことや猫カフェに行くことが好きです。よろしくお願いします」
紫月が自己紹介を終えると、一瞬しんと静まり返った。水斗が口を開く。
「みなさん、ありがとうございます。今日はこれから夕食を作りませんか?買い出し組と作る組で分かれましょう」
水斗がくじ引きアプリを持っていると言ったので、みんなは組分けを完全に水斗に委ねた。くじ引きの結果、水斗、舞白、桃百、碧が買い出しに行くことになった。
「みなさんは普段、料理するんですか?」
車を出すなり、水斗が他の三人に尋ねる。
「俺はバーで軽食作るくらいしかしません」
碧が答える。その後、一瞬の沈黙があったのちに、桃百が答える。
「私もほとんどしません。外食ばっかりです」
最後に舞白が言う。
「俺はしますよ。バイトしてないんで、少しでも節約しようと思って」
「へぇ、しない人が多いんですね。俺らが買い出し組でよかったかも」
水斗が明るく言ったが、みんなまだ緊張しているのか、碧が堅い口調で「そうですね」と答えただけだった。
「買い出し組が戻るまでは、お皿でも洗いましょうか」
柚黄の提案に、紫月と翠蓮が頷く。三人で手分けして皿を洗う。
「ふたりのこと、なんて呼んだらいい?」
柚黄が尋ねる。
「紫月でいいです」
紫月が手元の皿を見つめたまま答える。
「じゃあ、私も翠蓮で」
翠蓮は柚黄の方を見ながら答える。
「紫月に翠蓮ね。私は柚黄でいいわよ。よろしく」
「失礼ですが、柚黄さんはおいくつですか?年上の方なら、さすがに呼び捨てにするのは躊躇いがあります」
翠蓮が柚黄の方を見ながら言う。
「私は二十七よ。でも柚黄さんなんて呼ばないで。柚黄って呼んでほしいな」
「わかりました!私は二十三なので、呼び捨てにしてください」
翠蓮が言う。
「私はハタチなので、どうぞ好きなように呼んでください」
紫月が言う。
「じゃあ紫月ちゃんって呼ぶね」
翠蓮が紫月の方を向いて言う。
「はい」
紫月がチラッと翠蓮の方を向いて言った。
「よし、これ終わったら三人で部屋を見て回ろっか!」
柚黄が言い、二人も賛成した。
買い出し組は、今夜は肉じゃがにするということで意見がまとまった。水斗がカートを押し、他の三人が食材を入れていく。会話は少なく、主に水斗と碧が話している。
「俺、お酒には弱くて、カクテル二杯が限界なんですよね」
「そういう人、結構多いですよ。俺が働いてるバーでも、お酒弱いけどバーの雰囲気が好きだから来てるお客様もいますし」
「そういうものなんですね」
桃百は会話には加わらず、ちら、と舞白を見る。舞白は言葉少なにみんなの後をついてくる。
「あら、綺麗」
洗い物を終えた柚黄、翠蓮、紫月の三人は、まず風呂場を覗いた。一人用にしては少しゆとりのある広さだった。レインボーハウスの一階には、リビング、ダイニングキッチン、洗面所、風呂場がある。三人は続いて二階へと進んだ。
「わぁ、可愛い」
二階に上がり一番手前にある部屋の戸を開けた翠蓮が言う。その部屋はカーテンや小物、家具のワンポイントなどがすべて桃色だった。その部屋から奥の部屋へ進むにつれて、黄色、緑、水色、青、紫、白を基調とした部屋が並んでいた。
「メンバーの名前のカラーになってるのね」
柚黄の言う通り、参加メンバーそれぞれの名前に入った色が、部屋のメインカラーになっている。花園桃百の桃色、右京柚黄の黄色、といった具合だ。
「じゃあ、自分の色の部屋が自室ってことですか?」
紫月が聞く。
「それは自由に決めていいんじゃないかしら? あとでみんなで話し合わなきゃね」
柚黄が答える。
そこへ、買い出し組が帰ってきた。みんなで冷蔵庫に食材をしまう。柚木が部屋にテーマカラーがあることを買い出し組にも伝える。部屋割りについて話し合うことになった。
「私は桃色希望です。他にも桃色がいい方はいますか?」
桃百が口火を切る。桃色希望は桃百だけのようだ。
「俺はどの色も好きなんで、余った部屋でいいですよ」
水斗が言う。
「私は紫がいいな」
柚黄が言うと、舞白が反応した。
「あ、俺もできれば紫がいいです」
「じゃあ舞白が使っていいわよ。私は黄色にしようかしら」
「私は白がいいです。普段から白い部屋なので」
紫月が言う。普段、というのは恐らくプライベートの家のことを言っているのだろう。ちなみにこの七人は、これから三ヶ月間をこのレインボーハウスで過ごす。基本的にプライベートの方の家には帰らないことになっている。
「俺は青がいいな。名前に入ってるからというより、純粋に青が好きだから」
碧が言う。
「翠蓮ちゃんは?」
水斗に聞かれ、翠蓮が答える。
「私は緑がいいかな……。いいですか?」
「うん!じゃあ俺が水色ね」
紫月と舞白が互いの色の部屋になった。それ以外の人たちは自分の色の部屋だ。
紫月はこれから仕事が、水斗はダンスの練習があるということで、それ以外の人たちで夕食を作ることになった。あとは煮込むだけとなったので、柚黄が見張り番をすることになった。
翠蓮の案内で、碧、舞白、桃百も部屋を見て回った。
夕食のときは主に水斗と柚黄が話の中心にいた。普段から社交的な性格のようだ。紫月は仕事で遅くなるらしく、この場にはいない。話題は仕事のことが中心だった。水斗が桃百に聞く。
「桃百はロリータショップの店員だったよね?」
「ええ。店員だし、SNS用の写真のモデルもやってます」
「へ〜!あとで見てみよ」
「ヘアセットも自分でやってるの?」
柚黄が聞く。
「自分でやりますよ。柚黄さんは美容師でしたよね?いつかヘアアレンジとか教えてくれませんか?」
「もちろんよ〜!腕が鳴るわ」
そして恋愛の話題へと移る。
「碧はどんな人がタイプ?」
水斗が聞く。
「俺は誠実で可愛らしい人かな。顔が可愛いのももちろん好きだけど、仕草とか笑顔とか発想が可愛い人に惹かれる」
「なるほどね~」
みんなが口々に相槌を打つ。
「桃百は?」
碧が聞く。
「私は、私がかっこいいと思える人」
「かっこいいって、見た目が?中身が?」
「どっちもかっこいいのが理想だけど、一般的に見てイケメンな人っていうより、私自身がかっこいいなと感じられる人がいい」
「いいね」と碧が相槌を打つ。
「柚黄さんは?」
誰かに話を回す流れだと思ったのか、桃百が柚黄に聞く。
「私はしっかり自分を持ってる人が好き。芯がしっかりしてる人ね」
「いいですね。芯があるって気づける時点で、柚黄さんにも芯がありそうですね」
「あら、そう?ありがとう」
柚黄がにこやかに答える。
「翠蓮ちゃんは?」
「私は優しくて頼りになる人です。動物が好きだとなお嬉しいです」
「翠蓮ちゃんも動物好きなの?」
「はい!アパートがペット禁止なので今は何も飼っていないんですが、実家では犬と亀を飼ってます」
「私も犬は好きよ。あとで写真見せてほしいな」
「もちろんです!」
大人しい翠蓮は動物の話になると少し興奮して声が大きくなると判明した。
「舞白さんはどんな人がタイプですか?」
翠蓮が聞く。
「あー、実は俺、恋愛したことがないんです。なので、好きなタイプもよくわからないんですよね」
「そうだったのね」
柚黄が言う。
「はい。これから見つけていきたいです。水斗さんのタイプはどんな人ですか?」
「俺はフィーリングが合う人かな。今まで付き合ってきた人たちも類似性がなくてさ。唯一なにか見い出すとしたらフィーリングってことになっちゃうんだよね」
「そうなんですね」
舞白が真面目な顔をして頷く。
夕食は和やかなムードで進んでいった。
二十時になり紫月が帰ってきたので、全員がリビングで顔を合わせた。桃百が持参したクッキー缶をみんなで分け合って食べる。翠蓮がもじもじしていたので、桃百が声をかける。
「翠蓮さんは食べないんですか?」
「私、ダイエットしなきゃって思ってて」
「そうですか」
「でも、おいしそうだな……。食べていいですか?」
「もちろん!おいしいですよ」
翠蓮が遠慮がちにクッキーに手を伸ばす。一口食べて、「おいしい!」と笑顔を浮かべる。
「紫月は食べないの?」
柚黄が聞く。
「私は減量中なので遠慮しておきます」
「あら、そうなの。料理の内容とか工夫しないとね」
「いえ。自分で適当に作って食べますので、私のは無視していただいて構いませんよ」
「そう。でもスケジュールが合えば、ぜひ一緒に食べましょうね」
「はい。ありがとうございます」
紫月は舞白と同じく二十歳で最年少なのもあってか、まだ緊張している様子だった。初日なので無理もないが。一方の舞白はマイペースに黙々とクッキーを食べていた。口数の多い方ではないらしい。話を振られたら答える、といった様子だった。こうして七人の夜は更けていった。
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「はい!というわけで、初日の分をご覧いただきました」
神谷が言う。
「や〜、これからどうなるんだろう。めっちゃ楽しみ!」
めるぽが体を揺らす。
「舞白ちゃん、めっちゃ可愛いですね。僕推しメンかもしれません」
佐山が言う。
「可愛いですよね〜!女の子じゃないかもしれないけど、可愛い」
めるぽが頷く。
「たしかに、まだみんなの性別わからへんもんね。性別に関しては、各々の好きなタイミングで明かすことになってるから」
神谷が言う。
「それで言うと三人が俺って言ってて、四人が私って言ってましたよね」
めるぽがメンバーの一人称について触れる。
「あ、そっか!誰が俺呼びだったっけ?」
佐山が言う。
「舞白さん、碧さん、水斗さん!」
めるぽが答える。
「舞白ちゃんの性別がどっちなのかも気になるけど、碧さんも気になるな〜!」
佐山が唸る。
「どっちっていうか、どれって感じですよね。性別も男性と女性のどちらかしかないわけじゃないですから」
「そうやね。生物学的性別であれば男性か女性しかないけど、性自認や性的指向も含めれば、性別ってたくさんあるもんな」
神谷が答える。
「碧さんもイケメンやんな〜!いや、メンズかはまだわからへんけど」
「番組の趣旨はおもしろいけど、性別がわからないと、ちょっとだけコメントしづらいですね」
めるぽが言う。
「そうやね〜。それがこの番組の良さでもあるんやけどな」
「そうですね」
めるぽが頷く。佐山が口を開く。
「俺は自分のことを女性のことが好きな男性だと認識してるから、舞白ちゃんが女の子の方が嬉しいけど、でも舞白ちゃんには舞白ちゃんの性別があるんだもんな〜」
「そういう楽しみ方するのもええよな。俺はこの子、女の子であってほしい!みたいな楽しみ方。他の番組ではできない楽しみ方やと思う」
神谷が言う。
「私は早く恋愛してるみんなが見たいです!誰と誰が恋仲になるんだろう〜」
「気が早いねと言いたいところやけど、あくまで恋リアやもんな。恋してほしいよな」
神谷が同意する。そしてカメラに向かって言う。
「今週はここまでなんですよ〜、視聴者のみんなごめんね!」
(え?もう終わり?)
リサは時計を見てみたが、すでに四十分が経過していた。
(この恋リア、今までとは違いすぎるでしょ。これは要チェックだわ!)
