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第7話

「へ…?」

 牽制にもならないはずの魔力弾で引き起こされたありえない事態にトヅチは三度唖然とする。もんどりうって転がった茶色大熊はしばらくひっくり返っていたが、数秒後あわてて魔の森へと逃げ帰っていった。

「茶色大熊はああ見えて警戒心が強いです。一度痛い目を見たのでもうこのあたりには出ないでしょう。」

 なんでもないように小柄なハンターが言うのを聞いて、トヅチはハッとした。

「す、すげえな兄ちゃん!たかが魔力弾で茶色大熊を撃退するなんて!兄ちゃんはすげえ魔法使いなんだな!」

 すっかり感心してトヅチはハンターの肩をバシバシ叩いていると、ふと疑問が湧いてきた。

「でも兄ちゃん、魔力弾でそんな威力なら属性魔法なら茶色大熊を仕留められたんじゃないか…?」

 属性魔法。現在6つの属性が確認されていて、使える属性は先天的に決まっている。使える人を選ぶ上に魔力消費が大きいが、無属性魔法と比べて強力な魔法だ。

叩かれて嫌そうな雰囲気を出していたハンターはめんどくさそうに答えた。

「私は属性魔法が使えないんですよ…。」

「そ、それは…。」

 トヅチは顔がひきつった。使える属性がなく無属性魔法しか使えない人族は少ないが珍しいわけではない。しかし魔法使いとしては致命的であった。属性魔法なしではせっかくの魔法の才能も宝の持ち腐れだとトヅチは思った。

「まあ、兄ちゃんはまだ若いんだ!属性魔法がなくてもなんとかなるさ!」

 気を取り直したトヅチが慰めるように肩を軽く叩くと、小柄なハンターはなぜかますます不機嫌オーラを出す。まあおっさんにベタベタされて喜ぶ少年はいないだろう、とトヅチはあまり気にしなかった。

「トヅチさん、私は『兄ちゃん』なんかではありません。」

 そう小柄なハンターが口にすると、トヅチは分かっているというような顔で頷く。

「おう、一人前のハンターを『兄ちゃん』呼びは失礼だったな。すまねえ。」

 トヅチは改めて目の前のハンターを見る。その眼差しはさっきまでの胡乱なものではない。相手をきちんと一人前のハンターとして認め、トヅチが握手を求めると、ハンターは億劫そうに応えた。トヅチは笑いながら言う。

「残りの道中もよろしくな、ユーカさん!」

 Dランクハンター、ユーカ。正式な名前は九条佑華であることも、その正体が1年前行方不明になった勇者であることも、トヅチは知らない。







佑華は荷台で寝転がって上を眺めていた。元の世界と同じように青い空と白い雲が見える。夜になれば元の世界よりはっきりとした星が今日も見れるだろう。地球のものと星座が全く異なっても、大きさと模様が異なる月が2つ浮かんでいようと、やはり星空はきれいだ。

 佑華がこのファンタジーの舞台のような世界に放り込まれて2年がたった。あっという間に聖戦の前線で魔族と戦わざるを得ない状況に追い込まれ、実際に魔族と戦ってみて、自分の力が聖戦を人族の勝利に導くほどではないことはすぐに気づいた。あの胡散臭い子供の姿をした神はやはり嘘つきだったようだ。かと言って今更戦い放棄できないし、戦死するのも嫌だった。知恵を振り絞り、努力を重ね、なんとか満足に戦える力を手に入れた。

 ある程度前線を押し返したら人族と魔族の間に停戦協定を結ばせる計画はかなり早期に思いついていた。一部の阿呆が主張するように魔族を滅ぼすまで聖戦を続けると膨大な犠牲がでるのは目に見えていたし、なによりこの世界が魔物だらけになってしまう。一刻も早く、かつ犠牲をできるだけ出さず聖戦を終わらせる必要があった。

 そうして1年前になんとか停戦協定を結ばせた。ベストなタイミングで交渉を開始したおかげで、人族魔族ともに大きな反対なかった。しかしあのクソガキはそれまで全く助力も指示も干渉なかったくせにこの結果をお気に召さなかったらしい。勇者としての力、聖属性魔法の使用能力だけでなく、全身体能力、全魔力まで回収しようとしてきた。がんばって抵抗したが、結局私自身に残ったのは人並みの身体能力と魔力、無属性魔法だけだった。この世界ではもはやただの小娘である。

 勇者としての力を奪われてすぐに、私は姿をくらませた。停戦協定は私が消えても機能するように手を回していたが、勇者の存在は決して軽くはない。私が力を失ったことを知られるより、失踪しているだけで停戦協定が脅かされると姿を現すと思ってもらったほうが都合がよかった。一部の人族や魔族には勇者の力が地上からなくなったことは隠せないだろうが、すぐにはその情報は広まらないだろう。実際広がってない。

 こうして私は勇者から旅のハンター「ユーカ」になった。勇者として報われることもなく、元の世界に帰ることもできない、なかなか悲惨な状況だが、私はそんなに悲観していなかった。元の世界でももともと旅をする予定だったのだ。情報化社会ですっかり小さくなった元の世界よりもまだまだ知らないことが多いこっちの世界を旅するほうが楽しかった。むしろ、気ままな旅をするにはめんどくさい勇者の肩書がなくて助かる。そして何より、私が自力で身に着けた最大の戦う力と、大切な相棒はあのクソガキに奪われずに済んだ。


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