第1章 第1話 推し
俺の人生には二つの奇跡が存在する。
一つは推しに出会えたこと。いや、誰よりも早く推しを推せたことと言ってもいいのかもしれない。
英栖きらら。それが俺の推しだ。いわゆるところのアイドルだが、グループに所属しているわけではない。SNSや動画での活動が中心で、そこから人気を獲得。今ではテレビにまで出演し、歌手や女優。様々な分野で引っ張りだこの超人気インフルエンサーだ。
そんな彼女に出会ったのは三年前。俺が中一だった頃。地元の駅前でギターの演奏をしていた彼女を見つけた。誰にも見向きもされず、ただ笑顔で歌い奏でる彼女に。俺は出会ったんだ。
かといって俺が何か特別なことをしたわけではない。週に数度行われる演奏をただ見ていただけ。会話なんてしたことはないし、お金を払ったわけでもない。彼女はただ一人、実力だけで人気を手にしていった。
当然認知なんてされているわけがないし、数ヶ月ほどで人気を手に入れたきららはリアルでのイベントはやらなくなった。それでも最初期。まだSNSのフォロワーが一人もいなかった時、その一人目になったのは俺だった。誰にも理解はされないだろうが、数百万の内の初めてになれたのは俺だけの誇りだ。
それが一つ目の奇跡。そして二つ目の奇跡は、今目の前で起こっている。
「あれ英栖きららじゃね……?」
「うわマジだ! もしかして同じ高校……!?」
「それってすげぇ奇跡じゃん!」
俺と同じ新入生たちが騒ぎ立てるその視線の先に、推しはいた。そう。全くの偶然で、俺は推しと同じ高校に入学していたのだ。同い年だということは知っていた。駅前の件から付近に住んでいることも知っていた。だが同じ高校に進学していたなんて。全くの予想外だった。
「きららちゃん! 俺ファンなんです! 握手してください!」
そう声をかけたのは、俺と同じ新入生。それを皮切りに多くの新入生たちがきららへと群がっていく。そんな中、俺だけは彼女から離れていた。
俺は英栖きららのファンだ。SNSの更新は見逃さないし、テレビに出演する時は必ず録画している。イベントには参加していないが、情報だけは欠かさず集めている。それほどまでに、ガチのファン。だからこそ、近づけない。
「推しと同じ空間とか死ぬわ……」
ファンは推しのプライベートに関わってはいけない。それがオタクの鉄則だ。俺はただ見ているだけでいい。画面越しで。ずっと遠くから。推しの姿を見ているだけで幸せなんだ。それなのに……。
「見つけた……私の推し!」
英栖きららはファンたちを振り切り、俺の前に現れた。
「大変だったよ、君を見つけるの。顔はわかってたけど名前とか進学先とか自宅とか……そういうのは中々辿れないからね。でもやっとこうやって顔を合わせられた! ねぇ、浮草真司くん。ずっと君と話したかったんだよ。君が初めてのファンになってくれたおかげで今の私がいるの。お礼が言いたかった。認知してほしかった! 今この瞬間を夢見てたっ!」
推しの発言と、今まで一度も見たことのない。恋する乙女のような表情の意味がわからず固まっている俺の手を握り、彼女は言う。
「君を推してるって、伝えたかった」
俺の推しは英栖きららであり。英栖きららの推しは俺だった。
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