リサは『ジェンダーニュートラル』が更新されたら通知されるよう設定した。
(ほんとは一気見したかったけど、最近始まった番組だから仕方ないよね)
金曜十九時になり、リサが『ジェンダーニュートラル』のページを開くと、第二話が公開されていた。さっそくタップする。
「さぁ、始まりました。ジェンダーニュートラル、略してジェニュー。第二話です!」
「ジェニューか〜、ちょっと言いにくいけど可愛い!」
神谷のセリフに対してめるぽが言う。
「今日は先週の続きからですよね?早く舞白ちゃん見たいです!」
佐山が言う。
「舞白さん、気に入ってるね〜!」
神谷が答える。
「前回は七人が出会って初日の様子でしたよね?」
めるぽが聞く。
「そうやね。今日は二日目以降のエピソードになるな」
「早く見ましょうよ〜!」
めるぽが急かす。
「それではジェニュー第二話、どうぞご覧ください!」
「あ、水斗さん。おはようございます」
「おぉ!おはようございます!」
紫月が筋トレルームを覗くと、すでに水斗が筋トレを始めていた。
「私もここで筋トレしていいですか?」
「もちろん!紫月さんも筋トレは習慣なんですか?」
「はい。腹筋割りたいです」
「おぉ!すごい。がんばってください!」
「ありがとうございます」
筋トレルームは3人ほどがゆとりを持って筋トレできるくらいの広さだ。二人は黙々と自分の筋トレに集中した。
「そろそろ俺、朝飯食いますけど、紫月さんも一緒にどうですか?」
「はい。私もそろそろ食べます」
水斗と紫月はダイニングキッチンへと移動した。紫月はバナナ、小松菜などを混ぜたスムージーを作り始める。水斗はプロテインメーカーを振る。
「朝はスムージーだけですか?」
「これと、フルーツをのせたヨーグルトを食べることが多いです」
「そうなんすね。フルーツ好きなんですか?それとも美容のためかな」
「両方ですね。特にバナナと苺が好きなんですけど、苺は高級なのでバナナが多くなりがちです」
「なるほど!俺のこれもバナナ味ですよ」
水斗は片手に持ったプロテインを振ってみせた。
「水斗さんはそれだけですか?」
「はい。朝はあんまり食わないんですよね」
「そうなんですね」
「今日は仕事休みですか?」
「朝から撮影があって、それは昼前には終わる予定です」
「そうなんですね。だったら午後に行ける人みんなでどこか行きませんか?」
「はい。どこに行くか決めておいていただけますか?もう出ないといけないので」
「わかりました!決まったら連絡しますね」
「ありがとうございます」
紫月は自室に戻った。
水斗がタブレットで動画を見ていると、翠蓮が降りてきた。二人は挨拶を交わす。
「これからごはんですか?」
「はい。水斗さんはもう食べられたんですか?」
「食べました!って言ってもプロテインだけなんですけどね」
「そうなんですか!あ、そっか、ダンサーの方だから……」
「はい。鍛えないと」
水斗が柔らかい笑顔で言う。
「午後からみんなでどこか行きたいと思ってるんですが、翠蓮さんは今日空いてますか?」
「はい。今日はお休みなので、ぜひ行きたいです!」
「よかったです!」
翠蓮はダイニングキッチンに朝食を食べに行った。
それから碧や桃百、舞白が降りてきた。と同時に、柚黄が帰ってきた。
「あれ?柚黄さん、出かけられてたんですね。おかえりなさい」
「ただいま!友達と朝ごはん食べてきたの」
「カフェとかですか?」
「ええ」
「へ〜!朝からカフェなんてオシャレですね」
「ふふ。朝だとすっきりした頭で話せるし、たまにちょっとした贅沢をするとリフレッシュするのよね」
「カフェで朝食いいなぁ。私も今度行こうかな」
桃百が入ってきた。
「あら、じゃあ今度ここのみんなで行きましょうよ」
「いいですね」
桃百が微笑む。
「今日の午後はみなさん空いてますか?空いてるみんなでどこか行きたいなと思っていまして」
今日の午後はみんな空いているようだった。
「どこ行きます?」
水斗が聞く。
「スポタとかどうですか?」
碧が提案する。スポタとはスポーツタウンの略だ。バスケ、バドなどのアナログな競技から、画面のキャラクターと徒競走をするなどのデジタルを駆使した競技まで、幅広く楽しめる。
「私、運動苦手なんですけど、大丈夫でしょうか……?」
翠蓮が恐る恐る聞く。
「大丈夫だと思いますよ!ゲーセンコーナーもありますし、楽しめそうなものをやりましょう!」
水斗が言う。
「わかりました」
翠蓮が頷く。
十四時ごろ、七人はスポタに到着した。みんなが楽しく遊んでいるシーンが流れる。しばらく遊んだ後、水斗が提案する。
「ツーショットタイムしたい相手がいる人は、ツーショットタイムしませんか?」
「積極的ね。いいと思うわ」
柚黄が賛成する。
「水斗さんは誰かツーショットしたい相手がいるんですか?」
桃百が聞く。
「うーん、正直まだ二日目だから、知りたいなって気持ちは全員に対して持ってるんだよね。みんながいいなら、思い切ってくじ引きでもいいよ」
「くじで二、二、三に分かれるってことですか?」
紫月が聞く。
「うん、そうなるね」
こうして水斗のくじ引きアプリにより、水斗・柚黄・舞白の組、紫月・翠蓮の組、碧・桃百の組に分かれた。三グループはそれぞれ別の場所へ移動する。
水斗、柚黄、舞白は屋上へやってきた。
「柚黄さんはいつから恋人がいないんですか?」
水斗が聞く。
「えっと、一年前からね。意外と時間経ってるのね〜」
「俺は半年前に別れました」
水斗が言う。
「人を好きになるってどんな感じなんですか?」
舞白が聞く。
「そうだなぁ。俺はその人と離れてるときでも、綺麗な景色を見たらその人にも見せたくなるし、美味しいもの食べたらその人にも食べさせたくなるな」
水斗が答える。
「素敵ね〜!私は疲れて家路についてるとき、今から帰る家にあの人がいてくれたらなって思ったら、もうその人のことが好きなんだなって認識するわ」
柚黄が言う。
「なるほど。疲れてるときでもそばにいてほしいって、相当好きですよね。俺は疲れてるときはひとりになりたくなります」
「舞白はそういうタイプなのね」
「はい。これから変わるかもしれませんが」
「俺もマジで疲れてるときは部屋に篭るかも。少し疲れてるくらいだったら、恋人と過ごして癒されたいかな」
「恋人と過ごすと癒されるんですか?」
「そうだね。まぁ時と場合によるけど」
「でも、若い頃は一緒にいて落ち着かない人とも付き合ったりしてたわ」
柚黄が遠い目をして言う。
「その人のどこが好きだったんですか?」
水斗が聞く。
「センスや生き方がかっこよくて尊敬してたの。でもこの歳になると、一緒にいて落ち着く人が一番だなって思うわ」
「俺も居心地の良さが一番大事かもしれません」
水斗が言う。
碧と桃百はベランダのハンモック席にそれぞれ座って話している。
「桃百は今日はロリータ服じゃないんだね」
「TPOはちゃんと考えるタイプなんです」
「その服も似合ってるよ」
「ありがとうございます」
桃百は昨日はフリルのついたピンクのワンピースだったが、今日はピンクのカーディガンに白のショートパンツを履いている。
「俺たち一歳しか離れてないから、タメ口で話してくれた方が嬉しいな」
「…じゃあタメ口にする」
「うん。ありがとう」
碧が微笑む。
「碧さんってモテそうだよね。男にも女にも好かれるタイプじゃない?」
「どうかな。男性にはあまり好かれないかもね」
「イケメンだから?」
「ふふ、イケメンって言われるのは嬉しいけど」
「イケメンだけど、たぶん生物学的には女性なんだろうなって思ってた」
「うん。正解だよ」
「すんなり教えてくれるのね」
「うん。嘘ついても仕方ないしね」
「そうね。他のメンバーにも嘘つく人はさすがにいなさそう。はぐらかす人はいるかも」
「はぐらかす場合って、番組を盛り上げるためかな?」
「番組とか言わない方がいいわよ」
「そっか、ごめん。桃百は性自認、どっちなの?」
「一応女かな。でも私パンセクなんだよね」
「そうなんだ。パンセクシュアルって、恋愛をするときに相手の性別を気にしない人のことだよね?」
「そうよ。驚かないのね」
「今までいろんな人と出会ってきたからね」
「パンセクの人との交際経験は?」
「今のところないかな」
「ふぅん」
「桃百のタイプは、桃百から見てかっこいい人だよね。どんなところを見てかっこいいなって思うの?」
「雑に言ってしまうと、なんでもあり。外見でもいいし、性格でもいいし。目標がしっかりあるとか、芯がしっかりしてるとかでもいい」
「そうなんだ。レインボーハウスにもかっこいい人、いるといいね」
「そうね」
紫月と翠蓮はカフェで向かい合って座っている。2人の前にはラテアートを施されたカフェラテらしきものが置かれている。
「翠蓮さん、口元にラテの泡がついてますよ」
「やだ、恥ずかしい。ありがとうございます」
翠蓮が頬を染めながら泡をハンカチで拭き取る。紫月が言う。
「ふたりきりで話すのは初めてですね」
「そうですね。紫月ちゃんはカフェにはよく行きますか?」
「私年下なので、タメ口でもいいですよ?」
「え、それなら、紫月ちゃんにもタメ口使ってほしいかも」
「年下なのに、いいんですか?」
「うん!ぜひ」
「じゃあ、タメ口にするね。間違って敬語になったらごめん」
「ううん!私も少しずつ慣れるね」
「翠蓮さんは見た目だけだと、誰がタイプ?」
「うーん、みなさん素敵だからなぁ」
「私は見た目だけだと碧さんかな。イケメンだと思う」
「そうなんだ!私も碧さんはほんとにかっこいいなって思うよ」
「たぶん女性だよね」
「えっ!そうなの?」
「体つきからしてそうかなって。声も女性っぽいし」
「そっかぁ、深く考えてなかった……」
「深く考えてなかったの?」
紫月が笑う。
「翠蓮さんは見た目通り、おっとりしてるんだね」
「え、私おっとりしてそうな見た目してる?」
「すごく」
「そ、そうなんだ…」
「嫌なの?私は第一印象『冷たそう』って言われることが多いから、羨ましいけどな」
「紫月さんは美人だしテキパキ話すから誤解されがちなのかもね。綺麗な人ってどうしても、第一印象は冷たく見られやすいから」
「複雑だな〜。美人って言われるのはもちろん嬉しいんだけどね。優しそうな美人になりたい」
「優しそうな美人かぁ。メイクとかでも変わるのかな?」
「それはあると思う。女子は本当、メイクひとつで変わる。あ、男性もそうかもしれないけど」
「最近は男性もメイクするもんね」
「そうね。モデル以外の男性がメイクしてると、美意識高いんだなって思う」
「美意識高い人、好き?」
「そうね。私自身、自分磨きが好きだから」
「自分磨きって、やっぱり見た目のことなのかな?」
「見た目も中身も両方あると思うよ。見た目だとやること比較的はっきりしてるから楽だけど、中身ってどう磨けばいいんだろうね。私は読書とか旅行とか、人と話すことが大事だと思う」
「そうだね。私は見た目磨きもなかなか大変だと思うな。ダイエットしようにも、何をすればいいかよくわかんなくて」
「まずはどこをどう痩せたいか明確にしてから方法を調べるといいよ。ウエストをマイナス五センチにしたいとか」
「なるほど!数値を目標にするといいって聞いたことある」
「そうそう。筋トレのことだったらいつでも教えるから言ってね」
「うん!ありがとう」
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「はい!ジェニュー第二話はここまでとなります」
神谷が言う。
「水斗さんがめっちゃ仕切ってくれてますね」
めるぽが言う。
「そうやねぇ。でもまずは、朝の筋トレルームね!」
「水斗さんと紫月さん、一緒に筋トレしてましたね」
佐山が言う。
「結構、いい雰囲気やったと思うなぁ」
「いい雰囲気感じとるの、早すぎません?まだ何も始まってませんよ!」
神谷にめるぽが突っ込み、3人が笑う。
「俺は早く恋愛が見たいのよ!」
「まぁまぁ、ゆっくり待ちましょうよ」
佐山が言う。
「水斗さんの提案でスポタ行って、水斗さんの提案で別行動してましたよね」
めるぽが確認する。
「そうやね。彼が仕切ってくれるから番組側もありがたいよね」
神谷が頷く。
「舞白ちゃんの『好きってどんな感じ?』っていう質問への二人の回答が素敵だったな〜」
めるぽが言う。
「柚黄さんは『若い頃は』とか言ってたけど、今もまだ二十七やろ?十分若いで!」
神谷が言う。
「たしかに」と二人が笑う。
「翠蓮ちゃんは痩せたいと思ってるのかな?」
佐山が言う。
「『ダイエットしようにも』って言ってましたね。したいのかな?」
めるぽが首を傾げる。
「紫月さんの指導、厳しそうやで。あの人、腹筋割りたい言うてたもん」
神谷が言う。
「いやいや、人にはそんな厳しくしないでしょ」
めるぽが言う。
「『美人は第一印象、冷たく見える』って二人が話してましたよね」
佐山が言う。
「そうじゃん。神谷さん、そのまんまですよ。紫月さんのこと冷たいと思ってるでしょ!」
「あれ、バレた?」
神谷がおどけて言う。
「恋愛で言うと、一応紫月さんは碧さんのことイケメンって言ってましたね」
めるぽが言う。
「一応ってどういうこと?」と神谷が聞く。
「女子の『第一印象、誰がよかった?』はそこまで大きな意味は持ってないと思います。話題のひとつというか」
「え、そうなん?紫月さんは碧さん気になってるって意味か思てたわ」
「まだ二日目ですから、そういうのないと思いますよ」
「そうなんか!じゃあこれからが大事なんやな」
「そうです!なので早くVTRいってください!」
「わかりました、それでは第三話!ってそれは無理よ!今日はここまでです!」
神谷が言う。
「残念〜!」めるぽが言う。
「それではみなさん、また来週〜!」
三人が手を振る。
リサは思った。
(たしかに一般的に第一印象は大事って言うけど、ゆうて女子は男子を総合的に判断してるから、めるぽの言う通り深い意味はないかもな。来週も楽しみ〜!早く恋愛始まってほしい!)
「さぁ、始まりました。ジェンダーニュートラル、略してジェニュー。第三話です!」
「もうトークいいんで、早く見ましょう!」
「めるぽ、めっちゃハマってきてるね」
めるぽに対して佐山が言う。
「前回の振り返りを軽くしておかな」と神谷が言う。
「前回はスポーツタウンにみんなで行ってましたよね」とめるぽ。
「二、三人ずつに分かれておしゃべりしてましたよね!」と佐山。
「紫月さんが、碧さんのことをイケメンって言ってたよね」と神谷。
「でも生物学的には女性だと思うとも言ってましたよね。それで実際女性だったんだから、紫月さんは鋭いですね」とめるぽ。
「そっか、碧さんは桃百さんに対して『生物学的には女性だよ』って話してましたね!」と佐山。
「桃百さんは自身の性別について、性自認は女性で、性的指向はバイセクシュアルって言ってたね」と神谷。
「早くも二人の性別が明かされつつありますね」とめるぽ。
「だけど他のメンバーはこのこと知らないですよね。オンエアは見てはいけないことになってますし」と佐山。
「そうやね。他のメンバーの性別も気にはなってくるよね」と神谷。
「神谷さん、早くV行きましょうよ〜!」とめるぽ。
「わかりました。それではジェニュー第三話をご覧ください!」
「おはようございます!早いですね」
筋トレルームのドアを開けた水斗が、すでに筋トレを始めていた紫月に向かって言う。
「おはようございます。いつもより少し早く目が覚めたので」
紫月が首筋の汗を拭いながら言う。
二人はしばらく黙々と筋トレをした後、朝食を食べにダイニングへと向かった。
「昨日はどうでしたか?楽しめましたか」
水斗がプロテインメーカーを振りながら聞く。
「はい。スポタも楽しかったですし、翠蓮さんと話すのも楽しかったです」
バナナと苺がのったヨーグルトを食べつつ、紫月が答える。
「よかったです!俺も柚黄さんと舞白さんと話すの楽しかったです」
水斗が言う。
「ところで、よかったらタメ語で話しませんか?あと俺の名前、呼び捨てにしてほしいです」
水斗が提案する。
「いいの?じゃあそうする。水斗も私のこと、呼び捨てにしてね」
紫月が言う。
「オーケー。ありがとう」
水斗が爽やかに笑う。
そこへ柚黄がやってくる。
「あら、二人早いわね。おはよう〜」
「おはようございます」
二人が声を揃えて言う。
「紫月のヨーグルトおいしそ〜。私もヨーグルトとフルグラにしようかな」
「ヨーグルト、無糖のしかないんですが大丈夫ですか?」
「ええ。私も無糖派よ」
「よかったです」
「でさ、俺の友達が紫月のファンだったらしくて、一瞬でいいから本物見たいとか言ってた」
水斗が紫月に向かって言う。
「そうなんだ。私に対してもそんな風に言ってくれる人がいたんだね」
二人の会話を聞いていた柚黄が二人に言う。
「あら、二人はもうタメ語に呼び捨てで話してるの?」
「ついさっきから、そうしようってことになりました」
水斗が答える。
「それなら私に対してもタメ語で話してほしいわ」
柚黄が言う。
「えっ、いいの?」
水斗が即座にタメ語を使う。
「あら、順応が早いわね」
柚黄のツッコミに水斗と紫月が笑う。
「私もタメ語でいいんですか?」
「もちろんよ。この際、全員タメ語にしちゃいたいわね」
「俺も今、同じこと思ってた」
「みんなが揃うことがあったら言いましょうか」
「そうですね。あ、そうだね」
紫月が律儀に言い直すので、水斗と柚黄が微笑む。
ちょうど他の面々も降りてきた。みんなで挨拶を交わす。
「ごめん、私もう仕事行くね」
紫月が席を立つ。
「さっきの件、二人から話しておいて」
紫月はそう言って立ち去った。
「さっきの件って何ですか?」
桃百が聞く。
「これからは全員タメ口で喋らないかって話してたのよ」
柚黄が言う。あぁ〜とみんなが納得する。
全員が賛成したため、これからは互いにタメ口で話すことになった。
「ついでと言っては何だけど、みんなさえ良ければお互い呼び捨てで呼び合わない?」
今度は碧が提案する。
「呼び捨てにするの慣れてないけど、やってみるね」と翠蓮。
これにも全員が合意した。
「今日はみんな仕事よね?」
桃百がみんなを見渡しながら聞く。
それぞれが頷く。
「俺は夜からだけどね」と碧。
「俺は午後から授業」と舞白。
「じゃあ二人でブランチでも行く?お気に入りのお店があるんだ」と碧が舞白に聞く。
「いいね、行きたい」と舞白が頷く。
「デートね」
桃百がみんなが言いにくかったことをさらりと言う。
「そうなるのかな」と碧が微笑む。
「碧は余裕だね。大人って感じ」と舞白。
みんなが舞白の言葉に温かな笑みをこぼす。
「ここだよ」
舞白は碧に連れられて、白い壁に緑が絡まったカフェにやってきた。
碧がドアを押すと、チリリンとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた女性の声が聞こえてくる。
二人は席につき、注文を済ませる。碧はえびアボカドのオープンサンドとコーヒー、舞白は照り焼きチキンのオープンサンドとカフェオレを頼んだ。
「素敵なお店ですね」と舞白が言う。
「うん。料理もおいしいよ」と碧が微笑む。
「碧さんって、まだ25歳なのにすごく落ち着いてますよね。俺も25になったらそんなふうになれるんでしょうか」
「落ち着いてるか…自分としてはただ普通に振る舞ってるだけだよ。でも仕事柄、相手に聞き取りやすいように話す癖はついてるかもね」
「バーテンダーですよね。かっこいいです」
「ありがとう。舞白はタメ口より敬語の方が楽なの?」
「あ、タメ口忘れてました。碧さんはメンバーの中でも特に先輩感があって、つい」
「え、先輩感ある?ちょっと嬉しいかも」
「姉御肌なんですね。あ、なんだね」
「無理にタメ口にしなくてもいいよ。みんなの前で敬語使ったときも、俺がフォローするよ」
「ありがとうございます」
そこへ、料理が届く。二人はナイフとフォークを使って食べ始める。
碧が口の周りを拭いてから口を開く。
「俺が女だってこと、よくわかったね」
「体の線が細い気がして。今朝、皿洗ってるときも腕が細かったんで」
「なるほど」
「嫌でしたか?」
「ううん。いつかは言うことになるだろうし。みんなは俺が女だってこと、なんとなく気づいてるのかもしれないね」
「どうでしょうね。俺は男なんで、自分と比べて碧さんが女性的だって気づけましたけど」
「そっか。舞白は生物学的に男なんだね」
「一応、性自認も男です。ただこういう格好するのも好きなんですよね」
舞白は今日、白のブラウスに黒のミニスカートを履いている。
「似合ってるよ。可愛い」
「かっこいい人にそう言われると照れますね」
「ふふ、全然照れてなさそうだよ?」
顔色ひとつ変えずに言う舞白に碧が笑いながら言う。
「男なんで、イケメンに耐性あるのかもしれません」
「ふふ、舞白っておもしろいね」
「え、そうですか?ありがとうございます。なんかレインボーハウスのメンバー、みんな優しくてびっくりしてます」
「そうだね。みんな優しそうだよね」
「これから波乱とかあるんでしょうか」
「どうだろうね」
「よく"女同士のバチバチ"とか言いますけど、俺たちの場合、性別バラバラだから複雑ですね」
「俺は世間一般の人たちも、それぞれ性別がバラバラだと思ってるよ」
「そうなんですか?」
「うん。みんなそれぞれ性癖とかあるし」
「性癖ですか。俺も好きな人ができたら、そういうのわかるようになるのかな」
「好きな人と性癖は別物だと思ってる人が多そうだけどね」
「人間って複雑な生き物ですね」
「ふふ、そうだね」
七人は夕食後の団欒に入っていた。
「勤務先でチョコレート缶もらったから、みんなで食べない?」
桃百が美しい彫刻が施された金色の箱を持ってきた。わぁ、と歓声が上がる。
「素敵な箱だね」と碧が言う。
「中身も素敵よ」と言い、桃百が蓋を開ける。中には宝石のような色とりどりのチョコレートが整然と並んでいた。みんなが口々に「綺麗」と呟く。
「みんな、第一巡選択希望選手は決まった?」と水斗が聞く。
「何それ?」と桃百。
「自分の第一希望のチョコをせーので指さすんだよ。で、誰とも被らなかったらもらえる。被ったらジャンケンで決める。俺、兄弟多いから、いつもそうやって決めてたんだ」と水斗。
「微笑ましいですね」と翠蓮が言う。
「私はダイエット中なので、不参加で」と紫月が言う。他のみんなで、水斗が提案した方法でチョコを選んでいくことになった。
「翠蓮、痩せたいんじゃなかった?食べて大丈夫なの?」と紫月が翠蓮に聞く。
「うーん、でも美味しそうだから、食べたいな」と翠蓮。
「そう、それならいいけど」と紫月。その後、無事に全員でチョコを分け合うことができた。それぞれ、おいしそうに頬張る。
「アーモンドが美味しい。俺、アーモンド好きなんだよね」と碧。
「俺は柔らかいトリュフが好きです」と舞白。
「そういえば、ふたりのデートはどうだったの?」と桃百が聞く。
「楽しかったよ」
さらりと碧が答える。
「すごく美味しかったし、碧さんとたくさん話せて楽しかったです」と舞白。
「なんだ、全然しどろもどろにならないのね。残念!」
桃百が肩をすくめる。みんなが笑う。
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「うーん!碧さんと舞白さん、なんかお似合いじゃない?」と神谷。
「舞白さんが少し緊張してる感はありましたけど、でもふたりとも楽しんでましたよね」とめるぽ。
「ていうか、舞白ちゃん男の子だったんですね!あんなに可愛いのに!」と佐山が嘆く。
「まぁ女装が似合う男性もいるからね〜。俺もびっくりしたけどね!」と神谷。
「まとめると、舞白さんは生物学的には男性で、性自認も男性。だけど可愛いものも好きってことですよね」とめるぽ。
「可愛いものが好きな男子は俺の周りにもいるけど、ここまで完璧に女の子みたいな見た目になれる人はすごいよね!しかもフィルターなしでしょ?」と神谷。
「そうですね。写真ならフィルターもかけられますけど、カメラで映してますからね。舞白さん、実物も絶対に可愛いと思います」とめるぽ。
「えー、ショックなの僕だけですかー?」と佐山。他のふたりが笑う。
「佐山は舞白担やもんな」と神谷。
「僕はこれからも舞白ちゃんを推していきますよ!」と佐山が宣言する。
「そういえば、ジェニューってSNSでも話題になってましたよね?」とめるぽ。
「そうそう!誰がどんな性別なのか予想してる人とか、自分の推しを見つけた人とかいるみたいやね」と神谷。
「これを機に自分の性別についてじっくり考えようかなって人もいそうですよね」とめるぽ。
「そうやね〜。性別って男か女の二択みたいに思ってる人も多いやろうしな」と神谷。
「他のメンバーのデートを見るのも楽しみですね!」と佐山。
「そうやね!それではジェニュー第三話はここまで!また来週〜!」
三人が視聴者に向けて手を振る。
リサはさっそくSNSを開く。「#ジェニュー」で検索すると、ジェニューの感想や考察がたくさんヒットする。
「碧さんは女性だと思ってた!線が細い」
「碧さん男性だったらよかったのに〜!でも中性的な人って魅力あるよね」
「舞白たん、男やったんか…ショック」
「舞白さん、男性の格好したら絶対イケメンでは?」
「第一巡選択希望選手て笑 かわいいな」
リサは見る専なので書き込みはしなかった。
(誰が男だと思うとか、見た目の話とかが多いな。やっぱりみんな、最初は生物学的な性別が気になるんだろうなぁ)
「始まりました!ジェンダーニュートラル、第四話です!」
神谷が高らかに宣言する。
「先週は舞白さんが生物学的に男性で、性自認も男性ってことが判明しましたよね!」とめるぽ。
「SNSでも話題になってましたよね。『マジかー!』って」と佐山。
「そうやね、先週のハイライトはそれが一番大きいかもね」と神谷が頷く。
「碧さんと舞白さんがデートしてるときに、碧さんが『自分たちだけじゃなく、世間一般の人たちも性別がバラバラだと思ってるよ』って話してましたよね?私はあれが印象的でした」とめるぽ。
「あー!そんなこと言ってたね」と神谷。
「人はそれぞれ性癖があるからってことでしたよね?」と佐山。
「うん、それもあるけど、私はもっと深いメッセージな気がしたんですよね。碧さんはわかりやすく言うために性癖って言葉を選んだんだと思います。本当はあの話をもっと深掘りしてほしかった!」とめるぽ。
「すごいね、めるぽちゃん。そんな深いこと考えてたんだ。僕はあの後、ふたりが性癖について話し合うことを楽しみにしてたんですけど、そうはならなかったですよね。残念!」と佐山。
「たしかにな。世間一般の人も性別バラバラか。言われてみたらそうかもな」と神谷。
「ジェニューでは、性別には四種類あるってことを最初に紹介してますよね。生物学的な性別、性自認、性的指向、社会的な性別」
「それらの組み合わせだけでも何種類もあるもんね。性癖とか細かいことを見始めたら、ますます枝分かれするよね」と神谷。
「性癖の話ってなかなか人とはしないですけど、例えば漫画を読んでいても、こういうキャラクターが刺さるなーとか、このふたりの関係性がツボ!みたいなのありますよね。そういうのも広く言えば性癖ですよね」と佐山。
「お、珍しく鋭いこと言うね」と神谷が冗談めかして言う。他のふたりが笑う。
「それでは今回のジェニュー、スタートです!」と神谷が言い、画面はレインボーハウスに切り替わる。
「おはよー。早いね」
筋トレルームに入ってきた水斗が、すでに筋トレを始めていた紫月に向かって言う。
「おはよう。ついさっき始めたところだよ」
そしてふたりは黙々とそれぞれの筋トレに励む。三十分ほど経ち、ふたりは筋トレを終えて、座って話し出す。
「水斗って、何歳の頃からダンスしてるの?」
「三歳。親の勧めで始めた」
「え!すごいね」
「いや、そういう人は結構たくさんいるよ」
「それでも、ひとつのことを極めてるのは、やっぱりすごいよ」
「いやー、俺はまだまだですよ。紫月はいつからモデルやってるの?」
「私は十三歳から」
「いま二十歳だろ?じゃあ紫月も長いな」
「ダンス歴二十二年に言われてもなー」
紫月の冗談めかした言葉に、水斗が笑う。
「紫月も親の勧めで始めたの?」
「ううん。小さい頃から母親が読んでるファッション誌に興味津々だったの。そしたら偶然モデルの求人情報を見つけて。自分からやりたいって言った」
「へぇ、すごいな。最初から強い意志があったんだな」
「まぁね。早めに始められて幸運だった」
「今は目標とかあるの?」
「東京ファッションコレクションに出ること」
「あぁー、やっぱりか。モデルさんの共通の夢って感じする」
「そうだね。周りにもそれを目標にしてる人は多いよ。あとは自分の好きなファッション誌に採用されるのを目標にする人も多い」
「紫月も目標のファッション誌あるの?」
「あるけど、今はまだ教えない」
「えー、なんでだよ」
「実現したら報告するよ」
「マジ?楽しみ」
「水斗は夢あるの?」
「今はダンスの振り作るのがすげぇ楽しいから、有名なアーティストに俺が作ったダンスを踊ってもらいたいかな」
「いいね。どのアーティストがいいとかあるの?」
「俺も実現したら報告する」
「そっか。楽しみに待ってる」
「おはよー」
筋トレルームからダイニングキッチンに移動した水斗と紫月が、朝食中の柚黄、桃百、翠蓮と挨拶を交わす。
「ふたりとも毎朝筋トレしてるんでしょ?偉すぎ」と桃百。
「まぁ仕事の一環だからな」と水斗が言う。
「私は水着撮影までに腹筋を縦に割りたい。そろそろ撮影始まるから追い込んでるところ」と紫月。
「え?まだ四月なのにもう撮影近いの?」と水斗。
「水着特集が出るのが六月発売の七月号。だから水着の撮影は五月だよ」と紫月。
「マジか!寒そー」と水斗。
「海での撮影は寒いけど、でも海で撮ってもらえることはありがたいことだと思ってる。私が出てる雑誌は、限られた人しか海での撮影には選んでもらえないから」と紫月。
「競争の激しい世界よね」と柚黄が頷く。
「今日は翠蓮、紫月、水斗、私が休みみたいね」と柚黄が、各自の予定が書き込まれた黒板を見ながら言う。
「四人でどこか行く?」と水斗。
「今日は家でのんびりしたい気分だな」と紫月。
「じゃあみんなで映画でも観るか。せっかくシアタールームついてるし」と水斗。柚黄たちも賛成した。
「そうだ。昨日、職場の人からマカロンもらったのよ。よかったらみんなで食べて」と柚黄が水色のリボンがかかったピンクの箱を持ってきた。わぁ、おいしそう、と声が上がる。
「翠蓮、食べていいの?」
箱に手を伸ばした翠蓮に紫月が尋ねる。翠蓮がダイエットしたいと言っていたからだ。
「うーん。美味しそうだから、今日は食べちゃう」と翠蓮が言う。
「そう」と紫月が言う。
「紫月は食べなくていいの?」と柚黄が聞く。
「うん。絞ってるところだから。いつもせっかく持ってきてくれてるのに、ごめんね」
紫月が桃百や柚黄の顔を見ながら謝る。
「謝らなくていいわよ。腹筋割るの、がんばってね!」と柚黄。桃百もマカロンを頬張りながらうんうん、と頷く。
「ありがとう。がんばる」と紫月が微笑む。
朝食後、紫月が翠蓮を筋トレに誘う。
「ダイエットするなら無酸素運動と有酸素運動を両方するのがおすすめだよ。私が教えるから筋トレやってみない?」
「うん。やってみる」
柚黄と水斗も見守る中で紫月のレッスンが始まるが、翠蓮は少しやっただけで音を上げてしまう。
「やっぱり私には無理みたい。ごめんね」
「そう…わかった。またやりたくなったらいつでも言ってね」
「うん。ありがとう!」
昼食が終わり、柚黄、水斗、紫月、翠蓮の四人で恋愛ものの映画を観始めた。
水斗は途中で欠伸をする。横に座る紫月は真剣な面持ちでスクリーンを見つめている。そんな紫月を見て水斗が微笑む。
「おもしろかったね!」
映画が終わり、翠蓮が笑顔で言う。
「うん。おもしろかった。本当の愛ってなんだろうって考えさせられるね」と紫月が答える。
「そんな難しいこと考えてたの?すげーな」と水斗。
「水斗は恋愛ものは苦手なの?」と柚黄。
「正直に言うと、ひとりでは絶対に観ない」と水斗。
「私も恋人同士で観るイメージが強いかも」と翠蓮。
「え、私恋人と恋愛ものとか観たことない」と紫月。
「まぁその時々の気分で選んでいいと思うわよ」と柚黄。
「私はアクションとかサスペンスとかミステリーを観ることが多かったな。みんなは恋人とどんなの観るの?」と紫月が聞く。
「俺はアクションとかヒーローものが多い」と水斗。
「それは彼女さんも好きだから?」と柚黄。
「うん。無理に合わせたりはお互いしないかなー」と水斗が答える。
「私は動物ものとかファンタジーが多いです」と翠蓮。
「翠蓮っぽい」と三人が頷く。
「柚黄は?」と紫月が聞く。
「私は何でも観るわね。みんなが言ったもの以外だと、お仕事系とか医療ものとかも観るわ」と柚黄。
「オールラウンダーだな」と水斗。
その後、四人は自分の好きな映画の話で盛り上がった。
「ジェンダーニュートラル、第四話はここまでです!」と神谷。
「私、水斗さんと紫月さんがお互いの仕事とか目標について話すシーン好きでした!」とめるぽ。
「あれな〜!いいよな。なんかもう信頼関係ができてる感じするわ」と神谷。
「でも二人とも不言実行タイプなんですね」と佐山。
「そうですね!二人の夢が叶うといいな〜」とめるぽ。
「そんで映画鑑賞会ね!あれもええわ〜。みんなで観るってのが青春って感じ」と神谷。
「青春のハードル低くないですか」とめるぽが笑う。
「いや、俺にとってはああいう経験ってのは貴重だから!数えるほどしかしたことないねん!」と神谷。
「一度でもあればいいじゃないですか!」と佐山。
「恋人と何観るかって話も興味深かったです。柚黄さんがオールラウンダーなのが、柚黄さんの印象にぴったりでした」とめるぽ。
「あの人けっこう物腰柔らかい人やもんな。相手に合わせそう」と神谷。
「それも無理して合わせてるって感じは出さなそうじゃないですか?」と佐山。
「わかる〜!」とめるぽが頷く。
「今のところいい感じなのは水斗さんと紫月さんかなぁ」と神谷。
「毎朝二人きりで筋トレしてるからですか?」とめるぽ。
「そうそう。筋肉は育ちましたが愛は育ちませんでしたってことにならんとええけど」と神谷。他の二人が笑う。
「なんか他の恋リアと違って、なかなかわかりやすい恋愛が生じないですよね。私はむしろこの番組のそういうところ好きですけど」とめるぽ。
「そうやなぁ。視聴者が離れていかんとええけどな」と神谷。
「今週もSNSが盛り上がるといいですね」と佐山。
「そうやね。それではジェニュー第四話はここまでです!ありがとうございました〜!」
三人が画面の向こうの視聴者に向かって手を振る。
リサは満足げにパソコンを閉じる。
(めるぽの言う通り、なかなか恋愛が発生しないのになんか見ちゃうな〜。割と安心して見られるというか、見ててほのぼのするんだよね)
SNSを開いて「ジェニュー」で検索する。
「今週のジェニュー恋愛要素ゼロでは?」
「メンバー恋愛する気あるのかな?」
など否定的な意見も目につく。しかし
「このほのぼの見てられる感じが他の恋リアにはなくていい」
「作業用BGMにしてる」
「碧さんの性的指向が気になる」
「桃百ちゃんいつも可愛い服着てる」
など肯定的な意見もたくさん出てくる。
(来週も楽しみだな〜。あわよくば恋愛要素も見たいな)
リサはSNSを閉じた。
「みなさん、こんにちは!ジェンダーニュートラル第五話です!」
神谷が明るく挨拶をする。
「前回は水斗さんと紫月さんがお互いの目標について話してましたよね!」と佐山。 「そうそう。ふたりとも詳しいことは内緒やったけどな」と神谷。
「そして水斗さん、紫月さん、翠蓮さん、柚黄さんの四人で映画鑑賞会をしてましたね。観てたのは恋愛ものでした」とめるぽ。
「恋人とどんな映画観るかで盛り上がってたよね」と神谷。
「ね〜!みんなそれぞれ違ってておもしろかったです。水斗さんと紫月さんは恋愛ものはあまり観ないって言ってましたよね」とめるぽ。
「そう考えるとあの二人は結構お似合いやと思うんよな〜。筋トレも毎朝一緒にしてはるし」と神谷。
「まぁまだ二人にそういう感情があるかはわからないですよね」と佐山。
「そろそろ恋愛が始まってほしい気もする!」とめるぽ。
「視聴者も絶対待ってくれてるよな」と神谷。他の二人も頷く。
「それではジェニュー第五話です!どうぞ」
「いただきます」
ビーフシチューが並ぶ食卓を囲み、みんなが手を合わせる。
「昼の映画鑑賞会どうだった?」
碧が柚黄たちに向かって聞く。
「楽しかったわよ〜。みんなで恋人と観るならどんなジャンルを観るかって話したわ」
柚黄が答える。
「へぇ、おもしろそう。みんなは何観るの?」
碧の質問に、柚黄たちが答えていく。
「舞白は?もし気になる人を映画に誘うなら、なんの映画にする?」
碧が舞白に話を振る。
「俺は…そのとき一番流行ってる映画にするかもしれません。もしくは、相手の観たい作品」
舞白が言う。
「相手に合わせられるタイプなんだな」
水斗が言う。
「そうですね、映画は割と広く好きなんで。流行ってる映画って言ったのは、初デートがいつだったのか思い出しやすいかなと思って」
舞白が言う。
「なるほど。映画の時期で初デートの時期を覚えるってことか」
碧が言う。みんなも納得する。
「でも、付き合ってから何を観るかと、初デートで何を観るかってのは別物な気がするな」と水斗。
「そうだね。俺も初デートなら無難に流行りものにするかも」と碧。
「俺はなるべくふたりともが観たい映画にするかな〜。毎回そう上手く被るわけではないけど」と水斗。
「私はどんな映画でも経験だと思ってるから、相手が観たいものを観ると思うわ」と柚黄。
「私は好みが合わなさそうだったら映画デートは行かないかな。ひとりで行けばいいしって思う」と桃百。
「でも選択肢がひとつ減るの嫌じゃね?」と水斗。
「そう?ひとつくらい減っても平気でしょ。それに無理に合わせるよりは、お互い気持ちよく過ごせると思うけど」と桃百。
「桃百は結構、合理的なんだね」と碧。
「紫月は?初デートで映画行ったことある?」と水斗。
「あるよ。そのときはタイタニックの再上映があってたから、それに行った。意外とそれまで観たことなかったんだよね」と紫月。
「翠蓮は?映画デートするなら何観る?やっぱり動物系?」と柚黄。
「うーん、そうだなぁ。動物ものって最近減ってきたから、ファンタジーとかかな?ファンタジーも最近少ない気はするけどね」 翠蓮が苦笑いをする。
「たしかにねぇ。ホビットとか好き?」と柚黄。
「うん!好きだよ。ロード・オブ・ザ・リングも全部観てるよ」と嬉しそうに翠蓮が言う。
「そんな気がしたわ」と柚黄が微笑む。
「これ今日友達にもらったんで、よかったらみんなで食べてください」
夕食後、舞白がテーマパークのお土産らしきラングドシャをみんなに配る。
「私はやめとく」と紫月は断った。
「私は…どうしようかな」と翠蓮は迷っている。
「痩せたいならやめておいたら?」と紫月。
「うーん、でも小さいし、食べちゃう」と翠蓮。
「いい加減にしてよ」
紫月の言葉にみんなが静まり返る。
「痩せたい痩せたいって言う割には、全然努力してないじゃん。こういう小さいカロリーが積み重なって太っていくのに。筋トレだってすぐに諦めたしさ。痩せるつもりないんだったら、最初から言わないでくれる?」
紫月が早口で捲し立てる。みんなは突然の展開に驚いたのか、しんと静まり返っている。翠蓮はびっくりしたような、悲しそうなような表情をしている。それを見た紫月が気まずそうに下を向く。リビングに沈黙が流れる。
「翠蓮は」 柚黄が口を開いた。
「みんなに勧められると断れない優しさがあるのよね。アタシはそういうところ嫌いじゃないわ。やせたいならもちろん応援するけど、本来幸せって人の数だけあるわ。そのままの自分を好きになった方が生きてて楽しいって考え方もあるわよね」
柚黄が翠蓮と紫月の方を交互に見ながら、柔らかくもしっかりとした口調で話す。
「紫月も、翠蓮を傷つけたくて言ってるわけじゃないんだろ?それはみんなちゃんとわかってるよ」と水斗が言う。また静かになった。俯いていた紫月が顔を上げる。
「翠蓮、ごめん」
翠蓮の顔を見てそう言うと、涙を手の甲で拭いながら、自室の方へと去っていってしまった。
「桃百いいよ〜!可愛い!」
ゴシック調の白いソファに座った桃百が、フラッシュを浴びている。桃百は白いフリルがたっぷりあしらわれた、ピンク色のワンピースを着てカメラ目線でポーズをとっている。
「OK!今日はこれで終わり!」
カメラを持った女性がそう告げると、桃百は立ち上がってふぅ、と息をついた。
「桃百、すごく可愛かったよ」
碧が桃百に歩み寄りながら言う。
「ありがと。思ってたより早く終わったわ。遅めのランチ行きましょうか」
「うん」
ふたりはビルを出て、街中を歩き始める。
碧がカフェの扉を開けると、カランカラン、と鐘の音がした。ふたりはソファ席に案内される。
「疲れた!早く食べたい」
桃百がメニュー表を開きながら言う。
「お疲れさま。わぁ、どれも美味しそうだね」
碧がメニュー表を覗き込む。
注文を終えてふたりが話し始める。
「SNSに載せるための写真って、あんな風に撮影してるんだね。本格派のカメラだったね」
「ええ、そうよ。最初はスマホで撮ってたらしいんだけど、そのうち色々こだわりたくなったみたいね。私が働き出した頃にはもうああいうカメラを使ってたわ」
「そうなんだ。桃百、モデルするの上手だったよ」
「もう半年くらいやってるから」
「モデルとして入社したの?それとも店員として?」
「店員としてよ。で、そのうちモデルも任せられるようになったの。まぁうちの店は紫月みたいな本物のモデルじゃなくて、最初から店員にモデルを兼任させてたらしいわ」
「最近は店員さんが着画をSNSにあげるっていう販促が一般的になってきたよね」
「ええ。雑誌とかで紹介してもらうときは、もちろん本物のモデルさんにお願いするけどね」
「桃百は本物もできそうだったよ」
「うーん、私いつも同じような表情しかできないのよね。あと左からの角度じゃないと盛れないから、その角度ばかり使っちゃうし」
「そうなんだ。盛れる角度っていうのは、誰しもあるよね」
「そう言う碧はどの角度から撮っても盛れそうだけどね」
「え、そうかな?普段あまり写真撮らないから、よくわかんないかも」
「バーのお客さんに写真撮られることないの?」
「あるけど、わざわざ撮れ具合を確認することはないかな」
「まぁそうよね。でもバーテンがこんなにイケメンだったら、撮りたくなる気持ちもわかるわ」
「今日めっちゃ褒めてくれるね」
「別に。事実を言ったまでよ」
「ふふ、事実か」
そこへ碧にバジルチキンプレート、桃百にハンバーグプレートが運ばれてきた。
「ここのハンバーグ美味しいわよ。よかったら一口食べる?」
「いいの?ありがとう。いただくね。俺のも食べる?」
「うん。もらう」
「桃百は誰かと付き合ったら、あーんとかするの?」
「急に何?してほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、桃百が恋愛してふわふわしてる様子が全く想像つかなくてさ」
「まぁ、恋愛してもあんまりふわふわはしないタイプかも」
「そうなんだね」
「うん。ロリータ着てる人って変わった人ってイメージを持たれがちだけど、割とサバサバしてる人も多いわよ」
「そっか〜。桃百はサバサバしてるのか」
「うん。そのせいで『冷たい』って振られたこともある。まぁ私は恋人のために変わろうとは思わないタイプだから、それでいいんだけどね」
「自然体でいられる人が見つかるといいね」
「そうね」
「桃百は自分にとってかっこいい人が好きなんだよね。レインボーハウスには、桃百にとってかっこいい人はいた?」
「そうね……昨夜の喧嘩で言えば、あそこですぐに仲裁に入った柚黄はかっこよかったかな。まぁもちろんそれだけで好きになったりはしないけど」
「そうだね。柚黄かっこよかったな。俺は話が急展開すぎて、ついていけなかった」
「翠蓮はずっと痩せたいって言いつつ努力はしてなかったからね。紫月の気持ちもわかる気がする」
「そうなんだ。ふたり、仲直りできるといいね。昨夜は紫月が部屋に帰って以降、動きはなかったみたいだし」
「そうね。今日もまだふたりは顔合わせてないみたいだし」
「お互いが納得のいく形に収まるといいな」
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「喧嘩勃発やね!」と神谷が言う。
「突然でしたね」と佐山。
「でも伏線はありましたよね。翠蓮さんが食べるか迷って、紫月さんがやんわり止めて、でも結局食べるっていうシーンは、今まで何度もありましたし」とめるぽ。
「モデルで美意識が高い紫月さんからしたら、翠蓮さんが怠けてるように見えてしまったのかもね」と神谷。
「紫月さん自身が不言実行タイプだから、有言不実行な翠蓮さんが気になっちゃったんですかね」と佐山。
「恋愛より先に喧嘩が勃発するとは……」とめるぽが肩を落とす。
「まぁリアリティーショーやからな、こういうこともあるよね。どっちが悪いわけでもないしな」と神谷。
「そうですね。来週は仲直りできてるといいな」とめるぽ。
「え、この喧嘩で回跨ぐんですか?解決編は来週?」と佐山。
「そうなりそうやね。みなさんもどうか温かく見守ってください!それではまた来週〜!」
三人が視聴者に向けて手を振る。
リサはパソコンを閉じた。
(うわ〜、女の喧嘩、久しぶりに見た。まぁ喧嘩っていうか、紫月さんが一方的に言ってただけだったけど。翠蓮さん、めちゃ驚いてたな。ネットの反応も見てみようかな)
リサはSNSを開く。
「実は私の周りにも痩せたい痩せたいって言いながら何も実行してない人がいるから、正直紫月さんの気持ちもわかる」
「翠蓮ちゃん可哀想。痩せたいなんて息をするように言ってしまう言葉やん」
「翠蓮さん、すごく驚いてたな。自分の言動があんなに紫月さんを刺激してたなんて、思わなかったんだろうな」
(どっち側の意見もあるな。でも私が思ってたより紫月さん擁護派の意見の方が目立つかも)
リサはSNSを閉じた。
「こんにちは!ジェンダー・ニュートラル第六話です!」
今日も神谷の挨拶からスタートする。
「前回は紫月さんが翠蓮さんに『痩せたいならもっと努力したら?』と怒るシーンがありましたね」とめるぽ。
「ちょっとピリッとした空気になりましたよね」と佐山。
「ちょっとどころじゃないよ。現場凍ってたよ」と神谷が冗談まじりに言い、他のふたりが笑う。
「まぁでも紫月さんも翠蓮さんに協力したかったからこそ、怒ったんだと思いますよ」とめるぽ。
「そうやね。そんで彼女、結構ストイックな性格やからね」と神谷。
「今回仲直りできてるといいですね」と佐山。
「それでは見てみましょう。ジェニュー第六話です。どうぞ」
神谷が手を振ると、画面が切り替わった。
「おはよう!」
筋トレルームに顔を覗かせた紫月に、先に始めていた水斗が明るく挨拶する。
「おはよう……」
紫月はどこか暗い顔をしている。
「どしたん?暗いな」と水斗が笑う。
「昨夜、翠蓮にあんなこと言っちゃって、場の空気を凍らせちゃったから申し訳なくて」と紫月が胸の内を明かす。
「みんな気にしてないと思うよ。でも翠蓮とは今日改めて話をしたほうがいいかもな」と水斗。
「そうだよね。そうしようと思ってる」と紫月が素直に頷く。ふたりはそのまま、いつも通りに筋トレをした。
「ただいま〜」
翠蓮が仕事を終えて帰宅した。
「おかえり〜!」とリビングにいたみんなが口々に言う。
「翠蓮、ちょっといいかな」
紫月はさっそく翠蓮に歩み寄った。
「うん。手を洗ってくるから、ちょっと待っててね」と翠蓮は洗面所へ向かう。戻ってきた翠蓮に、紫月は自室へ行こうと誘った。翠蓮は素直についてきた。
「あの、昨夜、あんな厳しい言い方しちゃってごめんね。あんなに強く言うつもりはなかったの」
部屋に入ってすぐ、紫月が翠蓮にそう言って頭を下げる。
「ううん!紫月ちゃんは私のことを思って言ってくれたんでしょ?たしかにちょっとびっくりしたけど、もう大丈夫だよ。謝ってくれてありがとう」
翠蓮がゆっくり丁寧に言葉を返す。
「私ね、気づいたんだ」と翠蓮が再び話し出す。紫月は静かに続きを待っている。
「本当に嫌なのは、自分が太ってることじゃなくて、自分に自信がないことなんだって、気づいたの。私は太ってるから自分に自信を持てなかった。でも最近、平均体重よりも上だけど、楽しく毎日を過ごしてる芸能人さんがたくさんいるってことに気づいたの」
翠蓮が語る言葉に、紫月はじっと耳を傾ける。
「だからね、今すぐその人たちみたいになるのは無理かもしれないけど、私なりにじっくりゆっくり、その人たちみたいになれたらいいなって、今は思ってるんだ」
「そっか……。柚黄も言ってたもんね、幸せは人の数だけあるって。私、あの言葉でハッとしたんだよね。私は今までモデルとして生きてきたから、太ってるよりは痩せてるほうがいいって思い込んでた。でも、自分の体型をポジティブに受け入れて生きてる人もいるよね」
「うん。私は食べることが好きだから、自分の好きを諦めたくないなって思った。もちろん不健康になるのは嫌だからそれには気をつけたいけどね」
「そうだね。私も不健康なまでに痩せるのは嫌だな。これからも筋トレで、自分にとっての理想の体を目指すよ」
「うん!応援することしかできないけど、いつでも応援してるよ!」
翠蓮がにっこりと笑う。つられて紫月も笑う。
「私、いつも翠蓮の笑顔に癒されてるし、いつでも優しい翠蓮のこと、尊敬してるよ」と紫月が言う。
「え、嬉しい!ありがとう。私も紫月ちゃんの仕事に一生懸命なところ、すごく尊敬してるよ。これからも紫月ちゃんらしく頑張ってね」
「うん。頑張る!ありがとう」
紫月と翠蓮がリビングへとやってくると、みんなの視線がふたりに集中した。
「あら、その様子だと、しっかりお話しできたみたいね」と柚黄が言う。紫月と翠蓮が照れくさそうに笑う。
「うん。仲直りできた」と紫月。
「マジか!よかったー!」と水斗が喜ぶ。他の面々も嬉しそうだ。
「心配かけてすみませんでした」と紫月が律儀に頭を下げる。翠蓮も慌てて頭を下げる。 「謝らなくていいのよ」と柚黄が笑う。
「まぁ罰として皿洗いくらいはやってもらうか」と水斗が冗談を言ったので、みんなが笑った。
別の日。桃百と舞白は白のゴシックロリータ調のインテリアが並ぶカフェにやってきた。机も椅子も床も真っ白だが、壁紙だけくすんだピンクになっている。写真映えするので、連日若い客層で賑わっている。また、推し活をしている人々も目立つ。
桃百は白桃のクリームソーダを、舞白はプレーンなクリームソーダを頼んだ。このカフェは十種類ほどのクリームソーダがあることでも有名だ。
「私が桃百だから、白桃のクリームソーダは頼みにくかったけど、でも一番飲んでみたかったのよね」と桃百が言う。
「そうなんですね。俺はそういうの気にしないですよ」と舞白が言う。
「舞白は普段からこういうカフェ来るの?」
「いえ。俺、友達少ないんで」
「そうなの。私も気を許してる人はあまり多くはないわ」
「そうなんですね。俺は大学でもこういう格好してるんで、自分でも浮いてる自覚はあります」
今日の舞白はピンクのブラウスに黒のスカートを履いている。ブラウスにはビジューが埋め込まれた黒いリボンがついている。頭には黒のカチューシャをつけている。
「え、大学でもその格好なの?メンタル強いわね。女でも、ロリータとか地雷着てると風当たり強いのに」
「まぁ服装が理由で避けてくるような人なら、友達にならなくていいかなって」
「そうね……。でも、社会に出たら役割を求められたりするのよね、残念なことに」
「そうなんですか?役割?」
「ええ。女性だから受付が向いてるねとか、男性だからスーツで出勤してねとか。もう、うんざり。今のお店はすごく自由度が高いから気に入ってるの」
「ロリータファッションのお店ですよね。俺ロリータ興味あるので、今度ロリータ買いに行くの付き合ってもらえませんか?」
「もちろん、いいわよ」
「ありがとうございます」
「ロリータを着たことはあるの?」
「ビジュードールの服なら持ってます」
「ああ、入りやすいわよね。量産型とか地雷の発展系みたいな」
「ですね。でも本格的なロリータも着てみたいです。そこまでお金に余裕ないので、慎重に選びたいです」
「長く着てくれるなら作り手も嬉しいでしょうね」
桃百が微笑む。
「桃百さんは何着くらいロリータ服持ってるんですか?多そうですよね」
「三十着くらいよ」
「え!めっちゃ持ってますね」
「ううん。ロリータ服店員としては少ない方よ。もっと買いたい」
「そうなんですか。十分たくさんあると思いますけど。でも服って無限に欲しくなりますよね」
「そうなのよね……。YouTubeとかインスタで『私はロリータ服百着持ってます!』みたいなの見てると落ち込むわ」
「落ち込まなくてもいいと思いますよ?」
「ううん。私はまだまだよ。インスタのフォロワーも五千人しかいないし」
「いや、十分多いですよ。俺なんて番組のおかげで増えたけど、前まで二桁でしたから」 「今は何人なの?」
「今は六千人くらいです」
「いや、増えすぎでしょ!すごいわね」
「番組の影響力って大きいんだなって身をもって感じました」
「そうね。番組と言えば、メンバーの中に恋愛に発展しそうな相手はいる?」
「俺がってことですよね。うーん、どうかな。今のところ碧さん、桃百さん、水斗さんとはふたりで出かけたことありますけど、でも出かけただけで発展した感じはありませんでした」
「水斗とはどこに行ったの?」
「映画に行きました。映画の趣味が合うんですよね。その後、水斗さんの行きつけの喫茶店で感想合戦しました」
「あら、楽しそうじゃない」
「はい。楽しかったです。でも俺は恋愛するなら女性とするんじゃないかなって思ってます」
「そうなのね。性自認は男性ってこと?」
「そうですね。一応男性です。桃百さんは性自認は何ですか?」
「どっちですかじゃなくて何ですかって聞くあたり、結構勉強してるのね。たしかに性自認のあり方は男性と女性だけじゃないからね」
「はい。自分を男性と女性のどちらでもないって考えてる人や、どっちにも当てはめたくないって考えてる人、どっちの面も持ってるって考えてる人など、多様だって聞きました」
「そう、世の中って思ってる以上に多様なのよね。ちなみに私の性自認は女性よ。そしてパンセクシュアル」
「パンセクシュアルって、恋愛をするときに相手の性別を気にしない人ですよね」
「そうよ」
「俺もパンセクシュアルかもしれません。まだ人を好きになったことがないから断定はできませんけど」
「アセクシュアルとかアロマンティックとかノンセクシュアルの可能性も残されてるってことよね」
「混乱してきました。恋愛感情を抱かないのがアロマンティックでしたよね」
「そう。そして性的欲求を抱かないのがアセクシュアル。恋愛感情は抱くけど性的魅力は感じないのがノンセクシュアルね」
「たしかにその辺かもしれません。実はそれが知りたくてこの番組に参加したんですよね」
「自分の性的指向を知るためにってこと?」
「はい。未だに見つかってませんけど」
「まぁ焦らなくていいんじゃない?」
「そうですね。意外と焦ってないです」
「うん、そう見えるわ」
「そう見えますか?」
「舞白はいつもクールよね。クールビューティーだわ」
「ビューティーですか、嬉しいです」
「ほら、今も嬉しいって言う割に全然顔が笑ってない」
「なんか顔色変わりにくいんですよね。そのせいで小学生のとき骨折したのに周りが信じてくれなかったことがあります」
「小学生の頃からクールだったの?」
「そうかもしれません」
「あら。いつか舞白の笑顔が見たいわ」
「努力します」
「んふ、努力で何とかなるものでもないでしょ!」
桃百が下を向いて笑う。
「桃百さんは本当におもしろいときは下を向いて笑いますよね」
「え、よく見てるわね」
「人間観察は好きなほうなので」
「舞白みたいなクール人間が言うと怖く聞こえるわね」
「桃百さんって正直な人ですよね」
「よく言われるけど、私だって隠すべき本音は隠すからね?」
「そうなんですね。今日は桃百さんのことたくさん知れてよかったです」
「そうね。私も舞白がクールなのが生まれつきなのがわかってよかった」
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「はい!ジェニュー第六話はここまでです!」と神谷が言う。
「仲直りできましたね!」とめるぽが嬉しそうに言う。
「ほんま、よかったわ。安心した」と神谷が胸を撫で下ろす。
「ふたりともいい子でしたよね。相手を思いやる心が見えました」と佐山。
「価値観は異なるかもしれないけど、そこを認めた上で応援し合うっていうのがいいよね」と神谷。
「尊いですね」とめるぽ。
「これが尊いという感情なんか」と神谷。
「尊いです。しづれん尊い」とめるぽ。
「しづれんって何ですか?」と佐山。
「今SNSでジェニューのメンバーのうちの二人組を名前くっつけて呼ぶんですよ。紫月と翠蓮でしづれんとか」とめるぽが説明する。
「なるほど!知らなかった。僕ももっとリサーチしよう」と佐山。
「俺も知ってたで。翠蓮さんと組むときは大抵『れん』で終わるねんな。みずれんとかゆずれんとか」と神谷。
「神谷さんは推しペアはいるんですか?」とめるぽ。
「俺はやっぱりしみずかな〜」と神谷。
「え、しみずって誰ですか?」と佐山。
「紫月さんと水斗さんのペアをしみずって呼んでるんですよ」とめるぽ。
「あ〜!全然わからんかった!」と佐山。
「もう、次までに勉強しといてください!」とめるぽがツッコむ。
「勉強しま〜す」と佐山が頭を掻く。
「桃百さんと舞白さんは恋が生まれそうな感じはあまりせんかったな」と神谷。
「そうですね、なんかクールで現実的な会話でしたね」と佐山。
「私は舞白さんのロリータ姿が楽しみです。絶対似合うもん」とめるぽ。
「レインボーハウス内だけかと思いきや、大学でも可愛い服を着てるってのがびっくりしました」と佐山。
「せやな。桃百さんも言ってはったけどメンタルは強そうよな」と神谷。
「でもそれくらい堂々としてたほうがカッコよくていいと思います」とめるぽ。
「せやな。潔いよな」と神谷。佐山も頷く。
「それではジェニュー、来週もお楽しみに〜!」
三人が視聴者に向かって手を振る。
リサはパソコンを閉じた。
(しづれんが仲直りできてよかった〜!今のところ、ももしろはカップルにはならなさそうだな。誰か恋愛に発展してくれないかな?やっぱり恋リアなわけだし、期待しちゃうよね) さっそくリサはSNSを開く。
「ももしろはカップルにはならなさそう。友達としては仲良くなれそうな気がする」
「早く恋愛してくれー」
「仲直りおめでとう!」
「翠蓮さんの言葉はグッときたな」
リサはSNSを閉じた。
「こんにちは!ジェンダーニュートラル、第七話です!」
今回も神谷の挨拶で始まる。
「先週は紫月さんと翠蓮さんが仲直りをしましたよね。本当によかった!」とめるぽ。
「そして舞白さんと桃百さんがデートしてましたね」と佐山。
「お、舞白ちゃんじゃなくて舞白さんって呼ぶことにしたんやな」と神谷。
「はい。舞白さんは性自認は男性みたいですし。それに僕、この番組を通して、初対面の相手に『ちゃん付け』で呼ばれるのが嫌な人だってたくさんいるよなって気づいたんです。だからこれからはみんな"さん付け"でいこうと思います」と佐山。
「この番組を通して、性のあり方の多様性に気づいてくれた人や関心を持ってくれた人も多いみたいですね。SNSとか見てると『自分の周りにもヘテロセクシュアル以外のセクシュアリティの人がいるかもしれないから、これから言動に気をつけたい』とか『性自認っていい考え方な気がする。周りが私の性別をどう思っていても、自分だけは自分の性別をよくわかっていてあげようと思った』などの意見を見かけました」とめるぽ。
「『佐山は俺の舞白ちゃんをちゃん付けで呼ぶな』とかね」という神谷の言葉にふたりが笑う。
「お前もちゃん付けじゃねーか!」と佐山がツッコむ。
「それはツッコまれ待ちですよね」とめるぽ。
「それではジェニュー第七話です。どうぞ」
神谷が手を振り、画面が切り替わった。
「桃百、おはよう」
ひとりで朝食を食べていた桃百のところに、碧がやってくる。
「おはよう。今朝は早いのね」
「昨日はお店休みだったからね」
「あ、そうか。昨日水曜か」
碧の働くバーは水曜定休なので、普段遅起きな碧も木曜の朝だけは早起きになる。
「俺も隣で食べていい?」
コーンフレークを器にザラザラと流し込みながら碧が聞く。
「いいわよ。苺洗ったから少し食べる?」
「いいの?やった。いただきます」
碧が立ったまま苺を口に入れる。
「座って食べなさいよ」
「あ、ごめん。つい癖で」
「バーテンだからってこと?」
「うん。休憩時間短くて立ったまま食べること多い」
「家では落ち着いて食べていいのよ」
「うん。そうする」
「ちゃんと栄養あるもの食べてる?」
「ふふ。桃百、お母さんみたい」
「もう、せっかく心配してるのに」
「ごめん。ちゃんと栄養も摂ってるよ。足りないものはサプリ飲んでる」
「まぁそれならいいけど」
桃百は食べ終わったので携帯を触り始めた。
「何見てるの?」
「ロリータYouTuberの動画」
「へぇ、ロリータYouTuberっているんだ」
「ええ。この人なんてロリータ200着も持ってるのよ」
「多いね。そんなに着れるのかな」
「着てるんじゃない?いいな、私ももっと稼いでロリータ買いたい」
「本当にロリータが好きなんだね」
「碧は嫌い?」
「ううん。ロリータ着てる桃百、可愛いと思う」
「ありがと」
「ふふ。照れた?」
「照れてないし」
桃百がスマホで顔を隠す。
「今度、舞白がロリータ買うのに付き合うんでしょ?舞白のロリータも楽しみだな」
「そうね。悔しいけど顔がいいから、きっと似合うんでしょうね」
「舞白って体も綺麗だよね」
「え?何それ、私が聞いてもいい話なの?」
「うん。なんかね、鍛えてるんだって。この前見せてもらったけど、腹筋バキバキだったよ」
「え!そうなの?」
桃百が目を見開く。そこへちょうど舞白がやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「ねぇ舞白、鍛えてるってほんと?」
「え?筋トレの話ですか?」
「そうよ。お腹見せなさい」
「いいですよ」
あっさりと舞白が着ていたブラウスを捲る。そこには美しく六つに割れた腹筋があった。
「え、そ、え!?」
「ふふ。桃百驚きすぎでしょ」
「はは。意外でしたか?」
桃百が口をパクパクさせるのを見て、碧と舞白が笑う。
「いやいや!意外なんてものじゃないでしょ!めちゃくちゃガリガリなのかと思ってたわよ!」
「いわゆる細マッチョだよね」
碧が言いながら頷く。
「そう……。なんで鍛えてるの?」
「俺、美しいものが好きなので。地雷服も美しいと思ってるから着てるし、筋肉も美しいと思ってるからつけてます」
「へぇ、そう……」
もうすでに服を元通りにしてるのに、桃百はまだ舞白のお腹を見つめていた。
「みんなの反応見るのおもしろいから、ひとりずつ順番に腹筋見せていこうかな」と舞白が言い出す。
「いいじゃん。俺がいるときにしてよ」と碧が言う。
「水斗と紫月もびっくりするでしょうね」と桃百。
別の日。桃百と舞白はロリータ服が買えるお店に来ていた。
「うわぁ、すごい」
ずらっと並んだロリータ服に、舞白が感嘆の声を上げる。
「ここは都内でも随一の品揃えだから。ゆっくり見て回りましょ」と桃百。
「こんなにあると迷いますね。楽しい」
舞白が目を輝かせながら一着一着見ていく。
「すごく雑に分けるとピンク系、白系、水色系、その他だけど、どれがいいとかある?」
「うーん。どれも好きだけど、一着目はやっぱりピンクがいいです!リボンとフリルついてるやつがいいな」
「んふ、楽しそうね」
「はい!すごく楽しいです。これとかどう思いますか?」
胸元に白いリボン、裾にフリルがあしらわれた花柄のワンピースを舞白が自分に当ててみせる。
「可愛い!似合うと思うわよ。試着候補ね」
「やったー!あ、こういうのもいいな〜」
次に舞白が手に取ったのは、白いブラウスにピンクのジャンパースカートを重ねたようなデザインのワンピースだ。
「あ、これも可愛い。こっちもいい!」
「んふ、大興奮ね」
「やばい、どれも欲しいです」
「一旦、今持ってるもの全部着てみましょうか」
「はい!」
シャーっと舞白が試着室のカーテンを開ける。
「どうですか?」
着ているのは一番初めに手に取ったものだ。
「可愛い!すごく可愛いわよ、舞白!」
桃百が興奮気味に褒める。
「へへ、嬉しい」と舞白が珍しく照れる。
「後ろ姿も見せて」という桃百のリクエストで「こんな感じです」と舞白が後ろを向く。
「可愛い!すっごく似合ってる」
「ありがとうございます」
その後、舞白はたくさんの服を試着した。どれを着ても桃百は「可愛い!」と笑顔だった。そしてお会計。
「これお願いします」と舞白が一着のワンピースを店員に渡す。店員がそのワンピースを包み、紙袋を舞白に手渡す。
「ありがとうございました」
「え、あの、お会計は?」
「もう済んだわよ」
「え?俺まだお金出してないですよ」
「舞白の初ロリータだもの。私の奢りよ」
「えぇっ!いいんですか?」
「いいのいいの。さっ、帰りましょ」
「桃百さんイケメン過ぎますよ……。本当にありがとうございます!この恩は忘れません」
「んふ、大袈裟ね。その代わり今度一緒にアフヌン行くわよ」
「え!アフタヌーンティーですか!いいんですか!」
「舞白、声大きい」
桃百が笑う。
「あ、すみません」
舞白が照れくさそうに、はにかむ。
「買い物してるときの舞白っていつもより明るいのね」
「俺いつも暗いですか?」
「うーん、特別暗いってわけではないけど。表情が読み取りにくいかもね」
「そっかぁ……もっと表情豊かになりたいです」
「そのままでいいと思うわよ?好きなものの前だとそんなに明るく笑うんだって、ギャップ萌えする人もいるかもだし」
「桃百さん、優しいですね」
「優しいなんて久しぶりに言われたわ」
「そうなんですか?桃百さんは、はっきり物を言うから誤解されがちですけど、優しい人だと思いますよ」
「あら、ありがとう」
桃百がスマホで顔を隠す。
「桃百さんって照れたらすぐ顔隠しますよね。可愛い」
舞白が笑う。
「可愛くないから!」
顔を隠したまま桃百が言う。
「あははっ」 舞白が明るく笑う。
「みんな集合!舞白がロリータお披露目するわよ!」
夕食後、桃百の声にみんなが階段の下に集まってくる。
「そっか!今日買いに行ったんだよね」
翠蓮が嬉しそうに手を合わせる。
「楽しみ」
紫月の顔にも笑みが浮かんでいる。
「舞白の初ロリータはこちらです!じゃん!」
桃百の声に合わせて、今日買ったワンピースを着た舞白が階段を降りてくる。「おぉ〜!」と歓声が上がる
みんな口々に「可愛い!」「似合う!」と感想を飛ばす。舞白はかなり照れくさそうにしている。
「可愛い。今度、俺とのデートにも着てきてよ」と碧が言う。
「もちろんです」と舞白が答える。
「あら、ちゃっかりデートの約束するのね」と桃百が茶化す。
「桃百、妬いてるの?」と水斗が言う。
「妬いてないわよ!」と桃百がムキになる。
「え?どっちに妬いてるの?」と紫月が真剣な顔で聞く。
「どっちにも妬いてないから!」と桃百が強く言う。一同は笑いに包まれた。
ここで画面はナビゲーターに切り替わる。
「はい!ジェニュー第七話はここまでです!」と神谷。
「えー!ももしろが予想外に尊い!」とめるぽが天を仰ぐ。
「予想外に!?」と神谷が笑う。
「全く想定してなかったカップルが生まれそうですね」と佐山。
「帰り道のやり取りがよかったよね!『照れたらすぐ顔隠すよね。可愛い』て!堪らん!」と神谷。
「なんか変な言い方かもしれないんですけど、急に舞白さんが男の子に見えたというか。桃百さんのことを恋愛対象として意識してるように見えましたよね」とめるぽ。
「せやな。これは可能性あるんちゃう?」と神谷。
「紫月さんが『どっちに妬いてるの?』って真剣な顔で聞いてたのも笑いました」と佐山。
「実際、どっちに妬いてたのかな〜?桃百さんは碧さんとも仲良いですからね」とめるぽ。
「たしかに!二話あたりでツーショットしてたから、あおももあるんちゃう?っていう流れもあったよな。今回も朝ごはん一緒に食べてたし」と神谷。
「そういえば、朝ごはんのときに碧さんに『ロリータ着てる桃百は可愛いよ』って言われて桃百さん、顔隠してました!」とめるぽ。
「あー!」と神谷と佐山の声が被る。
「ほんまや!ふたりともに照れてるやん!」と神谷。
「照れたら顔隠す習性がほんとにあるんですね」と佐山。
「桃百さんがいじられキャラみたいになってるのも微笑ましいよね」と神谷。
「たしかに!水斗さんも桃百さん相手だからこそボケたのかも」とめるぽ。
「みんなのキャラが確定してきつつあるよね」と神谷。めるぽと佐山が頷く。
「それではジェニュー第七話はここまでです!さようなら〜!」
三人が視聴者に向かって手を振る。
リサはパソコンを閉じた。
(今回はかなり進展あったな〜!あおももを応援すべきか、ももしろを応援すべきか……迷う〜!SNSの反応も見てみよ)
リサはSNSを開いた。
「ももしろ尊すぎない!?舞白『可愛い』桃百『可愛くないから!』ここやばい!」
「私はあおももを推していきたい。ふたりの間に流れる空気が好き。碧さんなら桃百さんのサバサバもそのまま受け入れてくれそう」
「舞白さんの笑顔を見れたのが嬉しすぎる」
「舞白さんロリータ似合いすぎだろ」
(舞白さんのロリータは破壊力すごいわ。鬼に金棒だわ。あ〜、私はどっちの組み合わせを推そうかな〜?)
リサはSNSを閉じた。
「こんにちは!ジェンダーニュートラル、第八話です!」
今回も神谷の挨拶で始まる。
「先週はあおももが一緒に朝ごはん食べて、ももしろがロリータ服を買いに行きましたね」と佐山。
「あ、佐山さんもペアの呼び方を覚えたんですね!」とめるぽ。
「覚えました!ちなみに僕はももしろ推しです。先週の『可愛い』『可愛くないから!』がめっちゃ尊かったんで」と佐山。
「先週はSNSで『ももしろ』と『あおもも』がトレンド入りしたらしいね」と神谷。
「してましたね!これをきっかけにジェニュー見てくれる人が増えるといいですね」とめるぽ。
「めるぽは推しペアはいるの?」と神谷。
「私はしみずとあおももです!紫月さんと水斗さんは毎朝筋トレルームで絆を育んでますし、桃百さんは碧さんといるときが一番寛いでるように見えます」とめるぽ。
「桃百さんって普段の笑い方は普通やけど、気を許してる人の前だと『んふ』って笑うよね」と神谷。
「え、神谷さんも気づいてたんですね!私も今言おうとしてました」とめるぽ。
「え、そんな笑い方してました?」と佐山。
「してたよ!」とふたりにツッコまれる。
「そろそろいきましょう。ジェニュー第八話です!」
神谷が手を振り、画面が切り替わった。
「はぁ……」 桃百がダイニングテーブルに突っ伏している。
「どうしたの?元気ないね」
碧がやってきて、声をかける。
「なんか、何のために働いてるのかわからなくなってきた」
桃百が顔を上げて言う。
「何のために、か……」
「うん。私いつかはロリータ系YouTubeやりたいと思ってるんだけど、まだまだ服の数も足りないし。それにロリータYouTuberってしょっちゅうアフヌン行ってるイメージだけど、そんなにお金あるわけでもないから真似できないし」
「桃百はなんでロリータ系YouTubeやりたいの?」
「うーん、有名になりたいからかな?」
「そうなんだね。有名になるって具体的にはどんなレベルまでいきたいの?」
「十代と二十代の日本女性の三割は知ってるくらい」
「ふふ、具体的だね。数値化できる目標が立ってるのはいいことだよ。でも、もう一段階考えてみて。なんで有名になりたいの?」
「うーん。気分がいいから?街で声かけられるのとか嬉しいし」
「うんうん」
「それにロリータという選択肢にまだ出会ってない人と、ロリータを結びつけたいから」
「それ。桃百が今言ったことが、桃百の信念なんじゃないかな?桃百はロリータが好きで、ロリータを好きになってくれそうな人とロリータを結びつけたいんでしょ?」
「うん。ロリータ初心者にも参考になるような動画が撮りたい」
「桃百は有名になりたい気持ちももちろんあると思うんだけど、たぶんロリータを広めたいっていうのが一番深いところにあるんじゃないかな」
「一番深いところ……」
「俺が話を聞いてる限りだと、そう見えるよ」
「うん。たしかにそう。私はロリータを好きになってから、毎日が楽しくなった。ロリータが嫌いな人に無理に押し付けたりはしたくないけど、まだロリータの魅力に気づいたばかりの人とロリータを結びたい。それが根底にある」
「うん。だからYouTubeも、今すぐ始めてもいいと思う。ロリータ初心者の人が何を知りたいか、ひいてはかつて初心者だった自分が最初に何を知りたかったかを考えて、それを動画にすればいいと思うよ」
「ロリータ初心者が知りたいことか。お店選びとかお手入れの仕方、あとはお値段の相場とか似合うメイクや髪型とかかな」
桃百がブツブツ言いながら考え込む。
「うん。こんなにすぐにたくさんアイデアが思いつく桃百なら、YouTubeの動画作りもうまくやっていけると思うよ」
「私、なんで有名になりたいのかまで考えたことなかった。碧が聞いてくれたおかげで、自分の根底にあるものに気づけたわ。ありがとう、碧。私、動画もやっていけそうな気がする」
桃百がちょっと照れくさそうに碧に笑いかける。
「よかった。少しでも桃百の役に立てて嬉しいよ」
碧もにっこりと笑い返す。
「碧、カフェでYouTubeのネタ出しするから付き合ってくれない?碧の意見も聞きたい」
「いいよ。俺の意見が参考になるといいけど。舞白も誘ってみる?舞白はまさしくロリータ初心者だし、それこそ参考になると思うよ」
「いいわね。誘ってくる」
桃百が舞白の部屋へ向かう。
「いただきます」 今夜は碧、舞白、桃百、水斗、柚黄が一緒に夕食を食べる。
「桃百は今日オフだったんだろ?何してたの?」と水斗。
「今日はYouTubeのネタ出しにカフェに行った。碧と舞白もついてきて意見を聞かせてくれたわ」と桃百。
「YouTube?三人で始めるの?」と柚黄。
「ううん。私ひとりでやろうと思ってる。前からロリータ系YouTubeがやってみたかったの」
「そうなのね!絶対見るから、動画出したら教えてね」
「うん!ありがとう」
「なんか桃百、柔らかくなったよな」と水斗が言い出す。
「え?そうかな」
「うん。ここに来た当初は警戒心が強くて、言葉遣いも強かった。でも最近は、なんていうか、丸くなった?みたいな」
「あぁ……そう言われればそうかも。私けっこう人見知りするほうだし」
「え?そうなの?気づかなかった」と碧が驚く。
「碧はいい意味で鈍感だからね。こっちが気づかないでほしいことは気づかないでいてくれるわよね」と桃百。
「鈍感というより、場数を踏んでるから多様な人に慣れてるのかもしれませんね」と舞白。
「バーテンだから?」
柚黄と水斗の声が被ったので、みんなが笑った。
「何書いてるの?」 ダイニングテーブルでノートと向き合っている桃百に、水斗が声をかける。外はもう真っ暗で、朧月が静かに輝いていた。
「第一回目のYouTubeの構想。自分の部屋よりリビングとかの方が集中できるタイプなのよね」と桃百が答える。
「構想か、いいね。桃百の動画楽しみ」
「ありがとう」
「今ってプライベートなこと聞いてもいい感じ?」
「ええ、いいわよ。ひと区切りついたし」
「じゃあソファで酒飲まない?碧が言ってた、ビールを桃百ジュースと混ぜて飲むやつやりたい」
「ビアカクテルってやつ?いいわね。私も気になってたの。碧がビア向きのビール買ってきてくれたのよね?」
「うん。さっき飲んでいいって許可もらってきた」
「抜け目ないわね」
「桃百は酒強いから誘いやすい」
二人は話しながらグラスに半分ほどビールを注ぎ、さらに桃百ジュースを半分注ぐ。マドラーで軽く混ぜたら完成だ。
ソファに座ると、「乾杯」とグラスを合わせ、グビっとひとくち飲む。
「うめぇな」と水斗。
「ほんと、おいしい」と桃百。
「桃百は恋愛の方はどうなん?気になる相手とかできた?」
「直球ね」
「遠回りするの苦手なんだよな」
「まぁわかるわ。そうね……碧、かな」
「え!お前も直球じゃん」と水斗が笑う。
「まぁね。激しく好き!って感じではないけど、なんていうか、一緒にいて一番落ち着くのは碧かな」
「へぇ、落ち着くんだ。なんやかんや、落ち着く人と一緒になりたいよな」
「あら、わかってるじゃない」
「俺も落ち着く人が好き」
「初対面のとき、好きなタイプの話が出たじゃない?あのときは水斗、なんて言ってたっけ」
「フィーリングが合う人」
「そうだったわね」
「まぁ自分の好みをうまく言語化できないだけかもしれないけどな」
「でもフィーリングは大事よ。結局その人といるときの自分を好きかどうかって、よく言うけど、どうなのかしらね」
「自分のこと好きって言うの、なんか照れるけどな」
「思う瞬間ある?」
「まぁダンスしてて、『あ、今うまく決まったな』ってときくらいかな」
「んふ、いいじゃない」
「桃百はある?」
「まぁロリータ着てみて、『あら、似合うじゃない』ってときくらいかしら」
「ははっ!」と水斗が声を出して笑う。
「俺の文字ろうとしただろ」
「もちろんよ。伝わってよかった」
「桃百は慣れてくればくるほど、茶目っ気を出してくるよな」
「そうね。ところで水斗は誰か気になってる人はいるの?」
「んー、あんまりかな。元々人を好きになるのに時間かかるほうでさ。ならなんでこの番組出てるんだよって感じだけど」
「いいんじゃない?ゆっくり向き合えば」
「そうだな」
「私は紫月と蜜月なのかと思ってたわ」
「蜜月って」と水斗が笑う。
「紫月はいいやつだよ
「でも好きではない?」
「うーん、どうだろ。まだわかんねぇな」
「そう」
「はい!ジェニュー第八話はここまでです!」と神谷。
「大きな進展がありましたね!」とめるぽ。
「まずは桃百さんがYouTubeやりたいって話してましたよね」と佐山。
「早く見てみたいな〜」とめるぽ。
「俺も楽しみ。ほんでさ、碧さんのカウンセリングすごくない?」と神谷。
「カウンセリングって」と二人が笑う。
「たしかに碧さんのおかげで桃百さんも本来の目的を思い出した感じでしたよね」とめるぽ。
「僕は有名になって街で声かけられたい気持ちもわかりますけどね」と佐山。
「それとついに、桃百さんが碧さんを気になってるっていうのが明らかになりましたよね!」とめるぽが興奮気味に言う。
「それな!いや、先週の回を見る限りは舞白さんやと思ってたんやけどな〜」と神谷が腕を組んで言う。
「僕も舞白さんといい感じだと思ってました!」と佐山。
「私はどっちの線もあり得るなと思ってましたけど、今日ついに桃百さんの矢印は碧さんに向いてることがわかりましたからね。これは大きい情報ですよ。水斗さんナイス」
「ナイスビア」と神谷。
「ほんと、ナイスビア」とめるぽ。
「水斗さんの方も、紫月さんに矢印向いてるかと思いきや、わかんないって言ってましたね」と佐山。
「それな。この二人は確定やと思ってたわ」と神谷。
「もうSNSでも公認カップルみたいな雰囲気になってましたよね。ここへきて『わかんない』は意外だったな〜」とめるぽ。
「それぞれの想いを見守っていきましょう。それではジェニュー第八話はここまでです!さようなら〜」
三人が視聴者に向かって手を振る。
リサはパソコンを閉じた。
(マジか〜!桃百さんは碧さんに気があったんだ!え、これSNSどうなってるんだろ)
リサはSNSを開く。
「マジか!!!あおももだったのか!!」
「ナイスビアすぎる。そんでそのビア用意したの碧さんなのもおもろいな」
「こうなってくると碧さんの気持ちが気になる」
「舞白さんはどうなるの!?」
(あ、トレンド入りしてるじゃん。すご)
「#ジェニュー」がトレンド六位になっていた。リサはSNSを閉じた。